第34話 勇者と世界一の魔法使い

 


 一行は鬱蒼とした林の中を駆け抜けていた。

 やがて日は西に傾き、赤くなった空を鳥たちが飛び交い始めた。地面には影が長く伸び、空気は少し冷たくなった。

 林を抜け、枝を大きく広げた木を見つけたアーロンは、フィオンとエマに合図を送った。

 その木の下で馬を止めると、アーロンは息を吐いた。

 後ろを振り返ると、茫々とした草や大きな石が邪魔をしてひどく通りにくかった林が今は小さく見えていた。近くでは綺麗な川が流れていたので、この木の下で朝を待つことにした。


 フィオンが水を汲んで戻って来ると、アーロンは木から少し離れた平らな場所でせっせと火を起こしていた。フィオンの目には、暗い景色の中で燃える赤々とした火が映っていた。

 パチパチと燃える火を見た魔法使いは、体を屈めて焚き火に手をかざした。時折エマとアーロンの声が上がったが、魔法使いは何も喋らず、黒い瞳には踊る火が映っていた。


 夜空には、満天の星を見ることが出来た。

 彼等は焚き火を囲んで座り、とってきた魚を食べながら談笑をしていた。エマは輝く星を見てから、ゆっくりと魔法使いの顔を見た。


「星があまりに綺麗だから、ダンジョンを目指していることを忘れてしまいそう。

 そうだわ、ダンジョンの話はまだしてなかったわよね。文献を探してみたり、他の騎士に聞いてみたんだけどダンジョンについて知っている人が誰もいなくて」

 エマがそう言うと、フィオンも頷いた。


「俺も知らないな。

 ダンジョンは謎に満ちていて、何の情報も得られなかった」

 と、フィオンは言った。


「ダンジョンは、魔法使いのユリウスがつくった。僕にも、その程度の情報しかない。

 何か知っている事はあるかな?どんな些細な事でも構わないから」

 アーロンが魔法使いの顔を見ながら言うと、魔法使いは目を逸らして下を向いた。


 夜風が辺りの木々の枝を揺らすと、美しい音を奏でているようだった。魔法使いはその音を聞くように顔を上げた。頭上には木々はなく、ルークの瞳には輝く星が映った。彼はその星の輝きを見つめると、その静かな夜空のような声で口を開いた。


「自分が知っていることといえば…ユリウス様が…ダンジョンを一夜にしてつくられたということです。

 ダンジョンは…この地と…何も変わらない…」

 ルークはそう言い終わると、ゆっくりと瞳を閉じた。


「僕も…よく知りません。

 最上級の魔法ですから、僕には全く分かりません。20階層あると聞いたことがありますが、それも本当かどうかは分かりません。

 かつての弓の勇者様が…そう仰っていたようです」

 と、リアムは小さな声で言った。


「そっかぁ…ダンジョンは謎に満ちているわね。

 でも…世界一の魔法使いだとしても、ユリウスだけの力でダンジョンなんてつくれるものなのかしら?」

 と、エマは首を傾げながら言った。


「ユリウス様は…特別な御方なんです」

 マーニャは目をキラキラさせながら言うと、輝く夜空を見上げた。

 夜風がマーニャを優しく包み込むと、彼女は夢を見るような表情となり、栗色の髪も美しく揺れ動いた。


「ユリウス様の漆黒の瞳は、この夜空のように綺麗なんです。その声も麗しく、柔らかな風のようであったとか。

 魔法は全て完璧で、その力は全てを圧倒する。あたたかい言葉と癒しを与えてくれる…ユリウス様は美しく…特別な御方なのです」

 と、マーニャは言った。


 エマは夜空を見上げてから、目を輝かせながらマーニャの言葉を聞いているリアムを見つめた。吹く風がリアムの黒い髪を靡かせ、その瞳は星の光を集めたかのようにキラキラと輝いた。


「瞳の色は、魔法使いたちは一緒なのね。

 リアムは髪も黒いけど。そうね…リアムも綺麗だわ。

 ユリウスも、こんな感じだったのかしら?」

 エマがそう言うと、リアムの黒い瞳はみるみる大きくなっていった。


「僕なんて、全然です!やめて下さい!

 ユリウス様は、僕たち魔法使いの希望の光なんです」

 と、リアムは大きな声を出した。希望の光という言葉に、マーニャとルークもピクリと反応した。


「希望の光?どういう意味で?」

 と、エマが言った。


「希望とは…その……」

 リアムはその言葉の続きを口にしようとしたが、口を開いたまま恐る恐るアーロンの顔を見た。

 自分を見つめる騎士の顔を見た黒い瞳には不安の色が広がり、その手をキュッと握り締めた。


「あの…思い出せません。すみません」

 と、リアムは下を向きながら言った。


 小さくなっていく炎がパチパチと鳴る音がした。アーロンが炎の中に枝をいれると、炎はいくらか勢いを取り戻した。


「そうか。思い出せないなら、いいさ。

 ならユリウスはダンジョンを作るような魔法を使えるとして、リアムたちは最初に聞いた魔法以外にも魔法が使えるのか?

 たとえば、この焚き火のように…杖から炎を出したりとか」

 フィオンがそう言うと、リアムはゆっくりと顔を上げて揺れる炎を見つめた。


「僕には…そのような魔法は使えません。

 火の魔法は…魔法使いにとっても特別なのです。火は、炎となりて、全てを燃やし尽くしますから。

 神がつくられた世界を、一瞬で燃やしてしまうからです。

 許された者にしか、使うことが出来ません。

 それに魔法とは、使う時を選ばなければなりません。みだりに使ってはならないと魔法書に記されています」

 リアムのその言葉に、マーニャも頷いてから口を開いた。


「火の魔法は、ユリウス様なら使えました。

 今、火の魔法を使える魔法使いは一人もいないと思います。火の魔法は、とてつもない魔力が必要になります。

 今の魔法使いたちは…その…あまり魔力が多くはないのです。

 だからこそ…私は封印解除の魔法を成功させる為に、全ての魔力を溜めるようになっています。それまでは決して魔法を使うことが出来ません。

 そもそも…他の魔法の呪文は…忘れてしまいました」

 と、マーニャは言った。彼女の栗色の巻き髪を揺らしていた風が止み、音を奏でていた木々も静かになると、辺りはひっそりとして静かになった。


「なってる?忘れた?」

 フィオンが怪訝な顔で言うと、マーニャは口を押さえながら体をびくつかせた。


「そう…なんです。なんだか…封印解除の魔法のことで、頭が一杯になってしまって思い出せないんです。

 私にもっと力があれば、もっともっとお役に立てるのに。精一杯頑張らないといけないのに…うっかりすぎますね、私」

 マーニャの表情はすっかり暗くなり、輝く星も目に入らなくなった。


「自分も…です。

 ユリウス様は難しい呪文でも…歌うように唱えられたとか。

 回復魔法だって本当に凄くて、その手で触れるだけで瞬時に治せるんです。

 自分には、とてもそんな事はできません。

 そもそもユリウス様は…杖は使いません。杖を使って魔力を集中させなくてもいいのです。詠唱するだけで、魔法が使えるんです。自分も精一杯頑張らないといけないのに…すみません」

 と、ルークも消え入るような声で言った。


「ユリウスは回復魔法を使ってたのか。それは、誰に対してだ?」

 フィオンはそう聞いたが、その言葉には魔法使いは答えようとはしなかった。


 夜空で輝いている星とはちがい、魔法使いの顔はどんどん暗く沈んでいった。彼等の抱える苦悩を悲しみ、今にも輝く星が落ちてきてしまいそうだった。


「私も…ユリウスを見たかったわ。それほど美しい男なら、私も魅了されたのかしら。

 まぁ…想像出来ないけれど」

 と、エマが話題を変えた。ルークは下を向いていた顔を上げると、アーロンを見つめた。


「アーロン様も、美しいです。

 ゲベートの魔法使い全員が「アーロン様は美しい」と言っています。その優しさもあってか、とても親しみを感じますし。

 数年前は魔法使いの部屋…そう「室」にも何度も来ていただきました。子供たちはアーロン様が来られるのを、本当に楽しみにしていました。

 自分は別の用事があったので、いつも遠くからお見かけするだけでしたが」

 と、ルークが言った。


「魔法使いの子供たちは、僕のことをそんな風に思ってくれていたのか…。ありがとう。

 でも、僕は美しくなんかないよ」

 と、アーロンは微笑みながらも否定をした。


「私も美しいと思います。

 それに馬上でアーロン様の温もりを感じると、とても安心します。もう…馬に乗るのが怖くありません。

 アーロン様からは…優しい香りがするのです。絵本で読んで憧れた…騎士様に守っていただいているみたいです」

 マーニャが頬を赤らめながら言うと、フィオンはアーロンの顔をジロリと見た。


 アーロンはもう何も言うことなく微笑みを浮かべながら、マーニャとルークを見つめているだけだった。


「そうよね。

 アーロンは国王に似なくて本当に良かったわよね。

 白の教会で見ただけだけど、全然似てなかったわ。髪の色も瞳の色も違うわ。どちらもお母様に似たんでしょう。

 あっ、失礼なことを言っちゃった」

 と、エマが言った。


「僕の母は僕を生むとすぐに亡くなってね。病弱だったから。だから僕は、母の顔を知らないんだ」

 と、アーロンは答えた。


「ごめんなさい。私、つい…」


「構わないよ、エマ。

 でも僕は男だから美しいと言われても困ってしまう。剣の腕を褒められた方が嬉しい。

 この話は恥ずかしくなるから、やめにしよう」

 アーロンはそう言ってから優しく微笑んだ。


 マーニャはアーロンとエマの顔をかわるがわる見てから、また口を開いた。


「あの…ゲベートの国王様…アーロン様のお父様に私はとても親切にしていただきました。

 私が白の教会の廊下で気分が悪くなってしゃがんでいる時に、偶然前からいらっしゃったんです。

 そして手を差し伸べてくれました。私が歩くのを支えてくださったんです。

 私の体調をとても心配してくれました。「旅が戻ってきたら、とても空気がいい場所がゲベートにはあるから、そこで療養して、そのままゲベートの魔法使いになったらいい。城や宮殿の中も案内してあげよう。ソニオ王国には私から話をしてあげようか?」とまで仰ってくれたんです。

 私の顔を見ながら、ニッコリと微笑んでくださいました。

 とてもお優しい方だなと思いました」

 マーニャは嬉しそうに微笑みを浮かべ、息子であるアーロンを無垢な瞳で見つめた。


 アーロンは黙ったまま炎の中に枝をいれると、その枝は瞬く間に燃え上がり、赤い火がパチパチと上がった。


「そんな事が、白の教会であったのか。

 僕は、知らなかった。

 しかし、マーニャはソニオ王国の魔法使いだ。ソニオ王国に戻らねばならない。

 僕たちが薬を買って治しているから、体調は絶対に良くなる。君の帰りを待っている友だちの為にも、なんとしても無事にダンジョンから帰還すると約束しよう。

 君は、ソニオ王国に戻りなさい」

 と、アーロンは言った。グレーの瞳は冷たく光っていて、マーニャはその言葉を聞くと悲しそうな瞳になった。


 フィオンはマーニャの沈んだ表情を見てから、燃え上がる炎を見つめた。


「お前、何しに魔法使いの室に行ってたんだ?普通は、騎士の隊長でも入れない。俺の国では、そうだ。

 ゲベートは違うのか?それに、何で行くのをやめた?」

 と、フィオンが聞いた。


「国王の息子だから、室に入るのを許されていた。

 子供たちと遊ぶのが好きだったし、魔法に少し興味があったしね。いろんな魔法を見せてくれたからね。本当に楽しかったよ。

 でも隊長としての任務が日に日に忙しくなったから行くのをやめたんだ」

 と、アーロンは答えた。


「分かるわ、その気持ち。

 私も魔法が使えたらな。かつての勇者は使えたのに、本当に残念だわ。でも、何で使えたのかしら?

 人間は魔法なんて使えないはずなのに。

 大昔は…違ったのかしら?

 ねぇ、マーニャ?」

 と、エマは首を傾げながら言った。


 吹く風は急に冷たくなり、辺りの木々の葉をガサガサと揺らし、燃える火はどんどん小さくなった。


「私たちにも、どうしてかつての勇者様が魔法を使えたのかは分かりません。

 その魔法は私たちが10人合わさったぐらいの強力な魔法だったと聞いたことがあります。

 私よりも…凄いです。

 ユリウス様が魔力を与えられたのかもしれません」

 と、マーニャは小さな声で答えた。


「ダンジョンに施された封印を解除する時は、3人に頼るしかないなんて無力だなぁ。

 ねぇ、アーロン。

 私たちにも、魔法が使えたらいいのにね」

 と、エマは悔しそうに言った。


「無理だよ、エマ。

 僕たちは、人間なんだから。

 そんな事は、禁忌にも抵触する恐れがある。何があっても絶対に許されないことだ」

 と、アーロンは強い口調で答えた。


「そうね。アーロンの言う通りね。仕方ないわね。

 人間は誰も魔法を使えない。魔法が使えるのは、その血が流れている魔法使いだけ。魔法使いと人間は愛し合ってはならないという禁忌があるのだから。

 でも、もし呪文を口にしながら杖を掲げて詠唱をしたら…って考えちゃうわね。

 杖といえば、杖についている宝石は、とてもキラキラしているわね。一体、何の宝石なのかしら?」

 エマが魔法使いの杖を指差しながら言うと、ルークが虚な瞳でキラキラと光る宝石のようなものを見た。


「この杖の宝石は、とても凄いモノで出来ているらしいんです。

 お城の方が…特別に用意してくださいました。

 この宝石を見ていると、普段の何倍もの力が出せるような気がするんです。こんな僕でも…精一杯頑張れます」

 ルークがそう言うと、その宝石はギラギラと光った。


「そうか。でも無理はしなくていいんだ。封印解除に数日かかっても、別に構わない」

 と、フィオンが言った。


「フィオンさん、僕たちは大丈夫ですよ。精一杯頑張れます!

 それに僕は…世界の為に、すぐにダンジョンに入りたいんです。それが僕にできる…唯一のことですから」

 リアムがそう言うと、フィオンは杖から目を逸らした。


「ユリウス様が生きていらっしゃったら、本当に良かったんですが…」

 と、マーニャが呟いた。


「ユリウス様がお隠れになったなんて…思えません。

 あれほどの御方が、この世界からいなくなってしまうなんて…」

 と、リアムは暗い表情で言った。


 魔法使いが悲しい表情で下を向くと、木々の枝がザワザワと動き、辺りは不気味なほどに暗くなった。


「あっ、そうだわ!

 次の町に行ったら、そろそろ矢を買わないといけないわ。もう手元にある矢が少なくなってきたから。

 この前の町は…質の悪い矢ばかり扱っていたから」

 魔法使いの表情が暗くなるばかりなので、エマは心苦しくなって、この話を終わらせることにした。

 炎が今にも消えてしまいそうに小さくなると、アーロンは立ち上がった。


「明日は、日の出と共に出発しよう。 

 フィオン、この先では盗賊が出るんだろう?早い時間に出発した方がいい」

 と、アーロンが鋭い眼差しで言った。


「そうだ。よく調べてるな」

 と、フィオンは答えた。



 同じテントの中で、リアムが眠れずに時折もぞもぞと動く音を、背中を向けていたフィオンは薄目を開けながら聞いていた。


「リアム、ユリウスと会えたらいいのにな」

 と、フィオンが呟いた。

 

「フィオンさん…一体どうされたんですか?」


「大切な人を失うのは辛いだろう。それに、その人が自分にとっての光なら。

 俺は昔、大切な人を守ってやれなかった。

 それで…リアムの気持ちが分かるっていうわけじゃないけどさ。簡単に分かるって言ってはいけないけどさ。

 何処かで元気で…生きていて欲しいって、ずっと思ってた日々があったから。生きている可能性が少しでもあるのなら探し出して、迎えに行きたかった。

 だから魔力によって魔法使いが生きるのなら、世界一の魔法使いならば、今も何処かでひっそりと生きてやしないかなと思ってさ。

 夢かもしれないけれど、リアムに会わせてやりたいって、そう思ったんだ」

 と、フィオンは相変わらず背中を向けたまま言った。彼の心の中には、今はもう会うことが出来ない「大切な人」が思い浮かんでいた。


「フィオンさん…どうして…どうしてそんなに優しいのですか?どうして…僕に優しくするんですか?」

 リアムが声を震わせながら言うと、フィオンは背中を向けたまま起き上がった。


「俺は…ただ…」


「あんまり僕に優しくするのはやめて下さい。

 だって…そうされると…僕は夢を見そうになりますから。

 ユリウス様は、僕たちを救って下さる希望の光なんです。  

 けれど…そんな事を口に出してはいけない。人々の役に立てもしないのに、希望の光だけを欲しがるなんて。

 光を見てはいけないのに…。僕たち魔法使いは…人々の役に立つ為のモノなんです。

 それに…もう光が遠すぎて、夜空に瞬く星のようにどんなに手を伸ばしても届かない。あの美しい光をどんなに愛しく思っても…どんなに必要に思っても…届かなかった。

 ユリウス様のことを思うだけで、僕は十分でなければならないのに…体が苦しいんです。

 もう注射もクスリも嫌なんです…いや…だ…。

 僕にユリウス様のような御力があれば…あの御方になれたら…僕たちの体は…こんな風にされずにすんだのに」

 リアムはビクッと体を震わせてから起き上がり、急に背中を向けているフィオンの肩に触れた。


「僕、今…何か変なこと…すみません…すみません…」

 リアムの瞳には恐怖の色がはっきりと浮かんでいた。


 リアムは側に置いていた杖を手に取ると、腕を震わせながら自分を守るかのように杖を握り締めた。

 けれど振り向いた男の顔を確認すると、リアムはぼんやりと見た幻から抜け出したのか、安心したような表情になった。


「いや、俺は何も聞かなかった」 

 と、フィオンは言った。恐ろしい記憶が呼び起こされ、背中を向けていたフィオンに別の男をとっさに重ねたのだろうとフィオンは思った。


「すみません。フィオンさんといると、僕はつい…。

 あっ、でも僕たちは役に立ちますし、精一杯頑張れます!

 僕たちのことは勇者様のすきにしてもらえたら。僕たちと勇者様とは違いますし」

 リアムは怯えた目をしながら、先程の言葉を必死に取り繕うとした。


「俺は、何も聞いていない。何も…な。

 だから俺の前だけでも…もう無理すんな。

 辛かっただろう?

 ごめんな。同じ人間として、本当に…ごめん」

 フィオンが心からそう言うと、リアムは黙ったままフィオンを見つめた。口をモゴモゴと動かし、黒い瞳から一筋の涙を流した。


 その涙が頬を伝って落ちると、リアムはかすれた声でフィオンに言った。


「フィオンさん…その優しさは罪です。

 本当に、光を夢見てしまう。いけないことなのに、僕は…フィオンさんに光を見たくなる。

 フィオンさんにユリウス様を重ねてしまいます。僕は酷い魔法使いです。

 だから本当にやめて下さい。救ってくれないのなら、その優しさも言葉も残酷なだけです。

 救われる望みがないのに、もう夢など見たくない。

 僕たちの切望はユリウス様でなければ叶えられない。だから…お願いです。あまり優しくしないで下さい。

 フィオンさんがユリウス様になってくれないのなら、僕は…僕は…」

 リアムは目に涙を浮かべながら言ったが、その涙を拭うとフィオンに笑ってみせた。



「リアム…笑うな。苦しいんだろう?なら、笑わなくていいんだ。

 そうだな…俺が、ユリウスになれたらいいのにな」

 フィオンはそう言ったが、徐々に彼も苦しい表情となっていった。


「何言ってるんだろう、俺。

 本当に…ごめん。ごめんな。

 そんな力もないのに、俺は。明日は早い、もう寝よう」

 と、フィオンは言った。


「すみません…フィオンさん…」

 と、リアムは震えた声で言った。


 フィオンは魔法使いに背を向けたが、いつか見た恐ろしい腕の痕を鮮明に思い出すと、激しく心が痛み出した。

 リアムの啜り泣く声が聞こえると、フィオンはたまらなくなって心の内を声に出していた。


「リアム…俺はお前と旅ができて…良かったよ。

 お前が…旅の仲間で本当に良かった。

 お前だから、俺は良かったんだ。

 そんな顔をして誰かのようになりたいなんて…辛かったんだよな」

 フィオンはリアムをこれほど苦しめている相手を憎らしく思った。


 そして、その相手は騎士には分かっていた。

 城の中で魔法使いたちの室に入れるのは、国王と国王の信頼する一部の側近だけだ。

 そこで一体「何が」行われているのかを考えると、ゾッとせずにはいられなかった。


(俺は…また守れない)

 その言葉が、フィオンの心と体を襲った。

 星々が闇に飲み込まれた恐ろしい夜空のように、黒い感情が全身をくまなく覆い尽くした。

 次第に彼のテントは強い風で揺れ出したが、背中で小さく聞こえるリアムの嗚咽は異常なほどに耳に大きく響き渡った。


 フィオンは拳を握り、唇を噛み締めた。


(クッソ……)


 憎しみと怒りの感情が、沸沸と湧き上がった。

 やがて狂気となりて無尽蔵に暴れ、彼本来の優しい心を激しく攻撃するかのような鋭い爪が風に乗って姿を現した。

 その爪は、フィオンの心を深くえぐった。 

 そこからドロドロとした狂気が流れ出し、彼の中にゆっくりと広がっていったのだった。

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