第6話 本当の犯罪者

 先に帰宅した和也は家の前で、誰かを待っていた。



 足音が近づいてきた。



 和也は顔を上げた。



 すると・・・


 現れたのは芹那だった。


 相変わらず派手な格好の芹那は、まるでホステスの様である。



「あら、かわいい坊やのお出迎え? 嬉しいわね」


「あんたがきっと来ると思って、待っていたぜ」


「まぁ、こん若い坊やに待っててもらえるなんて。期待していいのかしら? 」


 

 芹那はスーッと和也の顎に触れた。



「私の好みだわ。ねぇ、どう? 今夜は私と一緒に過ごさない? 」



 和也の首に腕を回し、怪しげな目つきで見つめる芹那。



「今夜一緒にって、どうゆう事だ? 」


「決まっているじゃない、男と女が一晩一緒にいてやることなんて…」



 ヌーッと、和也の耳元に口を近づけると芹那はニヤリと笑った。



「私と寝たいでしょう? 貴方も男だもの」


 と、囁いた。



「フーンいいよ。姉ちゃん、色々教えてくれるのか? 俺、全然わかんねぇし」


「そうね、教えてあげてもいいわ。でも、ただではダメ。一晩5万でどう? 」


「5万? それじゃ売春になるんじゃねぇの? 」


「そんな事、バレなきゃいいじゃない。5万で、最高の気持ちよさを感じられるなら。文句はないじゃない? 」


「まぁ・・・そうだけど・・・」


「話は早いわ。じゃあ、行きましょう」



 芹那は和也の腕を組んで、そのまま歩き出した。



 ピカッ・・・ピカッ・・・。


 和也のポケットで何かが光っていた。




 和也と芹那は駅前のホテル街にやって来た。



 一番高そうなホテルの最上階に部屋を取り、向かった和也と芹那。



 7階建ての最上階は眺めもいい。


 外からは見えないようになっているが、部屋の中からは外の景色が見えて車通りも見える。



「ふーん。ラブホって、結構オシャレなんだ。」


「あら、坊やは来た事ないの? 」


「うん、まぁね。そんな年まで生きてなかったし」


「え? 」


 

 芹那は服を脱ぎながら和也を見つめた。



 和也は車の通る流れをじっと見つめている。


服を脱いだ芹那は、紫色のスリップ姿で和也に歩み寄って行った。



「さぁ坊や。…今から、たっぷり楽しませてあげる…」



 後ろから抱き着いて、芹那は和也のジャケットを逃せた。



「いいわね、若いって。シャツの上からでも、若くてしっかり閉まった体つきが良く判るわ」


 

 ペロッと、和也の耳を舌で舐めてニヤッと笑う芹那。


 和也はちょっとだけビクッとした。



「かわいいのね、このくらいで反応しちゃうんだから」



 スーッと、和也のシャツのボタンを外して手を忍ばせる芹那。



「とってもいい感じ。肌もすべすべじゃない」



 グイと引っ張って、芹那は和也をベッドに押し倒した。


 上から覆いかぶさると、ニヤッと笑いを浮かべて、まるで獲物を得た野獣のような目をしている。



 和也のシャツのボタンを、1つ1つ外しながら芹那はにニヤニヤと笑っている。




 パサッとシャツがはだけて、和也の引き締まった体が目に入ると芹那の目の色が変わった。



「いいわねぇ、この引き締まった体…」



 スーッと指先で、和也の体をなぞりながら、芹那は舌先でペロと舐めた。



「っ…」


 今まで感じたことがない感覚に、和也はビクッとした表情を浮かべた。


「なぁに? 」



 顔を近づけて、芹那はニヤッと笑った。


「キスからがいいの? 」


 

 和也の両頬に手を添えて、色っぽ目で見つめる芹那。



 和也は特に表情を変える事なく芹那を見ている。



「なぁに? キス、したことない? 」


「ないよ。…母さんが、ほっぺにしてくれてくらいだよ」


「え? かわいいのねぇ。そんなの、子供の遊びじゃないの」


「うん。だって俺、子供だもん」


「子供? 」


「そっ、俺はまだ未成年だよ」


 

 え? と、驚く芹那。


 和也はじーっと芹那を見つめている。



「あのさ。あんた、3人も人殺しているだろう? 」



 ギクッと怯んだ表情を浮かべた芹那。


「な、何を言い出すの? 」



「あんたの後ろに、殺された人がいるんだよ。不幽霊になってね」


「はぁ? バカな事言わないでよ。そんな事、あるわけないでしょう? 」


「本当にいるよ」



 ガタッ!


 物音がして、芹那はビクっとして振り向いた。


 

 すると・・・


テレビのリモコンが宙に浮いた。



「え? な、なに? 」



 ピコッと、テレビがついた。



 するとテレビには、車に乗っている芹那と一人の男性が写っている。



「なに? これ…」



 車を走らせている男性は、芹那と話をしながら車を走らせている。


 2人とも話が盛り上がって夢中になっていると・・・


「わぁ! 」


 男性が驚いた声を上げて、急ブレーキを踏んだ。



 キーッと、急ブレーキで車は止まった。



「わぁ…ど、どうしよう…」


 男性は真っ青になり焦った顔をしている。


 芹那は辺りを見た。



「大丈夫、誰も見ていないわ。逃げるのよ! 」


「え? でも後から捕まるぞ! 」


「大丈夫よ、私が黙っててあげるから」


「だ、大丈夫なのか? 」


「いいから、早く逃げて! 」



 男性は芹那に言われるまま、そのまま走り去った。



 歩道に、倒れている母親と小さな子供がいる。


 血まみれになって、歩道には血がどんどん広がっている。




「わぁ! 怪我人だぞ! 」



 後から来た歩行者が、倒れている母親と小さな子供を発見して驚いて駆けつけた。



 救急車のサイレンが聞こえてきた…。




「なにこれ? 」



 芹那は真っ青になり驚いている。



「覚えている? もう、13年も前だよ」


「え? 」



 和也はじっと芹那を見ている。


 芹那は遠い記憶で、思い出したような顔をしている。



「その顔は思い出したようだね。忘れる事はないと思うけど、ひき逃げしたんだから」



 真っ青な顔で、芹那は和也を見た。



「なんで逃げたの? 交通事故なんだから、その場でちゃんと処理したら事件にもならないし、何も不利になる事なんてなかったんじゃねぇの? 」


「べ、別に逃げたわけじゃないわ。面倒な事に、関わりたくなかっただけよ」


「それだけなの? 」


「そう…それだけ…」



 そう答える芹那が、少し寂しげな表情を浮かべた。



 和也はそんな芹那をじっと見つめている。


 テレビにはまた違う映像が映った。



「ちょ、ちょっと待て芹那。俺は何も喋っていない」


「嘘! じゃあ何で父と母が知っているの? あの事故の事を知っているのは、あんただけじゃない! 」


「違う! 俺じゃない。怖くて話せるわけないじゃないか! 11年経過した今だって、遺族はひき逃げ犯を探しているんだぞ」


「じゃあなんでよ! 今まで目撃者だって、現れなかったのに。どうしてよ! 」



 怒りが逆上した芹那は、キッチンから包丁を取り出した。


「あんたも私を裏切るのね? 」


 包丁を手に、芹那は男性に詰め寄って行く。


「よ、よせ! 俺じゃないって、言っているじゃないか」



 芹那は男性に包丁を突き付ける。



「あんたと愛がない結婚でも、別にいいって思っていたわ。お互い、秘密があるんだもの。一生あんたは私から離れる事なんて、できないってそう思ていたから」



 男性は息を呑んだ。



「あんたが浮気しても、目をつむっていたわ。私の事を、抱いてくれなくても帰る場所はここしかないって思っていたから」


「何を言っているんだ? 俺は、浮気なんてしていない。仕事関係の女の事、勘違いするな! 」



「仕事関係の女と、ホテルに行くわけ? 」




 芹那はポケットから写真を取り出し、男性に突き付けた。


 その写真は、男性と髪の長い綺麗な女性がラブホテルに入っていくところが写っている。



「これでも、違うって言うの? 」


 男性は何も言えなくなって、また息を呑んだ。



「…共犯者でも、一緒にいてくれればいいって思っていたけど。…私を裏切るなら、容赦しないわ! 」



 そのままの勢いで、芹那は男性の腹部を刺した。



「うっ…」



 床に血がしたたり落ち、男性はその場に倒れた。



 芹那は特に顔色を変える事なく、その場を去って行った。




「なんなの? これ…」



 驚く芹那を見て、和也は起き上がった。



「姉ちゃん。いくら嘘ついてても、バレなくても。空にお日様が照っている限り、ちゃんと神様は見ているんだよ」


「はぁ? 」



 テレビの画面が切り替わった。



「うっ…」


「キャーッ…」



 男性と女性が、刺されて床に倒れた。


 血の付いた包丁を持った芹那が、男性と女性を見下して佇んでいる。



 ピンポーン。


 チャイムが鳴った。



 芹那はサッとその場から去った。


 カチャッとドアを開けて1人の男が入って来た。


「ヒーッ! 」


 倒れている男性と女性を見て、男は驚き腰を抜かしてその場にしゃがみこんだ。



 

 遠くからパトカーのサイレンが聞こえてきた。



 腰を抜かして逃げたくても逃げれない男。





 暫くして、警察官が入って来た。



 男は有無も言わさず連れて行かれた。




 外で隠れていた芹那は不敵に笑い、返り血を浴びた男性用のコートをごみ箱に捨てて去って行った。



「こ、こんなの見せて。なに? あの2人を殺した犯人は、捕まっているのよ! 」


「そう。誤認逮捕だけどね」


「誤認逮捕って、警察はあの男が犯人だって言ったのよ! 」


「その時はね。でも今は、誤認逮捕だってちゃんと分かったようだよ。だから、あの男の人は釈放されているよ。あの人は、ただ、用があって来た来客だったって証明されたんだって。ある人が、ちゃんと証拠を持っていたようだよ」


 

 芹那はある人と聞いてピンときたようだ。



「またあの子ね…余計な事ばかりして…」


「余計なことしているのは、あんたじゃん」


「はぁ? 私が? 」



 和也はフッとため息をついた。


「あんた、寂しい人なんだね」


「私が? 何を言ってるの? 」



 和也は芹那の顔を覗き込んだ。



「あんたさっ、俺とセックスしたら幸せになれるのか? 」


「セックスに幸せも何も、あるわけないじゃない。あるのは快楽だけ。みんなそうでしょう? 好きだの、愛だと言ってるけど。そんな言葉を言われて、その相手とセックスしても全然気持ち良くないって知っているから」


「ふーん。そうなんだ、あんたにも愛しているって言ってくれる人が居たんだね」


「いたわよ。でも、最後には私の事を裏切ったわ」


「もしかして、さっき殺しちゃった人? 」


「さぁね…。もう忘れたから」


「そっか。そんな事があったんだ。それで、あんたはお金に走ったってわけなんだ」


「お金は裏切らない。お金さえ出せば、性欲を満たしてくれる人はいるし。相手にしてくれる人だっているもの」



 ポンと、和也は芹那の肩に手を置いた。



「もしかして、あんたが本当に欲しいのって。本当の愛なんじゃないの? 」


「はぁ? 」


「それがほしくて、あんたはお金を手にして探しているだけじゃないの? 」


「ばか言わないで。愛なんて…信じていないわ」


 ちょっとだけ、芹那の横顔が寂しそうに見え、和也は芹那をギュッと抱きしめた。


「な、なんなの? 」


 突き放そうとした芹那だが、抱きしめられる和也の腕の中は何故か心地よくて…


 解らない気持ちが込みあがってきて動けなくなった。



「あんたのハート、今ちょっとだけ動いたよ」


「はぁ? 」


「自分でも判っているんじゃねぇの? きっと、初めて感じたんだと思うよ。人の腕の中が、とってもあったかいって」



 ギュッと抱きしめられ、芹那はドキッと胸が高鳴ったのを感じた。


 それと同時に何か判らない、モヤっとした気持ちが込みあがってきた。



「…あんたが殺したのは、結婚した夫と育ての両親。…だよね? 」


 そう言われると、芹那はキュンと胸が痛んだ。


「夫を殺したのは、浮気が許せなかった。別に、あんたの両親にひき逃げの事をを話した事を怒っていたわけじゃないんだよね、本当は」



 違うと否定したいのに、何故か芹那は素直に頷いてしまった。



「そして、育ての両親を殺したのは。愛をくれなかったって、思い込んでしまったから…だよね? 」



 今度は素直に頷いてしまった芹那。



「まったく。なに勘違いしているんだよ! 本当に愛していないのは、あんた自身の事だよ。あんたは自分が一番嫌いだから、みんなが嫌いになっちゃうんだ。殺しちゃった夫も、あんたの事本当に愛してくれてたんだよ。浮気なんてしてない、あの写真はただ誘われただけで。実際には、ホテルに入ってもいないし何もなかったんだよ」


「…じゃあ何で、否定しなかったの? 」


「否定していたじゃん、あんたが聞き入れなかっただけ。勢いに任せて、そのまま殺しちゃっただけだよ」


 

 何も言えなくなり、芹那は俯いた。


「それから、あんたの育ての両親も。あんたの事、実の子供と同じくらい愛してくれていたよ。だから、あんたに立ち直って欲しかっただけだよ」



 

 芹那は育ての両親を、殺した時の事を思いだした。



夫を殺してそのまま実家である家に帰ってきた芹那。


  

 夫のコートを借りて家に帰って来ると。



「芹那、どこに行っていたんだ? 探していたんだぞ」


 父親が怒った顔で出て来た。


 

 こいつも私を責めに来たんだ…。


 芹那はそう思った。



「芹那、ひき逃げしたって本当なの? 」



 後からやって来た母親が言った。



 またこいつも私を責めている…。


 こいつらは、どうせ私の本当の親ではない。


 可愛いなんて思っていないんだから…。



 芹那は鼻で笑った。


「ひき逃げしたって? それがどうしたの? それで、私を責める? 」



「芹那、何を言い出すんだ。私達は、事実を確認しているだけだ」


「そうよ芹那。そりゃ、突然の事で驚いたんだと思うの。でも、どうして逃げたの? 」


「別に。逃げたかったから、逃げただけよ。悪い? 」



 悪びれる事もない芹那に、父も母もまた怒りの目を向けた。



 その目を見て芹那は不敵に笑った。



「責めたければ、勝手にどうぞ。どうせ私は、あんた達の本当の子供じゃないから。可愛くもないんでしょう? 」



「誰がそんな事言っている? 」


「そうよ、亡くなった貴女のお母さんにも、娘をお願いしますってお父さんは頼まれているのよ」


「そうだ。お前を可愛くないなんて、思った事はない」



「嘘! いつも、嶺亜ばかり可愛がってるじゃない! 嶺亜は、あんた達の本当の子供だから可愛いんでしょう? 私はどうせ、連れ子だもの。あんた達とは血が繋がっていないから。邪魔なんでしょう!! 」



 と、芹那は隠し持っていた包丁を取り出し、父と母に突き付けた。



 驚き、恐怖に引きつった顔をする父と母を見ると、芹那は不敵に笑った。



「面白いわね、そうゆう顔って。怖がって、助けを求める顔って最高に面白いわ」



 笑いながら、包丁を突き付けて父と母に詰め寄ってゆく芹那。



「芹那、待ちなさい」


「ま、待って芹那。私達を殺しても、何も変わらないわ」



「うるさい! あんた達なんて、死ねばいいのよ! 」



 グサッ!!


 勢いよく、芹那は父と母の腹部を刺した。



 

 コートに返り血を浴びて、手には血の付いた包丁を持って。


 芹那は渇いた笑いを浮かべていた。




 チャイムが鳴った。



 芹那は裏口から、外へ逃げて行った。


「こんにちは。先生、いらしゃいますか? 」




 開いている玄関から来客が入って来た。



 入って来たのはまだ若い男性。


 


 血まみれで倒れている2人を見て、驚いて腰を抜かしてその場に座り込んでしまった。




 パトカーのサイレンが聞こえてきて。




 しばらくすると警察官がやって来た。




 腰を抜かして座り込んでいる男性を捕まえる警察官。


「違う! 俺じゃない。俺はただ、依頼人で相談に来ただけだ! 」



 男はそう叫んでいた。






 外で聞いていた芹那は不敵に笑い、血の付いたコートをごみ箱に捨てて去って行った。








 その後。


 来客の男は、嶺亜の依頼人で離婚裁判を依頼していた。


 奥さん側が有利になり相談に来たとの事だったが、警察は、自分の立場が悪くなり弁護士の腕が悪いと逆恨みした依頼人が一家を殺害しようとしたと断定した。


 嶺亜はたまたま外出していて、姉である芹那は結婚して家にいなかった事から2人は助かり。


 家にいた父と母が殺害されたと報じられた。




 

 

 芹那の夫は自殺と断定されていた。

 

 手に包丁を持っていて自分で刺したように思われたのだ。





 その状況を利用して、芹那は嶺亜の依頼人が父と母を殺した、そのショックで夫は自殺したと

決めつけて。



 それ以降、嶺亜にずっとお金を要求し続けていた。





 嶺亜に悠大から結婚の話しが来た時も。



「コンサルティング会社社長なのね? それなら、お金持ちじゃない。いいわよ結婚して。その代わり、私が言う通りお金はちゃんと持って来てね。ショックで私、働けないから…」


 と、お金を渡す事を約束させて嶺亜に悠大と結婚するように命じた。








 フッと、芹那はため息をついた。



「私…何をやって来たんだろう…」



 溜息をついた芹那は、つきものが落ちた様な顔をしている。


「私ね、実の母の連れ子だったの。実の父親は、母と結婚する約束をしていたけど。急に金落ちの女に寝返って、母を捨てたって聞いている。ずっと1人で母は私を育ててくれていたけど、いつも仕事で家にいなくて私はずっと1人だったわ。母が再婚したのは、私が10歳の時だったの。お見合いして、弁護士さんと結婚が決まったって喜んでいた母を覚えているわ。私も、もう1人じゃなくなると思って嬉しかったの」


 フッと一息つく芹那。


「…でもね、結婚して半年後に母は不治の病にかかって亡くなったの。もしかして、捨てられるかもしれないって思ったけど。それはなかったわ。でも、1年後には再婚して新しいお母さんが来たの。優しい人で、私に気を使ってくれてたわ。別に不満はなかったけどね。2年後には嶺亜が産まれて13歳も年下の妹に、正直戸惑っていたけど。嶺亜はとっても私に懐いてくれて、お姉ちゃんってよく引っ付いて来たわね。嫌だとは思わなかったけど。いつもどこかで、私だけ血が繋がっていないって疎外感を感じていたの。嶺亜は優秀で、父と同じ弁護士になって。私は結婚も失敗していて仕事もろくにできないし…。だから、余計にイライラしていたのかもね」


 

 言い終えると、芹那はそっと和也を見た。



「有難う、なんか正直に話せてスッキリした。嘘をつき通しても、苦しいだけなんだよね」


「そうだね。うまく逃げても、終らないよ。今世で終らないと、来世にまで持って行っちゃうからさっ」


「え? そうなの? 」


「うん。俺もそうだったし。初めは、あんたに仕返ししようと思ったんだけどさっ。そんな事したら、姉ちゃんがきっと悲しむだろうし。同じ事を繰り返しているのも、悲しいからって思ったんだ」


「ふーん。そうだったんだ」



 和也はそっと、芹那の手を握った。


 ん? と、芹那は和也を見た。



「もういいだろう? あんたが今やるべきこと、分かっただろう? 」


「そうね」


「じゃあ…。今夜だけ、俺と一緒に寝る? 」


「え? 何を言っているの? 」


「いいじゃん、別にセックスする事だけが一緒に寝る事じゃないよ」



 ギュッと芹那を抱きしめて、和也はそっと笑いかけた。



「こうやって、誰かにギュッとしてもらって。傍にいてもらう事。あんたが一番、欲しかった事じゃん」


「ばかみたい、そんな子供みたいなこと言って」


「ほら、そうやってさぁ。素直じゃないから、また戻っちゃうんだよ」



 和也はそのまま、芹那と一緒にベッドにゴロンと寝転んだ。



「今夜は俺が一緒に寝てあげるから、明日はちゃんと、あんたがやるべきことやるんだぜっ」


「…逃げちゃうかもよ? 」


「大丈夫、俺がギュッと捕まえているからさっ」



 顔を見合わせて、2人はクスッと笑った。



「何年ぶりかしら? こんな気持ちになったの」


「もういいじゃん、これから楽しめば」


「・・・そうね・・・」




 ギュッと抱き合ったまま、2人はそのまま朝まぐぐっすり眠った。


そして・・・。


 翌朝になって。



 まだ誰も動き出していない早朝に、和也と芹那はホテルを出た。




 目覚めた芹那は派手なメイクも落として、ほぼすっぴんのままだった。



 和也は特に何も言わず、芹那が歩く方向に一緒に着いて行った。






 そのまま歩いて…。



 芹那は警察署の前にやって来た。



 着いてきた和也にそっと振り向き、芹那は穏やかな笑みを浮かべた。


「ここでいいわよ。もう、逃げたりしないし」


「うん。…じゃあ、これも一緒に持って行って」


 

 和也が渡したのは携帯電話だった。



「これに、昨晩の会話が録画してあるんだ。証拠として出すか、出さないかは任せるから」


「ちゃっかりしているのね。有難く、受け取るわ」


 芹那は携帯電話を受け取った。


「貴方って何者なの? あんな古い証拠まで持っているなんて」


「俺は…13年前の、事故で死んだ一樹だよ。あの時は、2歳だったけど」


「死んだ? 今ここにいるのに? 」


「そっ。ここの警察署の刑事さんが、怪我して意識不明になって。体借りているだけ。でも、もう返さなくちゃならないから。本当の和也さんが、目を覚ましたいって言っているし」


「ふーん。意味わかんないけど、ここだけの秘密にしておくわ。有難う」



 芹那は階段を登り始めた。



「あ、そうだわ」



 足を止めて芹那が振り向いた。



「もし、嶺亜に会ったら伝えてくれる? …今までごめんって。そして、有難うって」


「分かった、伝えるよ」




 芹那は階段を登って警察署へ入って行った。



 和也はフッと一息ついて歩き出した。



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