26 まだ終わりではない……だろう? 熱い……!
押し寄せる濁流の水飛沫の一粒が俺の皮膚に飛んで来た、その瞬間――。
それらの濁流が消えて無くなった。俺は、ジャンガリアン星人のほうを向き直る。
曇り空が晴れ渡り、晴天の空の下――濁水と雨水によって形づくられた城が建設されていた。ジャンガリアン星人はその城の中心にはめ込めれており、身動きができないことに呻いている。
「サクラダ・ファミリアもビックリな建設スピードだよ」
「建設ビジネスでもやりましょうかね。そうすればカロリーメイトを買い占められます」
「多分碓氷さんは悪人にはなれない人だな。良いと思うよ――ってアレを見てくれ!」
城の外壁――べろべろばあで視線があちらこちらに飛び散っているピエロのオブジェの下で、ジャンガリアン星人が小刻みに揺れている。
「はい。あのデザインは若干凝らせていただいていまして――」
「ちゃうがな! ジャンガリアン星人のほうだ!」
そのとき、綺麗にハマっていたはずのジャンガリアン星人が城にヒビを入れる。
「碓氷さんのPSIでもダメなのか……!?」
「……デザイン性は無視してでもより堅牢なものを作ったほうが良かったのでしょうか」
「そうだよ! なんで無駄なクリエイター性を発揮してくれちゃってんだよ!」
「無駄……ですか」
碓氷さんがしょんぼりしてしまった。少しばつが悪い思いをしつつ、俺は言った。
「碓氷さんは物作りが好きなのか?」
「いえ、別にそういうわけでは。細かな数字の調整などは好みですが」
「でもさ、PSIって本人の趣向に影響するんだろ? 多分碓氷さんは物作りが好きなんだよ。だからヘンなこだわり見せちまうんだろ。ていうか細かな数字の調整だろ、建設物って」
目の前に佇む100メートル越えの立派な建造物を見上げる。
「趣味がないって言ってたけど、立派すぎる趣味だよ、マジで」
「……そう、ですか」
「いや今はそんなことどうでも良いんだった! とりあえず行くしかねえ! イケイケどんどんでアゲアゲフィーバーだ! やるしかねえんだ!」
「古くさいかけ声ですね。進導さんって昭和テイストの方なんですか」
「じゃかしいわ!」
俺が走り出すと、碓氷さんも併走してくれる。ただ、名案はまったく降りてこない。ジャンガリアン星人を前に、俺たちは吹っ飛ばされることしかできない。めっちゃ悲しくなってきた。
『りうせい もういい』
俺の左足が、急停止する。
『われが あいつを こうげき する』
ナルメロ……そうは言ってもよ……心が痛まねえのか。
『いたむ だが もういい こいつも つらそうだからな』
……本当に良いんだな? 後悔しないな?
『うむ われのせんたくだ おもいのままに やってくれ』
それはちょっと違うと思うけどな? まあでもそれなら話は早い。
『いっぱつで らくにしてやろう りうせい』
「ああ。当然だろ。これ以上、苦しめてたまるか」
やっぱりつい喋っちゃう。碓氷さんが隣に居ようともう知ったこっちゃない。というかどうせもうバレてる。
「進導さん、こちらを使ってください」
いつの間にか、ジャンガリアン星人の顔面まで続く氷のスロープが出来上がっていた。
「碓氷さん……あ、ありがとう!」
まさかこれ、碓氷さんの体内の水分? だとしても……俺は行く!
ナルメロと半身ずつ身体を動かし、酔っ払いオヤジのように千鳥足でスロープを上がる。
「いや、ちょおま……無理だわこのまま上がるの。一瞬だけ身体の所有権返せや」
『いやだ あにめのように いかした てんかいが だいなしに なってしまうのがな』
「今こんなんなってる以上格好良さは著しく下がってんだよ! アニメ展開は無理だ!」
『なら このまま かっこわるく すすむも いっしょだ』
「とりあえずあそこに辿り着きゃ良いんだ! 行くぞナルメロ!」
ビシリと目的地を指す。目指すはジャンガリアン星人の顔面前。人と話をするときは、ちゃんと目を見て話すのが鉄則だぜ!
『つっこむ べきか』
「宇宙人だって言いたいんだろ!? 宇宙人だって“人”って字が入ってんだよ!」
あっちゃこっちゃしたまま俺たちは走る。ある程度進んだところでスロープが折れ曲がっていた。碓氷さんお得意のコールドスライダー構造だ。多分この下りをファラオみたいな感じで腕クロスして落下すれば良い感じで滑ってくれるんだろう。とりあえず善は急げだ!
「ファラオセット! 行くぜ!」
『おまえは なにを いっているのか』
いまいちノッてくれないナルメロを無視して俺は滑り始めた。スロープの氷が体温で上手い具合に溶けて滑る滑る。いつの間にやら超絶スピードになっていた。
「おお……なんだよこれ、超スリリングで最強にエキサイティングじゃねえか……」
『おお おお ああ いい』
二人で気味の悪い声を出しながら、俺たちはジャンガリアン星人の元へと急いだ。
* * *
高度100メートルほどの凍った足場に到着した俺たちは、正面の充血した瞳の前に立った。
「よう、ナルメロの友達! 俺は進導リューセイ。握手は……ここで良いよな」
目尻のほうの毛を束にして握り、上下に振る。
「……悪りぃな。これから俺たちはお前を殴らなくちゃならねえ」
もさもさの毛を撫でてから、身の丈ほどの瞳に語りかける。
「正義のための暴力ってのが俺はあんま好きじゃねえ。だから、これから俺たちがする行為は善行でもなんでもねえ。ただ、人様に迷惑をかけてる友人が鬱陶しいから大人しくさせるってだけだ。もし腹が立つなら、いつでも良い、俺にぶつかってこい。殴られようが、殺されかけようが……俺は、何があってもお前と仲良くなってみせるぜ」
心中の想いを正直に打ち明けて、俺はふうと息を吐く。
「……で、良いか、ナルメロ」
『ああ りうせいの ことばに われも どういする』
「ちゃんと翻訳してくれたか?」
『ほんやく いや べつに われ こいつと しゃべれん りすにんぐは いけるが』
「は? でも友達なんじゃねえの?」
『ともに なるのに ことばなど ふようだからな』
ナルメロのその言葉に、俺は心を撃たれる。確かにそうだ。俺はもうこのジャンガリアン星人と握手をしちまった。それに――友達の友達は、友達だ。
「……そうだったな。俺も、名前も知らねえこいつの友達だ。だから遠慮なくいけるわ」
――行くぞ、ナルメロ。
『われてき にも あといっぱつが げんど』
そう言ったナルメロが、そのパワーの半分を渡してくる。俺の前に光輝くエネルギーの塊が二つ。俺たちはそれを両腕に込めて、構える。これが……ナルメロダブルパンチか――。
「いや待って。これ普通に殴りにくい――」
「うおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉんんんんん」
俺の言葉を掻き消して、新しい友人が吠えたときだった。その長く立派な鼻が暴れ、俺が立っている氷の足場が、ばきりと気持ち良い音と共にあっけなく崩壊する。
聞かずもがなデザイン的な都合だろうけど、ちょっとは実用性が欲しかったぜ碓氷さん!
「うああああああああああああああああああああああああああああああ」
空を墜ちる俺に、ジャンガリアン星人の鼻の追撃が迫り来る。
「くっ――そぉぉぉぉうぉおおおおおおおおおおおおおおおッ!!」
全身で受ける。耐える。耐える。
それはコンマ数秒の戦いだった。そのままカッッキィィーン! とブッ飛ばされる俺だったが、地面に衝突するすんでのところで、身体がふわりと浮き上がる。
「まだ終わりではない……だろう?」
トン――と背中に何かが触れた。
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