第63話 光

 

 

 剣が鞘に収められると、水晶玉に映る外の世界に変化があらわれた。

 オラリオン中を覆っていた蠢く空から、大地が焦げるかと思われるほどの稲妻が落ち、水蛇に直撃するとゾッとするような音を発した。瞬く間に水蛇は炎に包まれ、暗黒の空に向かって一本の燃え盛る炎の柱が立ったようだった。


 燃え盛る炎の柱は、真っ黒に轟く空を紅く染め上げていった。

 紅く染め上げられた空は徐々に色を変え、神々しいまでの光を放つ金色の粒となって大地に降り注いでいった。

 その金色の光は、世界に降り注ぐ希望の光のようだった。

 暗黒の空は消え去り、もう見ることが出来ないと思っていた美しい空が広がり始めた。

 一点の曇りもなく青く青く美しく澄み渡り、白い小さな点のようなものが泳いでいるのが見え始めた。

 最果ての森に逃げ去っていた鳥達がかえってきたのだ。

 一際大きくて白い鳥が甲高い鳴き声を上げると、他の鳥達も鳴き始めた。鳴き声が陽気な歌のように響き渡ると、分厚い布で覆われていた太陽が少しずつ顔を出し、鳥達は曙光とともに飛び交ったのだった。


 太陽が完全に顔を出すと、大陸に充満していた恐ろしい空気を吹き飛ばすような爽やかな風が吹いた。

 聖なる泉の紅く染まった水面を揺らすと、徐々に激しくなり大きく渦を巻き出した。噴水のように辺り一面に紅い水が撒き散らかされると、残酷な光景は一変した。人間だった者達の残骸と粉々に砕け散った武器、渦巻いていた恐ろしい臭いの全てが、紅い水によって溶けていき大地に吸収された。

 横たわっていた死は生へと変化を遂げたのだ。

 新しい春が来たかのように新緑が萌えだし、枯れていた木々には金色の葉が茂り、枝には赤い果実が実るものもあった。


 そして聖なる泉の水面には、炎に包まれて死んだはずの水蛇が蘇り、大きな鳥へと姿を変えていた。長い首と4枚の大きな翼を持ち、金色と赤で彩られた羽毛の美しい鳥だった。

 ハープの音色のような麗しい声で鳴くと、光り輝く嘴を聖なる泉の紅い水面につけた。すると聖なる泉が元の美しい水色を取り戻した。

 アクアマリンのような輝きは以前にも増してよみがえり、水面はきらきらと光り輝いた。

 優しい風が吹く度に、美しい水の音が辺りに響き渡った。

 

 上空からでも分かるぐらいに聖なる泉が澄み渡ると、空を飛び交っていた白い鳥が一羽舞い降りてきた。

 つぶらな瞳の可愛らしい白い鳥は、大きく美しい鳥を見ると目をパチクリさせたが、水の音に惹かれるように水面に嘴をつけて水を飲み出した。

 まろやかな味に喜んで高く鳴き声を上げると、他の鳥達も舞い降り、鳥の楽園となっていった。


 大きく美しい鳥は、しばらくその様子を眺めていたが、燦々と輝く太陽に呼ばれたかのように空を見上げると麗しい鳴き声を上げてから飛び立った。

 大きな翼をはためかせながら、聖なる泉の上空を何度か旋回した。麗しい声が次第に教会の鐘のような鳴き声に変わると、厳しい目をしながら、オラリオンの城を目指して飛び去っていった。


 大きく美しい鳥は、鳴き声を上げながら翼を煌めかせて飛び続けた。


 蠢く空に恐れ慄いていた人々は腰を抜かして目を瞑り耳を手でふさいでいたのだが、教会の鐘のような救いの音を聞くと、うっすらと目を開けた。 

 地面に見たこともないような生き物の影を見ると、救いではなく世界の終わりかと思い直して怯えながら顔を上げた。  


 しかし、見上げた空は違っていた。

 絶望ではなく、希望が広がっていたのだ。


 空はすっかり青く澄み渡り太陽は輝いていたので、人々は感嘆の声を上げた。地面に座り込んだり涙ぐむ者もいた。 

 太陽の光を浴びながら4枚の大きな翼をはためかせるたびに、人々の目に映る鳥は神々しさを増していった。金色と赤で彩られた翼は燃えたぎる力のようにも見え、希望のない暗い毎日の中で忘れかけていた戦う力を今一度奮い立たせようとしていた。

 何も感じなくなった心を取り戻させようとした。

 見ているだけの者達に、疑問を投げかけた。

 死の影を人々に味わわせたからこそ、生きるとは何かを問いかけた。覆い被さった絶望を、そのまま受け入れるのかと問いかけたのだった。

 人々は手を伸ばしたが、伸ばすだけでは届かなかった。

 待っているだけでは震えているだけでは、何も変わらず手に入れられないという事を教えるかのように、人々の前からすぐさま飛び去って行った。

 


 一方、王は窮地に立たされたかのような狂った顔で玉座に座っていた。王冠を誰にも渡さぬとでもいうかのように両手でおさえながら、歯をギリギリと鳴らしていた。

 轟く空が美しい空に戻ったことには安堵したが、「聖なる泉の方角から、大きな鳥が城に向かっている」と報告を受けると、王は気が気でなかった。

 王には立ち上る焔と煙がドラゴンのように見えていたので、ヨカラヌコトヲをもたらす鳥ではないかと思い、なんとしても射殺さねばならないと立ち上がった。


「城に向かってくる大きな鳥を射落とせ!

 あの鳥は、オラリオンに禍をもたらす死の鳥である!」

 と、命令を下したのだった。


 王命を受けた騎士と兵士は武器を持ち、城の庭で鳥がくるのを待ち構えた。弓を持つ者に、剣を帯びる者、槍を手にした者など様々だった。兜を被り鎧に身を包んで、澄み渡る美しい空を見上げていた。

 空は雲ひとつなかったので、大きな鳥を射るなど簡単な事だと誰もが思っていた。

 

 しかし大きな鳥がオラリオンの城の上空にやってくると、誰もが言葉を失い恐怖を感じた。

 澄み渡る空よりも、大きな鳥は美しかった。

 彼等が失いかけていた高潔さそのものだった。

 この鳥を射れば、真実に騎士としての高潔さを失ってしまうと感じると、弓を持つ者の手は震えた。  

 自分達は「何に」向かって矢を放つのだろうかという疑問が湧き起こったのだった。  


 見上げた先にいるのは、彼等の知っている鳥ではなかった。  


 第1軍団騎士団隊長の命令によって矢は放たれるのだが、隊長はなかなか命令を下さなかった。この男こそ、エマを隊長に後押しした男だった。

 大きな鳥はゆっくりと優雅に旋回していたので、矢を放てば簡単に命中するのだが、隊長は厳しい顔をしながら見つめるだけだった。 


 隊長の額には、汗が滲んだ。

 兜が重く、息をするのも苦しかった。今すぐに兜を脱がなければならないと感じ始めた。


 城の塔に翻る忠誠を誓う旗を見てから、ふたたび鳥に目を向けると、遠く離れていても鳥の美しさの方がはるかに勝っていた。

 なんとも言い難い神々しさを感じた。

 それは王を護衛し、エマをオラリオンの勇者として見送る為に白の教会に訪れた時に感じた神聖さと同じものだった。耳を澄ますほどに、大きな鳥の鳴き声が厳かな教会の鐘の音のように聞こえた。

 すると、エマの顔が浮かんだ。

 弓の勇者が何か偉大な事を成し遂げ、大きな鳥が「大切な事」を知らせに来たのかもしれないと思った。


「隊長!どうされたんですか!?

 王命により、オラリオンに禍をもたらす鳥を射なければなりません!」

 と、騎士が叫んだ。


 隊長は騎士の数名が騒いでいる声で我に返った。

 唇を噛み締めながら手を上げかけたが、眩しく輝いた太陽の光で目を覆った。

 隊長は苦しみの声を上げ、指の隙間から大きな鳥を見ると、衝撃を受けた。

 鳥には存在しないはずの4枚の翼を見た。

 陽の光で輝く金色と赤の羽毛は、燃えたぎる炎のようだった。愚かな王に仕えるうちに燃え尽きた騎士の心を燃え上がらせた。

 隊長の目は、開かれた。

 強烈な一つの思いに突き動かされた。

 ここにいる騎士達の中で、この愚かな行為を止めることができるのは第1軍団騎士団隊長である己だけだと分かると、覚悟を決めた。


「弓を下ろせ!

 矢を放ってはならぬ!」

 隊長は大きな声で命令した。


 周りの者達がどよめくと、隊長はマントを翻した。

 吹く風が強まり、隊長のマントが不穏な空気を切り裂くかのように翻ると、ざわついていた騎士と兵士は静まり返った。


「あの鳥の声は、教会の鐘の音のようである。

 この世界の鳥には存在しない4枚の翼をお持ちだ。

 神が遣わされたに違いない。

 燦然と輝く陽の光を浴び、燃え上がる炎のような美しさで我等の目を覚まさせる為に現れたのだ。

 弓を引いてはならぬぞ!

 王命が神に弓を引くものであるのならば、我等は服従してはならない!我等は神への献身を誓う騎士である!我等は神の遣いを守護しなければならない!

 我等は騎士の誇りを見失っている!

 我等は考える事ができる!自らの目で正義を見る事ができる!力のある我等は選び導くことが出来るのだ!

 我等は陽の光から目を背けてはならない!

 正義の光によって、騎士の弓を握る我等が目を覚まさなければならない!

 騎士達よ!兵士達よ!

 我等の弓は、偽りと不実を守る為ではない! 

 正義と誇りの名の下に我等は一つになり、騎士の弓を掲げなければならない!」

 隊長は騎士達の目を覚まさせるような鋭い声で叫んだ。

 そして弓を地面に置くと兜を脱いで跪き、陽の光をまとう鳥を見上げ、攻撃の意思がないことを示した。


 大きな鳥は隊長の思いを受け取ると、隊長の言葉が真実であると証明するかのように、周りの騎士や兵士の心にも響くような厳かな鳴き声を上げた。

 その鳴き声は、全てを圧倒した。

 塔に翻っていたオラリオンの王の旗は風に飛ばされ、2度と戻ることのない遠い場所へと飛ばされていった。

 長い年月もの間覆い被さっていた澱んだ空気を、一瞬にして消し去った。

 騎士達の目は、その光景に釘付けになった。 

 高潔な魂を持つ騎士と兵士は、隊長と同じように兜を脱いで跪いていった。

 だが、偽りの騎士と兵士の体は鉛のように重くなり、様々な悪事を働いた両腕が痺れて、地面に体がへばりつき動けなくなった。


 大きな鳥は隊長に不実なる者を教えた。

 エマと隊長が手を取り合いながら偉大な事を成し遂げられるように、裏切り者を罰したのだった。



 大きな鳥は役目の一つを果たすと、もう一つの役目を果たす為に美しい翼が燃え上がり出した。青い空を、金色と赤に染め上げた。


 そしてダンジョンの方角を見ながら、大きく鳴き声を上げた。


 旋回している間に浮かび上がったオラリオンの城の塔の壁に描かれた魔法陣を、今から破壊すると報告したのだった。

 黒い光を放ち出したのは、リアムが描いた闇の魔法の魔法陣だった。疫病を流行らせ、人間が作り出すどのような治療薬も効くことがない強力な魔法が施されていた。

 大きな鳥は魔法陣を焼き尽くす為にさらに燃え盛り、鋭く尖った爪を剥き出しにしながら、魔法陣めがけて大きな鳴き声を上げながら真っ直ぐに向かっていった。

 凄まじい音を上げながら大きな鳥が魔法陣に吸い込まれると、太陽が突然あらわれた分厚い雲に隠れて辺りは真っ暗闇になった。魔法陣を引き裂くような音だけが響き、その音は雷の音のようだった。

 ゴロゴロと一際大きな音が鳴り響くと、金色の閃光が空に向かって放たれた。太陽を隠していた分厚い雲を切り裂くと雲はちりぢりになり、明滅する白い光の粒となって3つの国に降り注いだのだった。


 ユリウスの光の魔法

 この世界を統べる者だけが使える、世界を包み込む癒しの魔法だった。


 その光を見た騎士達の心は揺り動いた。

 降り注ぐ光が、跪く騎士と兵士に新たな使命を与えたのだった。

 すると騎士と兵士達は白い光によって輝くそれぞれの武器を握りしめて立ち上がり、いっせいに高らかな声を発した。

 新しい使命を果たすまで、彼等は弓を掲げるということを光のもとで誓い合った。

 

 その光と騎士が立ち上がる声は、魔法使いの子供達の室にも降り注いだのだった。





 広場の天井からも明滅する白い光の粒が降り注いだ。

 白い光の粒が体に降り注ぐと、アンセルとアーロンの体から流れ続ける血は止まり痛みもなくなった。体はあたたかくなり穏やかな気持ちにもなったが、斬られた傷跡は消えることはなかった。エマの右手首にトグロを巻いていた蛇も消え、アーロンの右腕でうようよと動いていた黒い蛇のような生き物も消えていた。

 だが勇者の体に互いに交わした印として、くっきりと刻み込まれたのだった。


 一方、フィオンはうつ伏せになったまま倒れていた。しばらくピクリとも動かなかったが、指先が軽く痙攣すると感覚を取り戻し、手をつきながらゆっくりと顔を上げた。

 表情は憔悴しきっていたが、自らを取り戻したフィオンであった。彼の体には傷一つなかったが、右目の色は本来の茶色から色を濃くしたような黒色になっていた。だが、先程まで彼を埋め尽くしていた暗闇も絶望も狂気もなかった。

 フィオンは立ち上がり、仲間のもとに歩いて行こうとしたが、自由に体を動かすことは出来ずに仰向けに寝転んだ。

 

 アンセルはその様子を見ると、ようやく安心して息を吐いた。

 ユリウスの力はクリスタルの封印の中に戻り、人間の世界は救われ、槍の勇者も自分を取り戻した。

 3つの国を救う英雄となる勇者はここに存在している。

 世界に、希望が残されたのだ。


 アンセルは破壊しつくされた広場を眺めていたが、感じているのは喜びだった。



 しばらく喜びの感情を噛み締めていたが、体はとてつもない恐怖を感じながら戦っていたので、ほどなくして疲れがどっと溢れてきた。

 柱にもたれながら息を吸い、額から流れる汗を腕で拭おうとしたが、腕は血がこびりついていたので、そのまま腕を下ろした。



「不思議な光によって血が止まり痛みも消えた。外の世界にも同じような光が降り注いでいた。

 一体…何が…」

 と、アーロンが言った。


 フィオンの容態をみていたマーティスが、アーロンの方に向き直って答えた。


「降り注いだ光は、癒しの魔法です。

 統べる者でもあるユリウス様が剣を鞘に収められたことで水蛇が姿を変えて美しい鳥となり、リアムが施した闇の魔法陣を破壊し、世界に光の魔法を降り注がせたのです。  

 聖なる泉は回復し、疫病にかかった人々も治癒されたのでしょう。

 暗く沈み絶望していた心にも光を見せ、失っていた燃え上がる熱き思いを抱かせたのです。」

 マーティスがそう言うと、彼等は世界の異変がおさまり元に戻ったことに安堵した。

 アーロンは友のもとへとゆっくりと歩き出した。腹部はひどく刺し貫かれ生々しい傷跡が残っていたが、体を動かしても痛むことはなかった。


 アーロンは、フィオンの側にしゃがみ込んだ。


「フィオン、大丈夫か?」

 アーロンは優しい声を出した。


「あぁ…体がやけに重いがな。」

 と、フィオンは言った。

 その声は紛れもなく友の声だった。


「信じていた…君は約束を守る男だから。

 良かった。戻ってきてくれて良かった。」

 アーロンは微笑んだ。


「お前の声が…届いてた。

 お前が俺に約束を守らせてくれたんだ。

 俺の方こそ、ありがとう。」

 フィオンもそう言うと、笑顔をみせた。


 そして、さらに穏やかにフィオンに話しかける声がした。


「本当に良かったわ。」

 エマもそう言うと、アーロンの隣にしゃがみ込んだ。


 エマはフィオンを見つめた。

 片方の瞳が黒色に変わっていることに気づくと、彼女は当惑したような顔になった。自らの右手首とアーロンの右腕も見ると、3人とも体が変化している事に気づいた。

 すると、まだ降り注いでいる白い光の粒が弓柄を一際明るく照らした。弓の弦も月から流れ落ちた糸のように輝いて美しさを増したような気がしたが、彼女の目は弓柄に釘付けになった。


「何なのかしら…傷でもないし…」

 エマは驚き、アーロンとフィオンに弓を見せた。

 弓には何者も読めない文字が刻まれていた。


 アーロンも首を傾げた。

 エマは不思議に思い、同じように輝きを放っているフィオンの槍をとりに行った。彼の槍はより太く頑丈になり、片手で握ると暴れ出しそうなほどの物凄い熱量を感じた。エマは両手で握り締めてしばらく眺めていたが、とても扱いきれるものではないと思った。

 槍に寄り添うように置かれていたリアムの杖を大切に手に取った。

 槍に比べて、杖はあまりにも細かった。その細い杖を持っていたリアムの顔と腕と悲しみを感じ取ると、喜びの気持ちも一気に消え去り、涙が頬を伝った。

 リアムの叫びが胸を抉っていた。

 その叫びは、決して忘れてはいけないものだった。

 エマは胸に刻み込んでから涙を拭うと、槍と杖を抱えながら戻ってきた。



「フィオンの槍も同じように見たこともない文字が刻まれているわ。」

 エマはそう言いながら槍を手渡した。

 フィオンが槍を受け取り、文字を眺めると、彼の右目の黒色がさらに深くなった。フィオンは右手で勇者の槍をしっかりと握り締めると、軽く空を斬ってみせた。


「前よりも…格段に力を感じる。」

 フィオンは惚れ惚れするような瞳で槍を見つめた。槍の穂先は、男の力に相応しい煌めきを放った。



「それも…俺にくれないか?」

 フィオンが切なそうな目で言うと、エマは頷いて杖を渡した。杖の先にあった宝石は苦しみから解き放たれ、フィオンが見てきた杖と少し違っていたが、それはフィオンと共にこの旅を歩んだリアムの杖だった。


「ありがとう」

 フィオンは下を向きながら言った。


 しばらくの沈黙が流れたが、フィオンは頭を振ってから、顔を上げた。


「なんだろうな…?この文字は…」

 と、フィオンは言った。


 その言葉に答えたのは、マーティスだった。


「英雄となるに相応しい力が武器に与えられました。

 ユリウス様が勇者の武器をにぎり、真の名の刻印を刻み込まれたのです。

 様々な困難にぶつかり迷われた時にも、進むべき光の道を武器が教えてくれるでしょう。」


 フィオンとエマが驚いて武器を見ると、その言葉が真実であるというかのように武器はさらなる煌めきを放った。


 そしてマーティスは広場の床に真っ直ぐに突き刺さっていた、ユリウスを主人としている長い剣を指差した。


「勇者の剣です。

 友との友情の証であり、いずれ必要となる大いなる力が宿っていることでしょう。

 アーロンよ、新たなる戦いの為に引き抜いてください。」


 その剣は持ち主を選び、相応の覚悟がなければ剣の重みによって押し潰され、掲げることすらもできない剣へと化わっていた。ユリウスが握り続けていた剣は、本来の力を最大限にまで引き出されたのだ。


 アーロンは柄を握り締めると、一気に引き抜いた。

 剣は鞘に収められているにも関わらず、力が溢れんばかりに燦然と光り輝いた。

 アーロンが剣を鞘から抜くと、右腕に刻まれた印が「剣の持ち主である」と叫び声を上げるかのようにドクンと動いた。

  


「凄まじいほどの力を感じました。

 言葉では上手く言えませんが、この体に刻まれた傷跡も共鳴し、体中に力がみなぎったのです。」

 と、アーロンは言った。


「刻まれたのは、印です。

 貴方達は卓絶した勇気を持って交わされたのです。  

 ユリウス様が体に刻まれた印は消えることはないでしょう。

 生涯を通して、英雄としての名に恥じぬ振る舞いをしなければなりません。

 特別な力を与えられたのです。

 何があっても破ることはなりませんよ。

 僕から言えるのは、これだけです。」

 と、マーティスは言った。



 勇者達がそれぞれの武器を手にすると、降り注いでいた白い光の粒が止み、彼等の注意を集めようと水晶玉が光った。

 広場にいる全員が水晶玉を見ると、そこにはユリウスとかつての勇者達が旅に出てからの光景が映し出された。  

 勇者達は黙ったまま、水晶玉を見つめた。

 かつての勇者達の真実の姿を見た。

 ユリウスが望む勇者にはなり得なかったこと、かつての決戦の真実、フレデリックがオラリオンから去った理由、唱えさせられている忘却の魔法、その全ての真実を知った。


 アーロンは首からかけていた羅針盤をゆっくりと取り出した。


「この羅針盤は、僕の手元にあってはいけません。

 どうか受け取って下さい。

 そして、クリスタルの側に置いてください。彼等も…そう願っているでしょう…。

 自由になれるかもしれない…いえ、きっと恐ろしい闇の魔法の呪縛から解かれるでしょう。

 苦しみのない世界にいける。そう…リアムのように…」

 アーロンは悲しい瞳をしながら言った。



「このような事は、2度と繰り返しません。」

 アンセルが受け取ると、アーロンはそう言った。


 黄金の羅針盤は豪華に輝いていた。

 だが実際は、生命を犠牲にして生まれた醜い物だった。

 本来は悍しい物であるからこそ、重たくケバケバしいほどに派手であり、正体が暴かれないように見てくれだけを異様なほどに飾っていたのだった。

 アンセルは悲しみのあまりにギュッと握り締めた。

 羅針盤からは、心臓の鼓動がしているような気がした。在り続ける事で、終わる事なく痛めつけられているようだった。


「魔法使いの子供達を、ユリウスの側にいさせてやりたい。」

 アンセルは羅針盤を見つめながら呟いた。


 アンセルは心を決めて、アーロンを見つめた。

 そこに絆があろうとなかろうと言わなければならないと思った。


 アーロンはアンセルの手の中にある羅針盤を見た。

 心ない人間によって弄ばれた生命は、心ある者達の手の中にあってようやく黄金ではなく本来の色を取り戻したように思えた。


「貴方達は魔物ではありません。

 僕達人間よりも、よっぽど人間のようです。」

 

 アンセルはアーロンが何を言うとしているのか分かっていたが、その言葉だけは明確に否定しなければならないと思った。


「俺達は魔物だ。」

 アンセルは厳しい表情で言った。


「俺達は、魔物である事に誇りを持っている。

 もしも俺達を人間というのであれば、それは魔物よりも人間の方が優位であるということにとれないか?

 まるで人間が上位種であり、魔物が劣等種のように聞こえる。

 その言葉を受け入れれば、俺達が人間のようになりたいと望んでいるかのようだ。

 人間のようだと言われても嬉しくはない。

 人間になりたいと思ったことはない。

 そして、これからも思わない。

 自らの種族に対して、誇りを持っている。

 その発言は、不愉快だ。」

 アンセルは厳しい顔をしながら言った。


「すみません。

 大変失礼な言い方をしました。

 僕が間違っていました。

 まさに傲慢な発言です。」


 アンセルは深々と頭を下げるアーロンを見ながら、先程言おうとした言葉をついに口にした。


「ダンジョンの封印を解除するのに、魔法使い達は本当に疲れただろうな。

 国に帰るのは、心身共にしんどいだろう。

 今、彼等の心の中には、どれくらいの不安と恐怖が渦巻いているのだろうか?辛い場所で頑張り続けるということは、頑張るということじゃない。それは牢獄だ。牢獄からは出さねばならない。

 そこでだ。俺は考えた。

 彼等が十分に疲れを癒やし、再び元気になるまで、このダンジョンにかくまってやろうと思う。」

 と、アンセルは言った。


 アーロンは彼の意図を察したのか、何も答えなかった。




「望みを果たすには、時間がかかるだろう?」

 と、アンセルは付け加えた。


 アンセルはアーロンにジッと目を注ぎ、エマとフィオンの顔も順番に眺めた。


「ルークとマーニャを、ダンジョンにおいていけということですか?」

 アーロンは率直に聞いた。


「そうだ。

 魔法使い達が人間から酷い事をされていると知った時から、俺に出来る事はないだろうかとずっと考えていた。

 放っておけない。もう、あんな思いはさせたくない。

 マーティスがいる18階層で彼等を保護したい。魔法と魔術は違うが、彼等が本来の力を取り戻せるように教えられることもある。

 このダンジョンには暴力を振るう奴はいない。いたとしても皆んなが止める。皆んなで暴力を振るう奴を止める。それが、このダンジョンだ。そして、何より、俺が許さない。

 望みを果たすことができたのなら、彼等を迎えに来い。

 きっと陸橋は受け入れる。

 お前ならば、ここに辿り着けるだろう。その右腕が手綱を引いてくれる。彼等を作りし主人のもとに。」

 アンセルはそう言いながら、アーロンの右腕の印を指さした。


 アーロンは少し間を置いてから、頭を振った。


「アンセル殿、それは出来ません。

 僕は最期まで彼等を守ると約束したのです。

 途中で投げ出し、彼等をおいて帰還するなど約束を自ら破るようなものです。」  

 アーロンはあくまでも食い下がった。


「投げ出してはいない。

 少しの間、ここに身を寄せるだけだ。

 それに俺は迎えに来いと言っている。」

 と、アンセルは言った。

 その顔は怒っているわけでもなく親しげで、魔法使い達の事を本当に心配している男の顔だった。


 アーロンが苦しい顔をしていると、アンセルはまた口を開いた。


「連れて帰ったとして、どうするつもりだ?

 今までのように側で守ってやる事が出来るのか?

 お前達は、いろいろと準備があるし、騎士としての仕事もある。 

 剣の勇者、槍の勇者、どうなんだ?出来るのか?

 答えは、聞くまでもない、不可能だ。

 魔法使い達を苦しみから救うとしても、それまで一体どれくらいの時間がかかる?

 俺は少しの間だけでも彼等をあの室にかえしたくはない。

 せっかく勇者達によって気持ちが救われたかもしれないのに、また室に戻るのなら、一度知ってしまった救い故に絶望感もさらに大きいだろう。

 それに、何かを知ったかもしれない魔法使いを、王達が妙なクスリを飲ませずに放っておくだろうか?

 国民から褒め称えられる英雄は、お前達だけだ。

 ダンジョンの封印の魔法を解いた魔法使いのことなど、今の人間の世では誰も気にもとめない。」

 と、アンセルは言った。 



 すると、アーロンは黙った。

 エマは苦い顔をして、フィオンも難しい顔をした。

 3つの国に帰るよりも、ここに残る方が、よっぽど安全に思えた。


「これは俺の提案だ。

 決断をするのは、俺でもお前でもない。

 騎士の側にいたいか、それともダンジョンに身を寄せるか、彼等に選んでもらおう。

 ユリウスは魔法を使った。

 あの絶大な力は何者の力であるか、魔法使いならば分かるだろう。ここでユリウスが生きていると、彼等は感じたはずだ。

 恐ろしいダンジョンで暮らすと思わないだろう。

 きっと、安心できるだろう。

 彼等に選ばせよう。」

 と、アンセルは言った。


 アーロンは剣を握り締めた。先程までユリウスが握っていた剣から力を感じ取ると、彼はもう否定の言葉は口に出来なくなった。


「自らがどう生きるのか、彼等自身が決めなければならない事だ。

 それを選ぶのは、俺達じゃない。」

 と、アンセルは付け足した。


「分かりました。

 ルークとマーニャには選ぶ権利があります。

 僕が決める事ではありません。

 僕が願うのは、彼等の幸せですから。」 

 と、アーロンは言った。



 アンセルとアーロンの話が終わると、マーティスがアンセルに言った。


「アンセル様

 勇者に、白き杖の加護を授けてもよろしいでしょうか?

 白き杖を握る聖職者が本来しなければならない祈りを、ここで捧げたいのです。」

 マーティスは強い眼差しで白き杖を握りしめた。

 髪と背中を斬られて体は弱くなり、アンセルの治療の為に魔力を使ったマーティスの顔は白くなっていたが、その手にはまだ聖職者が真の役割を果たす為の力が残されていた。


「俺からもお願いする。」

 アンセルがそう言うと、マーティスは嬉しそうに頷いた。

 

「そこに跪きなさい。

 白き杖を持つ僕が、聖職者としての役割を果たしましょう。

 祈りを捧げましょう。」

 と、マーティスは言った。


 その言葉を聞くと、勇者達は姿勢を正した。

 汚れのない真っ白な杖を持つ男が、急に厳かに見えた。

 場所でも、身につけている衣類でもなく、神聖なものを全身から感じたのだった。

 勇者は悪に立ち向かう武器を足もとに置いて跪き、頭を垂れた。


 マーティスは、世界を救う使命を背負った勇者の頭上に、白き杖を掲げた。


「我はここに祈りを捧げる」


 マーティスの低い声が響き渡った。


「神の光の元に集いし勇者達よ

 弓の勇者、エマ

 剣の勇者、アーロン

 槍の勇者、フィオン

 汝らは光のごとくあれ

 神の存在を常に感じ

 迷える民を正しき光の道に導き、世界を救いたまえ

 進むべき道に、いかなる困難が待ち受けようとも怯むことなく立ち向かい、乗り越えていきなさい

 友を信じ、助け合い、手を取り合いながら光の道を進みなさい

 我は、ここに授ける

 神より賜りし、白き杖をふるい

 汝らに白き杖の加護を授け

 汝らの進む光の道の先に、勝利という栄光を約束しよう」

 マーティスの琥珀色の瞳は陽の光のように輝き、白き杖が美しい輝きを放った。

 アンセルは祭服を着た厳かな男の幻を見た。

 聖職者が本来為すべき事を彼が為し遂げ、聖職者の誇りを取り戻し、神からも許されたかのようにアンセルの目に映った。


 マーティスの手には、キラキラとした光を放つガラスの破片のようなものが握られていた。


「顔を上げなさい、勇者達よ。」

 と、マーティスが言った。


 勇者達は目を開き、ゆっくりと顔を上げると、あの日見た白の教会の祭壇の前にいるような幻を見た。そこには聖職者がいたのだった。

 新たな戦いの始まりだった。


 

「光の輝きは、光の道に導きます。

 貴方達は勝利を手にするでしょう。僕は勝利の輝きを形にしました。

 王から、クリスタルの破片を持ち帰るように言われているのでしょう?

 これは必ず役に立ちます。」

 マーティスはそう言うと、アーロンに手渡そうとした。


 しかしアーロンは見つめるだけで、決して受け取ろうとしなかった。


「また勇者が嘘を重ねることになります。」

 と、アーロンは言った。


「この破片こそが、聖職者の祈りでもあります。

 ユリウス様が力を授けられました。

 ユリウス様以上の力を与えることなど僕には到底出来ません。

 僕に出来る事は、白の教会の証明を勇者に授けることです。

 貴方達が新たな夜明けを告げる時、この破片を空に向かってかざしなさい。

 暁の光の下で、堂々と宣言するのです。

 聖職者の祈りの鐘が白の教会から鳴り響き、貴方達が神によって選ばれた英雄であると証明します。」

 と、マーティスは言った。


「ありがとうございます。」

 アーロンはその言葉を聞くと、キラキラと様々な色で輝く破片をようやく受け取った。


「アーロン、よろしくお願いします。

 英雄となる貴方に、さらなる神の祝福がありますように。」

 マーティスはそう言うと、突然アーロンを抱き寄せた。アーロンは驚いた顔をしたが、彼のあたたかい温もりを感じると腕の中で体を震わせた。


「必ず成し遂げてみせます。」

 と、アーロンは力強く言った。





「それともう一つ、特別な贈り物があります。」

 マーティスはまた白き杖をふるい、大小2つのハートがついている指輪を3個作り出した。


「この指輪を、貴方達の愛する人に渡しなさい。

 大きな力と愛を具現化したハートが、貴方が心から愛する大切な人を包み込むでしょう。

 この指輪のように永遠に一つとなり、2人の愛を引き裂くことも壊すことも、決して出来ません。

 陸橋を渡り終えるまで指にはめておくことで、愛する想いと強い力を吹き込むことができます。

 貴方が側にいない時でも愛する人が守られる、指輪の加護です。」

 マーティスはそう言うと、アーロンに指輪を手渡した。指輪が美しい光を発して彼の顔を明るく照らすと、彼は愛する女性を思いながら左手の薬指に指輪をはめた。



 次に、マーティスはエマを呼んだ。


「貴方は、愛する人に近づく事が出来ません。

 騎士の貴方が、宮殿の女性に指輪を渡すことなど出来ない。

 次の三日月の夜に、貴方のもとに白い鳩がやってきます。その鳩に指輪を渡して下さい。

 白い鳩が、貴方の大切な人のもとに届けてくれます。

 どうか、オラリオンをよろしくお願いします。」

 と、マーティスは言った。


「分かりました。

 ありがとう…ございます…」

 エマは妹を思い震える声で言うと、大切に指輪を握り締め、自らの指にはめた。


「マーティス、これも渡してくれ。

 もう俺には必要のないから。

 きっと何かの役に立つだろう。」

 アンセルはそう言うと、矢筒に残されていた矢を抜き取り、マーティスに渡した。

 マーティスは矢に残された僅かな魔力を込めてから、エマに手渡した。


「これは特別な矢です。

 貴方の願いを形にするでしょう。

 どのような状況下であっても、貴方が狙う的へと矢は飛んでいきます。

 1本しかありませんが、必ず役に立つと思います。」

 マーティスがそう言うと、エマは微笑みを浮かべて両手で受け取り、大切に矢筒に入れた。

 他の矢と一緒になっても、その矢は大きく力強かった。


「槍の騎士、フィオン」

 最後にマーティスはフィオンを呼んだ。

 マーティスはフィオンの左右の色が変わった瞳を見つめながら言った。


「貴方の瞳の色が元に戻ることはないでしょう。

 ソニオは恐ろしい国です。

 ソニオの王は英雄が立ち上がれば、国民を巻き添えにしても自らの地位を守ろうとするでしょう。

 多くの犠牲が生まれ戦火に包まれますが、このままではいずれソニオは滅びるだけです。

 だからこそ、漆黒となった片目は戻らない。その被害を最小限にする為に、貴方を導いてくれるでしょう。

 ユリウス様はリアムの願いを聞き届けられました。

 生涯傷一つつかぬように貴方を守り抜くと。

 その片目は全てを見通し、全てをとらえ、わずかな影すらも逃さないでしょう。

 英雄の敵を殲滅する。

 その点では、もはや人間ではなくなってしまいましたが、必要な力です。名が刻まれた槍を掲げ、一振りすれば、多くの敵を一瞬で薙ぎ倒すでしょう。

 どうか、その力に恐れを抱かないように。

 国を救う英雄の存在を誰もが待ち焦がれています。

 ソニオを、よろしくお願いします。」

 マーティスはそう言うと、フィオンの頬に触れてから指輪を渡した。


 フィオンは指輪を大切に握り締めると、小さく口を開いた。


「この指輪は、俺の大切な人に渡します。

 彼女に贈り物をするのは初めてです。きっと喜んでくれるでしょう。彼女の美しい指に、俺の想いを飾れる日がくるとは思いませんでした。

 贈り物を渡せば、彼女は大切に身につけてくれるでしょう。それが…ずっと…怖かったのです。

 贈り物は、特別な意味を持ち、彼女を苦しめてしまうと思っていましたから。

 でも俺が側にいない時でも、この指輪が彼女を守ってくれるのであれば、何も恐れる事はありません。

 俺は全力で戦いに挑めます。

 ありがとうございます。」

 フィオンはそう言うと、彼の力強い左手の薬指に指輪をはめた。指輪はスルスルと大きさが変化し、最後にはピッタリとおさまった。

 それからフィオンは真剣な瞳で、マーティスを見つめた。



「リアムの杖は、俺が一生大事にします。

 ユリウスの側にいたいと思っているかもしれませんが、俺の我儘を通させてください。

 リアムの杖を朝の光とともに見るたびに、俺は何度でも気持ちを奮い立たせることができます。

 俺はリアムの心に寄り添うことができなかった。

 結局のところリアムが助けを求めたのは、ユリウスだった。

 ユリウスを超えられなかった。

 リアムにとってはユリウスだけが「光」だったのです。

 俺も「人間」だったのです。

 それ以上の存在にはなれなかった。人間の男の恐怖を拭い去れなかったのでしょう。当然です…あんなに酷い事をされていたのですから。

 俺は…心を…救って…やれなかった…。 

 杖を突き刺させたのは…俺だったのかもしれない。俺がリアムに中途半端に夢を見させたから…。

 中途半端に誰かを救ってはいけない。

 握り締めた手の温もりが…今も…離れません。

 助けを求められない状況にまで追い込みました。多くの者達が苦しめた。その結果がこれなんです。

 勇者でありながら、1人の少年でさえ救えない。

 もう、少年にこんな思いをさせたくはありません。

 ユリウスがくれた力を大切に使います。」

 フィオンは天井を見上げ、リアムを思い流れ出ようとする涙をまだ流してはいけないと堪えた。


 そして目を閉じてから全てを背負う覚悟をもう一度決めると、今度は力強い瞳と逞しい腕で、槍と杖を握り締めた。


「ありがとうございました。」

 と、槍の勇者フィオンは言った。


 

 アーロンは全員が指輪を受け取ると、もう消えることのない輝きを放つグレーの瞳でアンセルを見つめ、微笑みを浮かべなから手を差し出した。


 アンセルは差し出された手を握り、握手を交わした。


「貴方にお会いできて良かった。

 一緒に戦えて良かったです。

 ここに来たことは、特別な意味がありました。」

 と、アーロンは言った。


「アンセル殿、マーティス殿

 貴方達を巻き込んでしまったことは、本当に申し訳ありません。お二人の力があったからこそ、僕達は助かったのです。

 ありがとうございました。 

 またお会いしましょう。

 その時は、僕は剣の勇者でも騎士でもなく、国を救った英雄として、貴方と光の魔法使いに報告に来ます。」

 と、アーロンは言った。


 そして、アーロンは大きな声で宣言した。




「僕は、国民に真実を全て明かします。

 将来、愚かな事を再び繰り返さない為にも。

 僕達が一体何をしたのか、僕達は知らなければならない。

 大切な少年の生命…リアムの生命が僕達に教えてくれたのです。彼の死は、僕達の責任です。

 僕達自身が証人とならなければならない。

 僕達は知らなかったのではない。

 僕達は知っていたのですから。

 僕達は自分とは関係がないと思っていたのですから。

 愚か者とは1人で生まれるのではありません。

 僕達が、愚か者をつくるのです。」






「これから先、真実の戦いとなるだろう。

 望みが果たされる事を願っている。

 共に歩み、共に生き続けよう。

 マーティス、勇者達の道案内をしてやってくれ。

 ダンジョンには、まだ灯りの類が一切ついていない。

 勇者が道に迷うことなく、明るい太陽の下に出られるように。

 勇者が、英雄として帰還される。」

 と、アンセルは言った。



 フィオンはアーロンに支えられ、エマはもう一度深々と礼をして出発した。


 アンセルが新たな道を歩んでいく勇者達を見ると、その背中に大きな力を見た。

 勇者は、強く、美しく、誇り高かった。

 これから先どのような困難が立ちはだかろうとも、彼等はお互いに支え合い協力して乗り越えていくだろう。

 彼等は1人ではない。

 絶望を共に乗り越え、どのような状況下でも希望を見出す友がいるのだから。



 勇者が広場を去る時、優しい風が流れ、彼等の出発を祝福したのだった。

 

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