No,5
柊人に連れられ亜子は婚姻届を書いた公園に戻って来た。
手を握られ連れられて来たことにようやく気付き、恥ずかしさと色々な感情が渦巻きゆっくりと手を放す。
すると彼はペットボトルを取り出し、それを亜子の頬に当てた。
「少し赤くなってるな」
「……大丈夫です」
「そうか」
受け取ったペットボトルは水で、亜子はそれの封を切って一気に煽った。
大きく息を吐くと……頬が濡れてる気がする。手の甲で擦るとそれが涙だと気付いた。
「大丈夫か?」
「はい」
「なら良い」
言って柊人はタブレットPCを取り出し、何やら操作を始める。
何も分からず亜子はそれを眺めていると……陽気な鼻歌を奏で、自宅に押し入って来た外人がやって来た。
「マイクか」
「オワッタヨ」
「どうも」
柊人は彼と軽く握手する。
クルッとこちらを見た彼は、人懐っこい笑みを浮かべた。
「ダイジョウブ?」
「あっはい」
「ヨカッタ」
陽気な笑顔を見せる彼に亜子は何も言えず救いを求めるように柊人を見る。
トントンとタブレットの表面を叩いた柊人が顔を上げる。
『マイク』
『何だい?』
『お前の上司が急いで帰って来いってさ』
『……真面目だね。本当に』
突然英語での会話に切り替わり、大きな手で顔を覆ったマイクが肩を落とした。
『さっさと帰れ』
『了解』
笑い彼は立ち去っていく。
十分に離れたことを確認し、亜子は慌てて彼の元に歩み寄った。
「今の人は?」
「あ~知り合いだ」
「どんな?」
「……色々とあって結構近くに居る便利屋だな」
うんうんと頷き彼はそれ以上語らない。
仕方なく質問を諦めた亜子は、手持ち無沙汰で辺りを見渡した。
近所ある公園だが初めて来たような気がする。本当に小さな児童公園だ。
「さてと」
「はい?」
「終わらせに行くか」
言って彼は亜子の家に向かい歩き出した。
「「……」」
突然訪れた娘の同級生に、亜子の両親は凍り付いていた。
笑顔の彼は娘との結婚を求め、そして同意書に署名捺印が欲しいらしい。
本来なら迷わず断るはずだが、彼はタブレットPCの画面で見せたのだ。
自分たちが娘に暴力を振るっている様子が映った映像をだ。
「これを持って警察に行っても良いんですけど? ついでにマスコミにもリークしますよ? 無職の両親が娘に暴力とか食いつきが良いでしょうね?」
笑顔で脅して来る彼に何も言えなくなる。
「これに署名捺印してくれれば事を荒立てることはしません。それとこちらを結納替わりにお渡ししますから」
白い封筒を差し出され、受け取った父親が内容を確認する。
それには1枚の紙が収められていた。小切手で金額は1,000万とある。
座ったままで飛び跳ねた父親がそれを妻に見せ、2人揃って目を剥く。
「どうでしょうか? これに署名捺印して貰えませんか?」
手慣れた感じで交渉を進めた柊人は、亜子の父親が署名し捺印するのを見つめ続けた。
今一度、同意書を確認し……彼はゆっくりと立ち上がると、部屋の小物の裏に置いてある隠しカメラを手に取った。
「そうそう。助言を」
「何かね?」
「真面目に働いた方が良いと思いますよ。それと隠しカメラ"は"回収しましたので」
笑い家を出た彼を見送り、亜子の両親は急いで話し合いを始める。
あの娘にこれほどの金額を出せる金づるを見つけたのだ。これでこれからは娘夫婦にたかり生きて行けば良い。
バラ色の人生に亜子の両親は腹を抱えて笑い出した。
と、また玄関のドアが叩かれた。
娘の夫となった青年が戻って来たのかと思い、迷わずドアを開けた亜子の父親はそれを見た。
さきほど襲撃した外人だった。
ただ服装が迷彩服に替わり、やはり服が筋肉で盛り上がっていた。
「ワルイコト、ダメヨ」
「何だね? ……ひっ」
腰から拳銃を引き抜いた相手に、亜子の父親が震え上がる。
土足で部屋の中に入って来た外人は、ハンドサインで仲間に指示を出す。
ゾロゾロと迷彩服の男たちが入って来て……亜子の両親を麻袋に詰めると運び出した。
《余計なことはするなってメールしたんだけどな……何よりどこからあの部屋の音を拾ってるんだよ。CIAの奴らは》
ジープで荷物を運んで行く、良く知る者たちに呆れつつ柊人はゆっくりと歩き出した。
待ち合わせ場所にしていた自動販売機の前に亜子がポツンと立って居た。
「柊人さん」
「終わったよ。これで結婚出来る」
「……」
間違っていないのにそうはっきりと言われると変に緊張する。
亜子は小さく呼吸を整え、少し引き攣る笑みで彼を迎えた。
「それでどうしますか?」
「役所に行こう」
「はい?」
「2人分の戸籍謄本は準備してあるし……必要な物は揃ってるしね」
また歩き出す彼に続いて亜子はその後ろを歩く。
「でもこの時間だともう役所は閉まってて」
「婚姻届は24時間受け付けるんだよ」
「そうなんですか?」
「そうなの」
特に会話も続けられず、歩いて役所に行くと必要書類を提出した。
「外泊は1回だけって話だったけど、お嫁さんを家に上げない鬼夫じゃ無いんでどうぞ」
「……失礼します」
椿家であるマンションの玄関から入ろうとした亜子を柊人が制した。
「今日から君の自宅だよ。ここは」
「……ただいま」
「はい。おかえり」
互いに顔を見合わせ、何とも言えない空気になってリビングへと移動する。
「空き部屋はその部屋しかないから使って」
「……昨日叔父さんの部屋だと?」
「帰って来ない人は、人権も部屋も無くなるのが椿家の決まりです」
「初めて知りました」
「初めて言ったしね」
クスクスと笑い合い亜子は叔父の部屋へと消えていく。
と、柊人は自分スマホにメールが届いていることに気づきそれを開く。
英語で書かれていた報告内容は思った通りだった。
しばらく亜子の両親は強制労働に近い日々を体験し、勤労に付いて深く学ぶことになるだろう。
問題は……横田基地から勝手に国外に連れて行くことがバレなければ良いと思うのだが。
(C) 甲斐八雲
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