18 流石にバレたよなぁ……はいじょするかってするかっ!


「水嶋ネネが……二人?」


 俺から封筒を奪ったほうの水嶋ネネの身体が、徐々に溶けていく。人肉から内蔵から何まで身体の枠から溢れ出すみたいにドロドロと。

 そんなグロテスクな光景を目の当たりにする俺たち。ハイロが吐いた。


『そんなばかな ねねさま ふたり』


 ナルメロの動悸が激しくなる。そんな中、ミクノ先輩がふむふむと一人で納得していた。

 俺たちの前には、ぐにぐにのスライムみたいなヤツが居た。


「なるほど、メタモル星人か。なんとなく状況が読めてきたぞ~」


 ミクノ先輩がメタモル星人とやらに近づく。しかし相手はぷるぷるの体でそそくさと逃げ去っていく。薄紫色の身体の中には、俺から奪った封筒が取り込まれていた。


「とりあえず現行犯逮捕だ! いけ、ワメリカンマッチョ侍メン!」

「いや俺今動けませんから! ちゃんと見て! あと俺はポケモンじゃねえぞ!」


 俺が叫んだとき、またどくどくと身体が熱を帯びていく。


『そんなわけがない まさか だまされた これは おこっていい あんけん』


 ――ナルメロ、落ち着け。良い子だから。


『われは いいこ だけど おこる』


 氷の拘束具を破壊し、俺はその場で空高く飛んでいた。わー……良い眺め。

 校庭での騒動の再来じゃん……おまけに今回はナルメロもだいぶ興奮してる。嫌な予感。


「ナルメロ、落ち着け。帰ったら美味しいパンケーキを作ってやる。ペディキュアだって有料の劇場版を見せてやるぞ? だから、今は落ち着こう?」

『たりない もっとだ』

「クソッ……だったら今度の休みで変身セットでもなんでも買ってやるよ! 休日は二時間身体を貸してやる! 鏡の前でコスプレごっこでもなんでもやってりゃいいじゃねえか!」


 もうやけくそだった。自分がペディキュアのコスプレをしているところを想像する。なんでそんなこと考えなくちゃいけなくなった……でもだって、俺の人生とペディキュアがこんなに関わってくるだなんて、普通思わないじゃないか……。


『われに こすぷれ しゅみはない それは きゃっかだけどな』

「要求するだけしといて酷くねぇかお前! 実は俺を辱めてるだけだろ!」

『だましていた われへの せきにんは らいぶちけっと だけなのだ それだけなのだ』


 俺の右腕には、可視化できるくらいのエネルギーが集まっていた。

 もしこれを街中にぶち込むんだりしたら……一体、どれだけの……!


『なにもかも はいじょ だ』

「うぉおおおおおおおおおおおお誰かなんとかしてくれぇぇ!」


 シュビン。俺は音速スピードに伴う衝撃派的なものを空中に残留させて、瞬間移動の如く街中の広場に落下。挙げ句にその中心にナルメロパンチを叩き込んでいた。


 デタラメなエネルギーが急に叩き込まれた大地が悲鳴をあげる。敷き詰められたアンティークな石畳が消し飛び、地面なんか当然歪んじゃう。えぐれた地面から黄土色の水が噴き出し、それに連なって付近の建物が半壊した。もう泣きたい。


 ドキドキと止まらない心臓のまま、周囲を見渡す。


 地中から吹き出す汚水で即座に氷を作り、崩れる建物の固定に力を尽くしてくれている碓氷さんの姿があった。しかし、そんな彼女の背後には今にも転倒しそうな電柱――。


 碓氷さんは両の指先を合わせたたままの姿でPSIの制御に手一杯らしく、自身に危機が迫っていることに気付いていない。一方の俺は、困ったことに身体がまったく動かない。


「ハイロ! 碓氷さんを……!」


 ハイロは隅っこのほうで吐きまくっていた。お前本当にエージェントになれんのか?


「クソッ――! 碓氷さん、後ろッ! 後ろッ!」


 俺の超ド級クソデカボイスが届かない。発動中は声が聞こえないのか!?

 ちくしょう。一刻を争う事態だ、俺は仕方なしにナルメロに問いかける。


「おいナルメロ! 碓氷さんがッ……!」


 だが、俺の声を聞く前に……ナルメロは俊敏に動いていた。

 一直線で碓氷さんに突撃し、その身体をそっと抱きかかえ、その場を去る。


 数秒後、彼女が膝を突いていた場所に電柱が倒れた。

 身体の自由が戻った俺は、安全な場所で碓氷さんを寝かせる。


「……今のは、どちらなのですか」


 瞳に困惑の色を浮かべた彼女の質問に答える前に、全身の力が尽きた俺は地面にくずおれた。


「碓氷さん、悪りぃけど……俺もうダメっぽい……この後……引き続き頼んで良いか」


 何この格好悪いの……死にたい。自分の情けなさに絶望したときだった。


「……そういうところです、進導さん」


 碓氷さんの表情は見えなかったが、なんだか声色がいつもと少し違った。是非、そのセリフと一緒に彼女の表情を見たかったと、俺は密かに残念な気持ちになった。

 代わりに、チケットを身体に取り込んだまま伸びている宇宙人を見つけたのだった。



 * * *



「ショックなことがあって……出来心だったんです」


 犯人が担いでいたリュックからは、水嶋ネネのグッズが大量に出てきた。


『ねねさまが いっぱい こいつは わかってる』


 三人もの宇宙人を虜にする水嶋ネネは宇宙人特攻のフェロモンでも振りまいてるのか?


「わたしたちメタモル星人は温和ですが、一度テンパってしまうと突飛な行動に出てしまうことがあるのです。以前もエージェントさんには補導されて厳重注意されたのですが……今回ばかりは、その」

「……で、食い逃げ犯のアンタは?」もう片方のメタモル星人に視線をやる。

「わ、わたしは……チケットを失ってしまったショックで頭が混乱してしまい、カフェでコーヒーを飲んで落ち着こうとしたのですが、お金を持っていないことに気づいたのです」

「とんだおっちょこちょいコンビだな。ってか普通に地球語喋れるのな」

「当たり前ですよ。わたしたちは地球文化に惚れ込んでいるんだ。メタモル星人だけでなく、宇宙人の六割程度が地球語を理解し、喋ることができますよ」


 だってよ、ナルメロ。


『われかて』


 お前は俺と精神合体してるからだろ……元の姿のときは良くわからん言語を喋ってたぞ。


『おぼえていない がな』


 調子の良い野郎だ。この街半壊野郎! シティブレイカー!


『でも でもな それは しかたのないこと だったんだが』


 ほう……われは悪くないと。パンケーキもペディキュアも禁止にするぞ。


『それは それだけはな』


 なら反省しなさい。


『うん』


 やがてやってきたエージェントの先輩たちから俺たちは大目玉を喰らった。当たり前過ぎてなんも言えなかったです。でもまあ奇跡的に負傷者、死者ともに0だったのが不幸中の幸いだ。


 ここら一帯での騒動を目にしてしまった一般市民の記憶は総じて消され、各自治体へのもみ消し作業がこれから行われるそうだ。秘密結社怖すぎ。

 エージェントたちに連れて行かれるメタモル星人に、俺はもう一度声をかけた。


「そういえば、なんで水嶋ネネに擬態してたんだ。二人して」

「ですから、チケットが手に入った盛り上がりで変身してしまったのです」

『わかりみ がふかい』


 なんか共感してるやつも居るし……そういうもんなのか?


「ですが……今考えてもおかしいのです。我々がネネ様のチケットを紛失するなど、あり得ないことなのですよ」

「何が我々だ! 無くしたのはお前だろう! 責任をわたしと半分こするつもりか!」

「何を言っているんだ! 無くしたのはお前のほうじゃないか!」

「なんだと! もうお前とのお友達は辞めてやる!」

「こちらとて、お前と神聖なライブに参加するなど御免被りたい!」

「くっ……Blu-ray発売まで待つしかないのか。ネネ様、お許しを……」


 二人のメタモル星人はワーワー争いを続けながら、エージェントたちに連行された。

 結局ライブチケットは俺が譲り受けることとなった。どうせ行けないのだから、せめて同志に行ってもらいたいとのことらしい。その件に関して、ナルメロは超ご機嫌だ。


「はあ……終わったねえ~」


 ミクノ先輩が背伸びをしながら脱力した声で言った。


「自分で引き起こしといてなんですけど……この街の有様は大丈夫なんですか?」

「んー? 大丈夫大丈夫。何人のエージェントが居ると思ってるのさ。街の復旧に適したPSIの持ち主なんて、たくさんいるでしょ。……因みに、キミが崩壊させた我が校の校庭もウチの生徒会がため息つきながら夜な夜な修復作業をやってたよ」

「その件についても――本当に申し訳ありませんでした」

「でも……アレだね、リューセイくん、全然PSIを制御できてないっぽいね。なんか、振り回されてる感マックスってカンジ」

「あ、あはは……」


 返す言葉がない。そして、今は隣の碓氷さんを見るのが怖い。


「でも、一件落着で良かったね! みんなはどうだった? 初っぱなの風紀活動」

「……フン。まずまずと言ったところか」


 自分のブレザーに嘔吐したものを付着させながら何言ってんだお前は。やれやれ手のひら広げてる場合じゃないよ? まあ俺のほうが悪いけども!


「お前、学寮戻ったらそれ洗濯しろよ」

「当然だ」

「格好つけて言うことじゃないぞ……っていうか、ぷふ、はははっ」

「……? 何がおかしい」

「いや、すまん……間違ってお前とぶつかったときのこと思い出しちまって」


 あのときの声と顔。思い出すだけでにやけてしまう。


「あぁ~、アレ軽く流すのには勿体ないくらい面白い出来事だったよね~」

「お前等……! やはり俺をコケにしているんだな、そうなんだな!?」

「いやしてないけど、お前ってやっぱ面白いヤツだなと思ってさ」


 呆気に取られたような表情から、いつものごとく鼻吹かしに入るハイロ。


「…………フン、好きにしろ…………進導リューセイ」


 面白いヤツって言われるのは別に良いんだ……あれ、っていうか今。


「ハイロ……名前を呼んでくれたのは嬉しいが……なんでフルネーム?」

「フン。どうだかな」

「なあ、長くて面倒だろ。リューセイだけでいいよ」

「うるさい。俺に指図するな」

「なあなあなあなあ」


 しつこく絡みに行ったら嫌そうな顔で肩をグーパンしてきた。痛ーいハイロくんツンデレぇ。


「フッフッフ、どうやら我ら風紀メンバーの仲良し度もアップしたようだね! ミゾレちゃんもお疲れ! 大活躍だったね~! もしあなたが居なかったら、被害拡大してた上に復旧も相当な時間かかってたと思うよ」

「そうでしょうね。わたしは貢献できたと思います」

「一切謙遜しないその姿勢! むしろかわいい!」

「よくわかりませんが、はい」


 ミクノ先輩が碓氷さんに抱きつき、碓氷さんはされるがままの状態で俺を見る。


「進導さんの愚行のおかげでわたしはかわいいことになりました」

「そこだけ聞くと意味がわかんねえな。でもほんと、すいませんでした」


 ついいつもの感じでツッコんでしまったが、彼女の瞳からは疑いの色が消えない。


 ――ナルメロの抹殺がミッションと言っていた。碓氷さんが秘密学園を卒業したプロのエージェントであることは、任務における手際の良さや高いPSIセンス、その知識量から推察しても恐らく本当だと思う。


 だけど――ならなぜ今すぐに俺を拘束しないんだ?


 ナルメロが俺の中に居ることは、もうわかってるんだろう? 今回の事件で疑いが確信に変わったはずだ。秘密結社のほうに何か誓約があるのか? いや、既に動き出している……? それとも……俺が一人になったときを狙って……?

 碓氷さんは、俺とナルメロをどうしようってんだ? クソ……やりにくい。


「……ていうか、あたし以外みんなボロボロじゃない」


 つま先だけになったスニーカーと、スラックスの大部分が破れて流浪の民になってる俺と、ゲロブレザーのハイロ、それからPSIの影響で髪までびしょ濡れの碓氷さん。

 ただ落とし物を届けるだけの風紀活動だったはずなんだが……?


「むしろミクノ先輩はもう少し汚れても良いんじゃないっすかね」

「アッハッハ! でもほら、あたしは司令塔的なカンジだから! サポート要員的な!」

「そんなのずるいっすよ! 共に汗水流しましょうよ! 男らしく!」

「あたしゃ男じゃないっつの! そこそこ美人な憧れの先輩ポジでしょーが、失礼な!」

「自分で言うのかよ! おら、ハイロもなんか言ってやれ! お前今回吐いてただけだけど」

「そうだ。卑怯だぞ……お……お、憶瞳ミクノ」


 ハイロが若干言葉を詰まらせつつも、ミクノ先輩をフルネーム呼びする。


「……あらま。あたしまでフルネームなの。……ね、ハイロくん、もっかい言って」

「斎孤さん、わたしのことはどのように呼称するご予定ですか」


 ぐいぐいと押し寄せる女性陣に、ハイロがタジタジになる。


「クッ……うるさいぞお前たち! こういうのは自然に任せるべきだろう!? 取り上げるべきじゃない……そっとしておくべきなんだ。なあ進導リューセイ、お前もそう思うだろ!?」


 暮れなずむ街の中で、俺たちは大声で笑いあった。



 * * *



「……流石にバレたよなあ」


 就寝前のプロテインを飲みながら、俺は体内の相棒に語りかける。


『はいじょ するか』

「せんわ……あ、そういえばまだ聞いてなかったな。なんで碓氷さんを助けてくれたんだ?」

『はて われにも わからぬ われは じどうてき なんだ』

「……ペディキュアで打ち解けたからか? 碓氷さんに情を感じたとか」

『たしかに うすいさんは はなしの わかるやつ だったがな その じょうは しらん』

「碓氷さんも良くわかんねえけどお前も良くわかんねえ……」

『なぜ うすいさんは われを はいじょ するのか』

「なぜって……そりゃあ……」

『われら いちぞくは みな きらわれている からか』

「…………」

『だから われもきらいか』


 子供のようなその問いかけには、ナルメロの純粋な気持ちが含まれているように感じた。それが、なんだか俺の胸を揺さぶる。俺は、勢いに任せて口を開いた。


「……ナルメロ、お前は快楽のために生き物を殺したことがあるのか?」

『われは ない』

「……そっか。わかった」


 ずっと聞けないでいた。だけど、そうなんじゃないかって信じてた。お前は何を考えてるのかまったくわからないけど、俺の身体の中にいるのは間違いないんだ。

“感じる”んだ。お前が残虐非道なだけの宇宙人じゃないってことを。グルミン星人のことは知らない。実際言われてるみたいな殺戮生物なのかもしれない。でもナルメロは違うんだ。


 こいつが納得するような言葉を、今俺は持ってない。だけどこれだけは言える。


「……俺は、お前のことが嫌いじゃねえぞ。ぶっちゃけもう凶暴だとも思ってねえ。犬に怖がってるくらいだしな。お前のハイパーパワーは認めるし、振り回されっぱなしだが」

『あがめよ』


 いつもの調子で返してくるナルメロに脱力しつつも、俺たちはこれで良いんだと思った。


「バカタレ、調子乗んな……ていうかさ、今思ったんだけど、ナルメロの命を狙うって、その場合ガワである俺はどうなるんだ? もしかして……協力してくれって、そういうこと?」

『ふはは みちずれは たのしいな ともにゆく』

「逝かぬわ! 俄然協力は拒否だな! まあでもみんなはナルメロを凶暴な宇宙人だと思ってるだろうし、地球の平和を守るためにもエージェントが躍起になるのは当然っちゃ当然なんだよな……あれ、これ詰んでね? どうすんの?」

『こんなにも ゆかいな われなのにな』

「お前は気楽だな……まあでもいいよ、きっとそのくらいのほうが良い」

『とりま ぺでぃきゅあの げきじょうばん かんしょう ぱぁてぃ』

「今から!? いや俺もう就寝体勢」

『めだけ かせ りうせいは ねていろ』

「それ寝れてないから! つか待って! 俺だってちゃんと見たいんだよ。今度時間取って二人で一緒に楽しもうぜ」

『なにを おまえが たのしんでいる ぺでぃきゅあは こどものものだ これはひく』

「なんで引いてんだよ、別に俺が見たっていいじゃねえかよー! ワリとハマっちゃってんだからよー! なあなあなあなあなあ頼む、ナルメロ頼む」

『きもい からんでくるな うざいな』

「なんかめっちゃ素のリアクション珍しいなお前。てかそんなにうざいのかな……俺」


 まあでも、なんだかんだコイツとは上手く付き合えていける気がする。


「とりあえず、これからも色々ありそうだけど、頑張って行こうぜ、ナルメロ」

『そんなことより ぺでぃきゅあだ』

「しゃあねえなぁ、ったく」


 俺は、たまにナルメロと一緒に夜通しアニメを見るようになった。



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