17 みんな大好き水嶋ネネのライブチケット
食い逃げ犯を追っている途中で電話がかかってきた。
「ナルメロ、電話だ! 取ってくれ!」
『いやだ われは ねねさま』
「お前はネネ様じゃねえよ! クソッ……! 俺のこの姿は周りからどう見られてるんだ!」
汗だくで走りながら、電話に出ろと自分自身に指示する大柄の男。もう近づきたくない要素しかない変態野郎だ。通報されないことを祈るばかりである。
「ネネ様の居場所はわかるのか……!?」
『わからん だがわれならば きっとであえる』
「夢見がちなファンかッ!」
中世ヨーロッパ風の広場に入り、暗がりの路地裏を猪突猛進していくとナルメロが叫んだ。
『いた! ねねさま!』
途端にナルメロのスピードが上がる。そのときだった――。
「んぐぅはぁッ――!」
ゲームキャラクターの被ダメージボイスのような痛がりな声が響き渡る。ぶつかってしまった通行人は、宙でぐるんぐるん回転して建物の壁に衝突し、ぐったりと倒れてしまった。
ハイロだった。はあー良かった。一般人じゃなくて。ていうかお前大袈裟か。
「いや、大袈裟じゃないな……ハイロ、悪かった! ちょっと早く走りすぎてたんだ」
俺は廊下でぶつかった友人に謝る感じで後頭部に手をやった。ただぶつかっただけなのにこの威力……ハンパなさ過ぎるなナルメロパワー。俺はハイロに手を合わせて心から謝る。
気付けば、ナルメロから身体の主導権が俺に戻っていた。衝撃を受けると戻るのか?
「ちょっと走りすぎてこうなるってどゆこと!? キミ人間だよね!?」
息を切らしてやって来たのはミクノ先輩だった。
「くそッ……あばらが二本やられてる! クッソ……」
「ああハイロ、マジですまない! 今度何かおごる! でもあばらは折れてないっぽいぞ。本当によかった……立てるか?」
崩れているハイロに手を差し伸べる。彼は相変わらず鼻を鳴らす。
「…………フン」
ハイロは、俺の手など借りずにPSIで自分の身体を浮かせた。いや格好いいけど、そんな無駄遣いして大丈夫か? 普通に起きろよ。
「いや二人ともコントやってる場合じゃないから! あの人、窃盗犯なの!」
「窃盗犯? 食い逃げ犯ですよ」
「食い逃げ? 良くわからないけど、とりあえずみんなで捕まえるよ! 風紀委員長命令!」
「ラジャー!」「フン」
「フンは返事じゃないでしょ、ハイロくん!」
ぽかりと頭を叩かれそうになったハイロが、最小の動作で神回避する。それは髪を触られないがために進化したハイロの固有スキルだった。凄い。早すぎてスローに見えるヤツじゃん。
「惜しかったな、女。だがしかし俺が同じ轍を踏むことはない」
「ハイロ置いてくぞー!」「ビリだった人はくすぐりの刑だからね~!」
「……フン」
* * *
合流した俺たちは、ひとまず窃盗犯兼食い逃げ犯を追いかけることになった。
「リューセイくん、ミゾレちゃんはどうしたの」
解答に迷っていた矢先、突然目の前に氷のスロープが出現する。そして、ウォータースライダーを滑るように碓氷さんが登場した。なんか出荷される人形みたいだ……。
「遅れました。わたしです」
コールドスライダーからむくりと身体を起こした碓氷さんが言った。
びしょ濡れだった。わたしですじゃない。
「わあーお。これがミゾレちゃんのPSI? 凄いねー」
「水分さえあれば、一瞬で特定箇所に氷の造形物を製作可能です。今回は街中の噴水をお借りしました。何かあればなんなりと」
「碓氷さん! ビルのほうは……!」
「安心してください。氷で支えている状態です。避難指示も行い、既に他のエージェント、他救助隊の方に連絡済みです」
「はあ……良かった」
ほっと一息ついたのも束の間、身体の内部がなんだか熱くなってくる。
『よくない ねねさま! ねねさま! いかないで ねねさま!』
ヤバい……またナルメロが興奮し始めた。
「みんな……俺、ヤバいかもしれない」
「どしたのリューセイくん」「……どういうことだ?」「…………」
「どうか頼む、俺を…………止めてくれェ!!」
その言葉と共に、俺はロケットスタートした。今度は石畳がめり込んだ。被害総額は多分長老が全部なんとかしてくれるだろうからもう気にしないぞ。
「ハァ!? ちょっと~なんであたしたちがリューセイくん捕まえなきゃならないのよ~!」
「……進導さんは本日体調が優れないようです」
「むしろ絶好調のように見えるけどね!? さっきあの子走ってぶつかっただけでハイロくん壁に叩きつけたんだよ?」
「違う。俺はすんでのところで回避した。アレは残像だ」
「あばらが折れたとか言ってたでしょうが!」
「そんなことは言っていない。「あばらが二本やられてる」と言ったんだ」
「どっちも一緒でしょそんなの! もういい! はい、みんな走る走る~! はいはい!」
「一緒だと? ふざけるな! あばらだぞ? 己の過ちを訂正しろこの……女ッ!」
「強くあばらを尊重している斎孤さん。“訂正”という言葉は誤りを正し改めることなので、過ちを訂正することは出来ません。過ちは繰り返さないようにすることが重要です」
俺の背中で賑やかな声が聞こえてくる。ああ、楽しそうで良いなあ。
一方の俺はレーシングカーの如く街中を爆走していた。下を見たらスニーカー破損してた。もうワゴンセール990円のヤツでいいや……。心の中で泣く俺だったが、窃盗犯兼食い逃げ犯の背中はもう目の前だった。
『ねねさま! いた! さいんだ!』
「ネネ様! サインくださ――いッ!」
もはや目的がすり替わってるが、とりあえずナルメロに乗っかっておかないと面倒事が増える! 俺は全力でネネ様のファンを演じた。
「……ネネ様だって!?」
走っていた犯人兼ネネ様が、突然くるりとこちらを振り返る。
「「……あ」」
ナルメロ、急ブレーキ! と声をかけたが、かかとのぶぶん裸になってるじゃん。怪我すんじゃんと瞬時に考えた俺は、自らのPSIでかかとの表面だけを強化。皮膚を厚く、重くするイメージでサイコエネルギーを集中。
ズガガガガガガという轟音と共に石畳が軒並み剥がれていく。頑張って、俺のかかと!
結果、なんとかネネ様との衝突は寸止めに終わり、俺は彼女の目の前に棒立ちになった。
自分なりに上手くできた。毎日寝る前にしている訓練の賜物だ。効果は一瞬だけど。
すぐにエネルギーの容量が空っぽになった俺は、脳が酸欠状態みたいな状態に陥ってしまい、決して軽くは無い身体がネネ様のほうに倒れてしまう。
ドサリ。人気声優を押し倒す訳あり高校生の誕生だった。
『ねねさまだ ねねさま』
「喜ぶな、馬鹿」
「喜んでませんよ! ていうか何乗っかってるんですか! 重い! どいてください!」
焦ったように、俺を退かそうとするネネ様。だけど女性の力ではそう簡単にいかないようだ。 女性に対して失礼を働くことになってしまったが、相手も犯罪者だ。結果オーライか。
「ええと……なんとかネネ様。アンタを無銭飲食と窃盗容疑により……逮捕する」
身体が痺れて動けないから、とりあえず口だけ動かしておく。でもこれで一件落着だろう。
「何? なんとかネネだと!? アンタ何言ってんだ! 水嶋ネネだろ? ファンの風上にもおけない! それにわたしは食い逃げなんてしていないぞ!」
ネネ様本人がキレ始めた。やっぱり芸能人はプライドが高いのかな。
「食い逃げはしてなくても、窃盗はしたのか? どっちにせよ犯罪だぞ」
「ううぅ……なんでこんなことに。わたしは……ネネ様を崇めているだけだというのに」
「……どういうことだ? アンタ、水嶋ネネなんじゃないの?」
「そんなわけないだろ!」
いや……どういうことだよ。ナルメロ、この人は。
『ねねさま ねねさま』
ネネ様じゃねえか! 何がなんだかわかんねえぞ! おいおいと泣き続けるネネ様をなだめていると、足音が聞こえてくる。
なんとか顔を持ち上げる。先頭を走っていた碓氷さんが、俺の元に腰を落としたかと思いきや、俺の手首や足首にペッペと唾を吐き捨てやがった。
「汚ねぇよ! マジか碓氷さんアンタ!」
「拘束しなければいけませんので。現在尿意はありませんので、申し訳ないですがこちらで我慢してください」
「今とんでもないことを言ったな! そんなこと何が何でもやらせねえからな!?」
碓氷さんの唾はすぐに固まり、パリパリの氷になった。彼女の言っていた通り、心ばかりのものだ。身体のしびれが取れれば、多分簡単に解除できる。とりあえず碓氷さんはペットボトルでいいから持ち歩こうか。
「っていうか……まんま俺も犯罪者みたいな扱いじゃねえか……」
「……進導さん、あなたは」
碓氷さんの言葉は後半で消え、すぐにハイロとミクノ先輩が集まってくる。
「お疲れチャン~! リューセイくんはちょっと面白い感じになってるけど」
「笑ってないで助けてください。このまま押し潰してると女性が窒息しちゃいますよ」
俺の身体に一つの影が差し込む。そいつは顎に手をやって、何やら考え込んでいる。
「待て……どう考えてもおかしい。コイツらは向き合っている状態だ。追いかけていて覆い被さったのなら、絶対にこういう体勢にはならないはずだ」
「おかしい……何かがおかしいぞ」と仕切りに繰り返すハイロ。お前それ言いたいだけだろ。
「ああそうだよ名探偵! 今はガチでどうでもいいけどな! お前のターンはこないから安心しろ、このKY野郎!」
「なんだと……? 今すぐに撤回しろ。俺への非礼を詫びろ!」
ハイロが面倒くさい状況になり始めたとき、俺の身体の下でネネ様じゃない人らしい人が嘆いた。なんかもう本当にイロイロ面倒くさいな!
「くそう! 汗臭い! 今日は最悪の日だ! それもこれも全部アイツのせいだ! あいつがアレを無くしたから!」
「アレってなんだ」
「我らが水嶋ネネ様のライブチケットだよ! やっと手に入ったんだ! 実物のネネ様に合掌できる唯一のチャンスだったんだ!」
「……まさか、これのことか?」
俺が親指でブレザーの胸に刺さった封筒を指したときだった。
ヒュン――と封筒が消失する。
そして、コトリという靴音とともに現れたのは、もう一人の水嶋ネネだった。
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