帰蝶の帰郷(3)
明智光秀が、再び二階から顔を出す。
「信じなくていいから、離れろよバカ姫!」
三十代半ばの脂の乗り切った武将は、イケメンを台無しにする程に不機嫌に歪めてクレームを繰り返す。
「こっちは今、朝倉家の使い出来ているんだから、巻き込むな。離れろって言ってんだろ!」
明智さんは、再就職先を失いたくなくて、必死。
半蔵は、情報を確認する。
「この城下には、織田の関係者に狼藉を働く集団が出ると聞く。そろそろ定時巡回で通る頃かな?」
光っちゃんは、二階から身を乗り出して半蔵の鬼面を凝視する。
「貴殿、分かっていて、そんな目立つ場所で駄弁っていたのか?」
「濃姫様に八つ当たりさせてあげないと。城の中で爆発しても困る」
言いながら半蔵は、明智光秀が余計な荒事を嫌う性格だと当たりを付ける。
(厭戦家なら、此度は敵に回らないな)
半蔵は明智光秀を、そういう人物として覚えておく。
濃姫は、往来の左右を見回しながら、半蔵に抗議する。
「おいこら、半蔵。帰蝶を血に飢えたジェイソン君みたいに扱って、風評を吹かすものではないぞ?」
「もっと酷いでしょうに」
「言ってくれるなあ、鬼面マン!」
濃姫が喚く間に、獲物たちが獲物の自覚なしに、近寄ってくる。
『天誅』『織田死ね』のノボリを立てて歩き回る悪趣味な集団は、今の美濃に一つしかない。
美濃を守るためと称して、怪しい者を根城に連れ込んでリンチするチンピラ武士集団『織田死ね団』
通りかかっただけで、宿場の従業員たちが顔を顰める程度の連中ではあるが、藤吉郎は顔色を変える。
「やば」
木下藤吉郎は、物陰(空桶の中)に器用に身を隠す。
交渉さえ認めずに殺して済ませる過激な手合いが相手では、藤吉郎の才能を活かせない。
(話さえ聞いてくれたら、最低でも友達に成ってみせるのに)
団員のほとんどは、織田の侵攻が原因で家族を亡くした経験のある者ばかり。織田関係者への下司な行為に、あまり抵抗がない。
既に同業者が、二人殺されている。
「ガンバってね、半蔵。忍者の敵だよ」
藤吉郎は、それだけ言って空桶に引っ込む。
守る人数が減ったので、誰も突っ込まなかった。
身形だけは整った武士二十人の団体が、服部隊を視認して目をパチクリさせている。カラフルで魅惑的な怪しい女忍者たちを見た反応としては、正しい。中には、勃起してしまった気の早い者もいる。
ついで、濃姫を認めて仰け反る。
日中の美濃衆と違い、逃げずに接近してくる。
度胸が有るのではなく、二十人いるから大丈夫という、頭の悪い理由からだ。
半蔵は、獲物が逃げないように、鬼面ではなく普通の平凡な顔で出迎える。今夜の安全を確保するには、獲物に逃げられると、困る。
間近で一団の顔を見て、半蔵はやや失望する。
歯応えの有りそうな者は、全くいない。
(まあ、この手の弱い者イジメ集団に参加するような奴に、名のある武士はいないか)
一団は、濃姫に対して口上を述べ始める。
「我々は、『織田死ね団』! 青き清浄なる美濃を守る為に、織田に与する者に、天誅をくわえ…」
「膝を付いて頭を垂れてから名乗れ、痴れ者。誰が帰蝶への直視を許した?」
不機嫌に戻った濃姫のプレッシャーに、二十人はビビって片膝を着いて頭を下げる。
それぞれ名前を名乗るが、濃姫の反応は冷淡だった。
「どうでもいい名前ばっかり。ハズレだ、半蔵。好きにしていいぞ」
名乗らせておいて、雑魚扱い。
父の仇ランキングに入らない美濃衆は、眼中にない。
濃姫は、『織田死ね団』を見るのを止めて、宿の選定に入る。
「下々の宿に泊まるのは、初めて。チップは必要ないか?」
「清潔さで選びましょう。ノミ・シラミ・ダニは一切認めません」
月乃が断固主張する。
「風呂の大きさですよ、姉御。二人で入れる広さの風呂があれば、機動性技が可能なのです」
今晩は夜伽予定の更紗が、腰を振りながら大型風呂を推す。
「敵地だから、夜伽は延期よ」
夜伽のローテーションを管理する月乃が、牽制する。
「敵地の方が排卵するって、婆ちゃんが言っていた」
更紗は、平成仮面ライダーっぽい決めポーズで、月乃に抗う。
「今夜の更紗は、排卵ダーG7」
「戦況は刻一刻と悪化しているのよ」
月乃と更紗がストロングスタイルの喧嘩を始める。
「やっぱり、民間の宿は止めて、伊賀守の屋敷に行きませんか? 待遇違うし、金を払う必要もないし」
バルバラ音羽陽花が、目先の宿賃惜しさに、話を振り出しに戻そうとする。
「バルバラにもツッコミ入れたいが、今は『織田死ね団』の方に注意を向けるべきでは?」
夏美の発言に、女傑五人が『織田死ね団』の方を再び見る。
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