19 ザ・クラスマッチ!


 秘密学園の敷地内にはトレーニングエリアという区画がある。


 森林エリア、高山エリア、洞窟エリア、海洋エリア、雪原エリア、砂漠エリア、火山エリア、空中エリア、市街地エリアなど、様々な状況下での活動を余儀なくされることの多いエージェントの実務経験を候補生のうちに補うことができる施設というわけだ。森林や高山はまだわかるとして、なんでこんな山奥に海やら雪があるのか俺にはわからん。きっと先輩のPSIでなんとかなってんだろ。火山エリア作ったやつは頭どうかしてる。空中エリアってなんだよ、一体どこを指してんだよ。俺は一人頭の中でツッコんだ。


 相も変わらず規格外の学園だなと思いつつ、これらのエリアは一部を除きエージェントとその候補生なら誰でも自由に利用することができる。基礎体力トレーニングをするも良し、自らのPSIを思う存分解き放ち、その効果を確かめることだってできるわけだ。

 PSIはモノによっては環境の影響を大きく受ける場合がある。碓氷さんなんかが良い例だ。だから空中エリアや火山エリアがあってもおかしくはないんだろう……本当か?


 もちろんレジャースポットとして使うのも良しだ。基本的には解放されているし、市街地エリアにはショップなんかもあるから放課後はそこへ向かう連中も多いみたいだ。

 そして今回、俺たちがやってきたのは森林エリアから派生して誕生した熱帯森林エリアだ。樹木が密生しジメジメした蒸し暑い広大なジャングル地帯。


 森林エリアのほうは夜を持て余した学生たちが肝試しコースに使ったり、恋愛やら青春スポットとして利用されているらしいが、一方で熱帯森林のほうは毎年一度行われる秘密学園のイベントに活用される。


 その名も――春の組対抗戦(ザ・クラスマッチ)。


 直射日光をカットしてくれる木漏れ日の下、頭部に赤いバンダナを巻き付けたジャージ姿のクラスメイトたちが、意気揚々と各々準備運動をしていた。


 ――いいか、今回ばかりは絶対出てくるなよ。ナルメロ。


『でもな りうせいは きんぐ なんだろう よわくていいのか』


 だとしてもだ。みんな今日のためにいっぱい練習してきたし、それぞれ自分の能力を磨いてきたんだ。それに、今回ばかりは人目に付きすぎる。


『ならば せめて つめを のばせというのに』


 何度も言わせんな、俺は女子じゃねえぞ。戦いのためとか言って、ペディキュアのマニキュアを俺に塗ろうって魂胆だろ? わかってんだよこっちはお前の企みなんざ。させるか!


 俺は、空にふわふわと浮かんでいるモニターを見上げる。観客席が映し出されていた。私服姿の人も居るし、黒服(エージェント)もいる。


『あれが おおびい というやつか えらそうな やつらだけどな』


 実際偉いんだよ。先輩なんだから。宇宙人には上下関係ってのがないのか?


『りうせいは きょうしゃに まかれるやつか よわいな』


 そう見えるか? でも残念だったな。俺は例え目上の人でもおかしいと思ったら反対意見をぶつけるタイプだぜ。俺はたんに年上を尊敬してるだけだ。先輩だろうと先生だろうとな。そういうのは弱いって言わねえ、相手に対する敬意ってんだ。ナルメロ。


『それは りうせいが われに いだく かんじょうの ひとつ』


 勝手な解釈をされてるが、まあ俺もお前を敬ってる部分もある。そういう理解で良いぜ。


『はう なるほどな それは よいものだな』


 素直だな。お前の良いところだ。とにかく俺が言いたいのは、今回こそ目立たずにひっそりやり過ごすことだ。この間の長老に怒られたばっかだろ。

 この間の風紀活動は長老的にも大打撃だったらしく(当たり前か)、「お主マジなんなの? 殺すよ?」と中坊並みにガチギレしてた。そろそろナルメロごとぶち殺されるかもしれない。


 まあでもせっかくの祭りだ。皆のためにも1-Aが優勝は頂く。そのほうが楽しいしな。

 汗の滲んだ拳を握りしめたとき、クラスメイトに肩を叩かれた。


「今回も頼むぜリューセイ。入学初日のあのウルトラパワーで襲いかかってくる他クラスどもを一網打尽にしてくれよな!」

「お、おお……やるからにはマジだぜ」

『まじだぜ』


 マジでお前はダメ。それに俺だって地道に自分のPSIを磨いてきた。一度くらい、自分の肉体とPSIだけで1-A優勝に貢献してえんだよ。


『つまらぬ』


 ナルメロがしょげた感じで言った。最近、なんとなくコイツの感情がわかるようになってきた。今のは落胆6、冗談2、うずうず2ってとこか。言葉で説明できない不思議な感覚だが、自分の精神と混じっているからこそ直感的にわかる。今回ばかりは絶対やらせねえ。


 ザ・クラスマッチ開催の時刻が迫る中、俺と関わりのあるポジションの生徒が集まってくる。

 その中には、碓氷さんも居た。彼女は俺をチラリと確認してから、スッ――と横に並んだ。


「……頑張ろうぜ、碓氷さん」

「……宜しくお願いします」


 あの日以降、碓氷さんとの間には気まずい雰囲気があった。

 彼女のことを長老に話そうか悩んだが、やっぱり気が引けた。彼女が秘密結社にナルメロのこと報告しているか、わからなかったからだ。あの日から今日まで、特におかしなことは起きていない。碓氷さんの行動も、至って普通のエージェント候補生によるものだ。


 もしかしたら、碓氷さんはナルメロの抹殺を諦めたのかもしれない。俺の中にグルミン星人が存在していることを知りながら、抹殺するほどの驚異は無いと判断し、見逃そうとしてくれているのかもしれない。

 そんな風に、俺は自分に都合の良いことばかりを考えてしまっている。自分の命がかかっている以上、もっと慎重に疑り深くあるべきなのだろう。でも、この考えは俺が俺である以上変わらない。碓氷さんはこの学園で初めて出来た友達だ。絶対に敵対したくない。


 だから、彼女が動かない限りは長老に話すつもりはない。そんなのフェアじゃない。

 ……とはいえ、この気まずさが続くのも辛かった。喧嘩したわけじゃないが、早く彼女といつもの関係に戻りたかった。なんとか楽しい話題を見つけようと色々考え、ふと思い当つ。


「あれ、そういやハイロが居ねぇな。もう始まるってのに、アイツどこ行った」

「斎孤さんはポジションの性質上、スタート地点がわたしたちとは違います。進導さん、マニュアルは読みましたか?」

「あ……俺、そういうのはあんまり読まないタイプで……」

「呆れます。それを人は怠惰と呼ぶのですよ。エージェントのミッションにおいて、最も優先されるべきは順序です。現場は段取りが八割。与えられた役割に愚直であるからこそ、達成することができるのです。進導さんは勝利の神髄を心得ている方だと思っていましたが、違ったようですね。それで1-Aのキングが務まるのですか」

「……なんか、すいません。今からでも読みます」

「こちらがマニュアルです」


 無表情で手渡されるマニュアル。厳しい。いつもの1.5倍くらい厳しいよ碓氷さん。俺はなんとか不穏な空気を取っ払うために明るく話す。


「あ、あれだよな、とりあえずサイコエネルギーに反応する特殊なバンダナに、自分のPSIを与えて自軍の色に近づければいいんだよな?」

「わたしたちA組のサイコエネルギーは赤反応。B組の青バンダナに与えればマゼンダに、C組の緑バンダナに与えればイエローになります。三原色に乗っ取り、中間色のバンダナは両陣にとって共通の3ポイントになってしまいますが、もう一度PSIを与えれば、完全なる赤色に変色し、独占5ポイントとなります」

「それ最近知ったよ。サイコエネルギーに属性があるってやつ。そもそもそれでクラス分けしてるんだって? 中学のときに習った酸性、中世、アルカリ性に似てるよな」


 俺が毎回PSIを発動しようとするとき、黄土色に見えるのもなんか関係あるのかな。因みに授業ではまだ習っていないので、なぜ三属性に別れているのか知らない。


「あなたにはあまり関係ないでしょうからね」

「…………」


 チクチクくる。ナルメロの力を使ってるからってことか? くぅ……。

 とりあえず、勝利条件と各ポジションだけでもおさらいすることにした。


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