瀬名姫、激おこ?(7)

 ここで順正は、至極もっともな質問をする。しないではいられない。


「あのう、開戦の切っ掛けをでっち上げて兵を挙げても、門徒達は素人ばかりですし、僧兵は本物の戦では役に立ちません。歴戦の三河武士に蹴散らされてお仕舞いですよ?」


 空誓は、肴を入れていた器を怪力で握り潰しながら、話をピークに持っていく。


「その三河武士の半分は、俺の門徒だろ?」

「…いやいや。主君を取らずに、一向宗を取りますか?」

「取らないよ」


 転ける順正を肴に酒を飲み干しながら、空誓は細工を明かす。


「主君を討てと持ち掛けたら、そら断るな。でもな、家康の祖父さんが認めた守護不入を、認めさせるだけだ。その為の武力誇示だけなら、信仰の馳走として参加し易いだろう?」


 成る程なと頷きかけて、順正は最悪のケースも質問する。


「しかし、その場では守護不入を認めても、後で我々が駆逐されませんか?」


 カノッサの屈辱と同じオチである。


「この超弩級城塞寺院・本證寺が、三河衆如きに落とせると思うか?!」

「思います」


 今度は、空誓の方が転けた。


「何を自惚れているのですか? 岡崎城程度と比べて安心なんかしないで下さいよ。下の上くらいですよ、この本證寺の防御力は。三河衆が攻めて来たら、二日しか保ちませんよ。本職の戦闘力を、なめないで下さい」


 空誓は転けたまま考えを修正し、起きてから改正案を言い出す。


「じゃあ、守りには回らず、兵を集めて岡崎城を囲む。囲んで、守護不入を認めさせたら、和議を結ぼう」

「それが現実的です」


 今度は順正も、異議を唱えない。

 それなら、限りなく一揆に近いデモ行進で終われる。

 戦上手を相手に宗教団体が戦争を仕掛けるなど、自殺行為だ。


「で、家康は今川の美姫を持て余しているから、拙僧がお持ち帰りしよう」


 順正が、空誓の足を払って転がす。


「空誓様。酔っていますね?」

「うん。今のは僧に有るまじき怪しからん発言だね」

「二度と言わないで下さい。見捨てますよ」

「瀬名姫の方が望んでいたら、どうする?」

「アホか」


 順正は、生臭坊主の空誓がプリンセスにモテるとは一切考えていなかった。


「どうせ寺に幽閉されるなら、本證寺の方が良いって、瀬名姫が寺の僧に零したそうだ」


 そんな都合の良い噂話を、空誓は頭に染み込ませてしまっていた。


「今日は、もう酒を飲まないで下さい」


 順正は、酒の所為だと断じる。


「いやでも、助けたら喜ぶだろう、瀬名姫」

「美姫を寝盗りたければ、一人で岡崎城に行って下さい」


 空誓の頭に巣食った煩悩ファンタジーには付き合わず、順正は場を外す。

 自分が賛成しなければ一向一揆は起きないと、順正は思っていた。

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