第25話 勇者と剣

 

 恐ろしい腕の痕を見てから、数日が経とうとしていた。

 魔法使いは穏やかな顔をしていて何も変わったところはなかったが、フィオンは彼等の言動を注視しておかねばならないと思った。

 彼等が抱える恐怖が凄まじいことは明らかで、数週間前に会ったばかりの騎士を信じてもらえるほどの振る舞いが出来るかは、彼自身にも分からなかった。

 一つ変わった事といえば、アーロンは何かと理由をつけて宿屋に泊まらなくなったことだった。日が暮れるまで馬で駆け続け、いつも野宿をするのだった。町によることもあったがマーニャの薬とパンと飲み物を買うと、すぐに出発してしまうのだった。


 そんなある日、大きな木の下で休憩をとっていた時に、フィオンがアーロンを見ながら口を開いた。


「ここ数日、川魚ばっかりだから飽きてきた。そろそろ肉を食わないと、俺は力がでないわ」

 と、フィオンが言った。


 アーロンは黙って聞いていたが、エマは弓を手にしてフィオンの顔を見た。


「しょうがないわね。なら、狩りに行ってきてあげるわ」

 エマがそう言うと、フィオンは喜びの声を上げた。


「エマ、ありがとう。

 なら、みんなを連れて行ってくれないか?

 近くに綺麗な池があるから見てくるといい。いい気分転換にもなるだろう。

 俺たちが馬の世話と荷物を見とくからさ」

 フィオンがその池への行き方を伝えると、エマは魔法使いを連れて狩りへと出かけて行った。 

 

 フィオンはエマたちの姿が小さくなるまで見送ってから、馬の世話をしているアーロンのもとへと歩いて行った。アーロンは馬に声をかけながら体を優しく撫でていた。


 風に吹かれて、木の葉がヒラヒラと舞い散っていく。

 その一枚が、アーロンの逞しい背中にとまると、フィオンはその葉に手を伸ばした。


「なぁ、アーロン。そろそろいいだろう?」

 フィオンは葉を手に取りクルクルと回してから、吹く風に乗せて飛ばしてみせた。


「何の話だ?」

 アーロンは背中を向けたままそう答えた。


「そろそろ宿屋に泊まろう。

 長い間、宿屋に泊まっていない。野宿ばかりで体が痛くなってきた」

 フィオンが肩を回しながら言った。


「フィオンは贅沢なんだな。

 また起こるかもしれない緊急時に備えて、金はいくらでも必要になってくる。質素倹約は大事だ。ダンジョンに潜る前に、色々と準備をしないといけないしね。

 僕は、野宿で十分満足だよ。

 ソニオ王国の自然の豊かさは素晴らしい。木々の緑と流れる川の美しさが、旅の疲れを癒してくれる。

 それに野宿で色々と分かってきた事もある。最後まで、その事を調べたいんだ」

 アーロンが馬の首を優しくトントンすると、馬は嬉しそうに目を細めた。


「路銀は十分あるだろうが。一体何に使うつもりだ?

 俺はそろそろ宿屋のちゃんとしたベッドに寝て、ちゃんとした風呂に入りたい」

 フィオンが疲れた声で言うと、アーロンは声を上げて笑い出した。


「その体で何を言っている?大丈夫だろう?

 そもそも宿屋に泊まるのは面倒だし、宿屋の方も迷惑だろう。

 マントを着ているとはいえ、それぞれの王国の隊服は目立つ。いま勇者がどこにいるのかを、いちいち誰かに知らせてやる必要はない。

 誰にも勇者として認識されることもなく、ひっそりと進み、陸橋へと辿り着ければそれでいい。

 かつての勇者が通ったルートを外れない程度に進んでいるから、ゲベートの国王の命令は守っている。

 エマは何も言わない。今のままで何も問題ないよ」

 と、アーロンは言った。路銀の全てを握っているアーロンは、一歩も譲ろうとはしなかった。


「たまには誰かに見られた方がいいだろう?

 勇者が来れば、村や町が活気出す」

 フィオンはそう言うと、アーロンの馬の正面に立った。フィオンは馬の鼻の近くに手を伸ばしてから、馬の体を優しく撫で始めた。


「活気出すだって?馬鹿げているよ。

 あの時の村を挙げての歓迎ぶりを見ただろう?食べきれない程の御馳走がでてきたから驚いたよ。

 痩せ細った子供を見ながら、勇者がどんな顔をして食べればいいというんだい?勇者が来てるんじゃない。まるで食料をとりにきた盗人のようだ。

 それともアレが、この国での騎士に対するもてなしなのか?そんなものは必要ない。

 それに観光をしてるんじゃないんだ。寝る為だけに、あんなに広い部屋を用意されても困ってしまう。ベッドがあれば十分だ。

 金だって受け取ってもらえなかったよ。

 勇者として村や町に行くと、毎回そうだった。あの歓迎をせざるを得ないのは、貧しい村や町の負担になっている。

 誰がそうさせているのかは知らないが、ああいうのは嫌なんだ」

 アーロンは冷たい声で言うと、険しい表情で草の上に座り込んだ。


「受け取らなければ、金は泊まった部屋においてこい。

 金は払え」

 フィオンも冷たい声で言うと、アーロンの隣にドカッと座り込んだ。


「もちろん、金は置いてきたさ。ちゃんと渡っていればいいけれど。

 それに、どうしてこんなに宿屋に泊まるのが嫌で仕方ないんだろうか。

 僕も、フィオンと似ているのかも。コソコソ調べられ見張られるのは、確かに良い気がしないものだね」

 アーロンは溜息混じりに言った。

 フィオンは眉根を寄せて黙り込み、澄み渡る青い空をしばらく眺めてから笑い出した。


「このやりとり面倒臭えな。やっぱり性に合わない。

 何もかも分かってるのなら、最初から言えよ。俺も回りくどいのはやめる。

 俺の立場もあるんだ。分かるだろう?」

 フィオンはそう言うと、アーロンの顔をジロリと見た。


「立場?一体何の話だ?

 君は騎士団の隊長であり、国を救う勇者だ。

 そうじゃないのか?

 はっきり言ってもらわないと、僕には分からないな」

 と、アーロンは言った。


「俺をイライラさせる話し方は止めろ。

 気に入らないのなら、はっきり言えよ。

 ゲベート王国の王子様は、よほどソニオ王国の見張りが苦手ときている。もっとマシな見張りなら良かったのに、気配も消せない下手クソだったとはな。

 エマも気付いてるよ。なぁんにも聞かないけどな。

 使命を帯びてるとはいえ、他国の騎士の隊長が国をウロウロするのはいい話じゃないからな。

 他国の騎士の隊長が、コソコソ何かをやらかさないか心配なんだろう」


「あぁ…アレか。やっぱりそうだったのか。

 村や町に行くたびに、フィオンにやたらと近い距離でコソコソ話しかけにくる者がそうなのか?

 あの村の村人にしては、妙に肌艶がいいなと思っていたんだよ」

 アーロンはそう言うと、横目でジロリとフィオンを見た。その瞳には、少しの嘲りと怒りの色が含まれていた。


「あぁ、そうだ。アレだ。

 村や町の宿屋に泊まらずに、一体何処で何をしてるのかって言い始めた。いい気はしないだろうが、停戦中ということもある。

 ソニオの国王は、慎重なんだ」

 と、フィオンは言った。


「本当にそれだけなのかな?

 停戦中というだけで、ソニオの国王は何故あそこまで僕たちの言動を監視している?

 何を怯えているのだろう?」

 アーロンは空を飛ぶ美しい鳥を眺めながら言った。鳥は彼等の頭上を旋回してから、少し離れた木にとまった。


「槍の勇者になんと言われようが、僕は方針を変えるつもりはない。

 白の教会にて黄金の羅針盤を授かった時に、ゲベートの国王が「全権を、剣の勇者に委ねよう」と仰った。

 ソニオの国王もオラリオンの国王も、その言葉を聞いている。これは国王同士の決め事だ。

 口うるさいようなら、剣の勇者が決めているから仕方がないとでも言えばすむ話だ」

 アーロンが鋭い眼差しを向けながら言うと、フィオンも挑戦的な眼差しを向けた。


「あぁ…そうだな。

 剣の勇者であるゲベートの王子様には、一介の騎士は逆らえないからな」

 フィオンがそう言うと、アーロンは口元に笑みを浮かべた。


「そういう事にしておいてくれたまえ。

 それでも気に入らないのならば、ゲベート王国の王命を書簡で持ってこさせろ。そうでなければ、僕は従わない。

 僕はゲベート王国の剣の勇者であり、騎士だ。

 ソニオ王国の指図は一切受けないと伝えておいてくれたまえ」

 アーロンがそう言うと、陽の光で金色の髪がキラキラと輝いた。吹く風は草をそよそよと揺らし、鳥の鳴く声が響き渡った。


「今のは…何の鳴き声なのだろうか…?

 ダンジョンから抜け出した恐ろしい魔物の鳴き声でなければいいが。エマたちが心配になってくる。

 フィオンもそう思うだろう?」

 と、アーロンが言った。


「そこにとまっている鳥の鳴き声に決まってるだろうが。

 お前、何が言いたい?」 

 フィオンがそう言うと、アーロンは鳴き声がした方に顔を向けた。


「そうか、鳥か。ならば良かった。

 それにしても宿屋に泊まった時に思ったんだが、魔物が出るかもしれないのに村や町の警護として騎士や兵士をつけないんだな。

 ソニオが最果ての森にもっとも近いにもかかわらず。

 どうしてなんだ?」

 アーロンがそう言うと、フィオンは何も聞こえなかったとばかりにゴロンと草の上に横になった。


「そうか…そういうことか。

 村人も騎士団がいる方が恐怖に感じるだろう。魔物よりもはるかに獰猛だろうから」

 アーロンがそう言うと、フィオンは風を感じるように目を閉じた。


「まぁ、この話はこれぐらいにしておこう。

 君が、何も喋らなくなる」

 と、アーロンは言った。


 青い空にはいくつもの雲が流れていき、風が吹くたびに木々の葉がそよそよと揺れ動いた。体に触れる草の感触は柔らかく、芳しい香りが漂っていたが、馬は草を食べることなくお互いの主人を心配そうな目で見ていた。


 エマと魔法使いがいないと、フィオンには時間がのろのろと過ぎていくように感じてならなかった。

 フィオンが眠ったように喋らなくなると、アーロンはしばらくその寝顔を見つめてから口を開いた。


「そうだな…本当のところは路銀は十分にあるさ。

 しかし最果ての森に着いた時には、新しい剣が必要となってくるだろうから節約していたんだ。

 剣の値段が分かれば、僕も安心出来る。

 フィオン、いい武器屋を紹介してくれないか?

 僕たちはクリスタルを求め、共に歩んでいく戦友なのだから。

 ゲベートよりも、ソニオの方が沢山いい武器を保有している。武器を作る技術も、はるかに上だ。

 そんな中でも、普通の性能以上の武器を取り扱う武器屋がいい」

 アーロンがそう言うと、フィオンは目を閉じたまま口を開いた。


「おいおい。

 俺とお前がいつ友達になったんだ?

 お前、腰に立派な剣を差してるだろう。

 それに、俺がそんな武器屋を知ってるわけないだろう」


「いや、知っている。君の槍を見ていたら分かる。

 その槍なら数えきれない程の人間を殺しても、刃こぼれ一つしないだろう。

 素晴らしい槍だ…何か秘密があるのだろうか?」

 と、アーロンは言った。


「秘密?秘密なんか、ねぇよ。

 日頃から手入れを怠らないのと、訓練の賜物だ。

 何を言われようが、ゲベートの騎士の頼みは聞かねぇよ」


「そうか。

 ならば、友の頼みならば聞いてくれるということか?

 僕も、友の頼みならば聞いてあげたくなる。友の体が弱っていて、宿屋のベッドで寝たいというのであれば、僕は喜んで宿屋に泊まろう」

 と、アーロンは言った。


 その言葉には、武器屋を紹介しないなら宿屋には絶対に泊まらないという意味が込められていた。友とは言いながらも軽い脅しをかけていることに、フィオンは笑い出した。


「お前の「友」の概念、狂ってんぞ」

 フィオンが目を開けて言うと、アーロンは笑ってみせた。


「まぁ、いいか。

 だが、ゲベートに持って帰ることは許さない。

 ソニオの武器は、ソニオのものだ。

 路銀の管理をしているだけで、全部ゲベートが出しているわけではないしな。

 どんなものがいいのか、教えろ。俺が手に入れてくる」

 と、フィオンは言った。


「あぁ、フィオンの言う通りにしよう。

 必要なのは、両手剣だ。

 数百年前に作られた素晴らしい剣が欲しい。

 他にも何かお願いしたいことがあったけれど…なんだったかな?すぐには、思い出せないな。思い出したら言うよ。

 ありがとう」

 と、アーロンはニコニコしながら言った。


「あぁ…どうも」


「僕も、約束を守るよ。

 次は宿屋に泊まる、と」

 アーロンがそう言うと、フィオンは溜め息をついた。


「約束か…あぁ、分かった。

 しっかし、お前のそういうところ…本当に面倒臭ぇな」


「エマのように僕にも心を開いてくれたら、少しは変わるかもしれない。僕もフィオンと仲良くなりたいんだけどな。

 お互いに、そろそろ歩み寄ろうか?」

 アーロンはフィオンを見つめながら言った。


「お前が俺をすき過ぎて、ずっと見ているのは痛感しているが、ずっと片想いだ。

 諦めろ」

 フィオンは少し苛立った声で答えた。


「そうか、僕は…ダメか。

 何故かな?」

 アーロンが悲しそうな声で言うと、フィオンは鼻で笑った。


「あぁ、ダメだ。

 その目が、気に入らない。狂った男の目だ。

 そういう目をした男を、俺はよく知っている。背負う影が、あまりにデカすぎる。

 そういう男はな、一番信用ならないんだ」

 フィオンの口調はだんだん荒々しくなっていった。


「君がよく知っている男と同じなら、一番信用出来るんじゃないのか?

 いつも君が鏡で見ている男のことだろう?なら、僕も信用出来る男だと思うがね」


「お前のそういうところが、本当に気に入らないんだよ。

 信用出来るかどうかを判断するのは、俺自身だ。

 どうして、人を試すような言動ばかりする男を信用しないといけない?

 今だって、そうだろう?お前はそうやって、何かと俺のことを探ろうとしている。

 お前は俺の何を知りたいんだ?

 優しくしてやれば、すぐにつけ上がりやがって。戦場だったら、心臓を突き刺してやってるところだ」

 フィオンはアーロンの顔を睨みつけながら体を起こした。


「その事なら、前も言っただろう?

 君がどういう人間なのかを知りたいだけだ。

 それに、僕の心はもう君に突き刺されている。

 せっかく2人っきりで話ができる機会ができたのに、やけに攻撃的だから、僕もそうなっているだけだ。

 僕は君と「普通に」話がしたい。

 でも君はなかなか僕と話そうとはしてくれない。だから、こうなる」


「お前、ぬけぬけとよく言いやがったな」

 と、フィオンは言った。


 アーロンが目を細めて笑い出すと、フィオンはその様子に呆れ返った顔をした。


「お前なぁ…、まぁいいか。

 今の笑い方は、本当だと思ってやるよ。

 お前のたまにする胡散臭い笑い方よりかは、まだマシだ」

 

「どの笑い方のことかな?」


「自分で、よく分かっているだろう?

 美しい顔をした男の優しい微笑みは怖かったりするからな」

 フィオンがそう言うと、アーロンの顔からみるみる笑みが消えていった。


「フィオンも僕の事をよく見ているね。流石は騎士の隊長だ。

 僕も気をつけないと」


「あぁ、気を付けろ。

 で、剣を買う金はいくら用意できそうだ?」

 フィオンが剣の話に戻すと、アーロンが金貨の枚数を答えた。


「剣にしては多すぎるだろう?」

 フィオンはその額を不審に思いながら言った。


「多くはないさ。

 他にもお願いしたいことを、今、思い出したよ。

 僕が欲しいのは、魔力を込められる両手剣だ。

 ダンジョンは恐ろしい魔物が潜んでいるんだろう?なら、魔力を込められる両手剣が必要となってくるだろう。

 普通の剣なら持っているから、当然いらない。

 ソニオには、数百年前のそういった業物が特定の武器屋で売られていると聞いていたからね」


「お前、まさか…3人のうちの誰かに剣を握らせる気か?」

 と、フィオンは険しい表情で言った。


「さぁ、どうかな」

 と、アーロンは冷たい声で答えた。真っ直ぐ前だけを見るその顔には、恐ろしい影を見ることができた。


「魔法使いはダンジョンの入り口に施されている封印の解除と、後方からの支援程度に考えていた。攻撃魔法は使えないとも言ってたぞ。

 お前、一体何をさせる気だ?

 あん時の、マーニャを見ただろう?

 他の2人だって、きっと似たようなもんだぞ。封印を解除したら、まともに動けなくなるかもしれない。

 それでも剣を握らせて、震える手で剣を振らせるつもりか?

 あの弱りきった体を見て、なんとも思わないのか!」

 フィオンの瞳は激しい怒りで燃え上がっていった。


「なんだ、フィオン?妙に熱くなるんだな。

 いや、これが真実の君なのか。

 そんなに魔法使いが大事か?

 人間と魔法使いは、違うだろう」

 アーロンは立ち上がると、フィオンを冷たい瞳で見下ろした。


 フィオンは自分の耳を疑った。

 あんなに魔法使いに優しくしておきながら、内心はそう思っていたのかと思うと両腕が怒りで震え出した。

 目の前の勇者を殴り殺してやりたくなったが、自分の使命を思い出すと、彼もまたゆっくりと立ち上がった。


「どういう意味だ?

 魔法使いの生命は大事ではないということか?

 種族が違えば、生命の価値は違うとでも言いたいのか?」

 フィオンが凄まじい迫力でアーロンに迫ると、危険を感じた馬が嘶いた。


「僕の考えを、今、君に話したとしても、君は信じないだろう。

 それが、僕の答えだ。

 それに僕の考えを聞きたいのなら、まず君の考えを話してはどうなんだ?」

 アーロンはその迫力にも動じることなく静かにそう言った。


 フィオンが怒りを隠すことなくグレーの瞳を見据えると、アーロンは小さく笑った。アーロンもまた人間とも思えないような冷酷な眼差しをフィオンに向けた。


「大事だ。

 俺の隊員と仲間になった者たちは、全て大事にしている。

 お前もそういう騎士だと聞いていた。

 人間にだけだったとはな…残念だ」

 と、フィオンは無表情で答えた。


「そうか。

 なら、生命の価値は一緒ということか?

 君のような男が、そんな事を言うとは思わなかったよ。いくつもの死体の山を築いてきたソニオ王国の騎士の隊長がな。

 一体、どれほどの生命を散らせば、残虐と言われるようになるのか。

 敵兵は、君を見るだけで恐れるぐらいだ。

 そんな男が「大事」だと言うとはね、信じられないよ。

 君こそ、本当にそう思っているのか?」

 アーロンはせせら笑いながら言った。


「人間であっても、魔法使いであっても、生命の価値は一緒だ。

 兵士は、死ぬ覚悟があって戦場に立っている。

 敵兵と仲間の魔法使いは違う。

 敵や悪党ではない仲間の生命を無惨に散らすのなら、全てが終わった後で、俺がお前を殺してやる。

 俺がどんな男なのか、その身をもって知るがいい。その時は生きてはいないがな。

 それに神でもない俺たちが、生命の重みが違うなどと言うことは出来ない。

 さっきの発言はどういう意図なのかは分からないが、気に食わない。謝罪しろ」

 フィオンの瞳には恐ろしい光が走った。

 誰もが逃げ出すような恐ろしさだったが、アーロンはその瞳から目を逸らさなかった。


「神とは…これはまた…。

 そんなものを信じているのか?神などいない。祈っても祈っても願いは届かないだろう?

 それに僕の意図も分からない男に謝罪するつもりはない。

 一体何に謝罪をすればいいんだ?

 「すまない」と言えば、満足か?」

 アーロンが穏やかな微笑みを浮かべると、2人の間に流れる空気はますます不穏なものになっていった。


「それでもだ。どういう意図があったのかは知らんが、お前の発言は許されない。

 一緒に旅をしている魔法使いに対して失礼だ」

 フィオンは真っ直ぐな瞳で、アーロンを見据えた。


「槍の騎士から、そんな言葉を聞くとはな。

 武勲をあげる為なら、そんな事は考えもしない男だと思っていたよ。いや、実際は違うのかな?これが真実の君なのか。今の目には、光があった。

 そうだ…いい機会だ。

 他にも聞きたい事があるから、教えてくれないか?

 君が戦争孤児になった少年をひきとっていることについてだ。何故そんな事をしているんだ?

 これも、君の口から出た生命の重みと関係しているのか?

 いろんな噂を聞いたよ。だが、噂とはいつも流した者の都合の良いように捻じ曲げられている。

 本当にくだらない噂ばかりだ」

 アーロンはそう言うと、遠くを見つめた。吹く風は金色の髪を揺らし、男のマントを翻した。


「お前、何が言いたい?」


「どうして、そんな事をしているのか知りたいだけだ。

 噂なんて信用出来ないし、他人の悪意ある考えだから捻じ曲がっている。

 僕は今のように、君の口から君の考えを聞きたいだけだ。

 隊長になってからの君は連戦連勝だ。戦地に出る時は、入念に下調べをして、緻密な戦略を立てていると聞く。その土地の者からも評判が良いから、いろんな道を教えてもらっていて、現地での補給も簡単だ。

 君の部隊が強いのはもちろんだが、勝ち戦にする潮時も見誤らず深追いすることもない。

 だから負けたことがなく、誰もが君を恐れる。騎士が恐れを抱いた戦は、その時点から負けている。

 そんな君の隊員になれば、さぞかし安全だろうな。少年たちの生命は守られる。

 僕は君と過ごして、そう思った。

 僕は、僕の考えで動く。

 誰かの考えや噂を鵜呑みにしたりはしない。

 だから僕自身の目で、これから長い旅を共にする君を知りたいんだ」

 アーロンがそう言うと、翻ったマントから見え隠れする剣の柄が輝いた。


「俺を知ってどうする?知っても、何にもならんさ。

 弱者の保護が、騎士の務めだからだ。

 それに一から自分好みの兵士に育てた方が動かしやすく、国の為にもいいからだ。

 もうこれでいいだろう?

 お前とじっくり話をするのは今回だけだ。何も得るものは無かっただろう」


「そうか。

 ならば、どうして読み書きまで教える必要がある?

 自分好みの兵士に育てたいのならば読み書きまで教える必要はない。何も考えず命令にだけ従うしかない、従順な兵士にした方がいいだろう?

 読み書きとは、生きていく為の力だ」

 アーロンがそう言うと、フィオンは笑い出した。


「そうか…そうか…兵士を駒としか考えない、お偉方が考えるようなことだな。

 俺には、俺の考えがある。

 戦地に出た時はするべき事と条件は伝えるが、細かな指示までは出す気はない。自ら判断し動いてもらわねばならない。だから、考える力を養っているだけだ。

 俺のそんな事まで調べてたのか」

 フィオンは大きく溜息をつくと、苛立った目でアーロンをジロリと睨んだ。


「君だって、僕の事は事前にいろいろ調べていただろう?そんな事は、当たり前さ。

 得るものは、僕には大いにあった。

 その瞳から出てきた言葉の数々は、真実だった。

 ようやく君がどういう人間か分かったよ。

 魔物と戦う前に、僕自身の目で君がどういう人間なのか知っておかなければ、安心して背中を預けられないからね。

 不愉快な思いをさせて、すまなかった」

 アーロンはそう言うと、満足したかのように微笑んだ。


「なんだよ、それは。計算尽くかよ。

 本当に、イラつく男だな」

 と、フィオンは言った。


「なら約束はしてくれたけれど、剣を用意してくれる気は失せたかな?」

 と、アーロンは聞いた。


「俺は約束は守る男だ。

 さっき約束をしたから、今回は剣は手に入れてやる。

 ただし次に宿屋に泊まった日の夜は、俺の後を絶対につけるな。それが出来ないのなら、この話はなしだ。

 だが、剣を魔法使いに使わせるな。

 俺は、お前の剣を用意するんだ。その為に、お前はいるんだからさ。

 ゲベート王国の最強の剣の騎士様」

 フィオンはアーロンを冷たい目で見ると、これ以上はもう話をしたくないという顔をしながら自らの馬の元へと歩いて行った。


 しばらくしてエマと魔法使いが戻ってきたが、アーロンとフィオンが話をすることなく背中を向けているのを見ると、少しは仲良くなることを期待していたエマは困ったような顔で空を見上げたのだった。




 次の町に着くと、アーロンは約束通り宿屋に泊まった。

 皆んなが寝静まった頃にフィオンは足音も立てることなく部屋から出ると、闇の中へと姿を消した。

 朝日が昇り、アーロンが部屋を出て空を眺めていると、フィオンが不意に姿を現して、すばやくアーロンの隣に立った。


「陸橋を渡る前に、剣は用意出来る。

 もう一度言うが、あの剣はお前の剣だ。

 武器を持ち、何者かを殺すのは、騎士の役目だ。

 俺との約束を破って魔法使いに使わせたのなら、俺がお前をダンジョンの中で殺す」

 フィオンはゾッとするような恐ろしい声で言った。

 アーロンが何も言うことなく頷くと、フィオンはスタスタと部屋へと戻って行った。


 朝の食事を済ませ、宿屋を出発する時になってフィオンは宿屋の亭主と店のカウンターで何やら話し込んでいた。

 難しい顔をしながらカウンターを離れると、出発を待つ五人の元にやって来た。


「嵐が迫っている。

 この先にある橋を渡らねばならないが、前回の嵐の修復がまだ終わってないらしく落橋するかもしれない。

 橋を渡れなくなったら、ラスカの町を通らねばならない」

 フィオンは険しい顔をしながら言った。


(なんとしても、あの橋を渡らねばならない。

 ラスカの町が危険だから、橋を作ったんだ。

 マーニャとエマを…危険な目に合わせたくない…)

 フィオンはそう思いながら、窓から見える淀んだ空を見つめた。灰色の空は今にも泣き出しそうで、ゴロゴロと鳴り響く音が聞こえてくるようだった。

 

「どういう町なんですか?」

 と、リアムが不安そうに聞いた。


「わるい連中ばかりが住む町だ」

 フィオンが忌々しい目をしながらそう言うと、冷たい風が窓を大きく揺らす音が響いたのだった。

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