朽木ショートショート市場

朽木青葉

アキくんとマホちゃんの悪魔探し

アキくんは困っていた。

それもこれも全部マホちゃんのせいだ。


マホちゃんはこの小学校へ1カ月前に転校してきた女の子だ。

とても活発な変わった子で、転校してすぐみんなの注目の的になり、瞬く間に学校中で有名になった。

そして、それからすぐ困った子としても有名になった。

とにかく不思議な子なのだ。授業中にはよく抜け出すし、変な格好で学校へ来ることもある。黒猫へ話しかけているところを見たという子もいる。

だから、誰もマホちゃんに近づかない。

そんなマホちゃんのほぼ唯一の友達がアキくんだ。

理由は単純で、ただ席が隣だから話しかけられるようになり、そのままマホちゃんの不思議な言動に振り回されるようになった。

アキくんもアキくんで押しに弱く、断るのが苦手で、いつもマホちゃんに振り回されてばかりだ。


そして、今日もアキくんはマホちゃんの行動に困っていた。

授業中だというのに、マホちゃんはアキくんの手を強引にひっぱって教室の外へ飛び出してしまったのだ。

手を引かれたまま、慌ててアキくんは尋ねた。


「マホちゃんマホちゃん、教室から飛び出してどうしたの?」


マホちゃんは答えた。


「窓の外に黒色の影が見えたの。あれはきっとアクマよ」


「アクマ?」


「そう。真っ黒でとっても大きな影で、悪さをする悪い奴なの」


「アクマを追いかけてどうするの?」


「決まってるでしょ、退治するの。だって、私は正義の“幼女”なんだから」


こうなるとマホちゃんは何を言っても止まらない。アキくんはため息を吐いた。


「……ところで“ようじょ”ってどういう意味?」


「確か……不思議な女の子って意味よ!」


「へえ」


アキくんはマホちゃんの知識に感動しましたが、どうやらマホちゃんは“魔女”のような意味だと勘違いしているようだ。

ともあれ、こうして2人は学校に潜むアクマ退治へ乗り出した。



2人は授業中の学校の廊下を隅々まで調べながら歩いた。

休み時間には生徒でいっぱいになる廊下が今は静かで、授業中の先生の声が響いているのが何だかちょっと不思議だ。

まるで、まったく別の世界に迷い込んでしまったみたいだった。


「もしかしたら本当にアクマがいるかもしれない」そう感じて、少し怖くなったけど、そんなアキくんに構わず、マホちゃんはズンズンと廊下を進んだ。


そして、1階から探して1番上の階まで調べた2人だけど、結局何も見つからなかった。

アキくんは、これでやっと教室に帰れる、と素直にほっと胸をなでおろす。

けれど、マホちゃんの足は止まらなかった。


「なに休んでるのよ」


「え? だって、もう全部調べたよ?」


「何言ってるの。まだ上を見てないじゃない」


「上? だってここが1番上だよ?」


「そんなことないわよ」


と、マホちゃんは上を指さしながら言った。


「まだ屋上が残ってるじゃない」


その言葉を聞いてアキくんは今すぐに泣き出したいような気持ちになった。


「やだよ。行きたくない」


「どうしてよ」


「だって、屋上へは行っちゃだめなんだ」


「バレやしないわ」


「鍵がかかってるよ」


「窓から忍び込みましょう」


「イヤだよ」


「じゃあ、私1人で行くわ」


そうしてマホちゃんはまたズンズンと屋上への階段を登り始めた。

アキくんはその背中を見送って、


「……うぅ」


結局、少し遅れてマホちゃんの後を追って階段を登った。



屋上へ続く階段は普段誰も通らないからとてもほこりっぽい。

蛍光灯も薄暗く、より周りの雰囲気は不気味さを増していった。

アキくんは身を縮こませながらマホちゃんの背中についていく。

対照的にマホちゃんは胸を張ってぐんぐんと進んでいく。

そして、屋上へ続く突き当りの扉までやってきた。

急に視界が開けて階段の先に現れる扉はとても不吉で、本当にアクマが出てきそうな雰囲気だった。

その扉を尻目に、マホちゃんはその横上の小さな窓へ近くの使われていない予備の机を踏み台に這い上がる。アキくんもそのあとに続いた。

誰も掃除しない窓の周りはほこりやくもの巣、虫の死骸がいくつも散らかっている。なんだかアクマだけでなく、今にも悪い虫まで出てきそうだ。

そんな影にもおびえながら、アキくんは小さな窓をくぐり……、


「あ……」


その先の景色に思わず、声を漏らした。

見えたのは視界一杯の青空だ。

薄暗いところから外に出たので、より空の青が綺麗に見えた。

思わず見とれていると頭上から声が降ってくる。


「いい景色ね」


ギョッとして見上げると、屋上でも一番高い窓の上にマホちゃんが座ってこちらを見下ろしていた。

アキくんは慌ててマホちゃんに注意する。


「そんなところに登ったら危ないよ」


「でも綺麗よ。アンタもこっちくれば?」


と、マホちゃんはアキくんのいる窓の横にある梯子を指さした。

アキくんは少し悩んで、


「…………」


結局、マホちゃんのところまで登っていく。


梯子を登ると強い風が体に当たってやはりちょっと怖かった。

でも、その後に見えた景色に思わず目を奪われる。

視界はより開けて満点の景色。

今度は青空だけでなく、足元の校庭やその先の町の様子まで見渡すことができた。


「どう? 綺麗でしょ」


そう胸を張るマホちゃんに思わずうなずいてしまう。


「うん、綺麗だ」


「こんなに眺めが良いならアクマもすぐ見つかるわ」


と言う、マホちゃんの言葉でようやくアキくんは当初の目的を思い出す。

さっきまであんなに怖がっていたのに、すっかりアクマのことを忘れていた。

そして、今もあまり気にならない。

それだけこの景色は本当に綺麗だった。

その後もアクマを必死に探すマホちゃんの横で、アキくんはいつまでもその景色を眺めていた。

いつまでもいつまでも眺めていた。

しばらくして、マホちゃんは飽きたのか「えいっ」と、飛び降りて屋上へ出たときの窓の前に着地する。


「帰りましょう」


「うん」


と、頷いてアキくんも梯子を使って下に降りた。

降りた後、帰りながらアキくんはマホちゃんへつぶやく。


「アクマ見つからなかったね」


「そうね。でも……」


アキちゃんは笑いながら言った。


「楽しかったでしょ?」


その言葉に、アキくんはやっぱり頷いた。

時々、マホちゃんが授業中に教室を抜け出す気持ちが少しわかったような気がしたから。



そして、何食わぬ顔で教室に戻った2人は、当然先生にみっちり叱られた。

怒る先生はまるでアクマのようだった。

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