第30話 覚醒


 次の日、アンセルは剣の稽古の時間になると、重たい体を引きずるようにして広場へと向かって行った。眠れはしたが、夢の中で魔術で見た光景が次々と現れたのだった。

 それは今も続いていて、広場の扉を開けると、深い絶望の感情がアンセルの心にも広がっていった。足を踏み入れると、剣の勇者の死体を思い出した。

 広場には今も絶望と死が満ちているように思うと、アンセルの瞳は虚なものへと変わっていった。


 リリィは昨日のアンセルの様子が変だったこともあり、急いで仕事を終わらせて広場へとやって来た。

 稽古が始まるのをソワソワしながら待っていたが、ミノスはアンセルの表情を見ると、稽古を始める前にリリィに用事を言いつけて20階層から出してしまったのだった。


 ミノスはリリィがいなくなると、虚な目をしているアンセルを見つめた。彼の両腕がずっと震えているのを見ると、ミノスはマーティスの方をチラリと見た。


「アンセル様、稽古を始めましょう」

 と、ミノスは言った。


 アンセルは虚な目をしたまま剣を抜いたが、その手には不気味な力が込められていた。剣を握る手は素早く動き、静かな広場にはミノスの剣を砕くほどの恐ろしい金属音が鳴り響いた。

 その音を聞いても、アンセルは何の表情も浮かべなかった。何処か遠いところにいて、別の何者かの力によってアンセルが動いているようだった。

 ミノスは鍔迫り合いになると、アンセルの瞳を見つめながら口を開いた。


「訓練を始めて、もうすぐ1ヶ月になろうとしています。

 アンセル様は強くなりましたが、もし勇者に敗れ、全ての策が見破られた時…どうなるのでしょうか?

 仲間が森へと逃げられなかった場合には、誰から犠牲になるのでしょうか?」

 と、ミノスは言った。


 その言葉を聞いたアンセルはようやく瞬きをし、恐れと不安が混じった目でミノスを見つめた。


「やはり…小さな子供からでしょうか?私たちがなんとしても守らねばならない可愛い子供たちですが、勇者にとっては子供であっても魔物です。

 恐ろしい武器を握る勇者は、子供の魔物であっても躊躇うことなく殺すでしょう。勇者は泣き叫ぶ子供を冷たい目で見下ろし、逃げる力も抵抗する力もない子供を魔物であるという理由だけで殺すのです。

 子供であっても魔物なのだから生かしてはならない。

 子供は親の復讐を遂げようとする。今回も、世界に異変が起こったのは、あの時の子孫である魔物が原因だと思っているのですから。

 ならば2度と繰り返されないように、可能性の芽は全て摘んでおかねばならない。

 殺さない理由はないのです」

 と、ミノスは恐ろしい言葉を言った。


 アンセルはミノスに言われるがままに、その光景を想像した。その目に苦しみの色が混ざっていくと、ようやくいつものアンセルに戻っていき悔しそうに唇を噛み締めた。


「次は、女と老いた魔物でしょう。足が遅くて逃げるのには時間がかかります。この者たちも、屈強な勇者にとっては殺すのは容易いです。

 女や老いた魔物に、情けをかけてやる必要はない。女は子供をつくり、老いた魔物はかつて人間を殺したことがあるかもしれない。ならば、生かしておく理由がない。

 体中から血を流し、ダンジョンの出口を求めながら死ぬか、もし外の森に出れたとしても安全な場所まで逃げられることなく力尽き果てて死んでいくのでしょう。

 その様子を、勇者は笑い声を上げながら見ているかもしれない」

 ミノスがそう言うと、アンセルの動きが止まった。


 次々と仲間が殺されていくのを想像すると、吐き気と共に黒い感情が心に広がっていった。

 苦しい表情をしながら呆然と立ち尽くしていると、ミノスは右斜め上からアンセルの上半身を斬りつけた。血は流れはしなかったが、右腕の血管が大きな音を立てながら蠢き始めた。

 その右腕の痛みで、アンセルは片膝をつきながら呻き声を上げた。次の攻撃に備えられずにいると、ミノスはアンセルの左脇腹をさらに斬ったのだった。


(くそっ!)

 アンセルは唇を噛み締めた。

 斬られたことよりも、恐ろしい想像が止まらないことに苛立っていた。魔術で、死を見たからだろう。血を流して死んでいる人間の姿を見たからだ。

 その人間の姿が、仲間の姿にかわるのだから。

 その想像は、生々しかった。笑い声を上げながら、勇者が仲間を殺している。

 助けられなかった子供たち、女と老いた魔物が逃げ惑う姿、何も守れずに20階層で血を流している自らの姿が浮かんだ。


 それを全て否定せねばならないのに、死と絶望に支配されようとしていた。


(なんと…理不尽なのだろう。

 全く話を聞こうともせずに、人間の正義によって、何もしていない魔物が殺される。

 それは全て「魔物だから」という理由によるものだ)

 アンセルが苦悶と怒りの表情を浮かべていると、ミノスはアンセルの蠢き続けている両腕を見つめた。彼が握っている剣は恐ろしいまでの光を放っていた。


「男たちも仲間を守る為に戦うでしょうが、勇者の前にはひとたまりもありません。その為の訓練をしていませんから、勇者の力の前では無力です。

 剣で腕を斬り落とされ、矢で頭部を射られ、槍で心臓を突き刺される。それは、一瞬です。

 生命と希望を繋いでいくことは難しいのに、死と絶望は一瞬で全てを破壊する。

 勇者は魔物の首を斬り落とし、国に持ち帰るかもしれません。それを眺めながら勝利を国を挙げて喜び、国民は酒を飲み肉を食らうでしょう。

 魔物も同じように生きているというのに…なんと酷いことか」

 ミノスがそう言うと、アンセルの口からは血がポトンという音を立てて流れ落ちた。


(やめろ…)

 アンセルは額に筋を立てながら立ち上がった。その両腕の血管は破裂しそうなほどに蠢いた。


「どうされましたか?動きが止まっていますよ。

 諦めたのですか?

 ならば勇者が美しいダンジョンを血で塗り替えることになるでしょう。

 その時は、勇者の血ではなく、もちろん仲間の血です」

 ミノスはそう言うと、目を大きく見開いたまま全く動かないでいるアンセルに斬りかかってきた。


 その攻撃をよけれはしたものの胴ががら空きになったので、ミノスはアンセルの鳩尾を思いっきり殴った。

 あまりの痛みと衝撃にアンセルはよろけ、血を吐きながら床に手をついた。


「3人が揃って、20階層に来るとは限りません。

 ダンジョンを進んでいくうちに魔物が全くいないと分かれば、別々に行動するかもしれません。

 ある者はクリスタルを探し、ある者は本当に魔物がいないかを探そうとするかもしれません。

 魔物を討伐すること自体を、喜ぶ人間もおりますから。狩りのような感覚なのでしょう。3人の勇者のなかに、そういった者がいるかもしれません。勇者は魔法使いを連れて歩き、怪しげな場所を魔法使いに命じてこじ開けさせようとするかもしれません。

 避難所に隠れている魔物を見つけ出すと、そこが避難所だと知らない勇者は魔物が攻撃するチャンスを狙っていたのではないかと思うでしょう。殺される前に殺してしまえと、より残忍な方法で仲間を殺していくかもしれません。

 アンセル様がそうやって…床に手をついている間にです」

 と、ミノスは言った。


 アンセルは慌てて立ち上がったが、殴られた痛みすらも忘れるほどの怒りと憎しみと悔しさで頭はひどい混乱状態にあった。


(想像してしまう…気持ち悪い。許せない。自分が殺されるよりも…嫌だ。

 だけど…全ては…起こりえることかもしれない。

 自分を信じてくれている仲間の生命だけは…なんとしても守りたい。

 こんなんじゃダメだ、もっと強くならないといけない。

 もっと力が欲しい。もっと、もっと力が!)

 アンセルは仲間だけはなんとしても助けたいと思い、今まで以上に強く力を欲した。


 すると金色の瞳が爛々と燃え上がり、両腕はさらに逞しくなり浮き上がった血管がウヨウヨと動き出した。


 ミノスは彼の蠢く両腕を見てから、自らの剣を見た。銀色の剣身が恐れをなしたかのように色を薄めていく。

 今まさにその力が動き出そうとしているのを感じると、アンセルに強い眼差しを向けた。


「アンセル様、自らの力を信じるのです。

 戦う相手は武器だけでなく、このように言葉で攻撃してくるかもしれません。心を激しく揺さぶり、アンセル様を蝕もうとしてくるかもしれません。

 それにも打ち勝たねばなりません。

 さもなければ、自分を見失います」

 と、ミノスは強い口調で言った。


(分かってる!そんな事ぐらい!)

 アンセルはそう思ったが、恐ろしい想像は暴れ出す一方で冷静になることなど出来なかった。

 ここ数日、腕の痛みでまともに眠れていないこともあり、心身共に疲れ切っていたからだろう。


 アンセルが荒い息を吐きながら血走った目をミノスに向けると、蠢いていた両腕の血管が急にピタリと動きを止めた。


「仲間を殺す勇者は許せませんか?憎悪しますか?」

 と、ミノスは言った。


 その言葉を聞いたアンセルは何も答えなかった。水晶玉で見た3人の勇者の顔が次々と浮かんできた。


「ならば、アンセル様、私を攻撃してみますか?

 私を勇者と思って、斬りつけてみてはいかがでしょうか?憎しみのままに剣を振り下ろすのです。

 勇者に復讐するのです。仲間を殺した勇者を殺すのです。アンセル様は同じ事をするだけです。いえ…恨みを晴らすのです。

 さすれば、憎しみの感情も消えてなくなるでしょう」

 ミノスはそう言うと、勇者が魔物にするように剣先をアンセルに向けた。


 アンセルはその剣先を見つめてから唇を噛み締め、額から汗を流しながら首を横に振った。


「俺は…したくない。

 俺は…それでも…人間を殺したくない」

 アンセルがそう言うと、ミノスは背後に素早く回って背中を上から下に深く斬りつけた。


 その衝撃で、アンセルは前のめりに倒れ込んだ。


「人間を殺したくないと言っているうちに、また仲間が死にました。

 それでも勇者は止まらずに攻撃を続けていく。子供を踏みつけにするでしょう。女は深く突き刺され、男は首を刎ねられ、守りたかった者は誰も守れない。

 アンセル様が、そうやって倒れ込んでいるからです。

 勇者と魔法使いは自らの使命を果たす為なら手加減などしません。仲間が大勢いる避難所に火をつけて扉を閉め…」


「やめろ!」

 アンセルはそう叫ぶと、背中から血を流しながら立ち上がった。


「まだ立ち上がれましたか?」


「くっそ!」

 アンセルは一刻も早く剣の稽古を終わらせようと叫んだ。

 ミノスの剣を奪おうと真正面から飛びかかっていったが、何の考えもない剣には力はなく、ミノスは容易くよけるとアンセルの体を押さえつけた。


「いつも冷静でいなさい。冷静さを失えば、勝てるものも勝てなくなります。

 言葉の攻撃は辛いですか?想像されましたか?

 しかし、現実に起こる事かもしれません。

 ほら、今の言葉でまた心が揺らいでいます。

 それではいけません。惑わされてはいけません。心をしっかりとお持ち下さい。

 今のアンセル様には力があるのですから、もっと自信を持つべきです。積み重ねてきたものがあります。それを誇りに思うべきです。

 今のアンセル様には、仲間を守れる力があります。自分の強さを信じて下さい。

 アンセル様は特別な御方です」

 と、ミノスは大きな声で言った。


 しかし混乱状態にあるアンセルには、その言葉は届いていなかった。一刻も早く、この稽古を終わらせることだけを考えていた。ミノスに押さえつけられながら、届きもしない腕を伸ばして剣を奪おうとするだけだった。


 それは全て、恐ろしい想像から逃れたいからであろう。

 ダンジョンは血にまみれて、守りたかった者は全て殺され、最後には火が放たれて真っ赤に燃えている。

 その光景が、強烈に心を蝕んでいた。今の自分には、それを止めるだけの力がないのだから…と。

 仲間を守れる剣を持っているのも忘れて腕をジタバタさせながら「もっと力が欲しい」と叫んで暴れ出したのだった。


 ミノスは金色の瞳に怒りと憎しみの感情が爛々と燃え上がり始めたのを見ると、何かを決意したかのように剣を強く握り締めた。

 そしてアンセルを押さえつけたまま右太腿に深く剣を突き刺して捻り上げた。ミノスの剣はアンセルの肉を貫き、骨を砕いて貫通した。


 アンセルは大きな叫び声を上げた。体を仰け反らせながら手から剣を落とすと、ミノスはアンセルを壁に放り投げた。

 アンセルは壁にぶち当たった。壁に血の跡を残しながら床へと落ちていった。口からも大量の血を吐きながら、右腕を痙攣させていた。


(まずい…。これはダメだ…これは流石にまずい)

 アンセルは意識がどんどん遠くなっていくのを感じた。


「それぐらいの傷がなんですか。

 多くの仲間が殺されているのです。

 かつての決戦のように…そう…私は剣の勇者として、魔王と戦っているのです」

 ミノスはそう言うと、真っ赤な血にまみれた剣を掲げながらゆっくりと近づいて来た。


 剣から流れ落ちる血で、床が赤く染まっていく。

 嫌な血の臭いと赤い血溜まりがどんどん広がっていくと、広場は「かつての20階層」となった。激しい憎しみと怒りが吹き荒れると、恐ろしい感情が全身を激しく駆け巡った。

 それは右太腿の痛みすらも忘れさせるものだった。忌々しい憎らしいと思いながら真っ赤な血を見つめた。


 そして虚な目で顔を上げると、剣を掲げながら近づいて来るミノスに魔術で見たかつての剣の勇者の姿を重ねたのだった。


 その瞬間、アンセルを見下ろしていた黒い影が、床で這いつくばっているアンセルを見下ろした。


『いつまで、そんな馬鹿げた戦い方をしているつもりだ?

 殺さずに守るとは、キサマは腑抜けか?ドラゴンの姿をなくしたことで弱々しく腐り果てたのか?

 キサマの力が、これでよく分かっただろう?この程度の力で殺さずに守るだと?

 笑わせるな。

 理想を語るには、絶大な力が必要だ。

 勇者を殺さないなら、キサマが流している血は、これから仲間が流す血となるであらう。

 だが殺すのなら、今のキサマにでも簡単に出来る…』

 その声は囁きではなく、はっきりとアンセルの心に響き渡った。


『そう…キサマの目の間に立ちはだかる勇者の首を斬り落とせば、簡単に終わる話だ。

 人間とは裏切り、自らの欲の為に動く、醜悪なだけの生き物だ。

 今回こうなった原因を考えろ。

 奴等はあの頃と何も変わらない。

 自らの罪を隠す為に他を虐げ、自らの繁栄だけを願う愚かな生き物だ。そんな奴等に話しが通じるはずがない、殺してしまえばいい。

 絶望に打ちひしがれるのは人間の方だと思い知らせてやれ。

 その方が、簡単だ。

 こんなに苦しまなくていい。

 そうだな…それでも分からぬというのなら…キサマが望めば手にすることの出来る力を…特別に見せてやろう』

 黒い影は力強い声でそう言うと、黙ったままのアンセルの全て飲み込もうとする漆黒の闇となった。


 アンセルの右腕は燃え上がるように熱くなった。彼の右手が突き刺された右太腿へと動き触れると、みるみるうちに回復していった。骨すらも元どおりになり、右太腿が完全に治ったのだった。

 そればかりではない。体中の全ての傷も治っていた。

 それはまるでドラゴンの強靭な鱗で全身が包まれたかのようであり、まるでアンセルの知るところの魔術のようでもあった。


 アンセルは力強い足で立ち上がった。左目を手でおさえて視界を遮ると、金色の右目が本来の力を得たように爛々と燃え上がった。

 近付いてくる剣の勇者を、まるで「何も」知らぬ愚か者とでもいうような蔑んだ目で見つめた。


「いけません!アンセル様!」

 マーティスはそう叫ぶと、白き杖を構えて素早く詠唱を始めた。


 アンセルは湧き上がるほどの力を感じながら、右腕を高く掲げた。床に転がっていた彼の剣が物凄い勢いで、その右手へと吸い寄せられていった。

 彼は冷酷で無慈悲な笑顔を浮かべると、もの凄い速さで剣の勇者へと向かって行った。


 その右目で見る世界は、彼以外の全ての動きがスローモーションであるかのようだった。

 剣の勇者が掲げる剣を床に叩きつけると、鋭い剣先を勇者の心臓に向けた。 


『力が欲しかったんだろう?

 キサマが欲しがっていた、これこそが力だ。

 私が、キサマの代わりに、勇者を殺してやろう。

 人間から仲間を守るということは、こういう事だ。

 そこに綺麗事は必要ない。

 ほら、簡単だ…』

 漆黒の闇は、アンセルに甘美な声でそう言い放った。


(これが…俺が望めば…手にすることが出来る力。絶大な力だ。でも…なんだ…この禍々しさは。

 ダメだ!引きずり込まれる!

 やめろ!くるな!)

 アンセルは自らを飲み込もうとする漆黒の闇から逃れようと大声を上げた。剣を握る右手を自らの左手で押さえつけた。


 マーティスが放った防御魔術がミノスの体を包み込み、心臓を貫こうとしていた剣は止まった。


(今の力は…なんだ…?

 あんなものが…ドラゴンの力なのか?

 あんなに禍々しいものだったなんて…信じられない。

 あれに飲み込まれたら…俺は確実に勇者を殺す。

 いや…それだけじゃない。怒りと憎しみに突き動かされるまま…昔のように人間を憎んで殺し尽くすだろう。

 そうなったら、もう止められない)

 アンセルは恐ろしくなって、剣を投げ捨てた。ドクンドクンと脈打ったままの自らの両腕を恐ろしいものでも見るかのような目で見つめた。


(俺の両腕は、一体どうしたっていうんだ?

 両腕が震えるのは勇者との戦いを恐れていて…俺の弱さからくるものだと思っていたけれど違う。

 そうじゃない…そんなもんじゃない。ソレは、憎しみと禍々しさで出来ていた。俺の両腕は、ソレにずっと蝕まれていたんだ。

 そして今日…覚醒した。かつての20階層をより感じたことと、俺が力を激しく欲したことによって覚醒したんだろう。

 この今も残る激しい両腕の痛み…この痛み…この痛みを何処かで…?知っている…ちゃんと思い出せ!

 この痛みと憎しみと禍々しさを、俺は何処かで感じたことがあるはずだ。

 いつだった…?いつだったか…?)

 記憶を辿っていき、その正体に気が付くとアンセルの全身に鳥肌が立った。


(クリスタルだ!

 この痛みと禍々しさは、クリスタルから感じたものと似ている…いや…そのものだ!

 ならば…俺がクリスタルを引き摺り出した、あの時からずっと俺を蝕もうとしていたのか…。

 なんということだ!黒い影は…漆黒の闇は…漆黒のドラゴンとでもいうのだろうか?

 あの時から、俺の中で、その時が来るのをずっと待っていた?俺が力を欲するのを待っていた?

 そして、ついに覚醒し…俺の体をも手に入れようとしているのか…?いや、そんなはずは…そんなことあってたまるか!

 クリスタルの中に封印されながら、この数百年もの間、本当に生き続けていたなんて!

 認めたくない…けれど…そんな…クリスタルの封印が解かれる…)

 アンセルの全身は凍りついていき、目の前が闇のように真っ暗になったのだった。

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