No,7
いつもと変わらない教室で柊人は英語の雑誌を眺めていた。
と、横に居る友人が脇を突いて来たので面倒臭そうに目を向けた。
「なあ柊人よ?」
「どうした? 人生が終わってる男よ」
「返しが辛いぞ親友っ!」
胸を押さえて苦しむ友人に、柊人は増々やる気のない目を向ける。
異様に張り切っている時の彼は、大半から回りで終わるのだ。
「それでどうした?」
「うむ。実はお前と話す時は、こっちを向かないといけない訳だ」
「そうだな」
「すると加藤さんが視界に入るんだが、最近の彼女って何て言うか垢抜けたよな」
友人からはっきりとドキドキした様子が受け取れてウザい。
「心配するな。彼女が綺麗になってもお前とのフラグは立たない。それが自然で当然の理だな」
「本当に辛いなっ!」
うが~と呻いて彼は両手で頭を掻いた。
ただ最近彼女の評価に変化が生じていることを柊人は知っている。
『綺麗になった』だの『実は美人だった』だの好き勝手言っているのだ。
言われなくても柊人は知っている。
何よりここ最近一番彼女と長く接しているのは自分だと自負があるからだ。
《ただし、そろそろなんだよな……》
この手の話の落とし穴を彼は理解していた。だから事前の根回しはしてある。
《今日はお魚で良いかな……》
カートを押しながら、スーパー内を回る亜子は鮮魚売り場で足を止めた。
焼き魚が良いのだけれど、ホッケの値段がだいぶ上がっている。
食べ応えで考えると鮭よりホッケの方が良い。何より最近の鮭は切り身が小さいのに高い。
「何をそんなに悩む?」
「わたしとしては鮭は大きな切り身が好きなんです」
「気持ちは分かるが見つめていても大きくはならないぞ?」
「ですよね」
諦めて小さな切り身に手を伸ばし、亜子はその手を止めて隣を見た。
柊人が居た。普段なら直帰の彼が普通に居た。
「どうしたんですか?」
「たまには一緒に買い物でもと思ってな」
「……」
何とも言えない恥ずかしさが湧いて、亜子は不意に辺りを見渡した。
この辺りのスーパーだと知り合いと言うか、クラスメートが居てもおかしくはない。
「変な噂とかになると大変ですよ?」
「それなのよ」
「はい?」
首を傾げる相手に柊人はうんうんと頷いた。
「たまに君のそんな鈍感な所が羨ましくなります」
「馬鹿にしてますか?」
「ある意味で褒め言葉。鈍感って美点な時もあるからね」
「褒められてる気がしません」
亜子は少し拗ねて、鮭の切り身を戻しホッケに手を伸ばした。
「わたしなんて……」
普段なら夕飯を終えると各々好きに過ごすのが椿家の流儀になっていた。
ただ今夜はそのまま話し合いとなり、亜子はクラスメートの男子陣の評価に目を白黒させた。
「故に誰かのようにストーキングする輩が現れてもおかしくない」
「……」
シュンとなって亜子は俯いた。自分がしただけに何も言えない。
「でもわたしの自宅はここではないですし」
「伝え忘れてたけど、君の自宅はもう無人だよ」
「はい?」
「俺が渡した結納金を持って何処かに引っ越したみたい」
「……」
嘘では無いが事実を伝えられない柊人はそう言って言葉を濁した。
事実亜子の両親は、某国で労働の素晴らしさを毎日噛み締める生活を送っている。迷彩服の兵士たちに囲まれてだ。
「わたしってやっぱりあの人たちから見ると、要らない子なんですね」
深く息を吐く彼女に対して、柊人は手を伸ばし頭を撫でた。
「そう言うな。少なくとも君を生んでくれた人たちだ。その部分だけは感謝しても良いと思うぞ」
「そうですね」
撫でられた部分に手を伸ばし、内心で笑う亜子はその顔を相手に向けた。
「それでどうしますか?」
「ん~。選択肢はそれなりにあるけど、大きく分けて2つかな。1つはこのまま隠し続ける。もう1つは俺と恋人同士の振りをするかだ」
「結婚してますけど?」
「校内で夫婦生活とかしたら大変だろうな」
「ですね」
「まあ好きな方を選んでくれ。俺はそれに合わせるよ」
解決法を提示して丸投げして来る。
優しいがどこか壁を感じる柊人の態度に亜子は少しカチンと来た。
「分かりました」
「おう」
少し口調を怒らせ、立ち上がった彼女に驚き柊人は視線で追う。
すると亜子は食器棚から何やら取り出した。
「それって弁当箱に見えるんですけど?」
「はい。そうですよ」
振り向いて彼女は笑う。
「明日からはわたしの手作りお弁当を毎日一緒に食べましょうね?」
「……分かりました」
何故怒っているのか理解出来ず、柊人は相手の申し出を素直に受けざるを得なかった。
「柊人さん。一緒に食べましょう」
「……はい」
遂にその時が来た。
朝から色々な葛藤と戦い続けて来た柊人は、隣の席で絶望的な表情を向けて来る友人を視線で追い払いその席に亜子に使わせる。
向かい合っての食事は朝夕と自宅でやっているので、ここでしても良いのだが……やはり恥ずかしさが勝り横並びで許して貰う。
受け取ったお弁当は、お昼用に作られた料理が収められていた。
本当にこれほどの料理をどうやって作っているのか疑問に思っていたが、冷凍庫をフル活用して作りだしていることを知って驚いた。
冷蔵庫って万能なんだな……と、この齢になって学んだ気がしたのだ。
「どうですか?」
「美味しいよ」
「良かったです」
微笑んで来る相手の表情を直視できず、視線を逸らせばクラスに残って居る男子陣からの殺気交じりの視線を見つけ……柊人は久しぶりに味の感じない食事を摂ることとなった。
(C) 甲斐八雲
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