武田信玄の殺し方(2)

 長く長く哄笑した後で、光秀は座って半蔵に笑いかける。


「貴殿、良い意味で、頭がイカれてるよ」


 潰れそうにない朝倉家を選んだ光秀は、九十九%滅亡する大名に仕えて奇策を出す半蔵を、そう評した。


「面白い。…三河には行かないが、半蔵殿の情報網には加えて欲しい」

「是非、お願いします」


 半蔵は、有能そうな男を味方に出来て、大いに喜ぶ。 

 この明智光秀が、数年後には織田家及び京都の政治中枢での最高の情報源に成ってくれるとは、本人も含めて想像すらしていない。

 この段階ではお互い、『面白そうな奴だから、相互フォロワーに成っておくか』くらいの打算しかない。



 濃姫が、立ち上がって締めに入る。


「よし、光っちゃんが、むっつり半蔵にコネを作れたお祝いを始めるか。鯉を刺身にしてくるから、他のビューティフル忍者たちは、酒と肴を運び込んで」


 月乃は肴を二品、更紗は酒の入った徳利を五本、バルバラは煮物を一品、夏美は熊肉の干物をサッと差し出す。


「速過ぎるわ! 待っててね〜」


 濃姫が、藤吉郎を踏み潰しながら下に降りる。

 落ちたふりを止めた藤吉郎が、半蔵と光秀の中間に座る。

 さり気なくセンターのポジション。


「明智殿。織田に来ませんか?」


 顔を半蔵の鬼面に似せながら、藤吉郎はスカウトを始める。


「給料は、この藤吉郎と同じぐらいで」

「何で半蔵より低い条件を持ち出すの?!」

「あ、バれてる」

「いいか?」


 光秀が、酒の肴に藤吉郎との会話を加える。


「俺が欲しいのは、安定です。朝倉家には、薄給でも、其れが有る」

「あ、薄給って認めているんだ」


 藤吉郎は、明るく笑いながらポロっと溢す。


「この藤吉郎の半分以下しか貰っていませんからな。そりゃあ薄給以外の何物でもありませんなあ」


 いつになく強気で交渉を始めるのは、濃姫が近距離にいる事も計算尽くだから。

 光秀は、怒って乗せられないようにテンションを調節しながら、反論する。


「竹中半兵衛との交渉が成功すれば、すぐに禄は何倍にも増える」

「上手くイカないでしょう。失敗する。だから、朝倉家はダメ元で、どうでもいい立ち位置の食客を寄越した」


 秀吉は、光秀の冷えた眼光を受け止める。


「明智殿が本気でも、肝心の朝倉家が意に介していない。そんな交渉は、初めから受け付けないでしょう」

「勝ち目がなくても、挑んでみたい交渉なんです」

「竹中半兵衛と、顔馴染みに成っておきたいだけでしょ? 本当は、明智殿自身も、交渉の成功なんて信じていない」


 明智光秀は、戦に臨む時の顔で、藤吉郎を睨む。


「で? それが何? 君に不都合でも生じるのかね?」


 藤吉郎は、ますます猿にそっくりな顔で、光秀と睨み合う。


「自分ではなく、明智殿に不都合が生じます。いいですか? 竹中半兵衛は、この木下藤吉郎の軍師になる天命を背負った男なのです」


 月乃が酒の酌をし損ない、半蔵の股間に注ぐ。

 更紗が酒を一気飲みし、バルバラが十字を切って怯え、夏美がハリセンで藤吉郎にツッコミを入れる。


 藤吉郎は怯まずに、ドヤ顔で光秀に宣言する。


「竹中半兵衛の縁に縋るという事は、すなわち此の藤吉郎の部下に頼るという事。自然と、明智殿は藤吉郎の風下に立つ羽目になりますぞ」


 大笑いする猿面の青年から一歩下がり、光秀は半蔵に確認を取る。


「まさか…濃姫を、其の為に連れて来たのか?」


 この馬鹿話を頭から否定したりしない辺り、光秀の許容量は大きい。

 半蔵は、大いに頷く。


「織田の公式な仕事です。木下藤吉郎は、竹中半兵衛を口説きに来ました」


 明智光秀(朝倉家契約社員)は、木下藤吉郎(織田家正社員課長クラス)を色々な方向から見直す。

 見直しても、好色そうな猿顔以外、何も分からない。

 藤吉郎は、ドヤ顔で観察させる。

 光秀は、頭を捻り、首を傾げ、彼への評価に悩む。

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