バトル・オブ・十六夜(3)

 熊たちは激怒した。

 必ずや、かのムカつく鉄砲撃ちを除かねばならぬと決意した。

 熊たちは、冬眠中であった。

 秋に食って寝て、春になってから起きるはずだった。

 けれども、獣忍のマインドコントロールには人一倍騙され易かった。

 今朝起こされた熊たちは、野を越え山を越え、必要もないのに標的を殺して食うように誘導された。

 ムカつくので、熊たちのテンションは更に上がった。


「半蔵様。敵に心当たりは?」


 月乃が、怖くて半蔵に身を寄せながら尋ねる。


「獣忍の伍碁野巧写だな。確か必殺技は、熊五十頭を一度に操る熊雪崩…」


 熊たちの中で一番足の速い熊が、半蔵の目前に来る。半蔵は、短槍を口から脳に突き入れて仕留める。

 半蔵が短槍で熊を仕留めたのは、その一頭だけ。

 間も無く寺が、押し寄せた熊の大軍で埋まる。


 半蔵の立て籠もる寺が熊雪崩に飲み込まれるのを見届けてから、根来衆十三人は駆け足で距離を詰める。


「人は撃っても、熊は撃つなよ。今は完全に支配下に置いているが、仲間を撃たれると怒る」


 伍碁野は、根来衆の後ろを適当に駆けながら、念を押す。


「これが終わったら、冬眠に戻してやる約束だ。沸点、低いぞ」


 根来大膳は、半蔵が可能な限り熊の数を減らしてくれるように願った。半蔵を討った後で、熊雪崩の矛先を向けられる可能性もある。

 戦況は、彼らの思惑よりも遥かに混沌とする。

 寺が、一気に爆発炎上した。 


 火遁の術の目的は、炎と煙に紛れて逃げる為の忍法である。

 上級者になると、敵の接近に合わせて被害を与える火遁が行われる。

 今夜、服部半蔵が行った火遁は、寺の建築部分だけでなく、周囲二十丈(約六十メートル)に埋設した地雷をも一気に爆発させる大規模な火遁である。

 襲撃側は、太陽が目前に発生したかのような錯覚に見舞われた。

 寺に雪崩れ込んだ熊の半数が一瞬で絶命し、残り半数も火達磨になって戦闘不能。

 歩ける熊は、三頭しかいなかった。

 恐怖と怒りと悲哀と火傷の苦痛でブチ切れた生存熊たちは、こんな戦場に連れて来た伍碁野へと標的を変える。

 大膳が横目で伍碁野を見ると、


「あいつら、八つ当たりに来るわ」


 と言って、真後ろに逃げた。

 雇い主に苦情をぶつけに来た熊たちとの間には、根来衆しか存在しない。

 キレた手負いの熊たちに敵味方の識別を望めないのは、獣の専門家ではない根来衆にも分かる。

 かなり最低なケツの拭かせ方である。


「熊を先に撃て」


 大膳は、優先順位を決めて部下に射撃を命じる。

 横一列に並んでいる十二名の銃口が、熊たちに向けられる。


「一から三、腹」


 番号で呼ばれた者が、各々熊の腹を撃ち抜く。

 銃弾を喰らって倒れたり動きが鈍った熊たちに、止めが行く。


「四から六、頭」


 狙い違わず、無駄玉を使わず、根来衆は最低限の銃弾で熊三頭を仕留める。

 次に大膳は、自分で伍碁野の背中に狙いを付ける。

 既に有効射程距離より遠くへと夜道を逃げていたが、大膳の銃弾は相手の左太腿を掠めて転倒させる。

 これにも止めを刺したいが、大膳は優先順位を間違えない。


「索敵開始。半蔵を探せ」


 十二人の根来衆が、アナログ時計のように円陣を組んで全方位を警戒する。

 大膳は、半蔵の次の動きを測る。


(この手の破壊的火遁の場合は、爆心地の地下に術者が隠れている場合が多い。だが、仕掛けを知る上級忍者が相手では、見抜かれて逃げ場を失う。建物の用意周到さからして、隠し出口がある可能性が高い。そこから抜け出て、背後を突くか?)


 銃火の円陣の中心で、根来大膳は自分の思考を真横から見る。


(ここまで考えた事は、相手も考える。何方を選んでも、対処可能。服部半蔵も、それは分かって迎撃している。女房たちと一緒に手詰まりになるような迎撃戦をするバカじゃない。隠した切り札は、何だ?)


 根来大膳は、結論に至る。


「よし。半蔵が切り札を見せる前に、退く」


 クライマックス前に、リセットボタンを押す選択をする。

 服部半蔵の繰り出すであろう最終奥義など、見なくて済むように生きるのが、最上。

 根来大膳は、慎重にラストバトルから手を引いた。



 消し炭となった寺の地下三階で、半蔵達は一息吐く。

 地下の避難エリアへの入り口が見つかっても、地下一二階にはトラップが満載。

 半蔵には、上級忍者が相手でも五日は凌げる自信がある。

 月乃を膝の上に乗せて抱き枕にしながら、半蔵は全員が落ち着くまで、次の行動を待つ。

 夜明けの光が確認出来ても誰も攻めて来ないので、半蔵は勝ったと確信する。

 確信はしたが、疲労と眠気が蓄積したままでは、地上に戻りはしない。


「さて。時間を潰すか」


 半蔵が体を密着させたまま、勃起した逸物を月乃の股間に寄せる。

 危機を脱した途端、月乃に甘える衝動を抑えられなくなった。


「ずっと潰して」


 月乃は、他三名の視線も気にせずに、半蔵を迎え入れる。

 やがて。

 三度目の長い射精の最中に、それは起きた。

 半蔵の精子の一頭が、月乃の卵子にストライク。

 合体した精子と卵子がフリーダムに進化分裂を始め、ディスティニーな受精卵へと息づいてゆく。


(…あっ…?!)


 月乃は受精したと確信したが、何も言わずに行為を続けた。

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