12 宇宙人とアニメ


 休日の早朝、ランニングに向かう前に適当に付けたテレビに、ナルメロが反応した。


『りうせい これはなんだ』

「これはアニメだ。小っちゃい子が見るやつだ。そういえば宇宙人って年齢とかあるのか」


 50インチ以上の巨大テレビには、日曜の朝にやっている人気女児向けアニメが放送されていた。世の中にはこういう作品を好む成人男性もいるらしい。わからん。


『これは いいものだな』

「そうか。準備もできたし見たいんなら観てていいぞ」

『みる』

「わかった。終わったらランニング行くからな」

『うん』


 それからナルメロは一言も喋らないで俺の中で大人しくしていた。凶暴生物という話だが、わりと素直で子供みたいなやつだと俺は思う。ちょっとだけ可愛い気もしてくる。

 俺はいつものトレーニングウェアのままアニメが見たいというナルメロのためにソファにくつろいで、テレビ画面を眺める。


「――人間界とか魔法界とか、知らないよそんなの。……わたしは! 自分の手の届く範囲で困っている人がいるなら、助けたい! たとえ、それが宿敵のあなたなのだとしても……!」


 良いこと言うな。俺もそう思うぜ、同感だ。

 顔の半分が瞳の女の子が涙ながらに叫んだ。物語は佳境を迎えているらしく、人間界と魔法界の間で揺れ動く主人公の苦悩がやけにリアルだった。社会風刺も織り交ぜられているようで、日々を生きるために必死な大人がはっと気付かされるような、決して子供向けのアニメという枠に縛られない映像作品になっていた。


 ……ってこれ、完全に子供に付き合ってアニメ見てたら親がハマってるパターンじゃん。俺はナルメロのお父さんにはならないぞ。


「……面白いか?」

『うん』

「途中から見てわかるもんなのか?」

『ほかも みたいわけだが できれば できればな そこだけはな』

「ここぞとばかりにアピールしてんじゃねえか……今更だけどお前本当に凶暴性A+なのか? なんか勘違いしてんじゃねえのか、あの長老。っていうか、そんな危ないヤツを人様の身体に入れっぱなしでアイツは一体何をしてんだ! あれ以降なんの続報もないわけだが!」


 アイツとか言っちゃった。

 俺はリモコンの画面表示ボタンを押す。この機能を俺は最近になって知った。


「これ12話だってよ。録画してるわけじゃないし、流石に前話の視聴は無理じゃないか?」

『そんなばかな なんということだ こんなことが』

「あーもう、わかった、わかったよ。クラスで詳しいヤツが居たら聞いとくから」


 この間みたいにナルメロが暴走するといけない。こいつの欲求は叶えられるなら叶えてやらないと。

 そのままアニメを見続けていると、テレビ前のガラステーブルに載っているスマートフォンが着信音と共に振動を始める。

 入学時に支給されたものだ。精密な電子機器に疎い俺は、スマートフォンどころか携帯電話さえ使ったことがない。小さいものはぶっ壊しそうで怖いのだ。

 おどろおどろしながら、俺はスマートフォンを取り上げる。


「……ついに鳴りやがった。でも、これどうやって出るんだ?」

『りうせい うるさい だまることだ』

「ああごめんよ。でもコイツが……」


 慌てて画面を指で突きまくっていると、画面が真っ黒になる。


「あ? 消えちまったぞ。壊れたか?」


 俺の歪んだ顔しか映ってない。突然、ぎゅんと俺の眼球がテレビ画面を向く。


『りうせい めだけ かすべき みるんだから』

「ああはいはい悪かったよ。テレビ見ながらやるからよ」


 手のかかる子供をあやしつつ在宅仕事してるシングルファザーみたいになってきた。

 振ったり叩いたりしていると、またスマートフォンが鳴った。

 とりあえず耳に当ててみるか? ぶぶん、という音と共に人の声が聞こえる。


「ハロ~、ガチムチ性犯罪者くん。出所後の休日、エンジョイしてるぅ~?」

「おお……ミクノ先輩の声だ。これが文明の利器ってヤツか……」

「キミは本当に現代の高校生なのかな?」

「ていうか、そのあだ名マジで辞めてください」

「女性の衣服をひん剥いてハッスルしようとした張本人がなーにを言っとるのかね!」

「だからあれはナル――ようにならなかったんですよ!」

「そりゃならないだろうね! アッハッハッハ! 本当に面白いねー、リューセイくんは。まあでも反省してると言うし、第一キミは風紀委員期待の星だ。最悪目撃者もいないから、今後の奉仕活動に精力してくれるなら不問にしようじゃないか~」

「てかなんでハイロにだけ教えてたんですか! 酷いじゃないすか」

「だって、キミ囮捜査とか全く向いてなさそうだし……まあハイロくんが適任ってわけでもないけど……っていうか、そっちのほうが面白そうだったんだもん」

「明らかに自分が楽しんでるじゃないっすか! ひどい! 俺は……俺は……!」

「あはは、弄ってごめんよ。まあ落ち着きたまえよ。あたしはキミが善人なのも悪気が無かったのも知ってるんだから、それで良いでしょう? 君たち1ーA組のリビドーには流石に驚いたけどね。流石は高校生男子、尋常じゃないね、アッチのほうも」

「要らんこと言わんで良い。……で、なんです? これから走りに行くところなんですが」

「わぉー。本当に健康的な男だねキミは。でも大丈夫、一瞬で済む用件だよ」

「ならこれ以上俺の心の傷を掘り返して楽しむのではなく、さっさとどうぞ!」

「あはははは! 来週の休日だけどね、一件風紀委員の仕事が決まったんだよ~。だから予定を入れないでほしくて」

「それは構いませんけど、仕事って……例の学外での風紀活動っすか?」

「そうそう。ま、内容は当日教えるから、楽しみにしといて! んじゃ、そういうことで~」

「……あっ、ミクノ先輩待って!」

「何ぃ~? まさか告白かい?」

「えっと……ミクノ先輩ってアニメとか詳しいっすか?」


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