8

 遥香の手を握りしめたまま、少し眠ってしまっていたらしい。


 弘貴が目を覚ますと、時刻は朝の四時前だった。


「遥香?」


 呼びかけてみるが、遥香が目を覚ます気配はない。


「もうすぐ朝だよ、遥香」


 弘貴は遥香の頬を撫でながら、そっと唇を重ねる。

一緒に眠った翌朝、弘貴が遥香よりも早く目覚めたときに、眠る遥香にキスをしていれば、決まってすぐに目を覚まして照れたように笑みを浮かべるのだ。同じように目を覚ましてくれることを期待して唇を離すが、遥香の双眸は開かず、弘貴は落胆する。


 握りしめている左手にキスを落とそうとして、弘貴はふと動きを止めた。


「……この、指輪……」


 遥香の左手の薬指に光る指輪をそっと撫でる。そこに光っているのは、弘貴がプレゼントしたものではない、別の指輪だった。


 昨夜、間違えて違う指輪をつけてしまったのかと思ったが、すぐにその考えを否定する。指輪は確かに、弘貴がプレゼントしたダイヤモンドの指輪だった。それなら、どうして――


「ん……」


 微かな声が聞こえて、弘貴はハッと顔をあげた。


「遥香!?」


 遥香の顔を覗き込めば、小さくまつ毛が震えている。


「遥香、遥香!」


 軽く肩を揺さぶれば、まつ毛を震わせながら遥香が双眸を開いた。


 その両目を見た途端、弘貴の体からどっと力が抜けていく。


「……よかった」


 目を覚まさなかったらどうしようかと思ったと、弘貴は深く息を吐きだした。


 遥香はまだぼんやりとしているようで、ゆっくりと室内を見渡している。


「事故にあったんだよ、覚えてる?」


 弘貴が話しかけると、遥香の焦点が合った。弘貴を見つめて、小さく目を見張ると、今度は首を傾げている。


「どうかしたのか?」


 戸惑っているようなその仕草に、もしかして事故にあったことを覚えていないのかと弘貴が思った、その時。


「……クロード王子……じゃ、ない?」


 不安そうな声が遥香の唇から漏れて、弘貴は瞠目した。


「遥香……いや……、まさか」


 弘貴と遥香の視線が交錯する。


 弘貴は震える唇を動かして、小さく訊ねた。


「……リリー?」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る