20 何事も、マニュアルはちゃんと読みましょう

◆勝利条件

・定刻までに最もポイントが高いクラスの勝利。

・スパイが敵キングのバンダナを白に変色させること(その時点でゲームセットとなる)。



◆各ポジションについて

・キング(一人):バンダナのポイントが通常の三倍。自軍のパーソナルエリアを離れるごとに減点。また、キング自身のバンダナが自軍の色を保っていない場合、ポイントがバンダナ色の対象者に継続的に吸われていく。敵キングへの攻撃はペナルティ。


・アタッカー(四人):全ポジションへのPSI攻撃が許されている。


・ディフェンダー(二人):普通のバンダナを着用するため、PSIによる攻撃を受けても色が変化せずポイントは変動しない。アタッカー、スパイにのみPSI攻撃が許されている。


・ヒーラー(二人):他者のバンダナ色を自軍色に戻すことが許されている。また、特殊なリストバンドを着用することで治癒後のプロテクト時間は120秒となる。敵チームへのPSI攻撃はペナルティ。


・スパイ(一人) 敵陣のバンダナを着用し、(サイコエネルギーの属性は変わらない)敵陣からゲームスタートするアタッカー。敵キングを白バンダナにすれば、勝利することができる。




「ハイロがスパイで、碓氷さんはディフェンダーだよな」

「キングをお守りします」

「はは、頼もしいよ。個人的には俺もアタッカーかディフェンダーをやってみたかったけど」


 だけど、むしろこのポジションはありがたかったかもしれない。


『われも ばとる したいがなあ』


 今日お前はお休みだ。大人しく俺の応援でもしててくれよ。


『くそだ もうねる』


 ナルメロが拗ねてふて寝を始めたとき、ジャングル一帯に大きなブザーが鳴った。


 ――ザ・クラスマッチ、開幕。


「うぉっしゃああああああああ! 先生のGカップを見せてもらうんだぁぁぁぁぁ!!」


 1ーAアタッカー男子四人が雄叫びとともに散らばった。

 いつも性に振り回されてるな、こいつら……。あの事件で最後まで残ったまとめ役と録画担当はあのあと大変な目にあったらしいが、まったく懲りていない。


 おっとり天然で巨乳の我らがA組の先生は、碓氷さんに負けず劣らずマドンナ的な扱いだった。先生が「ダメですよ! 絶対に見せませんからねっ!」と釘を刺しているのに、馬鹿な男子たちは逆にそれがそそるらしい……。

 まあわからんでもないけど。いや……次はもう無い。絶対にいかんぞリューセイ。


 何はともあれ、いくつになってもこの手のイベントはワクワクする。やるなら絶対優勝だ!


『さぁー! 今年も始まりました、ザ・クラスマッチ、PSIを覚えて間もないウブな一年生部門! 司会は風紀委員長でお馴染み2ーAのわたくし憶瞳ミクノでお送り致しま~す!』

「……は!? 聞いて無いぞそんなこと! 昨日ニヤニヤしてたのはそういうことか!」

「隣でわたしも一緒にニヤニヤしてました」

「なんで!?」


 碓氷さん、そういうところある。

 俺は自分より頭二つ分は背の低いディフェンダー二人の背後に立つ。どこもかしこも木や草ばかりで、隠れる場所が至る所にあるジャングル。この競技には打ってつけだな。


 注意すべきなのはスパイだ。A組にはC組のスパイが紛れ込んでいる。そいつに俺のバンダナを白にされてしまったら、その時点でC組の勝利が確定してしまう。


『このゲームは生徒たちの自主性や協調性を深めると同時に、組織だった行動の規範にもなります。つまり、エージェントになるための要素が多分に含まれた伝統的な競技なのです! ……とはいえ、皆さんはうら若き一年生なので、そういう面倒な部分は考えず、お祭りだと思って盛大にはっちゃけてくださーい! ……あ、因みに、ここでの活躍が評価されて配属先が決まった先輩もいるって話しですよ~!』

「最期の一言でハメ外しにくくなるんじゃね? ったく意地悪だなーミクノ先輩」

「大丈夫ですよ。一年生のクラスマッチなんてお遊戯会みたいなものです」


 一年生であるはずの碓氷さんがしれっとそんなことを言った。もはや隠す気も無いご様子。


『ルールはマニュアルを見ていると思いますので割愛します! 注意点が二つ。バンダナの色は変色させてから三十秒間プロテクトされるという点と、赤組(A組)、青組(B組)、緑組(C組)それぞれのサイコエネルギーが混合して変色した白バンダナは通常どのクラスにも0ポイントの無得点ですが、敵陣に潜り込んでいるスパイがキングを白バンダナにした瞬間にゲームセットとなってしまう逆転要素がある点です。これでグッと戦略の幅とエンターテインメント性が広がりますね~! 組同士のPSI接触で何色になるかわからない人は、三原色をググって確認してみよう!』

「1ーAの十人が全員赤バンダナなら、一人5ポイントだから50ポイントってことか?」

「キングは三倍で15ポイントなので、今現在はどの組も60ポイントです」

「あ、そうか。……もし青組とやりあって相手の一人をマゼンダ色にさせたら……赤組の総合が65ポイント、青組が55ポイントになるってことか……」

「……ワザとやってるんですか? 中間色はどちらにも得点が入りますとさっき言いましたが。赤組の総合が63ポイントになり、青組が58ポイントになります」

「うっ……計算は苦手なんだよ。めんどくせえ! 勝てば良いんだよ勝てば! わははは!」


 俺が高笑いを浮かべたとき、ザザッ――と草木が揺れた。


「進導さん。すでに戦いは始まっているようです」


 碓氷さんが身を屈めたとき、茂みの中や樹木の影から青バンダナが現れる。


『おおっと~? 赤組キングの元にさっそく青組の襲来! あ、因みにクラスマッチは競技ではありますが、優秀な治療部隊が至るところで待機してますので、好きに暴れちゃって問題ないです~。でも人体欠損とかはグロいので出来れば辞めてね。とは言いつつ、怪我をしないでというのもこの秘密学園では無理な話なので、死なない程度に頑張ろう! エージェントになったら日常茶飯事になりますからね~! 皆さん、この機会に慣れてくださいね!』

「体育祭くらいの感覚でいたのに! トンデモねえな! 俺たちこの学園に殺されるぞ!」


 って――言ってるそばから青バンダナの女子が跳躍し、細長い腕が突き出る。

 びゅるりと伸びる爪先が、俺の額を引っ掻く。


 ――クソッ……やられた! バックステップし、間合いを確保してから俺はスマートフォンを鏡代わりにバンダナを確認する。赤い表面に青の引っ掻き傷ができていた。


『バンダナは六割変色しなければ変色したとは認めませんよ~! 影響範囲の小さいPSIの人は一工夫しないといけませんね~! 青組、人選ミスかぁ~!? マニュアル読んだ~!?』

「えっー! そんなの聞いてなーい!」


 愚痴をこぼす青バンダナの女子。すぐ近くの碓氷さんが「ほら」というしたり顔で俺を見つめてきた。はい、すいません。マニュアルは大切ですね。


「もー! 普通のバンダナ争奪合戦だったらウチの勝ちなのに~!」


 ぷりぷり怒るマニキュア女子に目を奪われていたとき、青バンダナの男子が飛び上がる。


 ――しまった。これはワナだ!

 頬を膨らませた男子が思い切り息を吹くと、シャボン玉が無数に吹き出した。それらはノータイムで俺に向かってくる。結果、顔面にPSI攻撃を浴びてしまった。

 背後を振り返る。

 潜んでいたもう一人の青バンダナ男子が、大口を開けてシャボン玉を吸い込んでいた。


「吸引力の違いを見せつけてやるぜ」


 お前は掃除機か。やたらキメ顔だが、あんぐり口を開けるPSI使用時の格好は偉く格好悪かった。同クラスのマニキュア女子がブーイングしている。


「醜い形相。ああはなりたくないものです」

「碓氷さん、そういうこと言っちゃダメ!」


 いやでもやっぱ気色悪りぃな。だってあのシャボン玉そこの男子から出たモンだぞ。それを吸ってキメ顔で喜んでるんだぜこのダイソン男子。マジか……。

 だがしかし、早速俺のバンダナは全面マゼンダ色に染まってしまっていた。


「良し。あとは緑組のスパイに備えつつ赤キングを死守だ。他の奴らを狩るぞ」


 ダイソン男子が企み顔で言った。

 キングである俺がマゼンダ色ということは、継続的に青組にポイント吸われている状態になる。だが俺たちのエリアに潜んでいるはずの緑組スパイが俺を狩ってしまうと、その時点でゲームセットになる。だから自ずと緑組スパイから守ってくれる形になるわけか。


 だからといって、自分たちのバンダナをみすみす俺たち色に染めさせる気はないようだ。彼らは俺たちから一定の距離を保ったまま警戒している。


「初手は相手のPSIも読めませんから、仕方ありません。甘んじてこの失敗を受けましょう。ですが……そこまでです」


 碓氷さんが手のひらを合わせる。シャボン玉男子のシャボンが突然凍ってワイヤーのように伸び、そこら一帯に蔓延るアタッカーを纏めて拘束する。ここまで、コンマ一秒かかってない。


「わたしのPSIは、製作過程であるという理由付けさえできれば、完成までの間を自由に操れます。そして――ここまででワンプロセスです」


 碓氷さんが、背負っていたリュックサックからペットボトルを放る。やがて氷の杭がワイヤーと合体し、地面を打ち込まれる。拘束された側が状況を追えないほどの速度だった。


 碓氷さんは追い打ちをかけるように新たなペットボトルから水分を抽出し、彼らの手足に頑強な枷を取り付けた。おまけに氷のアイマスクで視界も封じた。なんか犯罪っぽい。氷の色が黒いから、液体は珈琲とかコーラを元にしたんだろうか?


「視界を頼りにしたPSIも多いです。真っ先に目を潰すのです」

「碓氷さん怖い! 真っ先に目を潰すのです、じゃないよ。いつか目潰しとかやりそうだよ」

「わたしは怖くありません。真に怖いのは目前の問題に何もできずにいることです」

「そうじゃなくてさ……でも大変だな。水場がなきゃ水分持ち歩かなくちゃいけないのは」

「最悪体内の水分も使えるので、そこまで不便ではありません。常に水分補給してますし」


 碓氷さんが経口補水液をごきゅごきゅキメる。彼女が常に脱水症状と隣り合わせなのを知って驚愕する。ちゃんと様子見ておこう……干からびた碓氷さんなんてみたくない。


 一方でもう一人の味方ディフェンダーがわーわー叫びながら、拘束されて横たわる連中のバンダナにぺたぺたと触れる。すると、青いバンダナがすべてマゼンダ色へと変色した。


「三十秒後、もう一度サイコエネルギーで触れればポイント総取りです」

「上手く行き過ぎて逆に怖い」


 三十秒の間に碓氷さんは近場のヒーラーと連絡を取り、俺のバンダナを赤色に戻す段取りを取ってくれた。その間、俺は赤組に潜んでいるスパイについて考える。


「そいつ(青組ダイソン)も言ってたけど、今の状況ってかなりマズいよな。俺は今マゼンダだから、何処かに隠れてる緑のスパイが俺を攻撃したらゲームセットってわけだろ?」

「そうですね。ですから初手でキングを狙うことは諸刃の剣なのです。継続的にポイントを吸えますが、第三者のスパイによって自軍が一発敗北する可能性があります。なので、アタッカーはキングを狙わず手堅くポイントを稼ぎ、終盤で忍び込ませているスパイが対象キングを白バンダナにして勝利する、というのが低リスクハイリターンなのではないかと考えます」

「……なるほどなぁ。でも青組アタッカーしか攻めてこなかったのはなんでだ? 緑組は?」

「それはこのシステムの性質状、各組のアタッカーの動きが粗方決まってくるからです。どの組もスパイによる一発逆転を視野に入れたいでしょう。わたしたち赤組は、青組と緑組が戦ってくれれば、青キングのバンダナがシアン色になりやすく、そこを青組に分した赤属性サイコエネルギーの斎孤さん(スパイ)が青キングを白色に持って行ける可能性が上がります。つまり我々が青組に進撃し、マゼンダ色を増やしたところでわたしたちにはメリットが少ない。ならば消去法で緑組を叩くほうが利口です。そして、それは相手も同じこと。自ずとアタッカーの動きは赤→緑、青→赤、緑→青になります」

「……? まあ良くわからねえけど、敵同士で争い合ってもらってるところでハイロがキメてくれれば優勝ってわけだ! 朝から姿見てねえけど、大丈夫かなアイツ……」

「青組アタッカー四人はわたしたちの手の内にあります。あとは赤ヒーラーに進導さんのバンダナの色を戻していただき、愚直にポイントを稼いでいければ、優勝は可能です」


 バンダナの色を自軍色に戻す行為は、ヒーラーでなくとも自分の物だけに限り許されている。というか、頭部にサイコエネルギーが接触すれば反応が起きて色が戻ってしまうのである。俺はまだ脳の中枢から大地に向かって流すことしかできないから、ヒーラーに頼るしかないが。


「すみません遅れました~」


 赤バンダナのヒーラー女子が、小走りで駆けよってくる。

 俺が手を上げたとき――彼女のバンダナが一瞬でイエローに変わる。


「伏せてください」


 突如、碓氷さんが俺の膝をカックンした。言ってることとやってることが矛盾してる!

 尻餅を付かされた俺は、ヒーラー女子を見上げる。


 彼女の背後に、赤バンダナを巻いた男子が一人佇んでいた。

 相手の顔を見て俺はすぐに気付いた。こんな顔のやつはA組に居ない。

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