27 ともだちになりたい


「……ハイロ! お前っ、競技のほうはどうなった!?」

「お前……そこなのか。本当にそれで良いのか」


 ハイロのテンションが明らかに下がった。でも気になるんだからしょうがない。


「つかこの背中合わせ意味あんのか? お前の方向誰も居ないだろ。こういうのってもっと大勢に囲まれたときに――」

「うるさいぞ進導リューセイ! 目の前の戦闘に集中しろ!」

「だからお前の目の前には誰も居ないだろっつの!」


 つい笑みが零れる。一方で濁水の城を破壊し、再び進行を開始するジャンガリアン星人。先ほどよりも勢いは増している。


「……どうする。進導リューセイ」


 ギリッと歯がみするハイロ。やりたいんだろうけど、歯削れますよ。


「俺たちがやらなきゃ、誰がやるんだよ」

「フン……それもそうか」


 背中を預けてお互いの力をわかり合ってるこの感じ……格好良くてキュンとする。ハイロと一緒に居ると……俺、ときめくことが多い気がする。少年漫画的な展開において。


「斎孤さん! わたしも! わたしも!」


 目下では、碓氷さんがぴょんぴょん跳ねながらアピールしていた。え、何? かわいい。


「ハイロ、碓氷さんを浮かせてくれ」

「…………」

「いや、お前マジか見たいな顔すんな。明らかに三人のほうが良いだろうが」


 ハイロは少しガッカリした様子で指クイ。碓氷さんがパーティーINしたその瞬間、ぐおん――とジャンガリアン星人の鼻攻撃が俺たちを襲う。


 カッッキィィーン! 大昔のバトルアニメみたいな効果音と共にハイロがブッ飛ばされた。


「なんでだぁああああああああああああああああああああ」


 初めてヤツの心からの叫びを聞いた気がした。ハイロがパーティーOUTしたことにより、俺たちに纏うPSIが解除される。俺と碓氷さんは、再び空を墜ちる――。

 絶体絶命の状況下で、俺の体内から溢れ出るほどの声が聞こえてくる。


『うすいさんだ ちから かりる』

『うすいさんが われを きらいでも われは きらいでは ない』

『りうせいと われ みたいなかんじが いいんだがな できればな うすいさん ともな』

『だから うすいさんに けいい あまり わからぬが それで いっしょ なれるか』

『われは うすいさんと ともだちに なりたい』


 津波のようになだれこんでくるナルメロの言葉に、俺は瞳が潤んだ。そいつを拭ってから、一つ浮かんだ妙案を叫ぶ。


「碓氷さん! 俺ともう一人でアンタをジャンガリアン星人までブッ飛ばす。壊れた城を素材に、歩くたびにアイツの暑苦しい毛を自動でカットできる装置かなんか、建設してくれ!」

「言っている意味が――」

「わかってほしい! そんで、伝わってほしい! この想い!」


 俺の“左手”が、碓氷さんの手をガシリと掴みに行く。そしてぶんぶんと上下に振った。


「……また、握手ですか」

「いや“初めて”さ。泣かせるぜ……アンタと友達になりたいんだってよ! 俺の友達が!」


 綺麗なビー玉のような碓氷さんの瞳が、愛らしく見開いた。


「うっしゃあ! 後は頼むぜぇぇぇ! んおらぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!」


 そのまま、空中で碓氷さんをジャンガリアン星人に向かって放り投げる。


「…………もう。意味が、わかりません」


 俺が瞬きをしたときには、巨大な二本の氷柱が大地から伸びていた。

 ジャンガリアン星人の横幅分丁度の間隔を空けて屹立する謎の建造物の側面からは、鋭利な刃物が無数に飛び出ていて、柱を軸に水車のようにゆっくりと回っている。

 俺には到底理解できないような緻密な計算の元、それらは出来上がっているのだろう。


 それは――、まるで客人を迎えるゲートのようだった。

 その光景を見届けた俺は、穏やかな笑みで空を墜ちていく。

 当然の様に地面にめり込み、そこにはクレーターができあがった。もうヤム●ャだった。


 生きてることに感謝。ナルメロパワー様々だ。でも……流石にもう立てなかった。

 ジャンガリアン星人がのしのし進むたびに、ドスン、ドスンと一定の間隔で大地が揺れる。俺は大の字で寝転びながら、身体の中の隣人に話しかける。


「届いたな……ナルメロ、お前の想い」

『そう なのか』

「ああ。そういう顔してたぜ、碓氷さん」

『だが いっている ばあいなのか』

「はあ? これで一件落着だろ――って」


 大きな影が俺にかかり、ぞぞぅ――と人間を踏みつぶすには十分過ぎるジャンガリアン星人の前足が持ち上がる。

 色々あり過ぎて頭全然働いてなかったよね。何を安らかに寝てんだよ俺は。ジャンガリアン先生の歩行ルートやんけな。


「ナルメロ、俺もう動けねえ……」

『われも まったくもって だな』

「え、マジで終わるやつじゃんこれ。嘘だろ、呆気な」


 終わりだ――。

 正真正銘すべてを諦めたそのとき、俺たちを小さなドームが包む。

 仰向けで寝転ぶ俺に、碓氷さんが覆い被さっていた。


「これが、本来あるべき姿です」

「……碓氷さん」

「ですが……あなたとわたしの体内水分を混合させたこの防御壁で耐えられるかどうか……」

「それは若干気持ち悪りぃな……耐えてほしいけど!」

「あまり笑わせないでください」

「いや全然笑ってないよね。俺碓氷さんが笑ってるところ滅多に見たことないよ!?」


 俺と碓氷さんならではの往来を続けながらも、びきびきと氷のドームにヒビが入っていく。


「うっ……くっ……」


 いつにない表情で耐え続ける碓氷さんを見た俺は、残された力で彼女の腕をギュッと掴んだ。

 ただ彼女の行動を支えてあげたい一身だった。頑張れだなんて言葉は、野暮だろう。


 ――――やがて、振動はなりを潜めた。辺りの景色が暗くなっている。どうやらドームは柔らかい地面にめり込んでしまったらしい。でも、お陰で助かった。


「……あの。……すいません。力を……抜いても良いでしょうか」

「碓氷さん、ありが――」


 礼を言おうとしたときにはもう、ぽすんと柔らかい身体が俺の胸の上でくったりしていた。


「………………」


 彼女の身体をぎゅっと抱きしめたい衝動を抑え、その形の良い後頭部に触れた。


「……お疲れさん」


 ねぎらいの言葉と共に、妹にするみたいに優しく頭を撫でる。


「気持ち、良い……」

「……そりゃ、良かった」


 碓氷さんの髪の毛はさらさらで、撫でているこっちが良い気分になってしまう。不意に敬語が抜けたことや無防備に乗っているしなやかな身体にも、胸の高鳴りが止まらない。


「心臓さんの進導が暴れています」

「進導さんの心臓な。……って、べ、別に暴れてねえから!」


 顔は真っ赤だったが、彼女は目を閉じている。本当に助かった……。

 俺は、誤魔化すべく話をそらす。


「碓氷さん、一つ聞いて良いか」

「……はい」

「エージェントのミッションだから、助けてくれたのか」

「結果的にはそうなります」

「……そっか」

「ですが、それでは進導さんに納得していただけないと思いました。わたしは……進導さんに納得していだきたいのです。ですから、もう一つ回答を用意しておきました」

「……ん? どゆこと」


 碓氷さんが、むくりと上半身を上げる。

 つぶらで少しだけ悪戯な瞳が、俺の右目と左目を交互に見つめてくる。


「ふふっ」

「え、碓氷さん……今、」

「あなた“方”が、わたしの友達だからです!」


 碓氷さんが、にこりと瞼を曲線にした百万点の笑顔で、俺の首に手を伸ばした。



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