第33話 聖なる泉

 

 剣の稽古の時間となり、アンセルが広場の扉を開けると、ミノスとマーティスは広場の中央で立っていた。

 広場の空気は、重く張り詰めていた。

 マーティスはミノスの剣を持ち、白き杖を持って真剣な表情で詠唱していた。


 アンセルが広場の中に入っても、彼等はアンセルの方を見ようともしなかった。マーティスは剣から目を逸さずに詠唱を続け、ミノスも背中を向けていた。


 しばらくの間、マーティスの低い声だけが響き、アンセルは詠唱が終わるまで黙ったまま待ち続けた。


 マーティスは詠唱を終えると深く息を吸い込み剣身を鋭い目で見てから頷き、ミノスにその剣を手渡したのだった。

 アンセルを振り返ったミノスはただならない表情をしていたたので、アンセルは少し後退りをした。


「お待たせいたしました。

 アンセル様、稽古を始めましょう」

 と、ミノスは言った。


(またあの力に引きずられたら、自分を見失ってしまうかもしれない。真実を知らないといけない。何事もなかったかのように稽古は出来ない)

 アンセルが強い眼差しを向けると、ミノスは大きく頷いた。


「私は、この剣の力を最大限に引き出します。

 そうしなければ稽古は不可能です。その絶大な力の前では、私は無力に等しい。

 今こそ、この剣に、聖なる泉の加護の力を宿します」 

 ミノスは大声でそう言うと、剣を高く掲げてみせた。


 その言葉が合図であったかのように、銀色に輝く剣の先から徐々にアクアマリンのように煌めく水色へと変わっていった。

 アンセルは驚きの声を発しながら目を擦ったが、その変化は見間違いではなかった。

 掲げられた剣は、神々しいまでの水色へと色を変えたのだった。ゆっくりと時間をかけながら、剣は本来の力をより増していった。より鋭く、より長くなったようだった。

 この剣を持つものは勇猛果敢な者であり、剣自体も主人を選ぶという強い意志を持っているかのような輝きを放った。


 アンセルは目を大きく見開いた。その剣に、何者かの力を見ると、彼の心が激しくざわついた。

 とっさに剣を鞘から抜こうとしたが、柄に触れた手をもう片方の手でおさえこんだ。


「聖なる泉について、かつての魔王について、お話しせねばなりません。

 その時が、来ました。

 それ以外の事にも答えます。ただしアンセル様が気付かれたこと、見られたことに対してのみ答えます」

 ミノスは掲げていた剣を下ろすと、重々しい口調で話し始めた。



 神が世界をつくられた。青き空と緑の大地、豊かな恵の数々、希望に満ち溢れた美しい世界をつくられた。

 美しい世界にさらなる祝福を与えようと、神は涙を流された。その涙が地上に降り立つと、アクアマリンのように輝く水色の美しい泉が湧き立ち、夜になると月の光に照らされた水面は黄金に輝いた。


 その泉を「聖なる泉」と名付けられた。

 特別な力を宿し、風に吹かれるたびにさざ波が起こり、揺れる水面が美しい光を放つと、人間が誕生した。その次に、人間と共に歩むものとして動物が誕生した。

 神は人間が美しい心を持って歩まれることを望まれた。

 穏やかな風が吹き太陽の眩しい光に照らされると、人間は目を開け、世界の素晴らしさに歓喜の声を上げた。

 人間は自然を愛し、動物と共存し、平和に暮らしていた。


 しかし、長くは続かなかった。

 ある日、1人の男が神の目を盗み、まだ蕾だった可憐な花を自らの欲望のままに手折ってしまった。そればかりか足跡が残った大地を踏み荒らし、鳴き声を上げた鳥を殺し、自らの罪から逃れようとした。

 まるで支配者であるかのような傲慢さだった。

 散らされた蕾と破壊された大地、殺された鳥をご覧になられた神はひどく嘆き悲しまれた。さらに男は「蕾が、望んだのです」と口にし、責任の一端を蕾にまで負わせようとした。

 欲望に突き動かれ、悔い改めることなく醜い行動を起こす愚かな人間の姿が、そこにはあった。

 神は「全てを森へ」と思い悩まれた。

 だが蕾に花を手向ける人間の姿をご覧になられた神は、人間が持つ心の美しさを信じ、しばらくの間、人間の行く末を見守ることにされたのだった。


 しかし、導く者がいなければ、人間はまた愚かな道へと進むだろう。そこで神は天の土を使い、自らの手で光の力を持つ者をつくられ「光の魔法使い」とした。

 魔法使いは光の力を使い、崇高な魂を持ち、聡明で優美な姿をしていた。

「人間を、光の道に導く存在」としての神の願いを、絶対に抗いがたいものとして魔法使いの魂に植え付けた。

 人間が神の願った美しい存在である限り「正しき助言を行い、光の道に導くように」と命じて地上に遣わされたのだった。


 さらに、神は闇をつくられた。

 魔法使いに光を与え、魔法書に闇を記された。闇は光以上に絶大な力を持ち、恐ろしい残酷さで満ちていた。

 神は闇の魔法書を「決して開いてはならない」と仰ると、息を吹きかけ、聖なる泉の底深くに沈められたのだった。

 闇の魔法書は夜になると魅力的な7色の光を放ち、人間の心に深く刻み込まれたのだった。


 試練を与えたのだった。

 それは蕾が手折られるのを、多くの人間が見ていたにもかかわらず、男を恐れて誰も止めなかったからだ。


 その愚かさを、神はお許しにはなっていなかった。


 人間が美しくある限り、闇の魔法書は開かれることはない。

 しかしまた神の意に背く所業をしようとするならば、闇の魔法書を開くであろう。


 ならば神との約束を破った罰として、神の使者となる者に闇の力を与え、天上の怒りを大地に降り注がせることにしたのだった。

 その者を神の御手にかわる存在とされ、全てを委ね、神の領域にくることを許したのだった。


 最後に、神は聖職者をつくられた。

 人間にただしき教えを説き、自らが模範となる行動をし、尊敬を集め、人間が愚かな行動をしようとする時には止めるように命じて、美しさと特別な力を与えたのだった。


 こうして神は、人間に「希望と絶望」の両方を残されたのだった。




「聖なる泉は、神の涙によって湧き立った神聖なる泉です。人間と動物という多くの生命をつくりだしました。

 神の許しを得ていない人間は立ち入ることさえ許されない聖域であり、特別な力が宿っています」

 ミノスはそう言うと、輝く剣を見つめた。


 アンセルもそのアクアマリンのように煌めく色を見ていると、水晶玉で見た聖なる泉を思い出した。その色は、同じ色をしていた。


「どうして、そのような話を知っているのですか?

 剣の色が…変わりました。聖なる泉と同じ色をしています」

 と、アンセルは言った。

 

「私は両親から聞きました。

 色が変わったのは、この剣に聖なる泉の加護の力が宿ったからです。この剣は主人の身を守り、主人の剣技を高め、主人の真の力を最大限に引き出します。

 アンセル様の中に潜む、かつての魔王の力を弱めさせることが出来るでしょう。立ちはだかる絶望から身を守る為に、魔王の力を弱めさせる力が与えられているのですから。

 勇気を持って全てを乗り越え、新たな光で世界を照らすことが出来る力です」 

 ミノスがそう言うと剣身は美しい色を放ったが、アンセルの目には赤い宝石もギラギラと光を放ったように見えた。


「赤い宝石のようなものにも力が宿ったのでしょうか?」


「聖なる泉の加護の力は、剣身に刻み込まれています。

 この赤い宝石は、人間の愚かさの果てによるものです。

 神の領域に踏み込んだ、かつての魔王の力は絶大です。人間が光を見る為には、聖なる泉の力が必要なのです」

 と、ミノスは言った。


「一体…どういう事なのですか?さっぱり分かりません。

 かつての魔王は、神の領域に踏み込んでいる…ならば…人間は闇の魔法書を開いたということなのですか?

 そしてドラゴンが、神の使者として地上に遣わされたとでも?

 しかし魔王が神の領域に踏み込んでいるのに、神の涙で湧き立った聖なる泉の加護の力が宿った剣が出てきて、魔王の力を弱めさせるとは…。

 一体、どういう事ですか?」

 と、アンセルは言った。


「そう…闇の魔法書を開きました。

 そして、かつての魔王は、人間の愚かさの果てに、神の領域である絶大な力を手にされました。

 人間の世界では、魔王とは人間に災いを与えたり悪の道へと誘う者のように伝えられています。

 そう…人間に、です。人間を苦しめ、光の降り注ぐただしき道から、光の当たらない暗い道へと導くのです。

 そこでは希望は消え失せ、絶望しか残らない。

 しかし、その道を歩んでいく決断をしたのもまた人間です。立ち止まらなかった、引き返さなかった、他の者も歩いていた、見て見ぬふりをした…あらゆる理由があるでしょう。

 神は慈悲深くも、厳しくもあります。

 神に背いた罪は、消えてはいない。たとえ、天上の怒りが降り注いだとしても。

 全てを委ねられた魔王は、3つの国の人間全てをも滅ぼされるかどうかを、国の代表である勇者の美しさで決めようとされたのです。

 勇者が「勇者であり、英雄となりえる存在か」を証明する為に、領域に踏み込んだ者に立ち向かわせる泉の加護の力を与えたのです」

 と、ミノスは答えた。


 アンセルの頭の中は混乱しつつあったが、水色に光る剣身を見ながら今までの話を心の中で繰り返した。


「天上の怒りは、降り注いだのですね?

 魔物が人間を襲ったというのが、天上の怒りなのでしょうか?魔物が人間を襲い、人間の血が大地に降り注いだということなのでしょうか?」

 と、アンセルは言った。


「天上の怒りについては、まだお話し出来ません。

 魔術により、いずれ見ていただくことになるでしょう。

 今は、まだその時ではない。なぜなら心優しいとある男は、人間の愚かさを知って膝をおり、自らを見失い、その役割を全うすることが出来ませんでした。

 マーティスの魔術は、アンセル様の心に応じて見ることが出来ます」

 と、ミノスは言った。アンセルはモヤモヤとしたが、自分を見つめるミノスの瞳は強いものがあった。


「では昨日の…剣の稽古について教えて下さい。

 右腕がとても熱くなり、漆黒の闇のようなものに飲み込まれて、自分を見失いました。自分の体なのに誰かにのっとられたかのような感覚を覚えました。

 凄まじいほどの力を感じ、ミノスさんに剣の勇者を重ね心臓に剣を向けました。もう少しで…ミノスさんを殺すところでした。本当に…恐ろしかった。

 ソレは、俺の両腕から広がっていった力でした。

 腕が震えるのは、俺の弱さだと思っていました。勇者に立ち向かうのを体が恐れて…震えていると。

 けれど、そうじゃなかった。その力はあまりに絶大で、禍々しくて、憎しみに溢れていた。そう…クリスタルから感じたものと同じだったんです。俺がクリスタルを引き摺り出した、あの時からずっと俺を蝕んでいたのでしょう。

 その全ては、かつての魔王の力によるものなのでしょうか?」

 と、アンセルは震えた声で聞いた。


 ミノスは青ざめたアンセルの顔を見てから、彼の両腕へと目を向けた。その両腕が震えていないことをしっかりと確認してから、アンセルの瞳を見つめながら口を開いた。

 

「かつての魔王がまとう絶望の力です。人間の世界に絶望をもたらそうと、動き出そうとしています」

 と、ミノスは言った。


 その言葉がアンセルの耳に残酷なまでに響き渡ると、かつての魔王の力をより色濃く感じた。全身に寒気が走り、自分を包み込んだ漆黒の闇の恐ろしさがよみがえった。


「仲間を集めて演説を行った後に、得体の知れない黒い渦が俺に話しかけてきたんです。

 それから時々、俺の心に囁きかけてきました。

 強くなりたいと願う度に、その存在は大きくなったような気がします。両腕の震えが止まらなくなり、ついに昨日覚醒したのでしょう。

 あの力は恐ろしい…俺は俺ではなくなりました。俺の体を欲し、俺に成り代わろうとしている気がするのです」


「かつての魔王は、心に潜む欲望を感じとります。

 アンセル様は長い間、なんの欲望もお持ちではありませんでした。高慢でも強欲でもなく、誰かに嫉妬することもなく、虚栄心もなかった。不特定の相手に情欲を抱いたりすることもありませんでした。

 付け込みやすい欲望がなかった。なさすぎて少し心配もしたぐらいです。あったのは睡眠欲ぐらいでした。それでは、かつての魔王は心と体を蝕むことが出来ません。今となっては、それで良かったのだとも思います。

 しかし、今は違う。

 迫り来る勇者に立ち向かう為に強くなりたいという欲求と、自らを弱いと思い込む心、さらに魔王としてのプライドが生まれました。

 そこに、かつての魔王は隙を見つけ、上手く利用したのでしょう。アンセル様の心を激しく揺さぶり、アンセル様自身でも気付かないうちに大きくなりました。

 かつての魔王はアンセル様の体を手に入れ、クリスタルの封印を破ろうとしています」

 ミノスがそう言うと、アンセルの心臓がドクンと震えた。


「早くに申し上げるべきだったのかもしれません。

 クリスタルを引きずり出そうとされた時に、アンセル様を包み込もうとする恐ろしい光を見たのですから。

 勇者と魔法使いがこちらに向かっていると聞いた時に疑念を抱きましたが、不確かなままでは申し上げる事が出来ませんでした。

 それに申し上げたとしても、どうする事も出来ませんでした。恐怖を打ち砕くほどの強い心を持たねば、悪戯に心を蝕ませるだけです。

 私が確信したのは、剣の稽古を重ねる度に、アンセル様の瞳に漆黒の影を見るようになったからです。

 さらに両腕の震えを見ていると、かつての魔王が目覚めようとされているのだと感じました。

 しかし、私の力は無力で、その力を止めることは出来ません」

 ミノスは沈痛な面持ちでそう言うと、水色に輝く剣の柄を強く握り締めた。


「封印の部屋にお連れした私に、全責任があります。時を誤ったのですから。

 クリスタルに封印されながらも、自らの力に耐えられるほどの肉体を持つ者を探し続け、アンセル様に目をつけていたとは思いもよりませんでした。

 強力な魔法陣が施されていても、そのような事が可能であったとは…。封印の部屋へと導いて、あの強力な魔法陣を破るだけの力を与え、自らの力の一部を両腕に残された。

 全て、私の責任です。本当に申し訳ございません」

 ミノスはそう言うと、深々と頭を下げた。自らへの怒りで、体をワナワナと震えさせていた。ミノスもずっと苦しんできたのだろう。


「ミノスさんのせいではありません。責めたくて、こんな話をしたんじゃありません。

 あの時でなくても、結果はこうなっていたのでしょう。俺は、ずっと…変わりませんでした。変わろうとしなかった。何もしてこなかったんですから。

 あの時見せてもらっていなかったら、勇者が向かっていると知った時に、初めてクリスタルを見ることになっていたかもしれません。

 そうなると、最悪です。恐ろしさのあまりに、その夜にはクリスタルを引き摺り出していたでしょう。

 両腕はダメになり、何のトレーニングも稽古も出来ない。怯え震えながら、助けてくれる力をただ求めたことでしょう。

 その場合、俺は、もうここにはいません。

 これで、全て良かったのです。

 謝らないで下さい。何も誤った事などしていないのですから、もう止めて下さい」

 アンセルが微笑みかけると、ミノスは唇を震わせた。


「俺は、魔術で弓を持つ男を見ました。美しい碧眼の男です。

 あの男は剣の勇者とはちがって、勇敢な男には見えませんでした。かつての魔王と戦えるような男には…見えなかったんです。暗い顔をしながら悲鳴を上げている、全てに絶望した男にしか見えませんでした。

 本当に、彼が弓の勇者だったのでしょうか?俺は幻を見たのでしょうか?

 英雄譚のような男には…見えませんでした。勇者には…見えませんでした。

 さっき言っていた心優しいとある男とは…役割を全う出来なかった男とは弓の勇者のことなのでしょうか?

 全う出来なかった役割とは、かつての魔王に止めを刺すことが出来なかったということなのでしょうか?」

 アンセルはそう言いながら、暗い淀んだ表情で膝をついた弓の勇者の顔を思い出した。すると、その顔にチラチラと自らの顔が重なっていった。


「弓の勇者の姿を…それほどはっきりと見られていたのですか。国王にとって、英雄譚は美しくなければならなかった。

 弓の勇者は真面目で誠実な男だったのでしょう。愚かさの果てに起きた真実を知り、彼は立ち上がれなくなったのです。

 彼は優しすぎたのです。その優しさが、彼を狂わせました。

 唯一生き残ったのに、このダンジョンに弓を捨てて、国に戻りました。彼は二度と弓を引くことが出来なくなりました。

 だから、このダンジョンには生き残った弓の勇者の弓があるのです。

 しかし彼がいなければ、かつての魔王は封印出来なかった。それは真実です。

 彼は英雄にはなれませんでしたが、勇者でした。

 勇者の仲間を思う気持ちが、かつての魔王の片目を射抜いたのですから」

 と、ミノスは言った。


「かつての魔王は、今も弓を恐れているのでしょうか?

 だから弓を握ろうとするのを、あんなに拒んだのでしょうか?」


「かつての魔王は、何も恐れません。

 恐れの感情は、一度も感じなかったはずです。拒まれたのは、怒りの感情によるものでしょう。

 勇者の武器についているものを生み出した人間の所業に怒りを感じておられるのだと思います。

 そして弓の勇者の選んだ道にも、怒りを感じておられるのでしょう。

 だからこそ、弓を拒まれたのでしょう」


「赤い宝石は、剣にもついています。

 かつての魔王の力は日増しに強くなっています。

 このままでは俺は剣も握れなくなるのでしょうか?

 ここまで鍛錬を積んできたのに…今までの事が無駄になるのでしょうか?俺は、剣も拒むようになるのでしょうか?」


「それは分かりませんが、無駄にはさせません。

 たった一つだけ方法があります。

 絶望に打ち勝つ方法が、たった一つだけあるのです。

 それはアンセル様の心と体が強くなられた今だからこそ出来ます。その為に、私はこの剣に宿りし泉の加護の力を引き出しました。

 かつての魔王がもたらす絶望と戦える唯一の力です。

 今から、私は、その力を使います」

 ミノスが力強い声でそう言うと、その体がブルブルと震え出した。


「その力を引き出した剣をミノスさんが使っても大丈夫なんですか?危険ではないのですか?

 俺たちは魔物です。ミノスさんだって魔物です。

 かつての魔王と戦える力ならば、魔物にだって…」

 アンセルはミノスの額から大粒の汗が流れ落ちるのを見ながら言った。


「泉の加護の力は、絶望と戦う為のものです。

 私は絶望をもたらす魔王ではありません。

 泉の加護の力とは、勇気であり、かつての魔王のもたらす絶望の力を弱めさせます。

 私は聖なる泉の加護の力とマーティスの力を借りて、アンセル様の体を蝕む、かつての魔王がもたらす絶望の力を弱める為に剣を振ります。

 剣を掲げるということは、恐れず立ち向かうということ。

 アンセル様は今まで通り、剣を掲げて稽古を続けるだけです。今のアンセル様になら出来ます。心も体も強くなりました。泉の加護の力を宿した剣ですらも受け止められるはずです。

 共に立ち向かい、かつての魔王の力を弱めましょう」

 ミノスの顔は青ざめていき、その表情はどんどん険しくなっていった。


「でも…そんな…危険です。ミノスさんの体が…心配です」

 アンセルがそう言うと、ミノスは首を横に振った。


「何も、心配することはありません。

 稽古を始めるだけです。

 もう一つ、大切な話をせねばなりません。

 外の世界の異変ですが、クリスタルの封印を破ろうとする者によって、引き起こされている可能性があります。

 水晶玉から見るに、誰かが、かつての魔王の力を欲しているような気がしてなりません。

 その為に、何らかの力を使って昔と同様の異変を引き起こし、勇者と魔法使いをダンジョンに向かわせようとした。そして、それが成功した。

 全てはまだ推測に過ぎませんが、私の考えが正しければ、その者は本来の力を隠しながら、こちらに向かっています。

 クリスタルの封印が解かれれば、3つの国は滅びましょう。何としても止めねばなりません。

 それを止められるのは、アンセル様だけです。

 アンセル様は、かつての魔王と戦えるだけの特別な力を持った御方です。そうでなければたった1ヶ月で、ここまで変わらなかった。

 どうか、クリスタルの封印をお守り下さい。かつての魔王に人間を殺させてはならない。

 その為に、さらなる強い心を持ち、三日月を恐れる3つの国の秘密を知ってもらわねばなりません。

 全てを知ってもなお当初の決意が揺るがないほどの強い心を持ち、かつての魔王に立ち向かっていただきたいのです。

 共に立ち向かいましょう!」

 ミノスがそう大きな声で叫ぶと、ミノスの剣に刻まれていた文字がまたユラユラと動き出し、剣に刻まれた文字がより一際光り輝いたのだった。

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