猿面、アゲイン

 小牧山城(現・愛知県)は、織田の旧本拠地・清洲から北へ五里(約二十キロ)の所にある。

 濃尾平野の中にポッコリと小山がある場所で、信長が初めて城を築かせた。

 美濃攻略の為だけに、信長は小牧山城に本拠地を移した。必要に合わせて本拠地を丸ごと移転する信長の極端な引っ越し人生は、ここから始まっている。


 二月に訪れた服部半蔵&忍者妻四人は、堅固な小牧山城を中心に、城下町が清洲以上の盛況を見せている姿に驚く。


「町って、たった数年で此処まで発展できる物なのですね」


 月乃が、現金な町の賑わいに少し引く。

 どれだけ賑わおうと、城の主はアレである。


「勝っているのか」


 半蔵が、かなり失礼な感想を口にする。


「微妙な戦況だったからねえ…げっ、同じ値段」


 バルバラ音羽陽花が、露店に売り出してあるカステラが堺と同じ値段で売られていたので驚く。


「変な国ですね。勝率五割程度なのに、銭廻りだけは堺や京に負けない」


 夏美が首を捻って不思議がるのも無理はない。

 織田の戦況は、決して強国のものではない。


 三河への侵攻を諦めた信長は、ここ数年は美濃攻略に専念している。

 美濃側は国主が代替わりして若いボンクラになり、以前は連戦連勝だった信長に負けるようになり、織田に鞍替えする者が続出す。一気に信長の領地になるかと思われた。

 だがしかし。

 竹中半兵衛が美濃側の軍師として指揮を取った途端、形勢は再び織田の連敗に戻された。


「いくら軍師・竹中半兵衛が凄くても、相殺出来ない位に不安なボンクラなんだよ、美濃の斎藤龍興たつおきは。だから、美濃の有力武将は、次々と殿に鞍替えしているのさ」


 木下藤吉郎秀吉が、ちゃっかり忍者妻四人組の中でトークに混じっている。

 月乃から『助平で軽薄で油断のならない猿面エロ怪人』と聞かされていたので、他の三人も直ぐに名前に思い至る。


「久しいな。織田様の元へ、挨拶に参った」

「何じゃい、城下町で美人を四人も侍らせて。見せびらかしに来たのかと思ったぜ」


 秀吉の方は、何時ものように馴れ馴れしくも、様子見である。

 桶狭間の戦いまで忍んで密会していた服部半蔵が、全く忍ばずに来訪したのだ。しかもアポなし。


「実はな、京や堺でも、諜報活動を行う事になった。織田にも断りを入れておこうと思って」


 秀吉の笑顔が、凍る。

 城下町でも人出の多い市場で、何も隠さずに、この台詞。   


「芸風が派手になったもんだ。まあ、殿は、その方が好みかな」 

「じゃあ、繋ぎを頼めるかな?」

「そこまで偉くなってないよ。未だ。城で普通に、お目通りの手続きを踏んでくれ」

「あ〜あ。待たされるのか」


 更紗が、無表情なりに失望を溜め息で露わにする。

 秀吉のプライドに障った。


「でもまあ、半蔵の頼みだしなあ。とっておきの極秘情報を教えてあげよう。今日は、夕餉の後で信玄公への手紙を書く予定だから、他の用事は断っているぜ。訪ねに行くなら、その時刻が狙い目だ。あのお二人は、月に一度は文通してんだぜ」


 信長が信玄のペンフレンドと知り、半蔵は結構動揺する。

 動揺すると、失言も出る。


「まるで三ツ者みたいだな」


 半蔵の台詞に、秀吉は珍しくムッとして言い返す。


「向こうがそう思ってくれているうちは、殺されずに済むじゃないか。まともに戦おうとする、三河の方がイカれてるぜ」


 半蔵は、妻たちと一緒に笑顔で応えた。

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