瀬名姫、激おこ?(6)    

 確かにもう逃げられないので、半蔵は侘びを入れる。


「すまない」


 だけでは不十分なので、釈明も述べる。


「みんなとの子作りに、不満は全然ないです。毎度、楽しんでいます。ただ、当たると折角の腕利き忍者が、最低でも二年間は戦線離脱するのが勿体ないなあという打算が働いたのも事実です。すみません」


 呻く陽花に対し、注釈を付ける。


「験担ぎに一発必中で狙った方が、鉄砲撃ちの陽花は悦ぶかなあと考えていたけど、俺が浅はかでした。次は弾が尽きるまで撃たせていただきます」

「分かればいいんだよ、分かれば」


 簀巻きのまま、陽花はドヤ顔で機嫌を直す。

 月乃の責める視線が辛くて、服部半蔵は降伏する。


「契約の変更に応じる。月乃の言いなりでいいよ」


 半蔵は、月乃に裁定を任せる。

 月乃は、望み得る最高の機会に、塾考を始める。


 月乃が、オーバーヒートしながら気絶した。


「おい、月乃。どんなエロい内容を考えやがった? 吐け、そして共有しろ」


 更紗が、月乃の頬をペシペシ叩く。

 目を覚ました月乃は、正座して半蔵に向き合う。

 めちゃくちゃ睨んでいる。


「けっ」

「け?」

「結婚して下さい! 四人全員と!」


 服部半蔵の顔に、『しまった』という文字が浮かんだ。

 四人全員、半蔵の返事を聞かずに、服を脱いで包囲網を狭める。


「むうん」


 服部半蔵の生殖器に、逃げ場は無かった。


「むうっ」



 瀬名姫を引き取った波紋は、最小限に留められたと、誰もが思った。

 幽閉とはいえ、上り調子の松平家康の正室のまま。

 今川家がどう落ちぶれても、三河国主の長男と長女の生母である以上、粗略には扱われない。

 この夫婦は、それで手打ちだと、皆が思った。

 瀬名姫は、駿府から付いてきた侍女たちに、何も告げない。

 岡崎城で新たに付けられた侍女たちにも、何も告げない。

 どんな方法で松平家康に報復するのか、誰に教えないまま、その寺で眠りに就く。

 その影響の大きさを、誰もが見誤った。

 永く、大きく、見誤った。

 服部隊の情人忍者四人組への影響は、子作りに本腰を入れる決意を固める事だった。

 他への影響は……




「普通の戦国大名だな」


 空誓くうせいは酒杯を空けながら、感想を述べた。


「普通に戦国大名です」


 順正じゅんせいは、空誓の杯に要領よく注ぐ。

 身なりの良い二人の僧兵は、本證寺ほんしょうじの鼓楼の上で度々酒盛りをする。

 空誓は一応、宗教団体『一向宗』三河支部のリーダーなので、隠れてこっそりと、今日の用事が無くなってから、飲んでいる。

 付き合う順正も僧兵を束ねて寺を一つ預かる身だが、空誓との酒宴を断った事がない。

 そこから本證寺を囲む土塁や水濠、三つの寺院を睥睨しながら酒盛りをするのが、二人の贅沢だった。

 三河武士が質素な岡崎城で気焔を挙げようと、三河で最も防御力の高い城は、この本證寺である。

 西三河に侵攻を繰り返した織田勢すら、本證寺の仏教徒勢力には手を出していない。


「三河武士の門徒が、器量人だ生き仏だと散々持ち上げていたなあ」


 順正は、伸び放題にしている長髪をくるりんと弄りながら、空誓の話にどう合わせるか考える。

 順正は、松平家康への人物評を、考えたまま伝える。


「あれは、今川義元によく学びました。この二年間に三河で行った統治は、義元の政治手腕と同じに見えます」

「同じなんだよねえ。困るよねえ、今川義元と同じじゃ」


 空誓は、肴の湯豆腐に箸をつけながら、困ってみせる。


「三河衆と同じ期待を、拙僧は義元に抱いていた。寺で修行した経験のある戦国大名だもの。僧に良くしてくれる大名だと期待するに決まっているじゃないか」


 順正は、空誓の話に集中して酔いを退ける。


「でもさあ、あの人。一向宗に向ける目は、敵を見る目だった。この寺の権利も、全否定したし」

「戦国大名から見たら、守護不入(治外法権)の権利は邪魔なのですよ」

「邪魔というより、力任せに統一しようとするよね。迷惑なんだけど」


 領地内への役人の立ち入りを免除される守護不入という権利は、戦国時代に入ると各地で全否定され始める。領地内で税徴収や犯罪者の逮捕が出来ない区画があると、治める方は面倒臭くてたまったものではないのだ。

 とはいえ、その権利を受け継いでいる空誓にすれば、戦国大名が侵略をしに来たとしか受け取れない。


「戦力を誇示すれば、認めると思うんだよねえ」


 空誓が、本題に入ったと、順正は集中する。


「戦力が上だと分からせれば、戦国大名でも尻尾を振るんだよ。松平家康の祖父は、この本證寺の守護不入を認めた」


 家康の祖父・清康は、西三河の安定の為に、一向宗の権利を認めた。それだけの勢力を持っている。


「松平家康の父は、今川の為に嫁と別れ、息子を人質に差し出した」


 順正は、話のオチを察する。


「松平家康は、我々に脅されれば、何を差し出すのかな?」

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