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 午後になって、噂の八城弘貴やしろひろきがやってきた。


 課長に紹介されて八城弘貴を見上げたとき、遥香は言葉を失った。


 ――かっこいい。


 身長は百八十を超えているだろう。すらりとした長身に、黒ぶちメガネの奥は知的そうな切れ長な双眸、すっきりとした#輪郭に、少し長めの前髪。絵本の中の王子様か、雑誌の中のトップモデルが目の前に現れたような、そんな錯覚すら覚える容姿だった。


 社内の女性社員も言葉を失って、弘貴に熱い視線を注いでいる。


 だが遥香は、心臓が嫌な音を立てるのを聞いた。


(……なんだって……)


 遥香はイケメンが苦手だった。できれば、一生関わりたくないほど嫌いだった。


「八城です。はじめまして」


 さわやかに微笑む弘貴を直視できなくて、遥香は視線を下に落とす。


 課長が簡単に弘貴の経歴を紹介したあと、彼は遥香の所属するグループのチームリーダーになるということで、軽いチームミーティングの席が設けられることになった。


 会議室に、弘貴とほかの営業が四人、遥香ともう一人、三十代の営業事務の女性、中谷が集まり、去年の業務成績や現在抱えている案件、今後の営業テーマなどが話し合われていく。


 もちろん、入社したての遥香がついて行けるような内容ではなく、ただ聞き役に回っていただけで会議は終了したのだが、会議室から出る際に、ふと弘貴に呼び止められた。


「秋月さん、だっけ?」


 遥香は会議資料を胸に抱えて振り返った。


「……はい」


 できれば話しかけてほしくないところだが、チームリーダーなのでそうもいかない。


 弘貴はノートパソコンを片付けながら、少し困ったような表情を浮かべた。


「今月入社したばかりなんだっけ? ごめん、わかりにくかったよね」


「いえ……」


「今日の話は、深く考えなくていいから。今度わかりやすくまとめるね。わからないことがあったら、俺や、先輩の中谷さんに聞いて」


「ありがとうございます」


「ところで……」


 弘貴はふと手を止めて、じっと遥香を見つめてきた。


 会議室には、遥香と弘貴以外誰もいない。


「どこかで……、会ったことあるかな?」


 探るような視線だった。


 遥香は目を丸くして、首を振った。


「ありません」


「そう?」


「はい。係長とは、今日初めてお会いしました」


 きっぱりとそう告げると、弘貴が小さく微笑んだ。その微笑みが少し寂しそうに見えた気がしたが、気のせいだと遥香は首を振って背をむける。


 背中に弘貴の視線を痛いほど感じつつ、遥香は自分のデスクに戻ったのだった。

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