24 がってん しょうちのすけんたうろす


 なんてこった。黒服の集団が俺を取り囲んでいた。正面に碓氷さんが立ちはだかる。

「言いましたよ。逃がしはしないと」

「鬼早いな。しかもこんなにOBの先輩従えて……後輩には優しくするもんっすよ、先輩方」

「善良な市民や宇宙人には優しいですよ。わたしたちは」


 碓氷さんがそう言ったときだった。途轍もない轟音。


「な、なんだ……?」


 音のほうに首を向ける。ハイロのブチ切れパワーによって破壊してしまった秘密学園の南外壁から、全長百メートルは超えていそうな巨大な何かが見えた。

 ぽっかりと空いた部分から見えるのは、毛。毛だらけの、毛むくじゃら。全身が見えたわけじゃないが、マンモスみたいな姿をしている気がする。


「おいおい、なんか進撃してきてんぞ……なんだありゃ」

「あれは……ジャンガリアン星人」


 周囲の黒服たちが忙しなく連絡を取っている最中で、碓氷さんがぼやいた。

 聞き覚えがあると思ったら、そうだ。ミクノ先輩のPSIが落とし物にピッタリだったからそっちになったけど、受けられなかった協力依頼がもう一件あったんだ。


「ミス・アイスマシーン、対象に注射は打ったんだな? ならば急遽任務の変更だ。ストレス過多で十一番地のジャンガリアン星人が暴走した。ノミ星人の除去作業が滞っていたらしい。ヤツは破壊された南外壁から学園内に進行中。すぐに沈静化を――」

「マジかよ、俺たちも十分過ぎるくらい関わってんじゃねえか!!」


 黒服が言い終わる前に、俺は大急ぎで駆け出した。ミクノ先輩がジャンガリアン星人の掃除仕事を選んでいたら、こんなことは起きなかったのかもしれない。

 関わっていたかも知れない可能性を俺は“知っちまった”。だったらもう他人事じゃねえ。


 ……っていうか、そもそも外壁壊したの実質俺じゃねえか! 完全なる当事者でした。マジすいませんした。もはやこれは義務。ただの自分自身の後始末である。

 外壁に空いた穴の方向に走る。サイコエネルギーの貯蔵は微妙でも、スタミナ体力は十分だ。倒れるそのときまで必死にやるだけだ。


「進導さん!」

「クソ、ヤツを逃がすな! 薬が効いているとはいえ、何かがあってからでは遅いぞ!」


 碓氷さんの叫び声をバックに、俺は親指を立てて走り込む。追いかけてくる黒服エージェントの誰よりも俺は足が速かった。長距離だろうが短距離だろうが、負けない。

 一時期最短タイムを毎日更新する目標を掲げていた。……自分の力は俺が一番信じてる。

 大地を踏みしめるたびに――ドクン、ドクンと高鳴る脈動が全身を打つ。

 ――ああ、やっぱこれだよな。運動してるときって最高にハイな感じだぜ。やめられねえ。


 ジャングルを爆走していると、あちらこちらから生徒の騒ぎ声が聞こえてくる。皆ジャンガリアン星人の襲来をクラスマッチの一貫だと思っているようだった。

 まさかそこまでハチャメチャな学校じゃないだろ!? いやどうだろもうわかんねえ!


「みんな逃げろ! あのデケぇのはたぶんクラスマッチとは関係ない! おそらく競技は中止だ! 付近の人がいたら声を掛け合ってくれ!」


 避難誘導までやりたいが、当事者として俺は問題の発生源に向かわなきゃなんねえ。

 外壁の壁が消滅しても楽しそうにしていたミクノ先輩の実況が、今では聞こえない。上空のモニターにも彼女の姿は無かった。やっぱり……イレギュラーか。

 消失した外壁の付近に到着する。ジャンガリアン星人の毛むくじゃらな足が、外壁をさらに壊して、のそりと前足を敷地内に入れ込んでくる。

 俺は、遅れてやって来たエージェントたちに身体を向けた。


「エージェントの先輩方! クラスマッチ中の生徒たちの避難誘導をお願いします!」


 手を上げて叫んだときだった。誰かが俺の背後に回り込んで、両腕を拘束してくる。


「なっ……離せよ、今はこんなことしてる場合じゃねえだろ!」

「黙れ。お前が最重要案件であることに変わりはない。危害は加えんから大人しく――」


 俺は、身を屈めてエージェントの先輩をそのまま投げ飛ばす。


「ぐっ……お前っ! 今はグルミン星人の力が無いと」

「これは自前だよ! 説教ならあとでいくらでも聞きますよ先輩! それよか今は人類のピンチでしょうが! 今すべきなのは、ジャンガリアン星人の進行を止めることと、生徒たちの避難誘導をすること、その二択っすよ! 覚悟決めましょうよ!」


 言っている間にも、ジャンガリアン星人に挑んだエージェントが俺の足下に吹っ飛んできた。


「くそ……ダメだこりゃ、止められねえわ。こりゃあ、撤退濃厚かもしれんな……」


 何言ってやがる。そんな選択肢が浮かんじまうことがダメだろ、エージェント先輩!


「俺が行く――!」

「待てコラ、お前候補生だろうが――!」

「そんなこと知ったこっちゃないですよ!」

「無茶苦茶だぞアイツ!」という声が背中から聞こえたが、そんなん知るか。俺は行く。

『んお おきたが』

「起きたかナルメロ! 具合はどうだ」

『へんなのがきたが はいじょした もうきかんわ こわっぱが まだねもねも だがな』

「パーフェクト生命体かよスゲぇなお前……ハハ、このぶんじゃ即死薬のほうも安心かもな。んで、ナルメロ……見ての通りの緊急事態だ。お前の力を貸してくれ」

『ふつうに やだが』

「えぇ……ここは力を合わせて盛りあがる展開じゃん……なんとかお願いできませんかねえ」

『いっただろう まだねもねむい ねもいんだ ぐう』

「あ、こら! 寝るなよ!」

『りうせいは しつこい ねちっこい このきわられもの めが』

「酷い言われようだ……」

『われはねむい というのに しょおがないのな いっかいのみの ばあげんせえるだ』

「マジで感謝するぜ! 最強の一発であのジャンガリアン星人を大人しくさせてくれ」

『りうせいも でかぶつ でかぶつどうしの みにくいあらそい』

「うるせえわ!」

『はいじょ してしまうかも しれないがな』

「……手加減できねえのか」

『きゃらららん まあ じょうだん だがな』

「笑い声なのか……それ? とにかく頼むぜ、沈静化させるだけで良いんだ」

『ちゅうもんのおおい りょうりてんのくせに』

「なんでその例えをチョイスしてきた」


 ごちゃごちゃとやり合いながら、俺は身体の所有権をナルメロに手渡す。

 これで助かった。一時はどうなるかと思ったが、ナルメロの能力が秘密結社の想定以上だったことが救いだ。

 俺(ナルメロ)は、人間の能力を超越した跳躍を見せる。


「進導さん……!」


 空高く飛び上がっている最中――、地上から碓氷さんの叫び声が聞こえてきた。

 でも今はこっちに集中だ。ジャンガリアン星人の頭部が――すぐそこまで迫ってくる。

 あとは超ド級の渾身右ストレートを放つだけ。それでチャンチャンのハッピーエンドだ。

 だが――その勢いが止まった。


「ナルメロ……?」


 拳を振りかざすこともなく俺はそのまま空中を真っ逆さま。大地にドーンと着地する。

 無傷だった。身体は俺なのに一体どういうシステムなんだよナルメロパワー……。


「……どうしたんだよ」


 問いかけつつも、俺はナルメロの感情の動きがなんとなくわかっていた。


『あれは われの ともだ』

「そうだったのか」

『ここであったが ひゃくねんめ』

「それは違うと思うけどな」

『ともは こうげき できない』

「……そうか。わかった」

『いいのか こやつが どんちゃんすれば ここはおしまい だぞ』

「そんなことさせねえよ。でも、お前の友達を俺が殴るってのも許されないだろ」


 俺だったら暴走する友人を殴ってでも止めるが、それは俺の意見だ。ナルメロの意志じゃない。こいつの気持ちを尊重したい。ではどうするか……。


「……まあ、耐えるしかないよなあ、ちょっと過激な静的筋肉トレーニングだぜ。できるよな、ナルメロ。俺の身体を使わせてやるんだから」

『しぬかも しれんぞ』

「そしたらお前も道連れじゃね。そんなの嫌だろ? じゃ、頑張ろうぜ」

『りうせいは へんなやつだな』

「そうか? 俺たちは合体しちまってんだ。お互いを尊重して寄り合えるところで一生懸命頑張るってのが、どっちも良い気持ちになれる最適解ってもんだろうが」

『おまえは うちゅうじんの みかたか』

「さあ、知らねえ。派閥みたいのは今まで生きてきて一度たりも考えたことがねえな」


 そうだ……俺は別に誰かを助けるのが好きなわけじゃねえ。感謝されたいわけでもねえ。


「手の届く範囲で困っているヤツが居るなら、なりふり構わず絶対に助けてぇってだけだ」

『りうせい    おまえは   』


 俺の体内が急激に熱くなる。なんだこの感覚は……ナルメロの感情? まさか、お前――、


『それは   きゅあ ふぁんたすてぃっくの   せりふだぞ』

「え!? 嘘、そうだったっけ!?」

『われが はじめてみた いまの ぺでぃきゅあしりーず じゅうにわだ』

「良く覚えてんなマジで」

『ちょっとは あれんじを くわえている ようだがな きほんてき ぱくりしてる』

「ち、違うって! パクってねえよ! マジで心からの俺のセリフだって!」

『どうだかな ぱくるやつは みんな そういうのだけどな』

「てめ、無駄な知識をつけやがって……!」

『まあ だが わるくない りうせいに われは さんどうする』

「……そうかい。ありがとよ」


 ドクンドクンと心臓がとんでもない速度で鳴動を続けている。

 ――これ、人間の鼓動スピード完全に超えてるだろ……ヤバくねえか。


 おそらくナルメロの精神が高ぶってる証拠だろう。そんなに心に刺さったのか、俺の言葉(ペディキュアのセリフにもあったらしいが)。


『ねもいがきえたな りうせい われは ほんきをだすぞ』

「そりゃありがたい。さっさと出してくれよ」

『われは ぺでぃきゅあに なる』

「え」

『ぺでぃきゅあ めいくあーっぷ』


 ここにきて衝撃的な告白をするナルメロ。身体の所有権を取られている今、俺は物理的に踊らされていた。ペディキュアの変身ポーズをさせられる哀れな俺。もうこの際なんでも良い。


『これで なれた われは ぺでぃきゅあ つよいんだ』

「お前が納得してるなら……それで良いんじゃねえか」


 俺(ナルメロ)が、ドシン――と大地に両足を叩き込んでめり込ませたとき。

 ナルメロが身体の所有権の半分を俺に戻してくる。


『ふたりでだ われと りうせい ちからを あわせるんだものな』

「ははっ、燃えること言ってくれんじゃねえか!」


 俺が右半身で。ナルメロは左半身で。

 ジャンガリアン星人の進行を――――止めてみせようぜ!


「くるぞ、ナルメロ」

『がってん しょうちのすけんたうろす』

「おま、力が抜けるようなことを――」


 ジャンガリアン星人の前足が急接近してくる。風圧だけで押し飛ばされそうだが、大地にめり込んだ足がそれに耐える。

 俺たちは、ふさふさの毛むくじゃらをガッチリと受け止めた。


「うぅぅぅぅぅおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉッ!!」


 俺とナルメロの決死の通せんぼにより、ジャンガリアン星人の進行が止まった。

 だが――力が弱まることはない。ナルメロパワーでも、俺たちは後退を余儀なくされる。

 ――どれくらい耐えればこいつは諦めるかな。一分? 一時間? 一日?

 これはキツい……良いトレーニングになりそうだ――と思ってるうちに、俺はおじさんの家でプレイしたスーファミのドラゴンボールみたいな感じで、真横に吹っ飛ばされた。

 背後で、ばきりと何かが割れる音。


「……まだ、続けますか」


 滑らかな曲線を描いた巨大キャッチャーミットの氷像で、俺は受け止められていた。


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