21 くらえ、必殺凶器、イガグリ頭! キモいとか言うんじゃねえ!
「……お前、スパイだな!」
「さあ、どうでしょう」
くくくと笑いながら、彼が手のひらを平行に重ねる。まるで小さい子供が手裏剣を投げるようにシュシュシュ――。見えない何かが、俺たちの傍の枝を切断した。
「空気手裏剣ですか。わたしの敵ではありませんね」
碓氷さんがペットボトルを二本分を消費して氷のヘルメットを作成。それを俺に被せてこようとして、すんでのところでピタリと手が止まった。
「これではわたしが進導さんのバンダナの色を戻してしまうではないですか。反則行為です」
「前から思ってたけど、碓氷さんってわりと天然だよな」
「ヒーラーにしておけば良かったです。失敗しました」
碓氷さんはもう一本ペットボトルを消費し、ヘルメットの造形を修正する。バンダナに氷が触れない不思議なかぶり物を製作してくれた。それを俺の頭の上にそっと乗せてくる。
「とりあえずこれでしのいでください。落とさないでくださいね」
俺の頭部には氷のカッパ皿が乗っていた。そしてその中心からは柱が生えており、それが俺のバンダナを守るためにドーム状になっている。意味不明のかぶり物だった。
「いやしのげるかい! 工芸品にでもなった気分だぞ。マジでこれでいくの?」
「わたしはマジです。これで相手の空気手裏剣からバンダナを守れます」
そんな滑稽な俺たちを前に、赤バンダナの緑組スパイが笑う。
「ハッハッハ、なんだいそれ。それに意味ないよそんなもん。こっちは空気だ。ほんの少しの隙間さえあれば入り込める。圧を変えれば手裏剣みたいに鋭くも、クッションみたいに柔らかくもできるしね。まあ怪我はしないように気をつけるよ」
「聞きましたか進導さん。意味ないそうです、それ」
「ああ、なんとなく気付いてたよ。っていうか見てくれ、俺の髪が硬すぎて今このカッパ皿みたいなの微妙に浮いてるんだぜ」
「一体なんなんですか……そのおかしな髪は」
「俺が聞きたいわ!」
だから俺はかぶり物が死ぬほど似合わない。尖った髪の上に乗せるだけになるからである。まあ碓氷さんの世にも珍しい表情を見られたから良しとしよう。
「意外とやっかいですね、彼。ヘルメットの隙間から圧縮された空気を入られたらそれで緑組の勝ちになってしまいます。ヒーラーさんは退散してしまいましたし」
「あれ? ホントだ。いつの間に逃げたんだよ!」
「いやーん、だそうです」
「くっ……かわいいじゃねえか!」
「進導さんはお手軽ですね」
「それはどういう意味かな!?」
なんてことをやってる場合じゃないのは変わらない。俺は腹を括った。
「クソッ――やるしかねえ! いくぜっ……!」
俺は碓氷さんが製作してくれた氷のオブジェを持ち主に返却して、スパイに突っ込む。
「進導さん、血迷ったのですか! わたしの素晴らしい作品を置いていくなんて!」
「その件に関しては全く血迷ってないと思う! センス大丈夫か碓氷さん!」
相手がシュンシュン飛ばしてくる透明の刃からバンダナを死守しつつ、俺は超スピードで駆け抜ける。
「くらえ、必殺――イガグリ頭!」
相手の腹に向かって、俺は超ド級の頭突きを喰らわす。
「ぐはっ……え、つか待って。嘘……痛たっ、なんだこのPSI! キモっ!」
「PSIじゃねえよ自前の髪だ! キモくねえし!」
相手の懐に自分の頭部をぐりぐり押し付けながら相手の両腕を拘束する。こうしていればとりあえずバンダナが狙われることもないだろう。クソ格好悪いけど。
「進導さん。とても格好悪いです」
「ほっとけや! そういうの良いから早くこいつをなんとかしてくれ」
「クソ! 卑怯だぞ! 正々堂々PSI勝負をするべきだろう!」
「PSIばっかに頼ってると身体がなまっちゃうぜ、アンタ……筋トレはしてるかい?」
「何微妙にキメてんだよ! アンタ自分がどういう体勢わかってるわけ!?」
「うぅっ……ああもう、早くなんとかしてくれよ碓氷さん!」
「……フン。その必要はない」
聞き覚えのある声。次第に相手の身体がふわりと宙に浮かび上がった。
「な、な、なんだっ……!? 身体が浮いて……」
やがて、ザッ、ザッ――と一定のリズムで樹木の影から姿を現したのは、青のバンダナを巻いた我らがイケメンハイロ。暗がりから登場したせいか、手を翳して一瞬眩しそうに目を細めた。この演出までハイロ脚本なのかな? もう慣れっこだぞ。
ハイロが指をパチンと鳴らすと、スパイの彼は何処か遠くへ吹っ飛んでいった。最強過ぎか。
スマホで自分のバンダナの状態を確認する。ところどころ白くなってしまっているが、六割は埋めてない。本気で危なかった。
「助かったぜハイロ。でもお前、青組に潜入中だったんじゃ?」
「フン。俺は……待っていたんだぜ、今日の……この日をな」
「今日? なんかあったっけか」
ハイロが一瞬「嘘だろおい」みたいな顔をしたが、彼はすぐに得意げな表情に戻った。
「お前と戦える……今日の日を」
「……あ、ああ! そういえばそんな約束したな、入学初日に」
正直忘れていた。そうだ、コイツ俺が了承しないと教室に戻ろうとしなかったんだ。未だにわけわからんわ。なんだあれ、理不尽すぎだろ。なんかだんだん腹が立ってきた。
「あのときはクラスマッチが良くわからなくてテキトーに言っちまったけどさ、良く良く考えてみたら……俺たち同じクラスじゃねえか」
「…………それは関係ない」
「いや関係あるだろ。仲間割れになっちまうんだから」
「よく考えてみろ、さっきのスパイも含め、周りは雑魚ばかりだ。俺と……お前がいる1-Aが負けるとでも思っているのか? ……フン。解答として俺は思わない。クラスマッチ優勝――、そしてお前とのバトル……どちらも当然俺は勝ち取るぞ」
「素でバトルとか言うな。恥ずかしい」
どうやらハイロは俺の実力を随分高く見ているらしい。まあナルメロの能力を評価してるんだろうが、それでも学年トップの実力者に認めてもらえていることに俺は俄然燃えてしまう。
……俺だって、日々自分のPSIを磨いてきた。一度くらい、自分の肉体とPSIを駆使して、ガチでハイロと腕比べをしてみたい……。
「……そんなに言うんだったら、受けて立つよ。でも、決着が着いたらお前速攻で青組行ってキング狩ってこいよ。絶対に1ーAが優勝するんだからな」
「フン……当然だ。俺と――お前がいるんだぞ」
もうこれでもかというくらいにキメ顔を見せつけてくる。ライバルにだけ見せる一面的な。
「あのさ……ちょっと、……そういうの、恥ずかしいから……やめねえか」
「……? なんのことだ」
「お前は素でやるから怖い」
いや、嬉しいは嬉しいんだ。お前から認められて。ただ、恥ずかしいだけなんだ。
そこで、こちらを見つめていたディフェンダーの二人に気付く。
「すまねえ二人とも、ハイロと約束してたんだ。見逃してくれねえかな」
「わかりました」「え、碓氷さんそういう感じ?」
了承する碓氷さんと、その横で驚いているディフェンダーの女子。とりあえず二人には捉えた青組アタッカーの管理と、周囲の警戒を担当してもらうことになった。
碓氷さんの目が、少しだけ厳しくなった気がする。俺がナルメロの力を使うと思っているのかもしれない。だが残念だったな、絶対に見せてやらないぞ。
『なして』
なんだお前、起きてたのか。まあ今回は俺にやらせてくれよ。
『どうせ まける』
負けねえよ。俺だって必死に毎日練習してきたんだ。PSIも、筋トレもな。
俺とハイロは一時的にバンダナを取り外し、安全な場所に保管した。
「ハイロ、勝負の方法はどうすんだ」
「……フン。命まで奪い合うつもりはない」
「あたりまえだろうが!」
「ならば、地面に両手か背中を着いたら負け、というのはどうだ」
「ああ、良いね。一本背負いでお前をKOさせたっていいわけだ」
「できるものならな」
ハイロがふわりと宙に浮く。
「おーおー得意げに浮いちゃって。そんな無駄遣いして、すぐバテちまうんじゃねえの?」
「今日の日のために万全の準備をしてきた。体力もサイコエネルギーも有り余ってる」
「そうかいそうかい、じゃあ始めようぜ」
「行くぞ――進導リューセイッ!」
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