23 いやマジでどうすんだよマジで
「まさかこんなことになるなんてな……いつのまにか碓氷さんたちまで居なくなってるし」
バンダナを巻きなおして、ホームランしてしまった方向の壁面に向かって俺は走っていた。
キングに許された敷地内での移動だからルール上問題はない。完全に単独行動だけど。
「しっかし……ハイロのあのPSI、あれ喰らってら俺死んでたよな?」
『しんでだな りうせいは ざこ』
「恐ろしすぎだろこの学園……助かったよナルメロ。ちょっと調子乗りすぎてたわ、俺」
『はんせい しろだな』
「……お前に言われるのも解せねえけどな」
『ふゅにゃ ふゅにゃ ふゅにゃ』
「何笑ってんだよ」
『ちがう これは おこってる のだがな』
「わかりにくっ!」
下らないやりとりの最中、突然背中に衝撃を受ける。
「――なっ」
一瞬で、俺は地面に突っ伏していた。
――クソ、油断しすぎたか? さっきのスパイ野郎か? ぐるりと首を回す。
「……碓氷さん!? 何やってんだよ!」
「進導さんの背中に馬乗りしています」
「そういうことじゃなくて! 一体なんのつもりだよ!」
「失礼します」
文句を垂れ流す俺を完全にシカトして、碓氷さんは懐から注射器を取り出す。
「碓氷さん!? え……? やだ、怖い! 若干先端恐怖症なんだよ、俺!」
「知りません。そんな大きな身体をしているのに、子供ですか」
「うわああああああああああやめてくれええええええ見逃してえええぁぁぁぁあ!!」
さっきのハイロか俺は! でも怖いもんは怖いんだよおおおおおお! うわああああ!
無慈悲にも得体の知れないものが俺の体内に入り込んでくる。
「ぐぁああああああああああああああああああああああああああああああ!!」
ズギャーン!! 俺に9999ダメージ!! ドゥクシ!! はい俺死亡!
「具合はいかがですか」
「ああ……最高にハッピーな気分だね」
「洋画の字幕みたいなことを言わないでください」
「まさかの碓氷さんからのツッコミ……新鮮だけど、今だけはゲッソリしちゃう」
いくら肉体を鍛えようが、針だけはダメなんだ。アレが俺の分厚い筋肉を易々通り過ぎてしまうことに恐怖を感じる。
「グルミン星人と会話はできますか?」
とりあえず問いかけてみる。
『ねむねむ』
眠いらしい。まあコイツ一日16時間くらいは眠ってるけど。おまけに睡眠サイクルは乱れまくってるし。だから俺と睡眠時間が合わないと勝手に夢の中に入ってきてパンケーキやらペディキュアを所望して来やがって鬱陶しい、という日常が週三回はある。
「専用の特殊睡眠薬です。人間の身体にグルミン星人の精神体が混入している状態のあなたのために秘密結社が総力を挙げて開発したものになります。臨床試験は行っていますのでご安心を。現在は即死させる薬品を開発中ですが、まだ時間がかかりそうなので」
「…………ッ」
こんなもんまで作って、秘密結社はやはりナルメロを殺そうとしている。しばらく俺を泳がせていたのは、この薬品が開発中だったからか……。
――クソッ、やっぱり長老に相談しておくべきだったのか?
碓氷さんとは……敵対するしかないのか?
いや、彼女は凶悪な宇宙人から俺を解放するために助けようとしてくれているだけかもしれない。真相は何もわからない。だけど、今でもわかることがある。
それは、碓氷さんがナルメロに敵意を向けているってことだ。
そして、それは俺の意志と別の方向を向いてる。
――ナルメロ、マジで寝ちまったのか?
もう一度問いかけてみるが、寝息っぽいのが聞こえてくる。どうやら効果は抜群らしい。こうなってしまうとよほどのことがないコイツは起きない。
碓氷さんの柔らかい下腹部を首筋辺りに感じる。細い足でがっちりと俺の腕を締め付けていることには驚いた。上半身に……まったく力が入らない。正真正銘、プロの技だ。
「無力になった進導さんは、大人しくわたしの締め付けを堪能していてください」
「俺が変態みたいな感じの言い方はやめろ!」
本来の俺がロクにPSIを使えないことを知っているのだろう。完全に舐められてるな、俺。
「で、どうしたんだよ碓氷さん。物騒な注射なんかしてくれて。ハイロみたいに決闘したいってか? 生憎だが、俺は女性との勝負を受け付けてねえんだ」
「……言わずとも、わかっているでしょう」
「…………なんの、ことだが」
「進導さんは嘘がとても下手です。しらばっくれて頂いても一向に構いませんよ。このまま大人しくさえしてくれていれば」
「碓氷さん…………凶暴な宇宙人だと思われる宇宙人は、みんな死ぬべきだって思うか?」
「……………………」
碓氷さんは表情を変えない。答える気はないらしい。
俺は、一つ彼女に聞きたいことがあった。
「……碓氷さん。野外での風紀活動……アレ、仕組んでたんだろ?」
「何故そう思うのです」
「メタモル星人の二人があれだけ大切にしてたチケットを無くすだなんて思えないからだよ」
「…………」
「碓氷さんは秘密結社のエージェントだ。仕向けようもんならやり方は山ほどあると思ったね。どうやったかは知らねえけど、メタモル星人の二人にチケットを当選させてから、紛失させる。んでそれを落とし物だらけのプラボックスに紛れ込ませるとかな。……碓氷さん、アンタは無駄な行動を本当に取らねえ。だからこそ、あのときプラボックスに手を突っ込む碓氷さんの行動は……ちょっと可愛すぎたかな」
「そんなに可愛いですか。わたし」
「え、碓氷さんってそういうの嬉しい感じ?」
「いえ。特には」
「あっそう……しかし酷いことするよなあ。あんな騒動になったってのに……ちゃんとメタモル星人にごめんなさいしたか?」
「ごめんなさいは……していません」
「それは良くねえな、早いうちにしとけよ。いつか後悔するぞ。……で、なんであんなことしたんだよ」
「進導さんもといグルミン星人がどのような反応を取るのか、確かめたまでです。あなたがペディキュアを好きだとは思えませんでしたから。宇宙人は、日本のサブカルチャーを好む傾向が強いですからね。予想だにしない結末を迎えることにはなりましたが」
ああ……俺もペディキュア主演声優のライブチケットで街が半壊するとは思わなかった。
「い、いや……違うぞ? お、俺が……ペディキュアを好きなんだ!」
「では、前シリーズ二十五話で前々シリーズのペディキュアが総登場した誰もが知る神回を担当した監督、総作画監督、音響監督、脚本家、演出家をすべて答えなさい」
「いやそれは流石に……」
「進導さんはペディキュア好きではないです」
「偏りすぎじゃないですかね知識が! 好きでも答えられる人ほとんど居ないと思うよ!?」
もうこれ以上余計なこと喋るのはやめよう。ボロが出まくる。
――仕方ねえ。俺はゆっくりと準備に取りかかる。
俺なんかのPSIで碓氷さんから逃げ切れるかなんてことはわからない。
でも、彼女は今完全に油断している。この絶望的な状況を……一瞬だけで良い。崩すことくらいには挑戦した。足掻きたい。
――ナルメロ。お前のことは、パンケーキが好きで犬が苦手なペディキュアオタクってことくらいしか知らねえ。今までどういう過去を生きてきたのかとか、そういう重要な部分を俺はまったく知らん。
だけどよ……なんだかんだでお前のこと、気に入ってるんだ。
俺は他人と会話すんのが滅茶苦茶好きだ。どんな奴とでも、そいつと俺だけの特別な漫才みたいに楽しい会話ができると思ってんだ。楽観的だろ?
で――、驚くことにそれは人種が違っても同じだったよ。
事情が事情だけに、お前は俺にとって唯一無二の存在だ。これ、吊り橋効果ってやつかな?
――われら いちぞくは みな きらわれている からか。
――だから われもきらいか。
寂しそうなお前の声を聞いたとき、俺はナルメロの味方で居てやりてぇって思ったよ。
お前の種族が残虐非道だろうが、世界がお前を抹殺しようとしていようが、俺はお前のことを気に入っちまったんだ。本心しかないこの気持ちに嘘はつけねえ。理屈なんて一つも考えてもねえけど、全部それで説明つくし、十分過ぎるだろ。
――みすみす殺させるつもりは絶対にねえからな、安心しろ。
眠っているであろうナルメロに語りかけながら、碓氷さんに気付かれないようにつま先の位置を調節する。
これまで試してきて上手くいったのは、踵、足裏、つま先の三ポイントのみだ。他の候補生の前だと霞むけど、俺的には大分確実にマシになってる。
「そういや、俺は何かと碓氷さんの前で自前の最強パワーを披露する機会が多いな」
「…………自前の最強パワー」
「復唱しなくて良いから」
自分で言ってて恥ずかしくなってきた。幼稚園児か俺は。ハイロとは別種のそういう感じか。
……と、脳内ツッコミをしたその瞬間に、両足のつま先に黄土色のサイコエネルギーを流す。
ドゥ――!
ブワッ――と俺の下半身が持ち上がり、足裏が180度真っ直ぐ青空を向く。
「……!?」
碓氷さんの身体が離れた隙に、PSIを解除してシュタッとイイ感じに着地する俺。
「これでも一応ちゃんとしたエージェント候補生なんだぜ。毎日毎日……欠かさず訓練してるんだ。皆と比べると下手くそかもしれねえけどさ」
「偶然才能があったんでしょう。ですが、進導さんの才能は所詮秘密学園が見逃す程度のものです。わたしから、逃げられると……思っていますか?」
「辛口っ、……でも俺はただ碓氷さんに捕まってジッとなんてしてられねえよ」
「どうして……庇うのです。凶悪な宇宙人なのですよ」
「宇宙人? おいおい、なんのことだよ」
「まだ白を切るつもりですか。非効率的ですよ、進導さん」
「碓氷さんこそ、効率ばっかり求めてたら……つまらない人生送ることになっちまうぜ!」
全速力で回れ右だリューセイ! ダッシュダッシュダッシュ!!
鬱陶しく生い茂るつたや草木をかき分け飛び越え、ジャングルの中をがむしゃらに突き進む。
サイコエネルギーの取扱いが特別下手な俺はPSIを使えたとしても、あと一回っきりってところか。ナルメロも寝ちまった今、これが最後の生命線……切り札だ。
当てもなく疾走していると、PSIで牽制しあっている赤組と青組の一群を発見した。我がクラス困惑の声が背中から聞こえてきた。許してくれ、隙を見て競技も頑張るから。
全速力で人気の無い場所まで移動した俺は、ナルメロに声をかけてみる。
――おい、ナルメロ。起きろ。パンケーキ食うぞ。ペディキュア見るぞ。
無反応。流石にそこまで子供じゃないか。
「さて、これからどうしたもんかな」
独りごちたとき。ガサリと緑が揺れた。
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