14 ミクノ先輩のPSI
「……というわけで、今日のミッションは落とし物を本人に返却することです!」
ミクノ先輩の足下に一つのプラボックス。中には有象無象の物質が突っ込まれていた。玩具のようなガラクタから、高そうなサイフまで。どれもこれも地球製で、どのショップにもありふれていそうな物ばかりだ。とても宇宙人の落とし物だとは思わない。
「落とし物返却ですか」
正直に言えば、拍子抜けした。何故なら俺がこの学園に訪れる理由になった事件は――、
『われの ことでは ほれ あがめよ』
なんでやねん。でもまあそういうことだ。初っぱなに関わった出来事のインパクトが大きかっただけに、宇宙人と地球人の間を取り持つ平和の使者であるエージェントの仕事内容は過激なものだとばかり思っていた。
でもこれなら、ハイロと不良たちの喧嘩よりも和やかに任務遂行できるかもしれない。
「ノンノン、声でか筋肉ちゃん。これだって重要なお仕事なのだよ。それともジャンガリアン星人のお掃除のほうが良かったかな?」
「一応聞きますけど、そっちのほうはどんな仕事なんですか?」
「体長100メートル越えの巨大宇宙人の体毛に寄生するノミ星人の駆除、または毛繕い。定期的にしてあげないとストレスで暴走しちゃうんだって。超肉体労働だよ。リューセイくんには合ってそうだから一人だけ行ってもらえば良かったかな……定期的に来る継続案件ではあるんだけど、地味な上に凄く大変で面倒だから誰もやりたがらないんだってさ」
なるほど。エージェントの皆さんはナルメロが暴れ回った事件みたいなデカい仕事を期待しているわけか。理解できなくもないが、成果だけを追い求める人材に俺はならないぞ。
「俺はどちらでも仕事を一生懸命真っ当するだけっす。落とし物を持ち主に届けることだって、立派な仕事ですよね。悔い改めます」
「まあ真面目! ま、本当の理由はあたしがこっちのほうが得意だから、なんだけど」
ミクノ先輩はにこにこ笑顔で続ける。
「ではなんで宇宙人の落とし物を我らが届けるのでしょーか。はい、おっぱいちゃん」
「はい。平和的な宇宙人の皆さんは、この地球上でひっそり暮らしています。その存在を秘匿されているのですから、当然市民権はありませんし納税義務もありません。そんな宇宙人の皆さんが落とし物をすると当然それらは警察機関に届けられますが、それでは持ち主に届くことがありません。そこで、警察組織と秘密裏に協力関係にある秘密結社のエージェントが請け負っているのです」
碓氷さんが教科書の文面をそっくりそのまんま読み上げた。
「わーお。あたしが言おうとしてたこと全部言ってくれた~」
「気になったんですけど、警察って宇宙人の存在を知ってるんすか?」
「お偉いさん意外は知らないと思うよ。こっちには記憶消去する方法もあるし、例えば宇宙人絡みの殺人事件が起きても、警察は現場に入れないんだって」
つくづく恐ろしい組織だ。いつか大スキャンダル起こらないだろうな……。
「これだけの落とし物から持ち主を捜し当てるのは、少々骨が折れそうですね」
碓氷さんがボックスに手を突っ込み、玩具を一つ取り出す。碓氷さん玩具好きなのかな。可愛いな。また妹やってくれないかな。
『りうせい ろりこんでは』
お前どこで覚えて来やがった。そして俺の思考を読むな。脳内でナルメロに返事をしていると、ミクノ先輩が慌てたように言う。
「ああ、こらこらパイオツちゃん。触っちゃメ、だよ」
「どうしてです?」
「フッフッフ。それはあたしのPSIに深い関わりがあるからなのだよ~」
ピアノの鍵盤を弾くみたいに白い指先をひらひらさせて、ミクノ先輩は落とし物の封筒をプラボックスから拾い上げ、大きなレンズの奥で大きな瞳をぱちぱちさせた。
「…………リューセイくん、タッチ」
「はい?」
ミクノ先輩が、俺の頬に触れた。
その瞬間、走馬灯のように脳裏に様々な情景が過ぎていく。走馬燈見たことねえけど。
「お、おぉ……おぉ!」
「……フフ、どう? 何か“見えた”んじゃない?」
「全然良くわかんねえっす」
ミクノ先輩がずごっ――と転けた。
「フフ、とか笑いながら訊ねてあたしバカみたいじゃないかよ~! なんでぇ~?」
「いや、一応なんか見えるんすけど、ぼんやりレベルっていうか、色付きのクレヨンで書き殴ったぐちゃぐちゃにしか見えないっす」
「なんだよそれ~! キミ、サイコエネルギー受けの感覚大分鈍いんだねー。そういう人居るけどさぁ……あんな超ド級のPSI使えるんだから、容量も相当なもんなんじゃないの?」
「全然良くわかんねっす」
「なんかえらい腹立つ顔してるな! まあいいや……じゃあ次ミゾレちゃん!」
同じようにミクノ先輩が碓氷さんの頬にぺたりと手のひらを押し当てる。
「手が冷たいです」
「キミは超温かくて柔らかいよ……フフ。どう、見えた?」
「見えました。此処より786メートル離れたネットカフェ『マンダム』の303号室にて、『俺のはちゃめちゃ・ハーレムライフ!』5巻、76ページ――女性の裸体が露わになっている大ゴマを読んでいる宇宙人が、ニチャァ……と不気味な笑みを浮かべています」
「逆にキミは凄まじいなっ! 正直ビックリした! あたしのPSIをここまで高レベルで受け取った人って、過去に居ないんだけど!」
「いやそれ以前にどういう状況にあるんすかその宇宙人! 一体何やってんだ!」
「……とまあこんな感じで、あたしのPSIは物質に宿った微かなサイコエネルギーを汲み取れるの。で、それを他者に共有することもできる。残念なことに相手の感受性に大きく左右されちゃうけどね。やーいニブちんリューセイくん~!」
「解せぬ……でもサイコエネルギーって人に宿るんじゃないんすか? 物質にも宿るんすね」
「フン……阿呆かお前は。俺たちはコア・クリスタルのサイコエネルギーを身体に留めているだけに過ぎない。人間にサイコエネルギーを0から生み出すことはできない。だが宇宙人共は違う。アイツらは無限に湧き出る泉だ。上限がない。そんなヤツらが触れた物質にはその片鱗が微かに残る」
ここぞとばかりにハイロが瞳を閉じて鼻を鳴らす。彼は、見本だ、とでも言いたげに指をクイッとさせて、落とし物の一つを宙に浮かせてみせた。
「今、俺はこの物質にPSIを施している。だが……」
パチンと指を鳴らすと、落とし物は地面に落下した。そしてハイロの顔がうるさい。
「これで俺のサイコエネルギーがPSIを介してその物質にはすり込まれたことになる。学園外に出た人間の微弱なサイコエネルギーなど、そう長くは持たないだろうがな」
「……なるほど、人ん家にお邪魔したときにそいつん家の匂いが若干服に付く的なもんか。初めてお前の言葉に納得した気がするわ」
「何そのマニアックな例え……キミは匂いフェチか。っていうかこら! 何をしとるかねハイロくんは。これじゃあたしが汲み取るの大変になっちゃうじゃない!」
「……フン。この阿呆に助言する必要があったからな」
やれやれみたいな感じのキメ顔で言ってくる。腹立つぅ~!
「しっかしキミは本当に話を聞かないね~、普段何考えてるんだい?」
ミクノ先輩が落とし物を拾い上げる。ピクリと彼女の瞳が微動する。
「…………ふーん、ふむふむ……ほぉ。休日は友達と遊びもせず個室に引きこもってゲームばっかり。ふーん……あらあら、こんなこともしてるんだ……やーん。キミも男の子だねぇ」
ミクノ先輩が何やら良からぬことをしている。もしかして、俺たちのプライバシーってこの人にすべて握られてるんじゃね?
「おい。何をしてる、今すぐにPSIの使用を辞めろ! 女、お前今何を見た!?」
「べっつにー。なんでも良いでしょ、誰にも言ったりしないから。クローゼットの奥に隠してる黒いノートと剣の玩具のことは」
「…………おい。辞めろ」ハイロの表情から余裕が消える。
「なーんて、嘘だよ。使ってないよ~! ヒヤヒヤした? ねえヒヤヒヤした?」
「……クソッ。学園長の娘じゃなきゃ痛い目に合わせてるところだ……感謝するんだな」
「権力には弱いんだな、お前」
「ま、お姉さんから色んなことは聞いてるけどね」
「いい加減その減らず口を黙らせるぞ!」
「やだ怖~い。守って、筋肉マン」
ミクノ先輩がぶりっ子をキメ込んで俺の背中にへばり付く。
「でも凄いっすね、汲み取るってのは具体的にはどういうことなんです?」
「広い意味で取ってもらって良いよ。ぶっちゃけあたしも全部わかってるわけじゃないから。イメージは対象の物質に“問いかける”カンジかなぁ……さっきは、「キミの持ち主は今現在何処に居るんだい? お姉さんに教えてくれたまえよ~」ってカンジにしてみた。これが面白くてさ、聞き方や訊ねかたによっては物質に嫌われちゃうこともあるんだよね。厳密に言うと宿ってるサイコエネルギーに、だけど。そしたらもうPSIを受けてくれなかったりするんだ。まあこれはあたしに限らずで、サイコエネルギーにはそれぞれ相性みたいなものがあるんだってこと、もうちょっとしたら授業で習うと思うよ。それでいくと、あたしとリューセイくんのサイコエネルギーの相性は悪そうだね」
「う、そうすか……それは残念だ。でも色んなことできそうっすね、例えば想い出の宝物だったら、その物質と落とし主の想い出のエピソード的なのも見られたりするってことっすか?」
「聞き方によってはね。本当になんでもできるよ。浮かんでくるのも映像なら4K解像度だったりボケボケの白黒写真だったり。音がついてるとかテキスト表示だったりとか、物にググってるカンジ? 一つのモノを検索しようとしてもやり方で結果は全然違うでしょ。アレ」
「ほぉー……ミクノ先輩って、やっぱ凄い人だったんすね」
「あー酷い~一応あたしだって成績優秀者なんだから。これでも真面目なほうなんだぞぅ?」
「じゃあ碓氷さんが見たのは今現在の持ち主の状況ってことで良いんですか?」
「んー過去かな。たぶん、今より一時間から二時間以内ってとこかな」
「そこは正確じゃないんすね」
「うるさいぞー。はい、じゃああたしが片っ端からPSIかけてくから、ミゾレちゃん……あたしのっ、全部受け止めてっ!」
「はい。受け止めます」
「おお……こんな美少女に朝からこんなことを言われるとついクラクラしちゃ――」
「いいから早く仕事してください!」
ミクノ先輩は30個以上の物質にPSIを行使した。結果、無事スッカラカンになりました。
「あーもうダメ。グロッキー……もうあたしあと1、2回しかPSI使えないから。エージェントになればモバイル・コア・クリスタルがもらえるんだけどな~、風紀委員にくらい支給してくれてもいいじゃんね。ケチなおじーちゃん」
ミクノ先輩が、子供のようにぷっくりと頬を膨らませた。
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