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 八城弘貴の噂は確かに社内で持ち切りだった。


 午前中は役所での書類の手続きや、会社が用意したマンションのチェックなど、転勤してきたばかりの細々とした事務手続きに追われるらしく、出社は午後からになるらしい。


 いつもなら仕事以外の会話が飛び交うことの少ないオフィスなのだが、今日は朝からこそこそと噂話が飛び交っていた。


 転勤に際し、係長の役職が与えられた彼は、営業二課の課長のすぐ下で、グループリーダーとして業務にあたるそうだ。


 営業二課といったら遥香が在籍している課であるので、由美子から、また「運命じゃない―?」とからかわれたりもしたが、遥香は内心焦っていた。


 社内では波風立てずに生きていきたいのに、弘貴が転勤してきたことによって、営業二課にいるというだけで、否が応でも営業部の女性社員の羨望せんぼうを集めるのだ。


営業二課にいる営業事務の女性社員のうち、五人は既婚者で、遥香を含めて残り三人が独身なのだが、うち一人は婚約中、もう一人は遥香と同じ派遣社員だが彼氏持ちだ。必然的に、遥香に視線が集まってしまう。


(ないない! 絶対ないから!)


 そう大声で叫びたかったが、遥香にそんな度胸はない。


 遥香は心の中でため息をつきながら、カタカタとキーボードを叩いた。

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