22 バトル漫画並みに熱いリューセイVSハイロ


 大木に乗り上がったハイロが、落ちている石や木の枝などをPSIで宙に持ち上げる。


「木の上から見物ってか? でも残念だったな。俺木登り超得意だぜ」

「軽口を言ってられるのも、今のうちだ」


 ハイロが手をクイッとやる。宙に浮いた物質たちが一斉に俺に向かってきた。


「いいさ、すぐ引きずり降ろしてやんぜ!」


 まず石。握り拳くらいの大きさだった。そいつをキャッチして、飛来する石を殴りつけて叩き落とす。次に尖った枝。身体に刺さらないように指で挟んで、尖った部分をパキリと折る。

 ここまで二秒くらい。その動作をPSIが飛んでくる間中続けた。

 ラッシュ。ラッシュ。ラッシュ。そのすべて叩き落とす。

 やがて弾が無くなってきたころ、ハイロを見上げる。


「こんな軽いモンばっかで良いのか? この程度だったらPSIを使わなくても――」


 ハイロが居なかった。

 すぐに周囲を確認する。どこにも居ない。

 そのとき、背中に打撃。


「俺が物理攻撃を全くしない貧弱野郎に見えたか?」


 身体が傾き、地面が迫る。しかし俺は不安定な体勢から瞬時に片手を地につけて、そのままハンドスプリングでハイロから距離を取った。


「フン……流石の運動能力だな」

「やりたかなかったよ。無理な体勢は手首を痛めちまう」


 だが、片手を着かなければ今の一発で俺は負けていた。

 初っぱなから――ハイロは全力だ。


「驚いたぜ、俺の頭上から降りてきたのか。でもそれならそのまま頭上から踵落としのほうが良かった。ま、そっちも俺の棘髪トラップが待ってるけどな」

「フン……早くも初撃ダメージの考察とは。流石は俺が認めた男というわけか」

「だからそのバトル漫画のセリフみたいのをやめろって言ってんだよ!」


 いい加減恥ずかしい! こいつは素でこれをやるからな。厨二的な属性の常識人じゃなくてナチュラルだからなこれ。もう自分をそっち系の世界の住人だと思っちゃってるからな。


「お前は……入学初日で俺から地位と名声を奪った。俺は……今日それを取り戻すッ!!」

「は? 地位と名声?」


 一体何を言ってるんだと思ったが、俺はハッ――と閃く。

 おそらくハイロは相当イメージ作りをするタイプだ。だからトップの成績で入学した一年生サラブレッドである自分に酔いまくっていたに違いない……漫画キャラ感増すしな。

 つまり、もしかすると……俺(ナルメロ)の登場によって若干ハイロの印象が薄くなったことを気にしているのかもしれない。あの校庭での惨劇後のA組の反応がその証拠だ。


「ぷはっ、だからクラス委員を譲るのも不服そうだったのか!」

「俺は……光を掴むッ!」

「いや意味わかんねえから! それにお前はどっちかというと影の者だろ!」

「うるさい黙れ! バトルに集中しろ、進導リューセイ!」

「だからバトル言うな!」


 ハイロが指クイをする。それ絶対PSI使用に関係ないただの格好付けだよな、とかそんなことを思っていると、俺の身体が低く浮き上がった。そのままハイロに向かって直進し――、

 ハイロの膝蹴り。俺は瞬時に両腕でガードした。


「……フン」

「……くっ」


 なんとか背中を着けないように身体を転がしながら、ハイロから距離を取る――が、ハイロは距離感など関係なく再びPSIをかけてくる。

 ふわりと身体が浮いたかと思いきや、今度は地面に叩きつけられた。


「ぐっ――」


 地面に叩きつけられるたびに身体がバウンドする。絶対に両手は着かない。しかし、そればかりに集中しているといつの間にか死角に入っていたハイロの蹴りを食らう始末。


「結構良い蹴りしてんな……小学生のとき空手やってた口だろ」

「…………往生際の悪い奴だ」

「生憎泥臭い男でね。でもあれだな、引力で俺を叩きつける力は物質を吹っ飛ばすほどのパワーは出ねえみたいんだな……サイコエネルギーを生き物にかけるのは苦手か? 天才」

「……フン。減らず口を…………来いよ。見せてみろ、お前のPSIを」


 ちょっと待って。あれ……これ、普通に熱くない……!?

 今の俺とハイロめっちゃ格好良くない? マジでバトル漫画みたいになってきやがった!


「…………くぅ」


 身体を起こしつつ、唸ってしまう。燃えるわ……これは熱い。男子が憧れる少年漫画だわ。

 でもこのままじゃジリ貧だ。いずれ背中か両手を地面に着けさせられちまう。

 もうちょっとだけ、俺はこの時間を楽しみたいと思った。


「そう焦んなよ……じっくり楽しもうじゃねえか、今……このときをよ」

「楽しい想い出で済めば……いいけどな」


 あ、これ俺もハイロの仲間入りしてるわ。コイツの言うセリフにいちいち胸が熱くなっちまう。なんだろう、乗せられやすい性格してんのかな……俺。

 ハイロがふわりと宙に浮き上がり、付近の密林よりも高く上昇する。


「おうおうさっきからプカプカプカプカしやがって。この卑怯者が!」

「卑怯ではない。それにプカプカじゃない! サイコキネシスを自身にかけているだけだ! 撤回しろ! 進導リューセイ!」

「撤回好きだなお前も……まあいい、引きずり降ろしてやるよ」

「フン、さっきも聞いたような気がするがな……一体いつ引きずり降ろすんだ? ん?」

「うっざお前うっざ! 揚げ足取りやがって! 煽りイケメン野郎……クソ、見てろよっ!」


 試して――みるか。

 いつものようにサイコエネルギーを脳から大地に流す過程で、両足の裏に三対三くらいに分散させ、留める。使ってすぐにバテることがないように、細かな匙加減に集中。


 俺のPSIは身体強化だ。しかしそれはわかりやすく分類されているだけであって、俺が適性のあるPSIの本質的なものとはことなる。


 ――そう何度もスニーカーを台無しにしてられないからな……。

 足裏の皮膚から数センチ離したところをPSI発動の起点にする。肉体を巡り、立ち上っているサイコエネルギーをバネのようにして、中心でブースターを起動させるイメージ――!


 ドゥ――! と俺の身体が尋常じゃないスピードで空中へ勢いよく吹き飛ぶ。

 どうやら俺は、肉体にサイコエネルギーを纏わせて長時間留まらせたり、筋肉の活性化、自分の身体をバネにしてエネルギーを体外に放出する能力に長けているらしい。

 俺のPSIを目にしたハイロが、一瞬目を見開く。


「……フン。所詮は所詮」


 俺の足裏ジェットの軌道から、自分を捕らえることはないと踏んだのだろう。余裕の笑みを見せつけてくる。所詮は所詮ってなんだよ。


 ハイロの予想通り、俺の軌道は彼から逸れてやや上方へ抜けてしまう。だけど、俺は諦めなかった。なんとかハイロを地上に落としてやる!


「うぉ、おぉぉ、ぉぉっ!」


 宙であわあわしつつも、俺はハイロの上半身にしがみつくことに成功する。しかし――、


「う、うわああああああ、やめ、辞めろクソがッ……!」

「あ、悪りぃ」


 勢い余ってハイロのイケてるヘアスタイルに両手をかけてしまう。悪気はないんだ……っていうか本気でやりあってる最中でも髪型気になるか……相当だな。

 悪いとは思うが俺はこいつにしがみつくことしかできない。そのせいで、ハイロ自慢のツンツンヘアがみるみるうちにへたっていく。


「クソッ、髪に触れるな! 離せ! このッ……俺を解放しろッ!」

「何が解放だ……この高さだぞ? プカプカしてるお前から離れたら怪我しちまうだろうが」

「プカプカしてない、サイコキネシスで浮遊していると何度言ったらわかるんだ! あといい加減髪に触れるな! このデカブツッ――クソっ……重いんだよ、このっ!」


 ハイロが無理矢理俺を地面に叩き落とそうと、俺の腕にギュッと爪を立ててくる。


「痛ッ! ハイロ、てめ、爪立てるなんて男らしくねえことしやがって!」

「お前こそ人の髪型を崩しやがって、男らしくないんだよ!」

「なんで髪型崩したら男らしくねえんだよ意味わかんねえ! 寧ろ若干崩してるくらいがワイルドでカッコイイだろうが! それが嫌ならジェルでガッチリオールバックにでも固めとけ! お前の髪型で激しい運動をすれば崩れて当然なんだよ!」

「お前はサラリーマンのオッサンか! いつの時代を生きてやがる! それにこれは運動じゃない! 戦闘だ! クソ、早く髪から手を離せ! あああああああああもうぁぁぁぁぁ!!」

「もう我慢ならねえ! ずっと思ってたが、なんだお前のそのファイナルファンタジーみたいな尖った髪型は! 明日から坊主にしてこい! 嫌なら俺がバリカンしてやる!」

「昭和の教師か! それに尖ってるっていうならお前のほうが尖ってる危険だろうが! この頭髪凶器野郎! お前こそ丸刈りにしてくるんだな!」

「これは髪質の問題で」

「そんな髪質があるか! 存在アニメかお前!」

「ああもう傷ついた!」

「黙れこのクソ野郎! さっさと髪から手を離せ! うぁぁぁぁぁぁあああああああ!」


 髪の毛に触れられるあまり、ハイロが怒りのパワーでついに限界突破したみたいになった。


「……う、あ、ぁぁ…………」


 え……? 白目剥いてる。なんで……? こんなときにあんまり笑わせないでほしい。


「何が何でもお前を離してたまるか! このまま俺と地上に降りてプロレスごっこだ」

「何がプロレスだふざけるなクソッッ――! このままじゃ最悪の結末を迎えてしまうぞ!」

「うはっ、笑かすなお前マジで」

「ふざけるな! 俺は本気だ! なのにお前が意味のわからない展開に持って行きやがって」

「お前の脚本通りになんかさせねえ! 俺は絶対にお前を離さない、邪魔しまくってやる!」


 さっきまで格好良い展開だった筈なのに、俺たちは空中で阿呆みたいな絡み合いをぽかぽかと続けていた。何これ。表面上はシリアス気取ってるけど、今にも笑っちまいそうだった。


「俺の髪に触れるくらいなら死にさらせェェェ! んおおおおおおおぉぉぉぉぉ!」

「ハイロが壊れた! てか怖ッ、そこまでか! そこまで大切かその髪型!」

「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」


 ハイロの周辺でパチリと碧色の火花が散る。


「え、熱ッ、なんだ!?」

「俺に触るな、このクソ野郎が」


 ハイロがそう言った瞬間、俺は弾き飛ばされた。


「くッ――」


 数メートルは吹っ飛ばされ、大樹に衝突していた。ジャージはびりびりに破れていて、俺は自慢の肉体を露出することを余儀なくされる。


「……火傷してんな」


 向かいの空に浮かんでいるハイロを見上げる。

 プラズマっぽいものを辺り一帯にパチパチさせながら、両手を開いて万能感全開の神にでもなったようなハイロがゆっくりと地上に光臨する。ホント好きな、それ。

 上半身だけ破ける俺の服……バチバチオーラを立ち上らせた静電気で髪型が大変なことになっているハイロ。マジでドラゴンボールじゃねえか。


「……覚醒、しただと?」


 どっちにせよこの展開は最高にカッコイイ。俺はこのビックウェーブに乗ることにした。


 ――俺が解放しちまったってのか? お前が必死にセットした髪型を崩したことで? それは一体どれほどの……? お手軽だなお前のPSI成長法。

 でもいい加減これはお遊びでは収まらなくなってきた。謝っても許してくれなそうだ。


「…………言い残したことは、あるか」


 神からの洗礼を受けた教祖のように、静かな声でハイロが言った。


「そういえばこれ、クラスマッチの最中だったな」

「……実につまらん最期だったな、進導リューセイよ」

「とりあえずお前はあとで保険室な」


 ハイロがゆっくりと俺に向かって手のひらを突き出してくる。

 まさか――そこから……いやいやまさか……ハイロのPSIはサイコキコキフェスタだ。いくらなんでもエネルギー弾を放射するだとかそんなことは……。


 俺の心の声を裏切り、ハイロの手のひらに野球ボールほどのサイコエネルギーが凝縮する。目に見えない筈のサイコエネルギーが直視できるほどに。


「…………これはアカン」


 つい関西弁になる俺。ちょっと洒落にならない感じになってきた。本気で死んじまうぞこれ。


「…………なあハイロ」

「…………」

「悪かった。お前の髪型は最高にカッコイイ。世界一だ。この勝負は、お前の勝ち――」


 ハイロは、口角をゆっくりあげて――、

 人差し指と中指を額に合わせて、スチャ――っとやった。


「…………あばよ。俺の――好敵手(ライバル)」

「うわああああああああああああハイロやめてえええええぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」


 たった今、超圧縮された高次元エネルギー弾が放射された。

 世界が今、終わろうとしている――――――。それは言い過ぎだとしても、これ消し炭とかじゃなすまなくねえか。俺の身体軽く消滅するんじゃねえの、これ。

 ああ……終わっ――――



『かってに しなれては こまるのだがな』



 勝手に動き出す俺の右腕が、音速で向かってくるエネルギーの塊を、手のひらでパシュン――と弾き飛ばした。


『われの からだだしな ぱんけーき たべたいしな』


 ホームラン。碧色の球がもの凄い速さで飛んでいくのを俺は辛うじて目で追った。瞬間――チュオーンというSFチックなSE音。

 エネルギー弾が通過した一帯のジャングルが消え去って、その行き着く果て――全長五十メートルにもなる堅牢な秘密学園の壁にぽっかりと大穴が空いてしまった。


『おおっ――と!? なんか凄いPSIが秘密学園の外壁を消し去ってしまいました! 良いぞ良いぞ一年生もっとやれー! 多分外壁直せるエージェントの方もいらっしゃると思うので、気にせずバンバンやっちゃって下さい! 今日に限り、地球はキミたちのものだ~!』


 ミクノ先輩の実況に若干安心する俺。最高だな、PSIって。


「……………………」

「……………………」


 目の前のハイロは最期の力を絞り尽くした――いや、髪の毛の元気がなくなってしまったというほうが正しいか、髪も身体も萎びたキノコのようにしだれて、やがて両手を地に着けた。


「…………クククク、ククククク……黒ッ、黒かッ、黒……クククククッ」


 ヤバいハイロ。もうヤバいよ……。


「……ハイロ、お前……」


 心配する俺を余所に、ハイロはそのまま仰向けに寝転がって、晴れ晴れした空を見上げる。


「…………行け。お前に見せる面など無い」

「……だけどよ、ハイロ」


 ハイロは青空に手のひらを伸ばし、何かを掴み取るように拳を握りしめる。


「俺は……光を掴めなかった」

「ハイロ……」

「……いいから行け。敗者を……弄ぶな」


「いや普通にクラスマッチの最中だから。休憩してもいいけど、自分の仕事はしろよ?」

「…………フン。何を言っているのかわからない」

「こんなんで本当に優勝できるのかよA組! おい頼むぞお前! サラブレッドなんだろ!」


 ぶっちゃけ俺も途中で忘れてた。だが、こうして俺とハイロの因縁に決着がついたのだった。



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