15 初めての野外風紀活動!


 それから俺たちは二手に分かれ、宇宙人を捜索した。マンホールの下で暮らしているタコみたいな宇宙人に、一つ目で口が無いのにカラオケが趣味という宇宙人。工事現場でアルバイト中の小っさいおじさん宇宙人に、公園で小学生たちに混じって遊んでる子供宇宙人。彼らは皆地球人に紛れて、慎ましく暮らしていた。とても問題行動を起こすようには見えないが、長老の言っていたことを思い出す。その特殊な生態から悪気がなくても何かしらのトラブルを引き起こしてしまうこともあると。

 だったら、それは俺たちエージェント(まだ見習いだけど)の仕事だなと思う。


「あとはこれだけかー」


 千円札より少し長めの封筒を手に、俺は隣を歩く碓氷さんに訊ねる。


「ミクノ先輩たちは終わったかな」


 支給されたスマートフォンを立派に使いこなす碓氷さん。コンピューター並みの精密かつ高速な指の動き。彼女はハイレベルな操作技術でメッセージソフトを巧みに扱った。


「あと一件だそうです。わたしたちと同じペースですね」

「で、えっとこれは……例のネットカフェのヤツか。もう一回ミクノ先輩に見てもらったほうがいいかな? ていうか碓氷さん、なんでこれを最後に回したんだ。俺はてっきりミクノ先輩たちが持ってるもんだと」

「気分ですが」

「あ、そう……」

「特に問題ないと考えます。持ち主の顔はわたしが覚えていますし」


 時刻は午後五時。序盤は手こずったが、正午を過ぎてから目に見えてスピードは上がってる。


「仕事が終わったらまた三時間かけて学園に戻ることを考えると、憂鬱な気持ちになるな」

「バスでの移動、わたしは好きですが。真っ暗な社内は落ち着きます」

「それ多分碓氷さんだけだぞ」

「わたしがマイノリティーだと言うんですか」

「まいのり……多分そうだよ! あと日本語で頼む! パッと頭に出てこないから!」


 俺たちは例のネットカフェに足を向ける。そのとき、ぐぅぅぅ~とか細い腹の虫が鳴った。

 俺は気付かないふりをした。男の俺でさえ超恥ずかしいんだ。女性は相当のものだろう。でも碓氷さんの人間っぽい面が見れたようで、俺は少し愛おしく思った。

 碓氷さんが、そっと自分のお腹に手を当てる。


「やはり…………これはわたしのようですね」

「嘘だ、俺黙ってたのに! 自分で言っちゃうの!?」


 そして、碓氷さんの濡れた瞳が上目遣いでこちらを見つめてくる。


「あの夜……進導さんに作って頂いたエネルギッシュご飯が忘れられません……あの日から、進導さんに近づくと自動的にお腹が鳴ります。ぐうぐう言います」

「どういうシステムだ! でもまあ、嬉しいよ、そう言ってくれるのは」

「わたしの胃袋が、進導さんの食事を求めています」

「だから翻訳文かっつの」

『われも もとめています』


 お前もか。モテるな俺、主に食事要因として。


「でもまだ晩飯には早いよなぁ……今は風紀活動中だし……」

「そんな」『そんな』


 碓氷さんとナルメロの声が完全一致したとき、小洒落たカフェが目に入る。

 俺の隣で美少女の腹がぎゅるぎゅる鳴り続ける。


「ああ、わかったよ碓氷さん。そいつさっさと治めて」

「治まりません。エネルギッシュご飯を食べるまでは。それで、いつごろ食べられますか」

「碓氷さんが人の食い物の味を知ったイノシシみたいになっちまった……まあでも、昼から休憩なしで歩きっぱなしだったしな。軽食くらいならミクノ先輩も許してくれるだろ」

「進導さんの……食事ではないのですか……」『りうせいの うまが』

「いやそれは無理だろ流石に! 晩飯はちゃんと学寮に戻ったら作ってあげるからさ」

「そうですか」『なら よいが』

「碓氷さんも、ワリとワガママなとこあるよな。おもしれえけど」

「わたしは、自分の主義主張を通しているだけです」『われも』

「ああはいはい。じゃあまあちょっとだけ休憩しようか」

「ならばしかたありませんね」『うむ まったくもってな』

「未だに碓氷さんの扱いが全然わかんねぇ」あとナルメロ、お前は何遊んでんだ。

「わかってほしいです」『ばれたか』


 切実にぼやく碓氷さんと、いまいち何がしたかったのかわからないナルメロと共に、俺はカフェに向かった。



 * * *



 お洒落な店内の二人席に案内され、俺たちは向かい合ってメニューを眺めた。


「あんまガッツリしたものは食べないほうがいいぞ。晩飯が食えなくなるからな」

「おにいちゃん」


 虚を突く一瞬。

 ドキがムネムネする。ああ……一生呼ばれたい。


「あ、すいません。呼び間違えてしまいました」

「いや……別に全然かまわねえけど。で、何食うか決めたか?」

「では、わたしはサンドイッチを所望します」

「お、いいんじゃねえかな。俺は……コーヒーでいいかな」

『りうせい われは あの ぱんけえきを しょもう するのだがな』


 マジかよ、コーヒーで我慢してくれよ。こんなお洒落な店で俺パンケーキ食うの?


『こおひいは びみでない ゆえに のみたくない ところだが』


 君のフルネームエスプレッソじゃなかった? まあいい。お前が嫌いなのは自販機の缶コーヒーだろ。店のはもっと美味しいから!

 ナルメロは俺が口にしたものに対する感想をすぐに寄越す。それで大体の趣向はわかるようになっていた。甘いものが好きで、苦いものは嫌いだ。子供か。


『ぱんけえきだ さいしんわで みくるが たべた おいしそうにな だから われもだ』


 みくるというのは、ペディキュア現シリーズの主人公、中学生二年生の女の子だ。

 今朝、移動中にナルメロがせがむから、しょうがなく見た最新話でも(なんと、支給されたスマートフォンでも配信サイトに接続できるのだ!)、そういえばパンケーキを食っていた。

 一応イヤホンはしてたし、皆適当に離れて座ってたが、偶然トイレに向かうハイロが俺の横に立ち止まり、「フン。お前……そんなものを見ているのか。人は見かけによらないな」とか呆れられた余計なエピソードを俺は思いだした。人のプライバシー勝手に覗いてんじゃねえよ。


『りうせい ぱんけえき それしかない せんたくしは それだけだ』


 なんでや。でもまあしょうがない。この間みたいなことになってはたまらんからな。


「やっぱり俺はパンケーキ食おうかな」

「パンケーキですか」

「ああ。甘いもん食べたくなった」

「わたしも食べたくなりました。サンドイッチからパンケーキに切り替えます」

「え? ああ、まあ好きにすれば……?」

「これで進導さんのことをもっと深く知れるわけですね」

「何故そう思った」


 やがて二つのパンケーキが運ばれてくる。見てるだけで胃がもたれそうなクリームの山と濃厚なシロップがふんだんに使われている。糖質の暴力。明日の献立で絶対挽回してやる。


『これが ぱんけえき いってしまえば めいぷる というわけか』


 言わなくてもメイプルだよ。お前も最近は大人しくペディキュア見てたもんな、ご褒美だ。


『わいわい りうせいは わかってう』


 上機嫌で良かった。俺はフォークで一口分に裂いてから、口に運んだ。


「おっ、でも美味いな。俺基本間食しないから、たまにはいいのかもな」

『これが ぞくにいう うまだ いいものだろう だから こんやも せいだいにやろう』


 やりません。とナルメロに現実を突き付けて、碓氷さんに視線を向ける。


「こういうものは食べたことがありません。胸が躍ります」

「本当に栄養調整食品しか食ってねえんだな……」


 それで良くその胸が……とは思ったが、いかんぞリューセイ。絶対にいかんぞ。


「碓氷さんって休日何してんの?」

「何もしていませんが」

「……昨日とかは?」

「六時に起床し、洗顔を終えて部屋着姿のまま昼食を迎えました。メニューは牛乳とカロリーメイトフルーツ味です。それからベッドで天井のシミを数えている間に眠ってしまい、気が付くと夕食の時間でした。夜はカロリーメイトチーズ味を二本です。とても美味しかったです」


 夜はチーズなんだ。っていうか……俺は後頭部を掻きむしりながら言った。


「予想はしてたけど……かなりアレだな。趣味を持てとは言わねえけど、何かやりたいこととかないのか」

「……エージェントの仕事が、したいです」

「どうして?」

「どうしてと言われても……わかりませんが。仕事をしていないと、わたしはいけないので」

「誰かの役に立つことが好きなのか?」

「……いえ、別に……そういうわけでは、ないと……思うのですが」


 いつもキッパリしている碓氷さんにしては、かなり曖昧な返事だった。何か思うところがあるのかもしれない。あまり詮索するのもどうかと思ったので、俺は適当に話を切る。


「真面目な仕事人なんだな。じゃあ、今日みたいな日が楽しかったりするのか」

「はい、とても。風紀委員に入って良かったと思っています」


 碓氷さんはガラス玉のような瞳で俺を見つめてくる。少しだけ、笑っているような気がした。


「その志はすげえ立派だけどさ、俺等はエージェント候補生である以前に高校生でもあるんだから、その、もうちょっと青春を謳歌するじゃねえけど……友達と遊んだり、もちっと息を抜いてもいいと思うぞ。まあ、普通の学園生活じゃないとはいえ」

「友達……ですか。わたしにはそういう存在が居ませんので」

「おいおい待ってくれよ。目の前にいるじゃんか。あとミクノ先輩とか、ハイロとか。まあハイロもそういうの苦手そうだけど」

「進導さんはわたしの友達なのですか」

「傷付く一言! 握手をしたときから、俺はそのつもりだったぞ」

「そうでしたか。友達でしたか」

「ああ。だから誰かを連れて遊びに出かけたいってときは、遠慮無く誘って良いんだぞ。ほら、あの……支給されたスマートフォンの……メッセージプリケで」

「アプリです。ですが、わたしは自分からそういう欲求に行き着くことがないのです。命令されれば、もちろん対応しますが」

「命令に対応って……うーん。まあ、わかった。まずはその固定概念をぶっ潰していこう。手始めに俺と学園内のジムに行こうか。何するにしても、筋肉は付けといて損ないぜ」

「わかりました。進導さんと二人きりというわけですね」

「いや待って! 言い方! 別にそういうつもりじゃねえから! ホントそういうつもりじゃねえから! 勘違いすんなよ、普通にトレーニングするだけだぞ」

「はあ。そのつもりですが。何か問題がありますか?」


 一切表情を変えないで言う碓氷さん。なんか俺は一人で虚しく切ない気持ちになった。


「あ……特にないです。でさ、いつかはミクノ先輩やハイロも混ぜて皆でショッピングモールとかカラオケとかボーリングに行こうぜ」

「あまり意味を感じませんが、了解しました」

「碓氷さん……そういうところだぞ、友達ができないのは。まあ、ゆっくりやっていこうか」

「はい」


 ともあれ碓氷さんはパンケーキを気に入ったようである。無言で頬張っている。頬にクリームをつけたりなんかして、その姿は実に愛らしかった。なんだかんだ言って女子だ。


「ほっぺにクリームついてるぞ」

「どこですか」


 お約束のように碓氷さんは反対側の頬をペチンと叩いた。蚊でも殺す気なんだろうか。もしついてたらクリームがベチャってなるぞ。


「違う、反対側だよ。ったく、ほっぺ赤くなっちゃってるじゃないか、全力過ぎ」


 笑いながら、俺は身を乗り出して紙ナプキンで彼女のクリームをぬぐい取った。


「ありがとうございます」

「本当に子供か! しっかりしてるのか抜けてるのか良くわかんねえな、碓氷さん」


 言いながら自分の席に戻ろうとしたとき、肘がカップにあたる。


「うわっ」


 ばしゃあ。テーブルに置いていた落とし物の封筒が黒い液体で濡れてしまう。


「……やっちまった。なんでこんなところに置いてるんだ…………犯人俺じゃん」

 べちゃべちゃの封筒に紙ナプキンをそっと当てて、なんとか水分を吸い取る。

「進導さんはそういうところがありますよね」

「君に言われたくないけどな! うーん、申し訳ないけど、中身が無事か確認しよう」


 封筒を開けて中身を取り出す。水嶋ネネという人のライブチケットだった。濡れてはいるが無効になることはないだろう。でも……なんか見たことある字面だな。


『ねねさま! だと! まさか そんなことが!』


 ナルメロが珍しく興奮している。でも聞いたことあるな。ネネ様? なんだっけ。


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