5

 夜。


 弘貴の歓迎会が開かれることになったのだが、遥香は用事があると言って辞退し、まっすぐ帰路についた。イケメンとはできるだけ距離を置いておきたいし、派遣社員一人が欠席したところで、場の空気を壊すようなこともない。


 節約生活中の遥香は、目玉焼きと即席のお味噌汁、まとめ買いした野菜ジュースという簡単な夕食を取り、入浴後そそくさとベッドにもぐりこんだ。起きていてもすることはないし、電気代の無駄だからだ。


 それにしても、今日は何だったんだろう。


 ――どこかで……、会ったことあるかな?


 八城弘貴の一言が耳に残っている。


 あるはずがなかった。あんなイケメンに出会ったことがあるのなら、多少なりとも記憶に残っているはずだ。


(……ああいうの、ナンパって言うの?)


 特別可愛いわけでもない遥香にわざわざそんなリップサービスをしたところで何の得があるのかはわからないが、稀にいるのだ、誰かれ構わず声をかけるモテ男が。


 そして、悲しいかな、イケメンに縁のない女性ほど、そういう甘い言葉に引っかかる。遥香も、過去、そういう悲しい経験をしたことがあるからわかるのだ。ああいう人種は誰でもいいから適当に遊んで捨てられる女がほしいのだ、と。だが、遥香はもう二度とそんな薄っぺらい言葉には騙されない。


 それなのに――


 遥香は薄暗い天井を睨んで、ため息をついた。


 グループリーダーだからなのか、それとも入ったばっかりの派遣社員の仕事内容が気になるのかはわからないが、今日一日、弘貴は暇さえあれば遥香の様子を見に来ていた。


 ――大丈夫?


 ――この資料作成頼みたいんだけど、わかる?


 ――このデータ、エクセルで表にしておいてくれない?


 ――疲れてない?


 正直、今日どれだけ話しかけられたのか、覚えていない。


 それほど頻繁に遥香に話しかけに来るものだから、胃が痛くなりそうだった。


 極めつけは、帰宅時だ。


 ――飲み会、行かないの?


 荷物をまとめてオフィスを去ろうとした遥香をわざわざ追いかけてきて、弘貴は残念そうに言ったのだ。階段の踊り場で呼び止められたから周囲の視線は気にしなくてもよかったが、追いかけてきてまで飲み会の出席を求めるのはいかがなものだろう。


 用事があるのでと逃げ帰ったが、「じゃあ、また今度改めて」と言った弘貴の言葉が頭から離れない。


(なんなのかしら、あの人……)


 もしかしたら単に「いい人」なだけなのかもしれない。だが、イケメンにトラウマのある遥香は、どうしても穿うがった見方をしてしまうのだ。そんなに自分は簡単そうな女にみえるのか――と。


 遥香は明日からの仕事を思い、憂鬱ゆううつになりながら目を閉じる。


 ――そして、今日もまた、夢を見るのだ。

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