バトル・オブ・十六夜(2)

 散弾銃の範囲から外れた大型野犬たちは、まだ三十頭以上。

 リーダーの戦死にもめげずに、半蔵たちに迫る。

 バルバラの弾込めが間に合わないので、半蔵が動く。

 迎撃ではなく、攻勢に出る。

 半蔵の放出する殺気に、群れの動きが竦み上がる。

 二振りの短槍が、大型野犬の群れに、獰猛に襲いかかる。

 短槍で頭や背骨を次々に砕かれ、強気に攻めてきた野犬たちも流石に悟った。

 殺されるか逃げるかの二択しかないと。

 悟った時には十頭を切っており、五頭が逃亡に成功した。


 寺の裏手から、影のようにとても密かに、忍犬・猪殺イサツが接近する。

 名の通り、猪に忍び寄って屠る、高い技能を持つ忍犬である。

 飼い主が褒めたら調子に乗って猪を狩りまくり、地元周辺では三年間、猪を見かけなかった程である。

 並の人間より遙かに知能が高い猪殺は、気付かれていないと確信して、更紗の背後に忍びよる。

 だが、ここで猪殺の知能の高さが裏目に出る。


(…何で、この女、袴を脱いでいる? あの褌…どうしてシマ…)


 いつもなら足音も呼吸音も抑えて忍べる猪殺が、更紗のどうでもいいファッションセンスに疑問を感じてしまい、思わず首を傾げてしまう。

 その首を傾げる動作で発生した『首の骨が鳴る音』が、更紗の耳に入る。

 更紗は身を屈めて振り向き、猪殺の目前で大きく手を叩く。

 猫騙しである。

 忍犬に。

 不発。

 猪殺は、全く隙を作らなかった。

 猪殺は、何となく、この無表情な女にバカにされているような気がした。


(余計な事は考えずに、殺そう)


 猪殺は、雑念を払う。

 急所を敢えて狙わず、体重をかけてバランスを崩す事を狙う。

 更紗は押し倒され、猪殺がマウントポジションを取る。

 猪殺は毒を塗った右爪で、更紗の肌に傷を入れようとする。


 その時、更紗のシマパンが動いた。


 シマパンの青シマ部分が伸び、猪殺の右爪にグルグルと巻き付く。

 伊賀流忍法、シマパン捕縛の術である。

 振り解いて逃れる暇を与えず、月乃が手裏剣で猪殺に致命傷を与える。

 忍犬・猪殺、絶命。

 出身地、ポルトガル。

 貿易船に非常食として乗船しながら世界中を渡り歩き、十四の言語を解する稀代の国際派忍犬が、ここに戦死した。


 

 先発の馬翁と猪殺が戦果のないまま討ち取られたので、飼い主の獣忍・伍碁野巧写ごごの・こうしゃは心が折れる。

 半蔵の居る寺から三町(約三百四十二メートル)離れた林に集った『服部半蔵を仕留めて、武田から賞金をもらい隊』の面々も、同様。


「パねえ。賞金二千貫(一億六千万円)は伊達じゃねえわ」


 やはり赤字かと、他の参戦者たちも士気が落ちる。

 でも、賞金二千貫。

 十連ガチャに換算すると、五万三千三百三十三回である。

 一生、回せる。

 鉄砲装備の忍者傭兵集団として名高い根来衆を十二名引き連れた根来大膳ねごろ・たいぜんが、伍碁野に共同戦線を持ちかける。


「あんたの主力なら、我々が半蔵に接近するまでの時間を稼げるだろ。出し惜しみしないで、攻めてくれないかな?」


 伍碁野は、大人数の根来衆に眉を顰める。


「君達を加えると、分け前が十分の一以下に減るのだけど?」

「どうせ半分は死ぬから、見舞金だけで済む」


 親分の薄情な台詞を聞いても、根来衆はニヒルに笑うだけ。

 強敵相手の戦死者数に自分が含まれる可能性に、今更文句を言う輩ではない。

 熊の毛皮鎧を着込んで皮算用する伍碁野は、決断する。


「…まあ、山分けでも大金か」

「あんた、俺基準より酷い事言った!」


 皮算用はともかく、トップクラスの猛獣使いと鉄砲忍者が結託した。



「第一波の壊滅で、慎重になったのか、諦めたのか?」


 バルバラが、弾込めしながら仲間に気休めを求める。


「もっとゴッつい力押しで接近してくるね。犠牲者上等。半数は死ぬ覚悟で」


 更紗が、シマパンを穿き直しながら、暗い予測をする。


「あ〜、それ当たりだわ」


 夏美が、忍ばずに押し寄せる獰猛な呼吸音と足音の群れに、血の気が引く。

 絶対に間近で聞きたくない獣の呼気が、月夜を満たす。

 二月だというのに、数えたくない数の熊が、群れて迫る。

 無理やり冬眠から起こされたので、機嫌が悪いのが夜目にも識れる。

 バルバラが二丁の鉄砲を続けて撃つが、命中箇所が肩と足なので、致命傷にはならずに余計怒らせた。

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