No,8
食器の洗いを終えて亜子は冷蔵庫の中を確認する。
野菜と卵が欲しい所だ。
「柊人さん」
「ん?」
暇があればタブレットPCを操作している彼が顔を上げた。
「明日は何か食べたいものとかありますか?」
「野菜とお肉で」
「なら冷しゃぶサラダで」
「それっておかず?」
「気の持ちようで、ふりかけだっておかずになります」
「そうだな」
明日の献立を決め、マグカップにココアを注いで亜子がリビングに来る。
部屋数などは少なく2LDKの間取りだが、各部屋などが広い。リビングなど16畳もあり、前に亜子の家族が住んでいた部屋などはリビングだけで全てが収まるほどだ。
「はい。今日はココアにしてみました」
「どうも」
軽く画面にタッチして、彼はセンターテーブルの上にそれを置いてマグカップを受け取る。
亜子は一瞬戸惑ってから、彼が座るソファーに腰を下ろした。
三人掛けのソファーだから両端に座る格好になる。それでも十分に気恥ずかしさを覚えるのだ。
「そうだ。今週末出かけたいんだけど」
「はい。ならわたしは留守番を」
「一緒にね」
「……」
言葉と共に亜子の思考が停止した。
少し間を置き再起動すると……両手に持つマグカップを口元に運んでココアを味わう。どうやら夢ではないらしい。
「一緒にですか?」
「ああ。スマホの契約とかしておかないと不便でしょ?」
「わたし……生まれてこの方……その手の物は……」
「これを機に学びなさい」
全力で目を泳がせる亜子はとにかく電化製品に弱い。今まで古い型の物ばかり使って来たこともあって、最新式には拒絶反応すら示すのだ。
「通話とメッセージを見れるくらいになって貰わないと、何かあった時に連絡とれないからね」
「だったら自宅に電話でも置いて貰えれば……」
「家電は持ち運べないでしょう?」
「持ち運ばなくても……」
必死に抵抗する彼女に『良いから買いに行きます』とだけ告げ、納得しないまでも出かけることを約束させた。
「可笑しくないですか?」
「似合ってる。綺麗だよ」
「……」
普段からストレートに褒めて来る彼の言葉がどうも恥ずかしくなる。
昨日学校帰りに1時間かけて選んだワンピースを褒めて貰えたのは嬉しい。嬉しいが……やはりストレートなのは恥ずかしい。
「柊人さんって褒め言葉がストレートですよね?」
「ああ。英語圏の知り合いが多いから、回りくどい言葉は嫌われるんだよ」
やれやれと肩を竦め、柊人はため息を吐いた。
「特に知り合いの女性なんかは『全力で褒めなさい。貴方の全力はその程度なの?』とか無茶を言い出すから、短く力強い言葉で納得させるしか無くてね」
「……凄い人ですね」
亜子としては呆れるしかない。
自分の容姿に自身の無い亜子としては、決して真似の出来ない発想だ。
戸締りをして廊下を歩き、エレベーターで一階に降りて外に出る。
2人並んで外を歩き、途中でバスに乗って大型ショッピングセンターに向かう。
「ここに来るのって初めてなんですよね」
「そうなの?」
「はい。……わたしが来る必要なんて無かったですし」
「君のそのたまに出て来るネガティブ過去が怖いんですけど」
軽く落ち込んでいる彼女を引っ張り、まずは目的のスマホの契約を済ませる。
住所確認など面倒臭いので受付の人に住民票を見せたら、『夫婦』だと言うことに驚かれ、身分証で学生証を掲示したら増々驚かれる。
亜子は終始好奇な目で見られている気がして、恥ずかしくなって俯き……手続きの大半を柊人に任せた。
「これでここに来た理由の1つが終わり」
「まだ何か?」
「ああ。本題があります」
初めて手にした自分のスマホに真新しいケースに入れながら、亜子は前を行く彼の後に続く。向かった先はジュエリーショップだった。
理解出来ずに勧められるまま椅子に腰かけた亜子は、隣に座る柊人の言葉でそれに気づいた。
「シンプルな感じの結婚指輪が欲しいんですけど」
ガンッと何かで殴られた様な衝撃を受けた。
確かに結婚しているが……それは色々と契約の存在するあれ~な物で、でも世間的に見れば結婚しているから形的な物も必要な訳で、だけどそれを付けて学校に行くとかハードルが高過ぎる訳でもあって、決して欲しく無いと言えば嘘になるので。
「どれが良い?」
「……柊人さんと同じので」
「そっちの方が良いか」
思考停止寸前だったこともあり、亜子は脊髄反射でペアリングを求めてしまった。
「指輪って意外と時間がかかるのね」
「ですね」
亜子は顔を紅くして若干俯き歩いていた。
お互いのイニシャルとか指輪に刻まなくても良い気がしたが、刻むとなった時に何故か拒否できずに応じてしまった。
お陰で完成にまで時間がかかる。
「ちなみに婚約指輪は要る?」
「……遠慮します」
流石にそれは拒否した。何故なら彼は金額に対して無頓着なのだ。
結婚指輪だってビックリするほどの値段だった。ガラスケースの中にはその金額で何個も買える指輪が多く存在していた。それなのに即決なのだ。
「後はお昼食べて……何か食べたい?」
「何も食べたくないです」
「どうした?」
「何でも無いです」
金額のこともあって胸がいっぱいで食欲は湧かない。
なら適当にと喫茶店に入り軽食で済ませる。
「さてと。なら次だ」
「はい?」
喫茶店を出て直ぐに柊人は亜子の手を掴み握る。
ドキッとしながらも亜子はどうにか平常心を保った。
「せっかくここに来たんで見たい映画があるんです。だから俺とデートして貰えますか?」
「……はい」
彼の誘いにドキドキしながら、亜子は手を引かれ映画館へと向かった。
デートと言う単語に浮かれ、見る映画の内容に気が回らなかった亜子は、とてつもなく怖いホラーを見せられ、帰宅してからしばらく……柊人と会話をしなかったという。
(C) 甲斐八雲
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