第8話 2人で作る未来のために

 それから2週間後。


 悠大と嶺亜が結婚して3ヶ月目に入った。


 外はすっかり秋の色になって、コートが必要なくらい冷え込んできた。




 芹那は自首してから、取り調べに素直に応じている。


 13年前、サキと一樹をひき逃げしようと誘導した事と、運転していた男は結婚した夫で、その夫は浮気していると思い殺害した。


 そして育ての両親は、ひき逃げの一件を知った事と、どこかよそ者の目で見られていて疎外感を感じていた事から殺害したこと。


 そして最後に売春をしようとしたことも告白していた。





 一樹から体を借りていた、澤村和也は警察官で刑事課所属の刑事さんだった。


 現在36歳の和也は、警察官になりたての頃に交通課にいた。


 その時にサキと一樹のひき逃げ事件を処理していて、ずっと真相を追っていた。


 刑事になってからも、ひき逃げ事件はどうしても犯人を見つけたくて水面下で調べていた。


 そして嶺亜の両親、水森夫妻が殺害された事件も担当していた。


 水森夫妻が殺害されたのは2年前。


 嶺亜がまだ弁護士になりたての時だった。


 嶺亜の依頼人が逆恨みして、水森夫妻を殺害したとされ、誤認逮捕されていた男性は1年半前に、釈放されていた。


 誤認逮捕された男を釈放した後も、和也はずっと真犯人を追っていた。


 和也の調べて、近所の目撃情報から、水森夫妻と結婚して今は一緒に暮らしてはいない姉の芹那が、何かい争っている声を聞いたという情報を掴んでいたが、他の事件担当で犯人追求中に大怪我をして病院に運ばれ意識不明の重体になっていた。



 芹那が自首したその日に、意識を取り戻し、怪我も回復して少しずつ刑事として復帰している。


 芹那の取り調べも担当しているが、芹那の事は一切覚えていない。


 芹那も敷いてあの夜の事を和也に話すつもりもなく、ただ…



「とっても可愛い坊やが、一晩一緒に寝て欲しいって頼んできたの。大人と寝るとお金がいるのよって話したけど、それでもいいて言うから驚いたわ。よっぽど、お母さんが恋しかったのかしらね」


 と、笑いながら話すだけだった。


そして悠大の秘書だった田中が戻ってきた。


 緊急入院の原因は、腸にできたポリープだったようだ。


 入院生活と自宅療養を終えて再び復帰した田中。



 生真面目な30歳の男性で、和也とは全く違うタウプの生真面目な眼鏡をかけた男性。


 インテリーな感じはするが、堅物で仕事もきっちり定時で片づけて帰ってしまう。


 未だに独身でお見合いしてもいつも断ってばかり。


 噂ではゲイ? とも言われている男性である。




「社長、長い間お休みを頂き申し訳ございませんでした」


 生真面目な挨拶をする田中。


「体はもういいのか? あまり無理をしないように、気を付けてくれよ」


「はい、今後はこのような事がないようにします」



 そう言って、スケジュール表を確認する田中。




 悠大は長年、この生真面目な社長秘書と仕事をしてきたのだ。




「…以上が今日のスケジュールです」


「分かったとりあえず、デスクの上に溜まっている仕事を、片づけてもらえるか? 」


「はい」



 田中はデスクに戻り仕事を始めた。



 

 こうして悠大の仕事も、以前と同じように戻っていた。



嶺亜は。


 あれから案件がひと段落して、悠大が望むとおり専業主婦になり家の中の事をこなしている。



 庭の花壇には綺麗なバラが咲いている。


 今は赤いバラが植えてありイキイキと育っている。



 嶺亜が嬉しそうに花壇の手入れをしている。



「こんにちは。今日も楽しそうね」


 バラの花に話しかけている嶺亜。



「え? ううん、まだまだ、そんなに慌ていないから。…そうなの…え? そんな…だって…」


 話している嶺亜が赤くなって照れている。





 ピッピ。


 携帯電話が鳴った。



 家の中に戻り、嶺亜はリビングで携帯電話に出た。



「もしもし? 」


(嶺亜? 今日の夜は、外食しよう。駅前に18時に来てくれるか? )


「分かりました」



 悠大から外食の誘いだった。



 今日はちょっとだけ、おしゃれしてみようかな? 



 そう思って、嶺亜は部屋に戻って支度を始めた。





 持っている服はそれほどオシャレな服はなく、どれもちょっと子供っぽい感じのデザインが多い嶺亜。


  

 ワンピースも、フリフリした感じで、スカートやブラウスも可愛い系が多くて。


 大人の悠大と並んでいると、ちょっと恥ずかしいと思われるのではないかと、いつも思っている。


 新しい服を買おうとは思っているが、芹那の件でお金は沢山使ってしまった事から、あまりわがままは言えないと思い控えている。







 数時間迷っていた嶺亜。



 わりとシックな明るい青系の膝丈ワンピースを選んだ。


 シックと言っても、袖は長そででふんわりしていて、丸襟に白いレースがついていて、腰には後ろ側にリボンがついている。


 スカートはフンワリとしていて膝丈くらい。


 やはりデザインは子供っぽい感じである。



 メイクはそれほどせず、可愛いピンク系のリップをぬって。


 ボブヘヤーまで伸びてきた髪は、黒いかカチューシャでとめた。



 靴は黒いパンプスを履いて。


 ちょっと夜は寒くなったので、コートを羽織って行く事にした。



 待ち合わせの18時。


 駅前の時計台付近で悠大を待っている嶺亜。



 駅前はクリスマスに合わせてイルミネーションが綺麗。


 時計台付近は待ち合わせの人が多く、カップルが多い。



 そんな中で悠大を待っている嶺亜。



「姉ちゃん一人? 」



 ちょっとチャラそうな男が1人、嶺亜に声をかけてきた。


 戸惑った嶺亜だが。



「ごめん、お待たせ」



 悠大が来てくれた。



「ゲッ、男付きだったのかよ、つまんねぇの」


 男はブツブツ言いながら去って行った。



「なんだ? ナンパでもされたのか? 」


「そうみたいです」


「しょうがないか、嶺亜は目立てっているからな」


「え? 」


「行こうか」



 悠大が嶺亜の手を引いて歩き出した。






 悠大が連れてきてくれたのは、総有市で最も高級なホテル・ヘルティー。


 会員制のホテルで全てが高額。


 レストランも、コース料理で最低でも2万以上はかかると言われている。


 宿泊する部屋は最低ラインが3万円からになっている。


静かな雰囲気で、ロビーにはオアシスがあり癒される空間がある。






 悠大が連れてきてくれたレストランは、来る人が貴婦人のような人ばかりで高級ブランドの服を着ている人ばかりである。


 

 嶺亜はそれほどの服ではない事を、ちょっと気にしている。




 シャンパンが運ばれてきて、2人で乾杯。



 シティーホテルのシャンパンより、とても美味しくて嶺亜は驚いた。





 運ばれてくる料理も、一流シェフが作る料理で、盛りつけからして違う。


 前菜からメイン…そしてデザート。


 全てがとても贅沢で夢のようなひと時に嶺亜は感じていた。



 

 レストランで食事を終えて…。



「嶺亜、今日はここで泊まって行くよ」


 ロビーまで来ると悠大が言った。


 驚いた顔をしている嶺亜の手を、悠大がそっと握った。



「今日は何の日か知っている? 」


「いいえ…」


「今日は嶺亜の誕生日だろう? 」


「あ…すっかり忘れていました。」


「まったく、自分の誕生日を忘れるなんて。あんまりだよ」




 悠大に手を引かれ、そのままエレベーターに乗り込んだ嶺亜。




 7階の広いダブルの部屋。


 見晴らしがよく夜景も綺麗に見える。



 会員制のホテルだけあって、備え付けのアメニティーも充実しいる。



 バスローブだけじゃなく、寒さに供えてパジャマまで用意してある。




 嶺亜は初めて見る豪華な部屋に驚いていた。



 悠大がコートをハンガーにかけてくれて。



 嶺亜は窓から見える夜景を見ていた。


「嶺亜…」



 悠大がそっと、後ろから抱きしめてくれた。



「愛しているよ、嶺亜…。そのままの嶺亜でいい…。傍にいてくれるだけで、いいんだよ」


「…子供っぽくないですか? 私…」


「どうして? 」


「だって、悠大さんは素敵な大人の男性なのに、私…」


「どんな嶺亜だって、私が愛しているんだ。そのままでいい」



 

 そっと見つめあう2人…。



「嶺亜…本当に、天使そのものだね。見ているだけで、とても癒されるし。嶺亜の優しさに、どれだけ救われたか…」


 そっと、悠大は嶺亜の顎を取った。


「宇宙で一番、愛しているよ」



 そっと、唇が重なった…。



 キスが深くなり…


 パサッと…嶺亜が来ていたワンピースが脱がされて…。



 ワンピースの下には、とても可愛い花柄のキャミソール。



「今日も私の好きな柄だね」



 ひょいと嶺亜を抱きかかえ、ベットに運ぶと悠大も服を脱いだ…。




 

 お互いが産まれたままの姿になり、体を重ね合う…。



 伝わってくる体温が心地いい…




「…」



 悠大の唇が嶺亜の体に降りてきて、優しく大きな手が触れてくる…。



「…」


 

 触れてくれる全てが心地い…。


 

 今日は嶺亜も悠大の体を自然と求めている…。



「嶺亜…いいよ、もっと求めていいよ…。私の体は、嶺亜の物だから。好きなだけ、求めていいんだよ」



 ギュッと抱きしめて、体中にキスをしてくれる悠大。




 

「あっ…」



 お互いがまた1つになる。


 

 今日はまだ感度が違う…。


 この前の時より、もっと…もっと…悠大を感じられる…。




「嶺亜、愛しているよ…」


「…悠大さん…私も、愛しています…」



 目を目が合うと、微笑み合う2人。


 

 幸せ…そして愛している…。


 最高のエネルギーにつつまれていた…。



翌日。


 悠大は休みを取っていた。


 嶺亜を連れて、実家の両親に会いに行く事にした。


 結婚式の時に会ったきり、ちゃんと紹介する事もなかったからだ。




 ゆうたの実家は駅からバズで15分ほどの場所にある分譲マンション。



 

 悠大が嶺亜を連れてくると、太郎も裕美も大喜びで出迎えてくれた。



「よく来てくれたね、嶺亜さん」


「どう? 2人の生活にはもうなれた? 」



「はい、まだ色々追いつかない事もありますが」



「そんな事いいのよ、悠大だっているんだもん。サキさんが居た頃は、随分甘やかされていたから。どんどん悠大にも、家事をやらせていいのよ」


「は、はい…」



「2人で来てくれるとは、とても安心したよ」



 嶺亜はそっと、悠大を見た。



「父さんにも母さんにも、随分と心配をかけてごめん。もう、大丈夫だから。これからは、ちゃんと嶺亜と一緒に歩いて行くって決めたよ」



 太郎も裕美もホッと、安心した表情を浮かべた。



「それは良かった。嶺亜さんも、色々大変だったようだな」


「ごめんなさいね、ご両親の事。全然知らなくて…」



「いえ、大丈夫です。もうすぐ、3年忌が来ますから。きっと、父と母も喜んでくれているので」



「お父様、腕利きの弁護士さんだったのね」



「はい、父に憧れて私も同じ道を選んだんです」



「今はどうしているんだい? 」



「悠大さんが、家にいて欲しいって言うので。先月で仕事は辞めました」



「そう。でも、それでいいと思うわ。悠大を支えてあげてね、嶺亜さん」


「はい」




 太郎と裕美にもすっかい気に入られ。


 悠大も一安心した。



 実家を後にして、悠大と嶺亜は、サキと一樹が眠る墓地にやって来た。



 


 静かな霊園にある杉森家のお墓に、サキと一樹のお骨は眠っている。


 13年の長い年月が経っていても、サキがやっと成仏したのはついこの間の事だとは悠大と嶺亜以外は誰もらない。


 

 まだ2歳だった一樹が別の星で、あんなに素敵な青年に生まれ変わっている事も悠大と嶺亜以外は誰も知らない。



 死後の世界なんて、空想だけで実際どうなのかは明確ではない。




「なんとなく、前に来ていた時より。ここの空気が軽く感じるよ」



 お参りを終えて悠大が言った。



「サキさんやっと、次のステージに行けたからかもしれないですね」


「そうだな。だが、一樹がいる星はここの1日が三ヶ月と言っていたが。あれからだと、一樹はもう随分と年をとっているんじゃないか? 」


「そうですね。でも、寿命も違うかもしれませんね。それだけ時間の流れが違うのだから」


「かもしれないな」



 

 お墓に来ると、みんなそこには死んだ人が眠っていると言う事で手を合わせる。


 しかしサキと一樹が言うように、次のステージがあるのなら、お墓にいるのは不幽霊だけで、そのまま成仏した人はもうそこにはいない事になる。



 この世に想いを残して死んだ人は、不幽霊になる。


 そしてこの世に残された人が、あまりにも強い思いで引き止めていると成仏できずずっと不幽霊になって引き止められてしまう。



 サキと一樹は、生きている人が幸せになる事が亡くなった人の喜びだと言っていた。




 人は産まれて来ると死へ向かって生き始める。


 それは避けられない事である。



 人生は決めて産まれてくる、どこでどうやって死ぬのかは産まれてくるときに決めてくるようだ。



 天使の血縁だったサキだから姿を現せたこと。


 そして同じく天使の血縁だった一樹だから、前世の記憶が消えないまま時空を超えて、姿を借りて来れた事。



 ありえない死後の世界の話しを見せてくれたサキと一樹。



 そのおかげで、自分の殻に閉じこもってずっと、自分い嘘をついていた嘘つき社長の悠大は本当の自分の気持ちを認められるようになった。


 そんな悠大を支えるために、また、天使の血縁者である嶺亜がやって来た。



 奇跡を起こした天使が本当の愛を教えてくれたのだろう・・・。



 それから…。


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