第42話 その光景

 


 それから数日間、アンセルは剣の稽古が始まると気を失ってしまう日々を送っていた。

 しかし、今日は何も起こらなかった。淡々と稽古が続いていき、それがかえって不気味に感じてならなかった。

 アンセルは久しぶりに魔術を受けると、18階層に戻ろうとするマーティスを呼び止めた。泉の加護の力を剣に宿すようになってから、マーティスは剣の稽古には来なくなっていた。


「マーティス、今日の剣の稽古は…何も…なかったんだ」

 と、アンセルは言った。


「良かったではないですか。

 何か、気がかりなことでも?」

 マーティスはそう言うと、影に覆われようとしているアンセルの瞳を見つめた。


「何か…恐ろしい事が…起こりそうな気がするんだ。このまま寝てしまって…大丈夫なのだろうか?

 俺は…俺として…目覚められるのかな?」

 と、アンセルは俯きながら言った。


「大丈夫ですよ。僕も警戒しておきます。恐ろしい空気を感じたら、アンセル様の元に駆けつけます。

 だから、体を休めて下さい。睡眠は大事ですよ。必ず、アンセル様をお守りしますから」

 マーティスはアンセルの体に触れながら優しい声で言ったのだった。


 その夜、アンセルはベッドに入って目を閉じていたが、体は小刻みに震えていた。漂う空気は冷たくて心も落ち着かなかったが、体が大きくのけ反ると震えが止まり、揺籠の中にいるような感覚になっていった。



 いつのまにか、夢を見ていた。立派な建物の広い一室の中で、アンセルは立っていた。

 内装はけばけばしいほど華美で、天井を見上げると強欲なシャンデリアがあり、戦いに勝利した騎士の歴史が描かれていた。

 華々しい騎士の活躍を描いた天井画を目で追っていたのだが、突然、大きな暗雲が流れてきた。暗雲から姿を現したのは、輝く楽器を持った天使たちだった。美しいはずの天使たちは妙な影を背負っていた。

 所有者が天井画の修復を忘れ、すっかり埃まみれとなり、薄汚れてひび割れが起きているからだろうか?天使たちの翼は、白から黒に色を変えていった。


 アンセルはその天使から目が離せなくなり、もっとよく見ようと目を細めた。

 騎士を見る天使たちの表情はみな悲しく涙を流していたが、涙が止まると激しい怒りに燃える真っ赤な瞳となり、輝く楽器を吹き始めた。


 アンセルが息を呑むと、暗雲が蠢き、滝のような雨が降り、騎士の皮を被った男たちに降り注いだ。男たちは真っ赤な血を流しながらドロドロと溶けていく。赤い瞳をした天使が吹く楽器は血の色で赤黒く染まり、その麗しい足元には粉々になった盾と斧が転がっていた。

 天使が、盾と斧を踏み潰した。盾と斧が地中深くへと沈んでいくと、天使の瞳が黒くかわった。

 その天使は、遠くを見つめた。視線の先には、剣と槍と弓が輝いていた。


 天井画の終末を見ようとアンセルが目を凝らす、黒い瞳をした天使の翼が揺れ動いた。

 すると部屋の中で大きな音が上がり、アンセルはビクリと体を震わせた。


 アンセルが音のした方を見ると、大人の男が仁王立ちになっていた。男の足元には、小さな男の子が蹲っていた。


「何回言わせんだよ!暴れたら注射が打てなくなるだろうが!

 おい!聞こえてんのか?分かったら、早く立ち上がれ!

 このマガイモノが!」

 男は蹲っている男の子を怖い目で見下ろした。


 男の子は両手をついてなんとか体を起こし、震えながら立ち上がると、怯え切った黒い目で男を見た。

 すると男は何が気に入らなかったのか、男の子の腕を掴んで引き摺ると壁に叩きつけた。大人の男の力は恐ろしく、小さな男の子は目を閉じて耐えるしかなかった。

 男は男の子の襟首を掴むと、拳で顔を殴りつけた。



(やめるんだ!)

 アンセルは大声を上げながら走った。男を取り押さえようとしたが、体が透明であるかのように触れることすら出来なかった。


(やめろ!やめろ!)

 それでも、アンセルは大声で叫び続けた。

 しかし何もかもが人間の男には届かずに、魔法使いの男の子助けることは出来なかった。



「おい、やめろ!

 マーク、顔を殴っていいのは俺だけだ。殴るのなら服で見えないところを殴れ。腹とか背中をな」

 と、別の男の声がした。虫も殺せないような柔和な顔つきをした男だった。


 アンセルは男の言葉に驚愕し、激しい怒りを覚えた。


(なんだよ、それ…、何を言ってるんだ?殴ること自体、絶対にやってはいけないことじゃないか!)

 アンセルには全く理解出来なかった。


 マークは襟首から手を離した。大人の男に殴られた小さな男の子は既に失神していて崩れ落ちていった。

 マークは男の子を冷たい目で見下ろした。素早く服の袖をまくると慣れた手つきで注射を打ち、空になった注射器を腹立たしそうに男の子に投げつけた。


「スミスさん、いつの間に来てたんですか?

 いやー、昨日面白くないことがあったもんで…日頃の鬱憤も溜まってましたし…ちょっとコイツらで発散しようかなと。

 そもそもコイツらが悪いんですよ。注射の時間になると、一斉に逃げ回るんですから」

 と、マークはニヤニヤしながら言った。


 その言葉を聞いたスミスの顔は冷徹なものに変わっていった。魔法使いの子供たちを残忍な目で見渡すと、低くて太い声を出した。


「おい!お前ら!

 この注射はな、お前らの弱い魔力を強める為にワザワザ打ってやってるんだよ!

 ほんとうに有難いことだよな?!

 いいか!それでお前らマガイモノは、ようやく昔のように一端の魔法使いに近づけるってわけだ。

 それが嫌なら、マガイモノのお前らが生きてる価値なんかないんだよ!中途半端な形で生まれてきやがって」

 スミスの恐ろしい剣幕で、数人の女の子が泣き始めた。


「なんだ?泣けば、どうにかなるとでも思ってんのか!ゴミも同然の屑が!

 注射が終わっても、まだまだすることがあるんだ。クスリでさらに調整してやるからな。まだまだ、これから…だからな」

 スミスは薄気味悪い笑みを浮かべながら言った。

 

 その言葉を聞いたマークは興奮した顔で、小さな男の子の腕を乱暴に掴んで注射を打った。男の子は悲鳴を上げ、強すぎる注射の作用に目を回して倒れていった。マークは男の子を足でどけると、嫌がる子供たちを次々と捕まえていった。


(なんて…ひどいことを…。一体ここは、どうなっている?!やめろ!やめるんだ!)

 アンセルはスミスとマークの腕と体を掴もうとしたが、何も出来なかった。


 何故、こんな恐ろしい夢を見させられているだろう?

 ちがう…これは、見ているのだろう。アンセルの影が差した瞳が見ている「恐ろしい現実」なのだろう。

 アンセルは真っ青な顔しながら、恐ろしい人間を見ていることしか出来なかった。


「やっ…だ…んっ…」

 と、小さな女の子の嫌がる声がした。


「ニック、やめろ!

 お前は女に手を出すな。前も言っただろうかが!俺の言うことが聞けない奴は、ここから出て行ってもらう。

 この意味…分かってんだろうな?」

 スミスは怒りの声を上げながら、ニックという男の手が触れている先を睨みつけた。


 ニックはより大人しそうな女の子を選んで口を塞ぎ、後ろから襲いかかっていたのだ。白い胸元が見えるほどにボタンを外し、スカートをめくり上げて細い太腿の間に指を滑りこませようとしていた。スミスから注意をされると、慌てて女の子から手を離した。


「冗談ですよ。冗談。マガイモノでも弄れば濡れるのかなぁと…思いまして。

 ちょっと確認しようとしただけですよ。すんませんでした」


「そうか。その硬直したのを女に押し当てるのは止めて、すぐに萎えさせろ。

 それ以上、変な気を起こされたら俺の首も飛ぶ。

 まさか俺のいない時に、別室に連れ込むなんてことはしてないだろうな?

 他の奴等もいいな!人間とマガイモノとの性行為は禁忌だ。何があっても許されない。破った奴は断罪だからな。一族全て断罪だ!

 これは王命だ!

 お前は、もう女には近づくな。次、近づいたら、使えないように削ぎ落としてやるからな」

 スミスはニックに強く言い放ってから、室にいる数名の男の顔も1人ずつ見ていった。


「はーい。

 しっかし、どいつも綺麗な顔してるのに…本当に残念だぜ。

 ガキだけど…肌も艶々で、イイ香りがするからなぁ。着衣のまま無理やり犯すってのが、一番興奮すんのになぁ」

 ニックは不満げに言うと、卑猥な目で柔肌を見続けた。


 女の子は外されたボタンを震える手でとめると、めくれ上がったスカートを涙を流しながら直したのだった。


「しっかし…こいつら…何回やっても言うことを聞きませんね。もっと楽に注射を打たせてくれたらいいのに。

 そろそろ、ちゃーんと体に分からせてやらないと。

 ねぇ、スミスさん?」

 マークはギラギラした目で言った。


「そうだな。

 何回言っても分からないマガイモノには、言うことを聞くように躾けないとな」

 スミスは苛立ちながら言うと、近くにいた男の子の腕を強い力で掴んだ。


「おい!まだ注射を打ってない奴等は、ここに一列に並べ!早くしろ!」

 と、スミスは恐ろしい声を上げた。


 子供たちはあまりの恐怖に怯えて震えるだけだった。震えながら固まっていると、スミスは額に筋を立てた。


「いいだろう。

 お前らが言うことを聞かないから、コイツに罰を受けてもらうとしよう。

 いいか?お前らが言うことを聞かないから、コイツが罰を受けるんだ」

 スミスはそう言うなり、腕を掴んでいた男の子の腹を足で思いっきり蹴り上げた。悲痛な声を上げながら男の子が口から嘔吐すると、マークとニックはゲラゲラと笑い出したのだった。



「どうだ?分かったか?もう一回、言うぞ。まだ注射を打ってない奴は、ここに並べ!

 なんだ…まだ、分からんか?

 なら…次は…どこにするかな?」

 スミスがギラついた目で男の子の体を見ると、子供たちはヒィッと声を上げた。大切な仲間が殴られないように震える足で一歩一歩進み、一列に並んだのだった。


「なーんだ。けっこう簡単に並びましたね。もっと…楽しめると思ったのに」

 と、マークは残念そうな声を出した。


「あぁ。そうだな。

 しかし、俺に手間をかけさせたんだ。その罰として、もう一発蹴りでもいれとくか」

 スミスは残酷な笑みを浮かべると、男の子を乱暴に床に落とし蹴ろうとした。


 その瞬間、銀髪の少年が走ってきて男の子に覆い被さった。


 アンセルは、その少年に見覚えがあった。水晶玉で見たことのある魔法使いの1人だった。



「ルーク、もう大事なアノシゴトは終わったのか?今日は早かったな。

 お前さぁ…イイトコロに戻ってきたな」

 と、スミスは満面の笑みになった。

 ルークの腕を乱暴に掴んで無理やり立たせると、ルークの頬を撫でてから首を締め始めた。


「は…い…終わりました…」

 ルークが顔を歪ませながら言うと、スミスはルークの喉元から手を離した。


「苦しかったか?ごめんな…。

 痛かったよな?なぁ…痛かっただろう」

 スミスはルークの耳に触れながら優しい声で囁きかけた。


「は…い…。いたかった…です…」


「そうか…痛かったかぁ…。

 お前は…本当に…可愛いなぁ」

 スミスは興奮した声を出すと、ルークの美しい顔を見つめた。


 冷たい息を美しい顔に吹きかけると、ルークの顔を撫でてから手をゆっくりと下ろしていき撫で回すように体を弄ったのだった。

 ルークが怯え切った目を向けると、スミスはますます興奮していった。


「スミスさんのお気に入りが戻ってきましたね。これは楽しくなりそうだ。

 やりだしたら…止まらなくなるから」

 と、マークはクククッと笑い声を上げた。



「お前さぁ…俺に「痛い」なんて言っていいのか?お前たちのようなマガイモノは人間様には絶対服従。それなのにお前はまだ「痛い」なんて言えるのか?

 なら、この体にちゃーんと教えてやらないといけないな。

 気絶しても種を使って、強制的に起こしてやる。最後にはクスリをお前の中にぶち込んでやるからな。

 痛いなんて言えなくなるように、何度も何度も叩き込んでやるよ」

 と、スミスは恐ろしい形相で言った。


 大人の男から受け続けた恐ろしい暴力で、心と体が支配されているルークはガタガタと震え上がった。

 痛いと言っても殴られ、言わなくても殴られる…何処にも逃げ場はなかった。


「先日…みたいなこと…だけは…」

 と、ルークは体を震わせながら言った。


「先日?その時は…何をやったかな?

 まぁ、そんなことはどうでもいい。今日も一からやろうなぁ。

 ちゃーんと分かってないから、体が震えるんだぞ。感謝がないからだよ。分かれば、震えはおさまる。

 こうされるのは当然なんだから。お前たちが悪いんだから。

 本当にお前は痛い目を見ないと分からない」


「そんなことは…分かっています。

 すみません、スミス様」


「いや、お前は、何も、分かっていない。

 分かってるなら「マガイモノとして生まれてきてしまってごめんなさい」ぐらい言ったらどうなんだ?

 ちゃんと完成した形で生まれてこなかったお前たちが、俺たちをイラつかせる。

 だから、こうなる。

 俺たちの大切な時間を使って、わざわざ調整してやらないといけない。お前たちが、俺たちに、手間をかけさせる」

 スミスは低い声で言うと、ジットリとした目をルークに向けるだ。


「なぁ、ルーク。

 俺が言ったことをちゃーんと分かってるなら、ココにいる奴等にお前からも言い聞かせてやれ」


「僕たちは…本物の魔法使いではない、マガイモノです。ごめんなさい。ちゃんと生まれてこなくて、ごめんなさい。

 僕たちが悪いから、こうして皆様が正しい方向に調整して下さっているんです。

 僕たちは、そのお礼に、精一杯、皆様の為に頑張ります」

 ルークは涙を浮かべながら言った。


「そうそう、その調子だ。お前は、可愛いなぁ。

 お前たちはそうやって、これからも精一杯尽くすんだよ。

 精一杯、身も心もボロボロになるまで、それで死のうがな。それがお前たちだ。マガイモノのあるべき姿だ。

 精一杯、精一杯、精一杯、頑張らないとな。

 それが、お前たちの存在理由だ。お前たちはモノなんだ。言われた通りに動くモノだ。

 そうだよな?言ってみろ。ここにいる奴等に、お前の口からちゃーんと教えてやれ。

 早くしろ!おい!聞いてんのか!」

 スミスが怒声を上げると、女の子たちが泣き声を上げた。


「自分たちは…王様の所有物です。モノです。

 この力は、今も、これからも、永遠に、捧げます。これからも精一杯…頑張ります…」

 と、ルークは涙を流しながら言った。


 スミスは満足そうな表情をしながら綺麗な銀髪に触れると、ルークの耳元に口を近づけて舐め回すような声を出した。


「じゃあ、ちゃーんと言えた可愛いお前へのご褒美として、お前の頼みを一つ聞いてやるよ」

 と、スミスは言った。

 

 ルークは目を閉じると、スミスの手を取って跪き、手の甲にキスをきた。何度も暴力によって、そうするように強制されてきたのだった。仲間を守る為に、男の望むことをするしかなかった。


「子供たちには…やめてあげて下さい。

 自分が…自分が…その代わりになりますから…。子供たちには…お願いします。

 自分が…子供たちの分まで精一杯頑張りますから…お願い…します」

 と、ルークは言った。


 スミスは笑みを浮かべると、ルークを引き摺りながら壁際のテーブルまで連れて行った。ルークをテーブルの上に座らせると、テーブルの上の箱の中から赤い瓶を取り出した。


「いい子だな。お前は、仲間思いで本当に可愛いなぁ。

 でもな、お前は間違っている。聞き分けのないコイツらが悪いんだ。

 だから殴られて当然だ。いわば躾けだ。言うことを聞かない子供には躾けが必要だ。

 それなのにお前がそんな風に思っていたなんて、俺は悲しい。悲しくて…涙が出そうだ。

 なぁ、ルーク。お前が俺の事を、そんな風に見てるなんてさぁ…」

 スミスは赤い瓶の蓋を開けると、テーブルに座らせているルークの太腿の間にわけいった。


「やめてください…それだけは…」


「お前は俺をガッカリさせた。

 だからこの赤いクスリを飲むところを、皆んなに見てもらおう。これは1番イイカンジにイケるクスリだ。

 イイカンジに…頭も体もイケるからなぁ」

 と、スミスは冷たい声で言った。赤い瓶を見たルークは、ますます真っ青な顔になっていった。


「なんですか?そのクスリ?」

 と、マークが言った。


「こいつはな、ダンジョン行きに選ばれたんだ。

 だから勇者に余計な事を喋らないようにさせるクスリだ。余計な事を話そうとすると喉が焼けるように熱くなり、何も話さないお人形になるんだよ。見た目通りのお人形にな。

 今回選ばれるのは、どの国も国一番強くて国民に評判が良い、マトモな騎士の隊長だからな」


「あぁ。なーるほど。俺たちがしてる事がマトモな騎士の隊長にバレたら良くないですもんね。

 俺らの国は誰が選ばれるんですか?

 しかし…ソニオ王国にそんな隊長いるのかな?アイツらみんな頭のイカレタ野蛮人じゃないですか」


「他の国のことは知らん。

 この国で選ばれたのはアーロン様だ」

 と、スミスは答えた。


「なんだ。アーロン様なら大丈夫でしょ。

 アーロン様は王族なんだから。きっと…俺たちがしてる事も、とっくの昔に知ってますよ。見て見ぬふりをしているんでしょ。声を上げたら、自分の立場だってヤバくなりますしね」

 と、マークは言った。



「お願いします。そのクスリは…あとで…自分で飲みますから。ここでは、やめて下さい。皆んなの前では…お願いします」

 ルークが震えながら言うと、スミスは満面の笑みになった。


「だったら、もっと…俺に媚びるように懇願してみろよ」


「お願いします、スミス様。やめて下さい。お願いします。 

 何でも…しますから」

 ルークが止めどなく涙を流すと、スミスはもうたまらないという表情になった。


「ダメだ、ダメだ、ルーク。

 お前は俺から2ヶ月以上もいなくなるんだ。もう寂しくて寂しくてな。

 だからお前の痙攣する姿を目に焼き付けておきたいんだ。あれな…すごいそそるからさ。また、イこうな?

 苦しければ俺にしがみつけば良い。お前の体の熱を感じさせてくれよ」

 スミスは恐ろしい笑みを浮かべた。


 ルークはクスリをなんとかして飲むまいと、下を向いて口を固く結んだ。

 しかしスミスはルークの髪を掴んで無理やり顔を上げさせると、鼻をつまんで無理やり口を開けさせた。


「無駄な抵抗はするなって。

 お前の苦しむ姿を見るのが本当に好きなんだよ」

 スミスはそう言うなり、ルークの口の中に無理やり瓶を突っ込んで乱暴に注ぎ込んだ。


 ルークは注ぎ込まれる液体を吐き出そうとして顔を左右に激しく振ったが、スミスはその嫌がる姿を見てますます興奮していった。笑い声を上げながら、さらに容赦なく喉の奥まで瓶を突っ込んだ。

 ルークは必死になって抵抗したが大人の男の力には敵わずに、口から溢れた液体で彼の白い服は真っ赤に染まっていった。


 スミスは咥えさせたまま瓶を上下に激しく振り、最後の一滴まで注ぎ込んだ。中身が空になったことを確認すると、ようやく口から引き抜いた。


 ルークは首が赤くなるほど掻きむしり、体をのけぞらせながら全身を痙攣させた。

 汗まみれになった体でスミスにしがみつくと、荒い息を吐きながら両足をスミスの腰に絡ませて、口から涎を垂らしながら体をピクピクさせていた。


「やっぱりイイなぁ、お前。

 その美少年さは、たまらないからな。

 男のくせにイイ顔しやがる。女に出来ない分、お前に責任をとってもらわないとな」

 スミスは全身を痙攣させているルークを抱き締めると、ゾクゾクと体を昂らせていった。


「ルーク、善かったか?」

 スミスがルークの腰に手を回しながら耳の汗を舐めると、ルークはカクカクと頷いた。


「スミスさん…いつから男色家になったんですか?

 スミスさんこそ、こっそりしゃぶらせてるんじゃないんですか?」

 と、ニックは不平を漏らした。


「いや、それは無いわ。コイツは人間の女より綺麗だけど、しゃぶらせたところで女じゃないと勃たないしな。

 射精せないなら意味ないわ。

 でも女はダメなんだよなぁ…女はさぁ。だからこうやって、コイツで愉しんでるだけだよ。

 女のように可愛い…オモチャでな」

 スミスはそう言うと、ルークの少し開いた口を見た。涎を垂らしながら汗を滲ませている姿を見てから、視線を下に向けていった。


「その為に、国王にヘコヘコしてんだから。

 ここでは、どんなに暴力をふるっても許される。俺の前に跪かせられる。俺が、支配者だ。

 特にコイツは俺を気持ちよくさせてくれるからな」

 スミスはまたルークを強く抱き締めると、汗をかいたルークの香りを強く吸い込んだ。銀髪を指で弄んでから首筋の濡れた雫を舐め上げると、淀んだ目でルークを見つめた。


「そうだ。忘れるところだった。

 お前には、コレも覚えてもらわないといけない。痛みと苦しみを感じながら、心に深く覚えさせるんだ」

 スミスがルークの銀髪を撫でながら言うと、箱から白い紙を取り出した。


「なんですか、それ?」

 と、マークが言った。


「注射の痕を勇者に見られた時のセリフだよ。何も教え込まないよりかはマシだろ?

 今はただの騎士の隊長。

 けれどダンジョンから戻れば、国を救った英雄になる。

 国民は新たな英雄を求めている。

 一部の奴等は変革を望んでいるしな。ややこしいことになると困るんだよ。

 下手に英雄に騒がれたら厄介だからな…念のためだ。

 ほら、早く読むんだよ!いいな!しっかり覚えろ!もっともらしく言うんだ!」

 スミスが大声を出すと、ルークは虚な瞳で紙に書かれた文字を見た。


「自分が病弱だから…旅の間に変な病気にかからないように…お城の方が…特別に打ってくれたんです

 定期的に打たないと…いけないんです。自分を助けるために…注射をしてくれているんです…」

 

「そうだ。なかなかいい感じだ。それ以上の事は、絶対に喋るんじゃないぞ!

 特に大事なアノシゴトについてはな!」

 スミスは低い声で言うと、恐怖を刻み込むようにルークの細い腕を強い力で掴んだ。


「アノシゴトって何ですか?そろそろ教えて下さいよ」

 マークがそう言うと、スミスは怖い目で睨みつけた。


「分かりましたよ。

 でも、注射の痕なんか見ますかね?脱がないと無理でしょ?それこそ裸にさせるようなことでもしないと。

 もし宿屋で一緒の部屋に泊まっても、男の着替えなんてジロジロ見たくないですしね。

 そもそもマガイモノになんて、何の関心もないでしょ。

 誰も見たことのない魔物を倒そうとダンジョンに向かう、馬鹿げた勇者ですしね。それを了承する勇者も、自らの名誉と褒美のことしか考えてないですよ。

 みーんな、都合の悪い事には見て見ぬふりをするんです。面倒な事に巻き込まれたくないですしね。地位と金と女が手に入れば、何でもいいんですよ。

 しかし、スミスさんのお気に入りだったのに残念ですね。コイツ、今からもっと調整していくんでしょう?

 ダンジョンの封印を解く魔法を使ったら、生きて帰って来れそうにもないですね」

 マークはそう言うと、虚な目をしているルークの白い顔を見た。


「どの国も、マガイモノが生きて帰ることなんて望んでいない。

 それに、そろそろ新しい玩具にかえてもいいかもなぁ…。ルークが死ねば、次は誰にしようかな?」

 スミスが舌舐めずりをしながら子供たちを見ると、子供たちは身を寄せ合いながら震え上がった。

 スミスは怯え切った子供たちを見ながら声を上げて笑ったのだった。


「ルーク、しっかり役目を果たしてこいよ」

 スミスはそう言うと、ルークの頬を細い舌で舐め上げた。


「はい…勇者様のお役に立てるように…精一杯…頑張ります。

 自分は精一杯頑張って、この力を使って…魔法使いとしての役割を果たします…僕は精一杯…」


「声が小さい!もっと心を込めて言うんだ!」

 スミスはそう言うと、ルークの髪を乱暴に掴んで引っ張った。


「あ…んんっ…ごめんなさい。精一杯やります。すみません。

 勇者様の為に、精一杯頑張ります!」


「そうだ!それでいい!

 旅に出るまで俺と遊ぼうな、ルーク。勇者に余計な事を言わないようにしてやるからな。

 もし勇者に助けを求めたらどうなるか分かってるよな?この室の奴等がどんな目にあうか…。

 ソニオの国王は、見張りをつけるだろう。お前たちの言動を常に監視しているからな。

 だから…な?お前たちは、ずっと俺たちの玩具だ。お前が頑張る間は、お前にしているコトは他の奴等にはしねぇよ。

 全ては…お前次第だ。

 そう…お前が悪いんだからな!俺は何も悪くない!お前たちが悪いんだから!!」

 スミスは恐ろしい形相で言うと、ルークの細い体を強い力で殴りつけた。


 ルークの瞳が諦めの色に染まり、その瞳をゆっくりと閉じると、アンセルの目の前も真っ暗になった。

 見えなくはなったが、アンセルの心に残酷な光景は強く焼きついた。彼の体は怒りで震え、人間の男に激しい憎しみを抱いたのだった。



(もう、やめてくれ…お願いだ。あんなに痛がってるじゃないか…苦しんでるじゃないか…嫌がってるじゃないか。

 涙を流しているのに…どうしてあんなに酷いことが出来るだ?怯えている姿を見て、楽しめるんだ…?

 狂って…やがる。暴力が躾けだとか…そんなのあるわけないだろう。暴力は暴力だ…あんなに怖がっているのに。

 これが、人間なのか…?

 傷つけられる者の痛みと苦しみが分からないのだろうか?

 子供たちは何も悪くないのに、それなのにお前たちが悪いって一体どういうことなんだよ…悪いのはお前たちだろうが!

 言ってる事も、無茶苦茶だった。暴力は絶対に許されない。傷つけられる側に非なんてない。傷つける側が強くなって、他の者も囃し立てて、本当に最低じゃないか

 スミスは自分のした酷いことを覚えていなかった。傷つけられた者はずっと忘れないのに。心に深い傷を負って生きていかなければならないのに。

 苦しみと痛みと嘆きを…一生背負って生きていくことになるというのに…こんなの酷すぎる。

 他にも人がいたのに、どうして誰も止めないのだろう?

 どうして、見ているだけなんだろう?

 どうして…どうして…?

 助けを求めることも抵抗することも出来ないようにさせられているなんて…。

 何で、こんな酷いことが許されているんだ!)

 理解出来ない言葉と暴力を見てアンセルが苦しんでいると、男の声が聞こえてきた。その男の声だった。


『私が答えてあげるよ。答えは、簡単だ。

 それはね「人間」だからだよ。「人間」だから出来るんだよ。

 アンセル、これで分かっただろう?どんなに人間に夢を見ようが、アレが人間の真実の姿なんだ。

 酷いことが、平気で出来るのが「人間」なんだよ。他者を苦しめて楽しんでいるのが「人間」なんだよ。

 誰も助けやしない。傷つける者と見ている者しかいない。

 愚か者と傍観者だ。

 骨の髄から腐っている。だから私たちはソレを粛清しなければならない。その為の、特別な力だ…』

 その男はそう言うと、激しい怒りの声を発した。


『子供たちは毎朝目覚めてから、この室に入れられている間、時が過ぎるのを待つしかない。殴られないように蹴られないように願いながら…ただ時が過ぎていくのを。

 傷つけられる者の苦しみを分からないのが、痛めつける側の「人間」なんだよ。涙を流しながら怯えている姿を見て、楽しんでいるのが「人間」なんだよ。

 救いという光がない。誰も、助けないからだ。

 恐ろしい暴力に耐え、いつかはやって来る死を待ち続けている。本気で死にたいと思うほどの苦しみだ。

 生きている限り、終わりがない。

 恐ろしい「死」が、唯一の救いなんだ…』

 その男の言葉は全て真実を語っているように思えた。


 アンセルは反論出来なかった。「人間」の恐ろしさを感じた。誰かを傷つけて喜んでいる「人間」の姿を。

 その姿は浅ましく、醜く、腐肉塊でしかない。

 自分は水晶玉で一体、何を、見てきたのだろうか?

 自分が見てきた美しい人間の姿とは、一体何だったのだろう?


『君は、この平和なダンジョンで美しいものだけを見てきた、触れてきた。何も知らない白いままだ。

 でも、それではいけない。

 剣を掲げるならば、全てを知っておかなければならない。見たいものだけを見て、自分の信じるように世界を歪めてはならない。嘆きと痛みと悲しみを知らないといけないんだよ。

 私は、全てを、見てきた。

 だから外の世界のことを、少しだけ教えてあげたんだよ。

 世界が君のダンジョンのように美しいなんて、思ってはいけないんだから。

 君は「人間」を知らないといけない。

 人間は自らを守る為なら、どんな嘘でも平気でつく。罰を逃れようとして、その瞬間だけは懺悔の言葉を平気で口にする。

 自らを清く白く飾り立て、正当化する。

 偽りの涙を垂れ流して自らを無力な被害者と訴えかけ、力のある君から慈悲をもらおうとする。狡猾な者ほど、それは優れている。

 群の中に一つ腐をいれれば、それは瞬く間に広がるように、人間は醜悪な腐肉塊でしかないんだよ。

 見た目は美しい人間の姿をしているけれど…人間という皮をかぶった醜悪な化け物だ…』

 その男がそう言うと、アンセルの脳裏にスミスの顔が浮かんだ。柔和な雰囲気を漂わせていたが、実のところは恐ろしい化け物だった。


『今回の勇者も、そうだ。綺麗事を並べ立てようとするだろう。「世界を救う」と嘘を並べ立てる。

 前回も、そうだったんだよ。

 今の君は、それを信じてしまいそうだからね。だから「人間」の「真実」を知っておいた方がいいと思ったんだ。

 君の決断は、世界を変えるから…』


(決断…)

 アンセルはその言葉を繰り返した。


『そうだ。その一つの決断を教えてあげよう。

 君が首を縦に振らないのなら、君だって彼等を見殺しにしたと一緒だ。殴られ、蹴られ、痛めつけられるままだ。

 それを止められる力があるのに、何もしないのなら、君だって「同じ」なんだよ。

 私なら罪を犯した者には罰を与える。

 そうでなければ弱い者だけが永遠に苦しめられる。そうでなければ力を授かった意味がない。

 私たちには、その責任がある。神の領域の名のもとに、それが許され、その力を行使しなければならない。

 神の審判は、すでに下されているのだから。

 美しいものでないのならば「人間」に罰を与えてやらねばならない…5つの国が、3つの国になったように。

 醜悪な灰を堆肥にし、その上に咲き誇る木々は、とても美しい。それは、神が愛した本来の世界だから』

 その男は、甘美な声で囁いた。


 アンセルの心はその声に夢中になり、心も体も蕩けてしまいそうになった。その男に従わなければならない…と。

 抱く感情の多くを憎しみへと、その力を怒りへと変えてしまうかのように。



(人間を殺してしまえば…彼等は救われる…。魔法使いの子供たちを…救ってあげられる…)

 アンセルは強くそう思ったが、魔法使いの子供たちの顔に魔物の子供たちの顔を重ねていった。


「ちがう…そうじゃない…俺がすべきことは…」

 アンセルは息をするのも苦しくなって目を開けた。手には汗をじっとりかいていた。


(俺がすべき事とは…なんなんだろう?

 心を痛めて祈っていても、何にもならない。

 彼等の苦しみは、今も続いているのだから。「その力」がある俺に、何が出来るのだろうか?

 俺は…同じには…なりたくない)

 アンセルは真っ青な顔で手の汗を握り締めた。

 汗はやがて、ヌルヌルとした血の感触へと変わっていく。耳に響くのは、人間の醜い笑い声と魔法使いの子供たちの泣き声となった。それは、子供たちが流す血の涙なのだろう。

 激しい憎しみの渦に巻かれそうになっていると、寝室のドアが静かに開く音がした。


「アンセルさま、大丈夫…ですか?」


 アンセルが体を起こしてドアの方を見ると、水色のワンピースを着たリリィが立っていた


「リリィ…なんでここに?」


「マーティスさまにアンセルさまの様子を見に行くように言われたんです。マーティスさまは手が離せないみたいで」


「そう…か。

 でもこんな時間に男の寝室に来てはいけない。戻れよ」

 と、アンセルは少し冷たい口調で言った。


「何を言ってるんですか?以前は何度も来てましたよ」

 と、リリィは無邪気に答えた。


(今の俺と昔の俺とは違うんだよ。

 リリィを女として見たり、恐ろしい感情を抱いたりしている。何より…かつての魔王に体を蝕まれている。

 自分で自分をコントロール出来なくなっているんだから)

 アンセルは苦しい表情をしながら腕をしきりに触っていた。


「いいから、戻れよ」

 アンセルが突き放すように言うと、リリィはベッドにゆっくりと入ってきた。

 ベッドが軋む音と可愛い女の子の顔が近くに迫ってきて、リリィはアンセルを子供のように抱き締めた。

 優しい香りがアンセルを包み込み、リリィの胸が早鐘のように鳴っているのが聞こえた。


「リリィ…なに…を…」


「リリィは、ずっとアンセルさまを見てきました。

 いつも優しくて、皆んなの為に必死になって頑張っている。だから皆んな、アンセルさまが大好きです。リリィも…そうです。

 ですので、アンセルさまはご自身が正しいと思われることをして下さい。今までも、これからも、ずっと…。

 その結果が、今のこのあったかいダンジョンなんです。リリィは、皆んなは、アンセルさまについて行きます。

 皆んな、アンセルさまを信じてますから。

 あの…こうしていると、身長差も気になりませんね」

 リリィはそう言うと、恥ずかしそうに笑ったのだった。


「リリィ…」

 アンセルはたまらなくなってリリィの背中に手を回した。大切な者の温もりを感じようとするかのように強く抱き締めた。


「あっ…わっ…」

 リリィは腕の力強さに驚いて、思わず声を漏らした。


「ごめん、痛かった?」

 アンセルはリリィを離そうとしたが、リリィの方がしがみついて離れなかった。


「痛くないです。もう少し…このままでいさせて下さい。

 最近のアンセルさまは冷たいですから。この前も、手を繋いでくれませんでした。勇気を出したのに酷いです。ひんやりです」

 と、リリィは甘えた声を出した。


「なんだよ?ひんやりって…」

 アンセルは笑いながら声に出していた。


「だから、今日は言うことを聞いてくれないアンセルさまを…おそっちゃいました」

 と、リリィは顔を赤くしながら言った。


(意味分かって言ってんのかよ)

 アンセルはそう思いながら笑っていた。誰が吹き込んだのかは想像がついていたが。

 アンセルは小さなリリィを見ながら、小さな魔法使いたちのことを思った。



(魔法使いと…俺たちは一緒だ。人間にとっては違う種族なのだから。

 彼等は俺たちだ。リリィがあんな暴力を受けていたとしたら耐えられない。嫌がる女の子にあんな酷いことをするなんて許せない。

 その力がある俺は、見ているだけではいけないんだ。

 俺の決断は…世界を変える。

 俺の決断を、しないといけない…)

 アンセルは自分を信じてくれる温もりを抱き締めていると、マーティスの時とはちがう思いが沸き立っていった。


「ごめん。もう少しこうしていたい。

 リリィを、この腕で抱き締めながら考えたいんだ。助けてあげたいんだ。

 それに…冷たくして、ごめん。リリィに触れたら汚してしまいそうな気がして…嫌だったんだ。

 だから、ごめん。いろいろ、ごめん。嫌な思いをさせて、ごめん。ごめん。ごめんな…嫌だったよな…」

 アンセルは何もかもが辛くなってきて、何かにひたすら謝り続けた。


「大丈夫ですよ、アンセルさま。ゆっくり考えて下さい。

 リリィは、アンセルさまを信じています。ちゃんと…リリィのもとに戻ってきてくれると。

 だから…いっぱい抱き締めて下さい。アンセルさまが落ち着くまで。

 それに…リリィは構いません。アンセルさまに汚されるんだったら」

 リリィはそう言うと、アンセルの頭を撫でた。


(怯えていただけで、リリィは全てを受け止めてくれる。ずっと自分を見ていてくれたのに…何を恐れていたのだろう)


「リリィ…ありがとう。本当に…ありがとう」

 アンセルはリリィを抱き締めながら言った。柔らかな頬にそっとキスをすると、驚いた顔をしているリリィを18階層へと送っていったのだった。



 アンセルは寝室に戻って来ると、自らの「決断」を考え始めた。


(許せない、あんな光景。

 かつての魔王が言っていることは真実に思えた。

 しかし、それだと暴力で返すだけだ。暴力で…人間を殺すことで全てを解決してしまえば、魔物は所詮魔物だということを証明してしまう。

 それは俺がやりたかった事じゃない。それだと俺も「同じ」になってしまう。

 しかし…何が出来るというのだろう?何もしなければ、彼等を見殺しにしてしまう。それだと「同じ」になってしまう。

 救いを…彼等を助けなければいけない。悲しみと苦しみを続けさせてはいけないのだから。あのままにしてはおけない。

 なんとかして…助けなければならない。

 このダンジョンにいる俺に、一体何が出来るのだろうか?)

 アンセルは答えの出ない問いを繰り返しながら、かつての剣の勇者が握っていた剣を見つめたのだった。

 

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