29 影のヒーロー


 成績発表会で俺たち1-Aはポイント最下位からの逆転優勝を勝ち取っていた。クラスマッチ半ばから競技どころではなかった俺や碓氷さんからすると大変申し訳ない気持ちなのだが、そんなことなどつゆ知らず、クラスメイトの皆は大いに盛りあがっていた。


 俺とハイロの決闘における外壁の破壊やジャンガリアン星人の襲来などを、大半の生徒はクラスマッチ内のイベントの一つとして各々解釈していたようだ。そもそもこのクラスマッチ、毎年曰く付きらしく競技当日に何かしらの事件が起こるのは日常茶飯事なのだとか。そして中止の前例は無いときた。つくづくヤバい学園だと思った。


 成績発表会が終了し、各自学生寮へ帰還していく途中で眠っていたナルメロが起きた。


「よお、お疲れさん。今夜は食後のデザートにパンケーキを作ってやるよ」

『どうした りうせい げんきがないな』


 パンケーキに反応せず俺を気遣うだなんて……顔に出てたかな。


「……いや、ジャンガリアン星人のことを考えててさ」

『なぜだ』

「殺処分は免れて良かったし、俺も最高の気分だ、とか言っちまったけどさ……あんなぬいぐるみになっちまって可哀想だなって……そもそもおかしくねえか? なんで宇宙人は殺処分されるとかされないとか、“管理される側”なんだよ」

『それはしかたない なぜなら ここはちきう ゆうせんされるは ちきうじん』

「……そうなのかも知れねえけどさあ、エージェントは地球人と宇宙人に中立な存在なわけだろ。なんかさ……対等じゃねえと思うんだよな。恩着せがましくて偉そうというか」

『だが りうせいかて あやつを おとなしく させることに おねつだった それはちきうじんてきの かんがえだ』

「……ホントだ。そうだよな、そもそも暴れたところで大人しくする筋合いなんかねえもんな、宇宙人側の立場になって考えてみれば。……全然、気付かなかったわ」

『それを ちきうじんは ぎぜんとよぶ おぼえろよ りうせいが そのきでなくとも わるぐちは たくさんくるのだがな』

「偽善……ね、まあ良く聞くよな。物語の中とかで。難しくて俺には良くわかんねえな」

『じゃんがりあんは ああいうせいたい しかたないはある ええじぇんとに かんり されないと ちきうではいきにくいな ちきうじんは じょうほ している おもうがな』

「ノミ星人の駆除だって秘密結社で取り仕切ってるわけだもんな。うーん……難しいなあ」

『ちきうでは うちうじんはどうぶつと かわらん そうおぼえろがいい』

「身も蓋もねえな……」

『りうせいは ばかだ でもいいやつだな』

「おっ、初めて俺のこと褒めたんじゃねえか? 馬鹿は余計だけど」

『われは がったいしたのが りうせい でよかったと いまはおもてる』

「な、急になんだよお前……くすぐったくなること言いやがって。俺だって、お前には……その、色々感謝してて……」

『きもいな とてもな』

「お前が先に言ったんじゃねえか!」



 * * *



 次の休日、俺たちは風紀活動室に集まっていた。

 四つの机がくっついてできた島の中心に、ゾウのぬいぐるみが置かれていた。


「――というわけで、この子がリューセイくんとミゾレちゃんにお礼を言いたいんだって」


 目の前のぬいぐるみが、ころんころん転がる。


「喋れるんですか?」

「あたしを介せばね~」


 ミクノ先輩が、PSIでぬいぐるみに触れる。


「暴走するぼくを見捨てないでくれてありがとう。この身体も面白い――だって。それだけ」


 感謝の言葉なんて期待していなかったし、忘れてるくらいだった。

 でも、その言葉を聞けて、俺は少しだけ安心した。


「ミクノ先輩、ぬいぐるみ君に伝えてください。“したいと思ったから、しただけだって。ご丁寧にどうも”って」

「ミゾレっちは? なんか伝えることある?」

「そうですね。わたしたちエージェントは、あなた方宇宙人と地球人の間を取り持ち、その安全と秩序を守ることができているのでしょうか――とお伝えください」

「エージェントじゃなくてエージェント候補生でしょ~? もう!」


 ミクノ先輩が笑いながらゾウのぬいぐるみに優しく触れた。


「間違えてしまいました。すいません」


 ワザとなのか抜けてるのかわからん! 彼女の正体を知っている俺からすると、なんか逆にヒヤヒヤする!


 でも、碓氷さんの言葉に嘘はないように思える。エージェントとして日々の仕事に邁進する彼女が、宇宙人の直の気持ちに触れたいと、そう思ったんだ。

 機械のように正確な計算ができる碓氷さんだって、時々不安になることはあるんじゃないか……? 人間である自分の行動が、善良な宇宙人のためになれているのか、とかそんなことを。


 俺たちが人間であることは変わらない。変えられない。でも……気持ちだけなら。姿勢だけなら変えられる気がする。きっと、ほんのちょっとで良いんだ。できる限り…………、


 ――そうだ。俺、できる限り宇宙人に寄り添えるエージェントになろう。

 胸中でふわふわしていた思いが、確かな重さを持った瞬間だった。表情が引き締まると同時に、やりたいことがたくさんわき上がった。自然と引き上がる口角を隠さないで、拳を握る。


 そして、ゾウのぬいぐるみに触れていたミクノ先輩が俺と同じようににこりと唇を曲げた。


「ぼくたちジャンガリアン星人にとって、地球ほど治安の良い場所は他にありません。エージェントの方々にはいつもお世話になっています。だってさ」

「そうですか。では、今後も秘密結社のエージェントを宜しくお願いします」

「だからなんでミゾレちゃんがエージェント代表みたいになってんのよ! 一年生でしょ!」

「ああ、なんてこと。わたしとしたことが」


 やっぱり碓氷さんは抜けている。大丈夫か、秘密結社のエージェント。


「……フン。俺が知らぬ間にそんなことが起きていたとはな」


 そろそろ来ると思ってた。さっきから会話に参加したそうにウズウズしてたもんな。チャンスを窺いつつ二回くらい割り込み失敗してたもんな、お前。安心しろ、見てたのは俺だけだ。


「いや? 待てハイロ。お前もガンガン加勢してきてくれたじゃねえか。途中でブッ飛ばされちまったけど……あ。わかったぞ、お前自分だけお礼言われなかったから拗ねてるんだな?」

「……なんだと? そんなわけがあるか。もういい、俺は退席するぞ。じゃあな」

「おい待てってハイロ! 拗ねんなって、クラスマッチのヒーローはお前だぞ。このこの」

「俺に触るな! 髪型が崩れるだろうが!」

「はは、昨日のオールバックだって似合ってたぜ、このイケメン野郎」


 頭をわしゃわしゃしてやりたいところだったが、そこは辞めといてやろう。

 ぬいぐるみにメッセージを伝え終えたミクノ先輩が、「そういえば」と顔を上げる。


「ウチのおじーちゃんがリューセイくんに今後も影のヒーローをよろしくって言ってたよ」


 ――影のヒーロー。

 その言葉が、なんだかとてもしっくりきた。

 今回の俺の活動はクラスメイトのほとんど誰もが知らない。ナルメロが頑張ってくれたことについても、当然知られていない。俺と長老……それから碓氷さんくらいのものだろう。


 存在すらも秘匿されているナルメロは、まさに影のヒーローだ。

 そんな舞台袖の功労者に、きっと長老は称賛を送ってくれたんだ。

 ぬいぐるみから十分過ぎる最高のお礼をもらっちまったことだし、これからもナルメロと一緒に影のヒーローとしての活動を頑張っていくしかないじゃないか。


「そうだミクノ先輩、長老に伝えといてください。“例の件”どうなってんだって」

「例の件?」

「こっちの話です。ま、そんなに急がなくても良いですけどね。ワリと気に入ってるんで」


 っていうか……今更思ったけど、ミクノ先輩はPSIの使い方次第じゃ一発でナルメロのことバレるんじゃねえかな……まあ学園長の孫娘だし、どうにでもなるんだろうけど。

 超弩級の秘密を抱えつつも、俺は大分楽天的だった。楽しく学校生活を過ごしたいもんな。


 ――入学のときに長老が言ってくれた言葉、結構気に入ってるんだ。

 ふと、隣の碓氷さんがぐいと身体を寄せてくる。

 そして、俺にだけしか聞こえない距離で、囁く。


「そういえば“あのとき”の薬ですが、分量を三分の一にしていました。あまり、調子に乗らないようにしてくださいね」


 冷や汗が出るよね。急に来るじゃんそうやって。ずるいよ碓氷さんはさぁ!


「…………し、精進、します……」


「それと、その……友達にもよろしくお伝えください」

 少し恥ずかしそうな顔で、碓氷さんが微笑んだ。

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