7

 クロードは今まで生きてきた人生の中で一番動揺していた。


 カーネリア侯爵家に到着すると、案内した使用人を押しのけるようにして部屋に飛び込む。


「リリー!」


 蹴破る勢いで部屋の扉を開くと、アリスが目を真っ赤にしてぼろぼろと泣いていた。


「クロード、王子……」


「アリス王女! リリーは!?」


 アリスが泣きながら視線で示すと、アリスのすぐそばのベッドに横たわるリリーの姿が見える。


「リリーッ」


 クロードはベッドに駆け寄ると、ピクリとも動かないリリーの頬に恐る恐る触れた。温かい――、と手のひらに感じる熱に少し安堵して、はあ、と肺の中がからになるほど大きく息を吐きだしたクロードは、説明を求めるようにアリスを見る。


 アリスはしゃくりあげながら、


「わ、わたしに会いに来る途中で、事故に巻き込まれたって。お医者様が言うには、頭を強く打っている可能性があるって。このまま目覚めなかったら危ないって……」


 必死に説明をしようとするが、気が動転しているのだろう、ここまで言って、わっと泣き崩れてしまった。


 すると、そのあとを引き継ぐように、クロードの背後から声がする。


「大雨での土砂災害だそうです。馬車が、土砂と一緒に流れてきた大木の下敷きに。助けが来た時にはすでに御者には息がなく、リリーはどうやら直撃は免れたようですが、衝撃で頭を強く打っていて意識がなかったそうです。もうすぐ、気を失ってから丸一日たちます。このままずっと目を覚まさなければ、危ないだろうと……」


 クロードが振り返ると、憔悴した表情を浮かべるリリックの姿があった。


 クロードがセザーヌ国に到着したのはつい先ほどだが、リリックはすでにカーネリア侯爵家に向かった後だと聞いていた。どうやら状況の把握や医師とのやり取りは、動転したアリスや、高齢のカーネリア侯爵のかわりにリリックが行っているらしい。


「アリス、君は少し横になった方がいい。寝てないだろう。……クロード王子、少しアリスを休ませてきます。詳しいことはそのあとでもよろしいですか?」


 アリスが寝てないと言うが、リリックも同じくまともに休んではいないはずだ。くっきりと目の下にある隈を見やって、クロードは息を吐きだした。


「君もですよ、リリック。アリスと一緒に少し休んだ方がいい。リリーに何かあれば呼びに行きますから、二人とも少し横になるように」


 リリックは何か言いたそうに口を開きかけたが、何も言わずに首を振ると、アリスの肩を抱くようにして部屋から連れ出す。


 部屋の中に誰もいなくなると、クロードはベッドの淵に腰を掛けて、手の甲でリリーの頬を撫でた。


「リリー……」


 声が震える。


 このまま目を覚まさなければ危ないというリリックの言葉が、どうしようもなく心を焦らせる。


 アリスが送りつけてきた手紙の真相を確かめるべくセザーヌ国に向かったクロードだったが、セザーヌ国について早々クロードの耳に飛び込んできたのは、リリーが事故にあったと言う衝撃的な内容だった。


 アリスの母方の実家であるカーネリア侯爵家に到着する直前に起こった事故で、今、リリーがカーネリア侯爵家にいると聞いたクロードは、詳しい内容を聞く前に、セザーヌ国王への挨拶もなしに城から飛び出したのだ。


「……リリー、目を覚ませ」


 おっとりのんびりした性格の、どうしようもなく愛おしい婚約者。最初は避けられていたのを知っていたし、それに憤りも感じたけれど、ようやく心を開きはじめてくれたと思ったのに。


「リリー、ようやくお前が手に入ると思ったのに、これはあんまりだろう? ずっとお前がほしかったのに……、お前は覚えていないだろうが、俺はずっと……」


 クロードはリリーの手を握りしめようと手を伸ばした。だが、そこでふと、リリーの左手がきつく握りしめられていることに気づく。


 不思議に思ってそっと指を開かせると、手のひらの中にはクロードが贈っピンクダイヤの指輪が握りしめられていた。何かの拍子に指から抜けたのかわからないが、意識を失う直前までこうして握りしめてくれていたのだろう。


 クロードは指輪を取ると、リリーの指先にキスを落とす。


 薬指に指輪を通し、手を握りしめながら、眠るリリーの唇に口づけを落とした。


「これが眠り姫なら、このキスで目を覚ましてくれるんだがな」


 悲しげにつぶやいて、もう一度キスをする。


「目を覚ませ、リリー……!」


 クロードは両手でリリーの手を握りしめる。


 キラリと、指輪が光った気がした。

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