魔王から勇者へ ―告白―

「――愛してる」


死ぬ間際。耳元でそう囁いたのは、魔王だった。

他でもない。それを告げられたのは、俺自身が奴へ勇者の剣を突きつけた瞬間だった。

――何故だ?

そう問いただしたかったが、その時にはすでに奴の息はなく。何故、魔王が勇者へ愛の告白をしたのか? その答えは永遠に謎のままだった。


俺の国には古くより、すべての種族を支配する不死魔王がいた。

魔王は死なず、魔術に長け、たった1人で全種族を返り討ちにするほどの圧倒的な力を持っていた。

この世に魔王を憎まない者はいない。誰もが魔王の死を願い、奴の支配からの解放を望んでいる。

しかし、不死の魔王を殺すことは誰にもできない。

魔王はその圧倒的な力と不死の肉体を持ってして、終わることのない独裁体制を維持していた。


そんな魔王の支配が数百年続いたある時。唯一不老不死の魔王を殺せるとされる伝承の剣を引き抜ける者が現れた。

――それが俺だ。

魔王を殺すこと。それこそが俺の使命だと、周りの人間に聞かされ続けた俺は、何の疑問も抱かず、その旅に出た。

そして、数年後。遂に魔王を打ち倒し、俺は故郷へと凱旋した。

「…………」

が、魔王を殺したというのに気分が晴れない。

それもこれもすべて最後の言葉のせいだ。

だが、そんな俺の気持ちとは裏腹に、国中がかつてない喜びに包まれていた。どこもかしこも宴会状態だ。

――支配の時代は終わった。これからは、幸せな暮らしが待っている。

そう自分に言い聞かせ、俺もその輪に加わった。


異変に気付いたのは数十年後だ。

親しい者たちが老い、死んでいく中、俺だけは年を取らなかった。

年を取らないだけではない。あらゆる武器。あらゆる方法で自殺を試みても、死なないのである。

理由はすぐに判明した――勇者の力だ。

勇者は死なない。

死んでも特定の場所で蘇る。

それがこの力だった。 

平和な時代が続き、長らく忘れていたが、どうやら魔王を倒した後もその加護は続いていたらしい。

それから数百年。俺は1人で孤独に耐えた。


勇者の剣ならば俺を殺せる。

そう判明したのは約500年後。伝説上でさえ、俺のことが忘れ去られようとしていた時だ。

俺は必死になってかつての愛剣を探し、遂にそれを見つけたが、その剣を再び手に取ることは出来なかった。

勇者の剣は勇者にしか握れない。

役目を終えた俺を、剣は勇者と認めなかったのだ。


自分で扱えないのならば、扱える者を育てればいい。

そのことに思い至ったのは勇者の剣発見から数年後。すぐに作業へ取り掛かった。

長い時を生きる中、暇つぶしに覚えた魔術が役に立った。

研究を始めて100年。遂にその方法を見つける。

――が、それは非道な術だった。

『すべての生命体のエネルギーを1人に集める』

それが勇者を作る条件だ。

当然、そのためにはすべての種を従える必要がある。つまり事実上不可能だ。

だが、俺は元勇者――力だけは有り余っていた。

躊躇は……しなかった。


そうして、作戦を開始して更に数百年。

今では俺に歯向かう者は誰もいない。

不老不死なのだ。負けるはずがなかった。


そして――遂にその子供が生まれた。


元気な女の子だった。

その少女のことを俺は影ながら見守り続けた。

大人たちへ、彼女が自身の役目に疑問を抱かないよう言い含め。万が一、育ち切る前に彼女が死なぬよう周囲の上位モンスターを一掃する。

そうして、剣を持てるまでレベルを上げられるよう、段階を経て刺客を送り……。


――今、遂に彼女が俺の目の前に現れた。


彼女は決意に満ちた目で俺を睨む。

そして――その剣を俺へと突き刺した。

血が溢れる。

肉が裂ける。

久方忘れていたその痛みに歓喜し、目の前の少女に感謝した。

その誕生を見守り、期待通り見事、俺を殺してくれた少女。

だから、死ぬ間際。愛しい彼女へ、俺はこう囁きかけた――


「――愛してる」

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