帰蝶の帰郷(4)
織田の忍びっぽい者と見れば、基地に引きずり込んで尋問・拷問・リンチ処刑に及ぶ彼らも、濃姫の前では大人しく控える。
目線を少し上げて、女性忍者たちに好色そうな視線を送る者もいたが、濃姫に睨まれると自粛した。
濃姫「だから、どうでもいいって」
月乃「半蔵様一人で十分ですよ」
更紗「始まったら、適当に手裏剣投げとけばいい」
バルバラ「いや、明日は登城だから、武器弾薬の消耗は可能な限り避けよう」
夏美「明日が本番です。大事を取るか、肩慣らしとして処理してしまうかが、問題です」
夏美の発言に、女傑五人が『織田死ね団』の方を三度見る。
『織田死ね団』は、とてつもなくナメラレている事に気付いたが、動けない。
濃姫の一行の中で唯一の男の存在が、彼らの足を止めてしまう。
半蔵は穏やかな顔で普通の男を演じているが、仕掛けようとする方では、隙を突こうとする度に死亡フラグが脳裏をよぎってしまうので、誰も攻撃できないでいる。
リンチ目的で群れる低レベルな集団でも、戦場での経験で育んだ勘が告げる。
その男に仕掛けたら、即死すると。
相手が怯えて全く仕掛けて来ないので、半蔵は、ちょっと傷付く。
(あれ? 俺はもう、普通の人間と見做されないのか? 鬼面じゃないのに? 普通のフリが、無理? 強く成り過ぎた? 過ぎた? が〜ん)
因縁を付けられたら速攻で皆殺しにするつもりでいた半蔵は、早々に方針を変える。
濃姫「やめよう。宿場の往来で、二十人分の中身をぶち撒ける行いは。可哀想だよ、二十人分の血と血反吐と臓物と糞尿を掃除する人が」
月乃「半蔵様なら、そんなに汚さずに殺せますよ」
更紗「数人残しておいて、掃除をさせればいい」
バルバラ「鉄砲じゃ半殺しに出来ないので、観戦する」
夏美「刀槍を使えばいいのでは?」
バルバラ「やだよ、今更近距離戦闘とか」
更紗「バルバラ。最近、腕が落ちただろ?」
バルバラ「そういう細かい事は、もう神様の手に委ねているから」
濃姫「神様って、そういう扱い方でいいの?」
段々と話がズレてきた女性陣の会話の間、『織田死ね団』は死にたくないので礼儀正しく待った。
待った。
待つだけ無駄だった。
女性陣の会話は、終わらない。
可哀想な『織田死ね団』に対して、服部半蔵は丁寧に教えてあげる。
「良かったですな。濃姫様は、君たちを手討ちにする気はない。もう帰ってしまって構わないですよ」
そういう事にしておこうよという半蔵の気遣いは、『織田死ね団』の僅かに残されたプライドに阻まれる。
「い、いや、我々はまず、濃姫様を美濃に引き止め…」
「する訳ないでしょ?! 織田
半蔵の情報に、『織田死ね団』が途方に暮れる。
「あと、皆さんが捕まえて拷問して殺している織田の忍者と見做されていた人々について。自分が調べただけでも、この半年で八人、無関係の者が冤罪で殺されています。君たちは、諜報活動には向いていません。無実の人間を殺し続けるだけだから、『織田死ね団』なんて効率の悪い活動は、止めなさい」
細かくも決定的なダメ出しをされて、『織田死ね団』は半蔵からジリジリと下がりながら誰何する。
「拙者は、三河の松平様に仕える、服部半蔵です。今回は、濃姫様の護衛として参りました」
その名に聞き及びの無い者は、居なかった。
彼らは、自分たちが虎の口に頭を突っ込んでいる事態を悟り、身を竦ませる。
もう遅いが。
「現在、伊賀忍者を基本にした情報網を全国規模で展開し始めています。『織田死ね団』の事を耳に挟み、機会があれば忠告しておこうと思っておりました」
冤罪云々はハッタリだし、組織も準備段階だが、相手には見抜く術がない。
服部半蔵のネームバリューが、美濃にまで響いているから効いてくるハッタリである。
プロ中のプロからの忠告に、『織田死ね団』の心がぐらぐらぱきんと折れる。素人自警団が、ジェームズ・ボンドに諜報活動を添削されたようなものなのだ。
折った上で、慰めにかかる。
「拙者も三河で皆さんと同じような苦労をしてきましたので、お気持ちはトテモ理解できます。国主が非力な時代に、隣国の有力大名に何をされるか、体験しております。あれは、辛いです。悲しいです。悔しいです」
半蔵が誑しに入って注目を集めている隙に、藤吉郎は素早く物陰から出るや、明智光秀の泊まる宿屋へと、逃げ込む。
勝てない叶わないと怯えた相手に慰められ、『織田死ね団』の面々は必要以上に絆されていく。
「我慢して従うのも、敵対するのも有りです。どの道を選ぼうと皆さんの自由ですが、徒党を組んで領内の人々を冤罪で殺すのは、いけません。
もう、こういう活動は止めて、各自帰宅して身の振り方を考えるべきです」
半蔵は、話を『織田死ね団』不要論に持ち込んで締める。
彼らには、今夜は大いに悩んでもらって、濃姫一行を失念してもらう。
今夜だけ忘れてくれれば、半蔵の勝ちである。
とぼとぼと帰る『織田死ね団』へ、真心を込めているかのように礼をして見送ってから、半蔵は皆を明智光秀の選んだ宿屋に入れる。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます