第35話 勇者と盗賊

 


 一行は日の出と共に出発した。爽やかな風と明るい光に照らされながら、馬は勇者の手綱捌きで風のように走り続けた。


 空は一点の曇りもなく澄み渡っていたのだが、いつの間にか茶色と赤い色をした鳥の群れが現れ、騒がしい鳴き声を上げながら上空を飛び交った。この先に待ち受けている禍を予言しているかのような鳥だった。

 荒涼とした地面を駆け抜けると、盗賊が出るという小高い山へとさしかかった。鬱蒼と伸びた木々が地面に大きな影をつくっている上り坂が見えてきたところで、フィオンは馬に停止の合図を出した。


「いるな」

 フィオンは眉間にシワを寄せ、茶色の瞳を怒りで燃え上がらせた。独り言のような小さな声だったが、彼の後ろにいるアーロンも頷いた。

 フィオンが静かに馬から降りると、わずかな光も薄れていき辺りは陰気になっていった。


「妙な音が聞こえてくる。この先で俺たちを待っているようだ。

 これより先に進むと道が細くなり、槍が使いにくくなる。

 ここで迎え撃つ」

 フィオンは険しい目をしながら淡々と言い、2人の騎士にも馬を降りるように手で合図を送った。

 

 騎士の瞳が鋭くなると、魔法使いもラスカの町以上の恐ろしい空気が流れていることを感じ取り、馬から降りて互いの身を寄せ合った。


「フィオン、盗賊はどうするんだ?」

 アーロンは剣の柄に触れ、殺すのか殺さないのかをフィオンに聞いた。


「奴等は殺してもらって構わない。俺たちは騎士だ。薄汚い盗賊には死を与えなければならない。ここは今から戦場のようになるだろう。

 アーロン、共に前に出よう。前から来る方が、多いだろう。

 エマ、後方は任せた。魔法使いを守ってやってくれ」

 フィオンがそう言い終わらないうちに、前方からは大きな音が聞こえ出した。彼等がいる場所からは見えずらい、坂の上の薄暗い場所から音は鳴り響いているようだった。

 押し寄せて来る盗賊の大きな足音と声も合わさると、坂道の石が揺れ動いてコロコロと転がり落ちてきた。


「バカ共が。デカい音を出しやがって」

 と、フィオンは呆れたように言った。このような状況にも慣れているのだろう。騒がしい音と声を聞いても、彼の様子は全く変わらなかった。

 まだ盗賊の姿は下からは見えないが、上り坂の先を険しい目で見据えながらフィオンは口を開いた。


「奴等は、ラスカの町の飲んだくれとは全くちがう。

 ここいらの盗賊は、いっぱしの兵士のように武装している。

 俺の勘だが、奴等は勇者と知っている。勇者と知って襲ってきているのだから、腕に自信がある者を揃えているだろう。

 俺は、ここの盗賊をずっと探していた。

 何度も何度もここに来ては、もう少しのところで逃げられていた。逃げ足だけは早くてな。どうしても首領を殺れなかった。それなのに向こうから来てくれるとは…全く…どうなってんだか」

 フィオンは低い声で言うと槍を強く握り締め、口元に笑みを浮かべた。


「全く…君の国は一体どうなっている?

 少人数だから、狙ったのか?

 それにしても君がいるとはいえ、他国の勇者も襲うとは怖いもの知らずだな」

 アーロンはそう言うと、横目でチラリとフィオンを見た。

 フィオンの声色が血肉を求める飢えた獣のように低く、さらに嬉々としているように聞こえたのだった。


「これが、俺の国だ。

 金と女が目当ての連中だ。

 そんな奴等に世界を救う使命など、どうでもいいからな。

 本当に、クソみたいな連中だよ。人数を集めれば殺れるとでも思ったのか…バカが」

 フィオンは冷ややかに言うと、ククッと笑い出した。


「去るもの追わず、向かってくる者は1人残らず殺す。

 薄汚い連中だ。奴等は連れ去りやすいマーニャに狙いを定めて、襲いかかってくるだろう。

 そうなったら盗賊共全員の相手を死ぬまでさせられる。そんなこと絶対にさせるか。

 俺はそうなったあとの少女の遺体を何人も…何人も…見てきた。許さねぇ」

 フィオンは腹の底から怒りを込めながら言った。

 グッタリと横たわり白い手足をダランと垂れて、散々辱められたあとに殺された少女たちの遺体を思い出していた。柔肌は縄で縛ったのか紫色に変色して戻らない痣が無数にあり、顔も何度も殴打され、体中が体液まみれにされて見るも無残だった。


 目を覆いたくなるほどの悲惨な遺体だったが、ようやく男たちから解放され、死という名の救いの手が差し伸べられたことを心から喜んでいるような死に顔でもあった。


 殺された人々を思い出すほどに、フィオンの茶色の瞳には怒りの炎がメラメラと燃え、今にも暴れ出しそうな狂気をギリギリまで抑えこむ為に、自らの顔を左手で覆いながら激しく息を荒げていった。


「殺してやる。舐めやがって…クソ共が。

 ちょうど、いろんな事に腹が立ってた。もう我慢出来なくなってたんだよな。

 いつもの…俺らしく…残虐に殺してやる」

 フィオンは低い声で言うと、指の隙間から坂の上を見つめた。


(そうだ…盗賊を1人殺せば、それ以上の村人が救われる。

 今までの行いの報いを「死」という形で、騎士団の隊長である俺が与えてやらねばならない。

 それが、俺の役目だ。俺は殺し尽くすのが役目なんだから。

 守れなければ、何の意味もない。

 真実を知ったあの日に…誓ったんだ。自分に誓い、呪いをかけ、今までやってきた。「その為」に、多くの人間を殺してきたんだ。

 それなのに本当は殺したくないなどと、心のどこかでまだ思っていたとはな…笑けてくる。

 この国では、綺麗事では誰も救えない。

 それなのに、いつの間にか「心」を思い出し、この旅の間だけでも「理想の騎士」になろうとでもしていたのだろうか?

 この国で…夢を見るなんて、馬鹿げている。子供の頃のように穏やかな日々を過ごそうとするなんて「俺に」許されるはずがないだろう。

 この国では殺さないと、大切な人は守れない。現実は、残酷なんだから。また失いたくない、もう失いたくない。

 俺は、失いたくない。

 そうだ…俺から大切な者を奪おうとする奴等は、殺さねばならない)

 そうあらねばならぬと、己に呪いの言葉を吐き続けた。呪いの言葉は昨夜ドロドロと溢れた狂気と混ざり合い、嵐のような怒りと憎しみが体中を駆け巡った。

 左手を顔から離すと、ついに男を槍の騎士の隊長にまでのし上がらせた狂気が全身を埋め尽くした。


 

「了解した。殺す…か…。君の槍を、ようやく見れる。

 戦場では、いつもすれ違いか、遠目だったからね」

 と、アーロンは言った。


「なら、勝負するか?どっちが多く、殺せるか。

 盗賊を殺すのは騎士の栄誉だ。そうだろ?」

 フィオンはアーロンをジロリと見ながら言った。茶色の瞳には、恐ろしい光がユラユラと揺れていた。


「どうした?以前とは違って、人を殺すことを喜んでいるようだ」

 アーロンはフィオンを真っ直ぐ見つめながら言った。

 

「理想と現実の間で彷徨い、理想が勝ってただけだ。

 お前以外を怖がらせないように、ダンジョンに着くまでは真実の俺を抑えようと思ってただけだ。1人殺せば、止まらなくなるから。

 俺がどういう人間かを見たかったんだろう?

 お前は、ずっとそういう目をしてた。何度も優しい騎士を演じている俺を挑発してたじゃないか。

 だから、見せてやろう。

 やっぱり、こっちの方が…俺に似合いの世界だからな。

 だんだん気分がノッてきた。マジで…興奮してきたわ。殺しは、セックスと同じで最高だからな。しばらく両方ヤッてなかったから…もう滅茶苦茶にして殺りたい」

 フィオンが怒りと興奮のあまりに体を震わせると、アーロンはもう何も言わなくなった。


 迫って来る盗賊の数が、だんだんと見えてきた。その数は、30人を優に超えていた。屈強で荒々しく、フィオンがいうように兵士のように武装していた。手に持っている武器をガチャガチャと雑に扱い、金属の触れ合う音を出して喜んでいるようだった。

 そして騎士を坂の上から見下ろすと、大きな笑い声を上げた。獲物を先に手に入れようと、砂埃を上げながら我先にバラバラと坂を降りて来た。


 アーロンは輝かしい剣を鞘から抜き、その刃を向かってくる敵に見せつけるようにキラリと煌めかせた。


「エマの矢が少ない。

 男が複数きたら、あの細腕ではもたないだろう。下がれそうになったら、俺は下がる。

 いいよな?アーロン」

 と、フィオンは言った。


「もちろんだ。構わないよ。

 僕に奴等の攻撃は当たらない」


「なんだ、お前?

 油断は、命取りになるぞ」


「油断じゃない。絶対に、当たらない」

 と、アーロンは低い声で言った。


 盗賊の1人が飛びかかって来たが、アーロンはヒラリと後ろに下がってから心臓を刺し貫いた。さらに2人の盗賊の腕を斬り落としてから、別の盗賊の首も斬り落とした。


「すまないが、遊んではやれない。死にたい者は来るがいい」

 と、アーロンは大きな声を上げた。

 怒りに満ち溢れた顔と声は恐ろしく、美しいグレーの瞳が爛々と燃え上がった。剣から赤い血をポトポトと滴らせながら、鋭い剣先を盗賊に向けた。


 その力の差は、歴然だった。

 技も力も優れた騎士の隊長相手に、統率の取れていない盗賊など敵ではなかった。人数こそ多いが、パラパラと1人で立ち向かって来るのだから。


 この人数を前にしても騎士は恐れる様子はなく、その強さに盗賊の方が怯んで後退りを始めると、首領らしき男が怒鳴るように叫んだ。

 嫌な目つきをした大男は首から宝石をジャジャラとつけ、血走った目を大きく見開き、手には簡単に人間の体を真っ二つに出来るような大きな剣を握っていた。


「怯むな!俺たちは圧倒的に数で勝っている!全員でかかれ!金と女をむしり取ってやれ!」

 首領は剣を振りかざしながら突進してきた。

 後ろには大勢の子分を従えており、目の前の騎士はたった3人なので勝てると思ったのだろう。


 しかし首領を見たフィオンは怖気付くどころか、嬉しそうに笑みを浮かべた。俺の獲物だといわんばかりに走り寄り、首領が振り下ろした剣を容易く交わすと、槍で首領の体を思いっきり薙ぎ倒した。

 首領が地面に倒れこむと、逃げられないように両足を槍で突き刺した。凄まじい痛みに首領は叫び声を上げたが、フィオンは恐ろしい形相をしながら大きく開かれた口の中に槍の穂先を軽くいれた。

 首領は口を真横に引き裂かれるという恐怖に駆られ、全身から汗をダラダラと垂らしながら槍の騎士を見上げた。


「よぉ、ようやく会えたな。ずっと会いたかったんだぜ。お前を殺りたくて、殺りたくてさ。

 簡単には、殺さないからな。

 今までお前が痛めつけた少女たちの苦しみ、村人たちの嘆き、その身に深く刻んでやる。

 ジワジワと突き刺してやる。最期のひと突きまでな。

 お前は、それをじっくり感じていろ」

 フィオンはニコリと笑った。

 剣を握っている首領の右手首を踏みつけにし、剣を取りこぼした手の平に槍を突き刺した。


 首領は叫び声を上げ、吹き出した血で地面が赤く染まっていった。

 フィオンは見るも恐ろしい形相をしながら、首領がどんなに叫び声を上げても、槍を執拗に突き刺して肉を斬り骨を砕き続けた。肉の破片が飛び散り、血飛沫で隊服とマントが赤く染まっていく。烏合の衆には、これだけで十分だった。


「なんだよ…これ…聞いてた話とちがうじゃないか。

 嫌だ!死にたくねぇよ!」

 寄せ集めの盗賊の1人が武器を捨てて逃げ出すと、それにつられるように多くの者が逃げ出した。

 その数は半数を超え、上り坂は我先に逃げようとする者同士がぶつかり合い、罵り合う声で溢れ返った。


 残った子分も戦意は喪失していた。攻撃をすることも首領を助けることもせずに、石のように固まったまま目を大きく見開いているだけだった。


「こんな風にいたぶったのか?それとも、こんな風にか?

 苦しいか?痛いか?

 早く死にたいなら叫び声でなく、殺してくださいって叫んでみろよ!」

 フィオンは自らの体が真っ赤に染まる度に、血の色と臭いに駆り立てられるようだった。


 ついに、首領は大量の血を流して動かなくなった。


「なんだ…もう逝っちまったのか。

 早ぇよ、もっと俺を楽しませろよな」

 フィオンは首領の血で出来た血溜まりを足で踏みつけた。


 ソレは、ピチャッという嫌な音を立てた。

 首領の体に深く突き刺していた槍を引き抜くと、血が滴る槍の穂先を、放心状態で自分を見ている盗賊に向けた。

 冷酷な風が赤髪を靡かせると、その双眼は恐ろしく光り、敵の戦意を粉々に打ち砕いた。

 彼は足元に転がる死体も乱暴に踏みつけた。許せぬ男の死体は、ただの肉の塊に過ぎなかったのだ。


 残った盗賊は度肝を抜かれて後退りを始めたが、フィオンはジリジリと近付いて行った。槍を空に向かって掲げると、赤く染まった体が、本来の背丈の倍以上に見えるのだった。

 槍の穂先は赤い血をポタポタと滴らせながら残酷な光を放つと、死んだはずの首領の叫び声が響き渡り、盗賊共を凍り付かせるのだった。


 数人の子分は持っている武器を手から落とし、ひれ伏しながら命乞いをするか、ヒィヒィと言いながら逃げて行くのだった。




 一方後方では、8人の盗賊が雄叫びを上げながら迫っていた。

 勇者と魔法使いを怯えさせようとするものであったが、エマはいたって冷静だった。矢筒から次々と矢を取って弦に番えると、颯爽と弓を引いたのだった。

 4本の矢は全て命中して盗賊の喉元を射抜いた。矢筒から矢がなくなると、エマは素早く短剣を抜いた。


 残った4人は仲間が目の前で殺されようが恐れることもなく、獲物を取り囲むようにジリジリと近づいて来た。

 盗賊の1人は怯えきったマーニャを見ると、舌舐めずりをしてから顎で仲間に合図を送った。

 すると盗賊は二手に分かれ、2人はマーニャに、もう2人は武器を手にしているエマに飛びかかった。


「やめろ!」

 リアムとルークが同時に叫び声を上げた。マーニャを守ろうと応戦したが、細い腕では盗賊の力には敵わなかった。


 ルークは放り投げられて気絶してしまい、リアムは腹を殴られて顔を踏みつけにされた。

 もう1人の盗賊はマーニャが逃げないように後ろから抱きついて、嫌がるマーニャの口を手で塞いだ。


 一方、エマは盗賊の攻撃をかわし、体を屈めて脇腹に短剣を突き刺した。柄から血が滴り落ちてくると、グルっと短剣を回してから引き抜き、急いで魔法使いを助けに行こうとしたが、顔に刺青をした盗賊によって阻まれた。

 刺青をした盗賊は、エマは見下ろした。

 エマは恐れることなく短剣を向けたが、刺青をした盗賊は太くて力強い腕でその短剣を簡単に押し戻した。


 刺青をした盗賊は大きな声で笑いながら、騎士の顔をじっくり見てやろうと顔を寄せていった。

 すると刺青が、揺れ動いた。盗賊の顔は吐き気が出るほどの嬉々とした表情に変わっていったのだった。


「なんだ、女か…。

 こいつは、イイやぁ…。お前も、女だったのかよ」

 刺青をした盗賊は目をギラつかせた。これからヤレるであろうことに、たまらなく興奮しているような目だった。

 淫欲に満ちた荒い息を上げると、睨みつけるエマの表情に笑みを浮かべながら生唾を飲み込んだ。


「いいねぇ…その顔。その生意気な面。お前も殺さずに連れて行ってやる。抵抗するようなら足の骨を折ってやるからな。

 ちょうど溜まってたから、じっくり可愛がってやるよ。輪姦してやるから覚悟しとけ。

 たまんねぇ…。想像するだけで、たまんねぇよ。その生意気な顔が、だんだんしおらしくなっていくのはさ。

 男を見て怯えながら鳴く顔ほど、そそるもんはねぇからな。体中を舐め回して、イイ声で鳴かしてやるからな。その顔もケツも汁まみれにしてやるからよ。

 女のくせに弓なんか握りやがって、生意気なんだよ!

 死んでた方がマシだったと思わせてやるからな!

 さぁ、ずらかるぞ!」

 刺青をした盗賊は力任せにエマの手首を掴むと、彼女の手から短剣を落とさせた。


「このガキ、俺に噛み付きやがって!

 このガキを殺してからな!」

 リアムを踏みつけにしていた盗賊は怒鳴り声を上げると、さらに力を込めてリアムの顔を踏みつけにした。

 リアムは呻き声を上げながら、両手と両足をバタバタさせた。盗賊が甲高い笑い声を上げながらナイフを抜くと、エマは怒りを爆発させた。


「舐めんじゃないわよ!」

 エマは掴まれていないもう片方の手を使って、刺青をした盗賊の手を捻り、男の急所を蹴り上げた。男は苦悶の声を上げながら、無様にのたうち回った。

 エマはすぐさま地面に落ちた短剣を拾うと刺青をした盗賊の腕を斬りつけてから、今にも殺されそうなリアムを助けようと走り出した。


 その時だった。


 リアムにナイフを突き刺そうとした盗賊の背後から、別の男の凄まじい怒声が響いた。


「俺の大事な仲間に手を出すな!殺すぞ!」

 フィオンはそう言いながら、リアムを殺そうとした盗賊の体に槍を貫通させた。


「あぁ、もう死んじまったか」

 フィオンはすぐさま槍を引き抜くと、マーニャを連れ去ろうとしていた盗賊に走り寄った。


 盗賊が驚きのあまりにマーニャから手を離すと、顔を掴んで地面に叩きつけてから心臓を槍で突き刺した。

 そして盗賊の腹を足で踏み心臓から槍を引き抜くと、貫通した部分からは大量の鮮血が吹き出した。

 盗賊は槍を勢いよく引き抜かれたことで、上半身が反り返り地面にグシャリと音を立てながら転がった。


「あぁ?動いたな…まだ生きてんのか?

 どうなんだ?!おいっ!」

 と、フィオンは怒鳴り声を上げた。


 あまりの怒声に血の臭いを嗅ぎ付けて集まっていた死肉を食らう猛禽類が、驚いて飛び去っていった。

 既に死んでいると見ただけで分かるのに、フィオンは執拗なまでにマーニャを辱めようとした両腕を突き刺し続けた。それはまるで凌辱をされて殺された少女たちの恨みを晴らそうとしているかのようだった。

 血飛沫を浴びたフィオンの体は、おどろおどろしいほどの赤い血で染まり、燃えるような赤髪と同様に全身がさらに真っ赤に染まっていった。赤い鎧を纏っているかのように、槍の騎士の体に赤い血がこびりついているのだった。



 リアムは目を大きく見開きながら、フィオンの異様な姿を見つめていた。マーニャは既に気を失っていて、青白い顔でその場に横たわっていた。


「フィオン」

 アーロンが彼の名を呼ぶと、フィオンは慣れた手つきで頬についた血を拭った。


 フィオンは恐ろしい形相をしながら、まだ1人だけ生きている刺青をした盗賊のもとに歩いて行った。


「助けてくれ!お願いだ!」

 刺青をした盗賊は腕から血を流しながら後退りをした。悲鳴を上げながら逃げようとしたが、槍で太腿を突き刺されると、その場に倒れ込んだ。


「逃げんなよ」

 と、フィオンはゾッとするような低い声で言った。


「いてぇ!いてぇよ!待ってくれ!許してくれ!悪かった!

 俺は、コイツらとは違う…頼まれただけなんだ。

 金を持っている連中がここを通るからって…こいつらに脅されたんだ。

 本当はこんな事、やりたくなかったんだ!」

 刺青をした盗賊が目から涙を流しながら叫んだ。


「汚ない目で俺を見るな。

 コイツらとは違うだと!?

 違う奴はな、こんな事そもそもやらねぇんだよ!このクソが!」

 フィオンはそう大声を上げると、刺青をした盗賊の左目を槍で突き刺した。


「お前さぁ、仲間なんだろ!?なぁ!?

 さっきから、うるせぇんだよ!ガタガタぬかすな!

 死ねよ、お前も」

 フィオンは今度は喉元に槍を突き刺し左に引き裂くと、頭と胴を別々にしたのだった。


 フィオンの真っ赤な体からは、人間の血の臭いが漂った。

 あまりの惨たらしさに、エマは口を押さえた。エマもソニオ王国の騎士団の惨たらしさは知ってはいたが、オラリオンの騎士団とは全く違っていた。

 アーロンは黙ったまま、敵が目の前から全ていなくなったことで、ようやく止まったフィオンを見つめていた。


 フィオンは血にまみれた自らの体と辺りに散らばる人間の部位を見渡してから、木々の隙間から見える空を見上げた。

 赤と青は対照的で、臭いも対照的だった。

 フィオンは小さく笑うと、また死体に目を向けてドロドロと地面に流れていく赤黒い血を見つめたのだった。




「さて、死体を…どうするかな。

 このまま放置していたら、腐臭がして虫がわくだろう」

 と、アーロンは言った。


「俺の隊員に処理してもらう。今から連絡するから、俺たちは先を急ごう。

 ここはたまに行商人が通るから、綺麗にしておかないといけないからな」

 フィオンはそう言うと、大きな木の下の影になっている所に死体を集め始めた。


「どうやって連絡をとるつもりだ?」

 と、アーロンが言った。


「伝書鳩だ。馬を売った日の夜に、お前が見たやつだよ。俺の合図で、俺のもとに来るようになっている。ここまで訓練するのは大変だったんだぜ。

 今日は盗賊がでる場所を通るから、あらかじめ連絡をしておいた。いつでも来れるように待機している。こういう事に…なるだろうと思ってたからな。

 お前が見たがってたアレが、真実の俺だ。俺は優しい男なんかじゃない。俺は狂ってるんだ。1人殺せば、血の臭いに興奮して、自分を止められなくなる。殺して殺して殺し尽くしたくなる。

 魔法使いには見られたくなかった。けっこう懐いてくれてたのにな。俺のことを「優しい」とも言ってくれたのに。

 これで全て…終わりだよ」

 フィオンはそう言うと、赤い髪をかき上げた。暗い影の場所には血の臭いが充満していった。


「魔法使いも、その事は分かっている。

 君は彼等を守ったんだ」

 アーロンはそう言いながら、魔法使いの方を見た。

 エマは少し離れた明るい場所で、魔法使いの傷の手当てをしていた。

 

「それでも…ダンジョンに着くまでは理想のままでいたかった。今まで頑張ったんだけどな。ラスカの町では、抑えられたのに。あーぁ、やっちまったな……。

 俺はな、盗賊を捕らえる気持ちはない。奴等は改心などしない。殺した方が早いと思っている。平気で嘘をつき、捕らえれば情けを乞おうと偽りの涙を流す。薄汚い盗賊共め。

 まぁ…俺も、そういう奴等の血肉を喰らいながら、ここまで上り詰めたんだけどな」

 と、フィオンは言った。


 真っ赤に染まった血の臭いしかしないマントを脱ぎ死体にかけてから、フィオンは光の当たる場所へと出た。

 死体がなくなった坂道には、その場の空気を洗うかのような風が吹き出した。


「奴等は何の罪もない者たちを襲ってきたのだから、当然の報いだ。殺人、強盗、強姦に…その罪は数えきれない。罪を犯した者は、罰を受けねばならない。例え誰であっても、どんな男でも。

 君のおかげで、多くの盗賊が尻尾をまいて逃げて行った。君が首領を惨殺してくれたおかげでね。

 だから僕はとても楽だったし、君は早くに魔法使いとエマを助けに行けたんだ。

 残虐に殺したいだけではない。そこには、理由があるんだ。そう複雑に絡み合った…さまざまな理由が。

 ありがとう、フィオン」

 と、アーロンは言った。


 アーロンも血で汚れたマントを脱ぐと、フィオンがしたように死体にかけた。


「ラスカの町のあとに…僕が君に「優しい」と言ったのは、君が僕を心配してくれたことにたいしてだ。

 僕のことが気に食わないはずなのに、僕を心配して部屋まで来てくれたんだから。

 仲間だと…思ってくれたのだろうかと思い、僕は嬉しくなったんだ」

 アーロンはそう言うと、光の当たる場所へと出た。


「君のことは、警戒していた。ソニオ王国の槍の騎士だからね…。

 しかし、君は騎士だった。

 僕は謝らなければならない。無礼な物言いを何度もして、すまなかった」

 アーロンは深々と頭を下げた。ゆっくりと顔を上げると、瞳に強い光を湛えながら、目の前の槍の騎士を見つめた。


「僕も君と同じだ。君と同じ目をしている。

 僕も守りたい者の為なら、どんな事でもする。

 どんな者でも断罪してみせる。

 そうでなければ騎士の隊長は務まらない。騎士の剣を握る資格はない」

 と、アーロンは言ったのだった。


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