第4話 サキと一樹の想い
月日が過ぎて。
悠大と嶺亜が結婚して一ヶ月が経過した頃。
あれから悠大は家で食事はしているが帰りが遅く、殆ど夕ご飯は外食ばかりである。
嶺亜はいつでも食べられるようにと作っておいてくれる。
相変わらず悠大は嶺亜とはろくに会話も交わさないままで、用件はメールで伝えるのは変わらないままだった。
そんな時だった。
いつものように仕事から帰ってきた嶺亜は、大きめのマスクをつけていた。
何時ものように夕飯を作っている嶺亜。
「ただいまぁ」
和也が帰ってきた。
「おかえりなさい」
リビングにやって来た和也に、嶺亜はいつもと変わらない挨拶をした。
「ん? 」
嶺亜のマスク姿を見て、和也はちょっと不審そうに見つめた。
「夕飯できたので、食べて下さいね」
食卓に夕飯を並べて嶺亜が言った。
和也は食卓の椅子に座った。
だが、どこかいつもと様子が違う嶺亜を見てなんとなく違和感を感じていた。
和也が夕飯を食べ始めても、嶺亜は食べようとしないで他ごとをしていた。
「姉ちゃん、食べないの? 」
「あ、私は後でいいから気にしないで下さい」
そう答える嶺亜だがやはり様子がおかしい。
深夜を回る頃に悠大が帰ってきた。
嶺亜は早めに休むと言って寝てしまった。
和也は、どうしても嶺亜がマスクをずっと着けていたのが気になっていた。
悠大は深夜に帰ってきて、お風呂を済ませてから部屋でまた仕事をしている。
和也はうとうとと寝ていたがハッと目が覚めた。
何かが見えるようで、じっと窓際を見ている和也。
「・・・ねぇ、そこにいるんでしょう? 」
和也が声をかけると。
スーっとサキが姿を現した。
「え? ・・・」
和也は驚いた目をした。
「気づいてくれたのね、嬉しい」
サキはとても優しい眼差しで和也を見つめた。
「なんで? ・・・ここにいるの? 」
「何を言い出すの? 貴方だって、どうしてここにいるの? 別の星で、生まれ変わったんじゃないの? 」
「・・・そうだけど・・・」
少し潤んだ目をして和也は視線を落とした。
「私と同じ? もしかして、仕返しするつもり? あの人に・・・」
「・・・ああ。そうだよ・・・」
潤んだ目で和也はサキを見つめた。
「どうして? 仕返ししても、何も変わらないでしょう? せっかく別の星で生まれ変わったのなら、そこで幸せになればいいじゃない」
「・・・母さんは、幸せになれたの? 」
「え? 」
「そのままの姿でここにいるって事は、幸せになれないからでしょう? 」
サキはちょっとだけ辛そうな目をしたが、すぐに笑顔になり和也を見つめた。
「私はね。あの事故で死んでから、守護天使になっただけよ。人間としては、最後だって決めていたから。だからずっと、お父さんを見守っていただけよ」
そう答えるサキの横顔がとても悲しそうに見えて、和也は胸が痛んだ。
「母さん何言っているの? あの、事故の時のままって事は。母さんは、一度も最上階に行ってないって事じゃん」
ギュッと唇を噛んで、サキは何も言わない・・・。
「あの事故の相手が許せないからでしょう? 」
「違うわよ・・・。お父さんが、離してくれないからよ。・・・ずっと、13年たっても死んだこと認めてくれないし。引き止められているの。だから・・・守護天使になるしかないでしょう? 」
「それは違うよ。俺は、まだ小さくて良く分らないままだったけど。生まれ変わっても、前世の記憶が消えないままだった。ずっと原因不明の病気にばかりかかって、幸せになるところか、苦しいままだよ。今、俺の体はずっと意識のままだよ。夢にまで見ていたから、前世で引き殺された事を。だから・・・あいつに仕返ししてやらないと、俺は生まれ変わっても幸せになんてなれないんだよ! 」
「一樹・・・」
サキは悲しそうな目で和也を見つめた。
「言いたい事は分かっている。この世に未練を残さないで、決めた人生を全うしただけなんだ。・・・だけど俺は・・・もっと、父さんと一緒にいたかったよ。・・・」
潤んでいた和也の目からスッと涙がしたたり落ちた。
サキはそっと和也を抱きしめた。
「・・・母さん。・・・心配しないで。俺の本当の目的は、仕返しだけじゃないよ。父さんに、幸せになって欲しいから。だから、ちょっと病院で死にそうだった人の体を借りてここに来たんだよ」
「・・・そう。・・・」
「母さん。父さんが、幸せになる事を許してあげられる? 」
「もちろんよ。私だって、13年も引き止められててたら。次のステージに行けないままだもの。本当の守護天使になる事もできないまま、ずっと不幽霊のままなんて耐えられないわ」
「じゃあ、後は僕に任せて。父さんを、正直にさせるから」
「そうね、貴方の方ができそうよね。男同士だもの。貴方は、お父さんに似ているから」
「うん・・・」
サキは和也の涙をそっと拭った。
「泣き虫なのも、似ているかもね」
「え? それは、母さんでしょう? 俺と一緒に、良く泣いてたじゃん。俺が夜泣きして寝ない時となんて、一緒に泣てくれてたじゃん」
「え? そんな事を覚えているの? 」
「うん。赤ちゃんだったけど、覚えているよ」
「そう。なんだか嬉しいわ」
ギュッと和也を抱きしめるサキ。
「あ、大切な事を忘れるところだったわ」
「え? 」
サキは体を離して、和也を見つめた。
「あの彼女。嶺亜さん? 」
「うん」
「あの子にお姉さんが居るでしょう? 」
「うーん、確か1人いたと思う」
「そのお姉さんが、どうやら彼女につきまとっているようなの」
「え? 」
「ねぇ、後から食器棚の引き出しに入っているお財布見てくれる? きっと中身が空っぽになっていると思うの」
「うん」
「貴方が帰って来る前だったわ。彼女のお姉さんが来ていたの。それでね、彼女にものすごい勢いで怒鳴っていて。最後には財布からお金を抜き抜いて持っていたの」
「え? それじゃまるで恐喝じゃん」
「そうだけど。初めは彼女も断っていたのだけど、すごい勢いで殴られてたわ」
「殴られた? 」
「ええ、すごく頬が腫れていたし、地面に血が滴り落ちていたわ。結構酷いと思うのだけど、何も聞いていない? 」
「いや、何も・・・」
「とりあえず気を付けて、彼女のお姉さん。私達を引き殺した車の助手席に、乗っていた人に似ているから」
「分かった・・・」
サキはスーッと消えた。
和也は2階を見た。
「そう言えば、今日は帰ってからずっとマスク着けたままだったよなぁ・・・」
和也はそのまま部屋を出て、2階へ向かった。
悠大はまだ部屋で仕事をしていた。
「ん? 」
階段を登って来る足音に気づいて、悠大は手を止めた。
静かに部屋のドアを開けると、和也が嶺亜の部屋に入って行ったのが見えた。
「あいつ、また・・・」
悠大は足音を忍ばせて後を追った。
和也は嶺亜の部屋に入ると、寝ている嶺亜の傍に歩み寄った。
寝ているときもマスクを着けたままの嶺亜。
和也はそっと、嶺亜のマスクを外してみた。
すると・・・・
「わぁ・・・」
和也も息を呑むくらい、頬が酷く腫れていて、口元は内出血しているようになっていて切れている。
その傷を見ると、和也は胸が苦しくなってマスクをそっと着けた。
和也は胸を押さえながら嶺亜の部屋から出て来た。
すると。
階段の傍で悠大が待っていた。
ハッとして和也は立ち止まった。
「お前、また覗いていたのか? 」
悠大は特に怒ることなく静かに言った。
和也はそんな悠大を見つめた。
「ん? 」
どこか泣きそうな目をしている和也を見ると、ふと、小さな頃の一樹と重なって見えた悠大。
目頭を押さえて、もう一度、和也を見た。
「・・・あのさ、ちょっと話があるんだけど・・・。下に来てよ」
和也に呼ばれて悠大は1階のリビングにやって来た。
和也は食器棚の引き出しにある財布を持て来た。
財布の中を見ると、サキが言ったようにお札が一枚もなく空っぽだった。
小銭は入っているようだ。
「これ、見てよ」
悠大は渡された財布を見て驚いた。
その財布はいつも、悠大が生活費を入れておく財布だった。
「もう、全て使ってしまったのか? 」
悠大が驚いていると、和也がため息をついた。
「生活費を渡したのいつ? 」
「今朝だが? 」
「いくら渡したのか覚えている? 」
「確か15万ほど渡している」
「そこに入っている小銭を見て、嶺亜さんが15万も全部使っているように見えるのか? 」
悠大は小銭を確認した。
小銭は600円ほど残っている。
小銭れにレシートが入っていた。
購入したのはコンビニでマスクだけ。
「・・・マスクだけしか買っていないようだな」
「ああ、そうだ。姉ちゃんずっと、マスクつけっぱなし。寝ているときもだよ」
「え? 」
和也はちょっと怒った目をして悠大を見た。
「あんた、仮にも姉ちゃんの夫だろう? 」
「そうだが・・・」
「だったらさ、もっと姉ちゃんの事を見てやれよ! いくら帰りが遅くて、姉ちゃんが先に寝てたとしても寝顔くらい見てやれよ! 」
和也の目が潤んだのを見て、悠大はハッとなった。
「・・・姉ちゃん・・・顔に怪我している」
「はぁ? 本当か? 」
ガシッ! と、和也は悠大の襟首をつかんだ。
「お前さ、どこまで冷たい態度してんの? どんだけ姉ちゃんが1人で傷ついて、我慢してるのか判るか? 」
「ちょ、ちょっと待て。落ちきなさい! 」
「いい加減にしろよ! お前、いつまで傷ついてりゃ気がすむんだ? 13年もたってんのに、お前がいつまでもウジウジしてっから、母さんだっていつまでも成仏できねぇじゃねぇかよ! 俺だって、せっかく生まれ変わっても、全然幸せになれねぇんだよ! 」
「ちょ、ちょと待ちなさい! なにを言っているんだ? 」
悠大は驚き真っ青になった。
「うるせぇ! ・・・いいか? 死んだ人間は、この世に未練なんて残してねぇんだよ! 自分が決めた人生を、まっとうしてこの世を去っただけだ! それがどんな形であろうとな! だから・・・だから・・・いつまでも、泣いてんじゃねぇよ・・・」
感情が溢れてしまい、悠大を突き放し和也は泣き出してしまった。
そんな和也を悠大はそっと抱きしめた。
「ごめん・・・」
ギュッと和也を抱きしめて、悠大はそっと頭を撫でた。
「そうか、今やっと分かったよ。お前を見た時から、何となくサキと重なっていた。初めて私に怒鳴りつけてきた態度も、あの挑発的な行動も。・・・お前は、一樹なんだな? 」
泣いている和也はそっと頷いた。
「そうか・・・。でもどうしてなんだ? どうやって、来たんだ? 」
「・・・和也さんの体借りているだけだよ。・・・父さんに、幸せになって欲しいから。・・・俺と母さんの事をずっと忘れられなくて、苦しんでいるから。・・・忘れないのは嬉しいけど、この世で生きている父さんが幸せにならないのは、死ぬより苦しい。・・・もっと・・・もっと一緒にいたかったけど。・・・俺は、母さんと一緒に逝くことを決めてたから。だから・・・父さんはもう、幸せになっていいんだよ。・・・」
悠大は胸がいっぱいになった。
死んだサキと一樹をずっと忘れられないでいた。
だがそれは、悠大が忘れてはいけないと決めつけていた事だった。
亡くなった人がその先で、どうなるかなんて考えもしなかった。
自分が苦しむように、亡くなった人も苦しんでいるなんて考えもしなかったのだ。
「ごめんな、一樹。私は、ずっと自分を責めていた。お前とサキを助けられなかったと。だから、誰とも再婚なんてしてはいけないと思い込んでいたんだ」
「そんな事ないよ。・・・だって・・・残された人が幸せになる事が、死んだ人の喜びなんだから・・・」
「そうだな・・・」
「姉ちゃんなら、俺も母さんも認めるから。父さんだって、本当は姉ちゃんの事が好きなんでしょう? 」
悠大はドキッとして赤くなった。
「分かるよ。姉ちゃん、とっても魅力的だし。きっと、母さんと同じ天使の血を引いているんだと思うよ」
「え? そうなのか? 」
「姉ちゃんの瞳。紫色なの知っている? 」
「あ・・・いや・・・。ちゃんと、見たことがまだなくて・・・」
「ふーん。照れて見れないんじゃないの? 」
「い、いや・・・そう・・・なのかもしれない・・・」
悠大は照れくさそうに頭をかいた。
「ねぇ、本当の気持ち教えてよ。ちゃんと、父さんの口から聞きたいから」
悠大はちょっと恥ずかしそうな目をした。
「本当は・・・結婚式の時、初めて彼女を見た時から胸がキュンとしていた。13年ぶりだから、良く分らなかったんだ。ずっと、人を好きになってはダメだ! 再婚してはダメだ! と、思い込んでい生きて来たからな。周りがうるさいから、適当に若い人と結婚すればいいと思って選んだが・・・。隣に並んでくれたら、正直嬉しくなった。本当は、作ってくれるご飯も嬉しい気持ちがいっぱいだったが。それはダメだと思い込んでいたから、ずっと避けていたんだ。だが、お前が来てきてから、ずっともやもやしていた。楽しそうな話し声が聞こえるたびに、ちょっとヤキモキしていたよ」
和也はフッと笑った。
「やっぱりそうだったんだ。わざとやってたんだぜ、どうせヤキモキしているに違いないって思ってたからさっ」
「見抜かれていたのか、恥ずかしいなぁ」
「当り前じゃん。俺は、父さんの子だよ。なんとなく、分かるんだ。心が繋がっているから」
「そうか。・・・来てくれて、ありがとうな」
「別に、それだけで来たんじゃねぇし。とりあえず、このお金の事。まだ姉ちゃんに、問い詰めないでくれ。俺がバラしたこと知ったら、姉ちゃんいなくなっちゃうぜ。それより、父さんがちゃんと姉ちゃんと向き合う事が大切じゃん。これからも、姉ちゃんと一緒にいるんだろう? 」
「ああ、そうだな」
「姉ちゃんの事、ちゃんと幸せにしてやれよ! 泣かしたら、化けて出てやるからな」
ツンと悠大の胸をついて、和也は悪戯っぽく笑った。
とりあえず。
夜もふけってきた為、和也と悠大は寝る事にした。
悠大は和也を自分の部屋に招いて、一緒に寝る事にした。
まだ2歳になったばかりの一樹と、よく一緒に寝ていた悠大。
和也は成人した大人。
一樹が生きていても、まだ中学生くらいだろう。
でも・・・
ぐっすり寝ている和也を見ると、一樹が大人になったらきっとこんな感じかもれないと悠大は思った。
眠っている顔は子供っぽくて。
口が悪いが、ハートは優しく。
あの上から目線の強い口調は、サキとそっくりだと悠大は思った。
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