10 世界で一番自首したい男


 安らかな眠りにつく指紋担当の想いを受け継ぎ、俺たちは碓氷さんがいる女子部屋に潜入する。部屋は暗闇に包まれていたが、なんとなくわかる家具の配置状況から、リビングのつくりは男子部屋とそう変わらないようだ。そして、驚くべきことにこの共有スペースからは女子の匂いがぷんぷんと香ってくる。


「おかしいぞ……妙だな」

「何がだよ」


 テレパシー担当はもう居ない。口頭でやりとりするしかなかった。


「人の――気配が」


 まとめ役がぼやいたそのとき――、部屋中のライトが点灯する。


 部屋の全貌が明らかになる。透明化した男子四名を取り囲んで居るのは、ラフな部屋着姿でむすっとした表情の女子たち。そして、俺たちの目の前で腕組みをしているのは、我らが風紀委員長――ミクノ先輩だった。


「ハロ~、元気な後輩くんたちー。お疲れ様~」


 本当に楽しそうな顔で、ミクノ先輩が手のひらをひらひらさせる。

 俺たちの姿はまだ透明のままだった。まだ、誰が誰なのかわからないはずだ。


「お疲れ様、ハイロくん。キミはあとでハグハグしてあげる」

「……フン。やめろ」


 透明男子たちの視線がハイロに向く。俺たちに衝撃が走る。服を……着ているだと?


「イケメン野郎、テメェ俺たちを売ったな!?」

「くだらんな、まとめ役とやら。俺は誰の味方でもない」

「嘘つけ、お前だって結構ソワソワしてたじゃねえか!」

「なんだと? 俺はそんなことしてないぞ、ふざけるな!」


 少し焦った様子で言い返すハイロ。典型的なムッツリ野郎である。これでお前もこっち側だ……と思ったのだが、彼を囲う女生徒たちの表情は様々だった。


「やだ、そうなの斎孤くん」「なんか必死で可愛い」「ふふ、イロイロ教えてあげたい」

「ち、違うぞ……お前等、勘違いするな。俺は……俺はっ」


 女子たちに包囲され、本気で青白い顔になるハイロ。本当に女子苦手なんだな。


「くそう、これだからイケメンはっ!」


 頼みの綱だったイケメン担当が、まさか悪い風に作用するとは考えてもいなかったのだろう。


「クソッ……もうしかたねえ、録画担当! プランEだ! もうこの際なんでもいい、部屋着姿だけでも録画しろ! ノーブラかどうかで状況は変わってくる! 十分使える!」

「オーケイ、ボス」


 全裸の録画担当が親指を突き立てる。堂々とした盗撮犯だった。


「はぁ!? 最悪! 最低! ハイロくん以外の男子とか死ね!」

「うるせえ! お前等は俺等に身体だけ提供してくれればそれで良いんだよ! さっさと生乳と生尻を寄越しやがれ! アーッハッハハ!」


 史上最低なセリフを吐きまくりながら、まとめ役が高笑いを始める。次第に俺の熱も冷めてきていて、どう謝ったら許してくれるかに考えがシフトし始めていた。

 俺、なんでこんなことしてるんだっけ……。二日酔いの気分だった。酒飲んだことないけど。


『このさい にんげんでもいい』


 ――は? 突然何言ってんだナルメロ。


『もうむり おなかすいた』


 ちょっとおい……ナルメロ?


 突然、俺の身体が勝手に動き出す。ぴょんとソファを飛び越えて、腕を組んでこちらを囲んで居る女子の前に立ち、俺は彼女の部屋着を引き裂いた。


「きゃ――――!!」


 ぽいんと柔らかい双丘が跳ね、あられもない姿で赤面しながら眦を濡らす女子。


『これ たべう』

「いや食べねぇよバカたれ! ああマジでごめんなさい! 失礼、しますっ……!」


 視線を反らして何度も謝りながら、頭部に撒いていたタオルで彼女の胸を縛り付ける。


「……え? なにこれ」


 状況がわかっていない様子の女子。本当にすまないと思っている。いつか埋め合わせを必ずするから……! 俺はそのまま部屋の隅に全速力で逃げる。


「シャア来たァァァァポロリハプニングゥゥ! 激写したか、録画担当!」

「イエス、ボス!」


 もうダメだ。あいつら人間辞めたらしい。

 そのとき、ガチャリと個室扉の音が鳴った。


「進導さん、こちらです」


 透明である俺の腕が的確に掴まれ、とある個室に引き込まれていく。

 バタン――。

 あまり生活間の無い小綺麗な部屋で、髪を濡らした下着姿の碓氷さんがいた。


 そして、ついに運命のときが俺たちを迎える。

 透明化が解除され、俺たち男子は一斉に全裸に戻ったのだ。

 隣の共有スペースで奈落の底からの悲鳴が聞こえてくる。もうお終いだ……。

 俺は観念した顔で股間をさっと隠す。こぶ付きのこの手は……こんなことのために使うはずじゃなかった……人と友情を深め合い、困っている人たちを救うためのものだったのに……。

 俺は、涙を流しながら言った。


「……碓氷さん、俺……自首するよ」


 情けなかった。全裸で申し訳なかった。こんなみっともない姿で、自分がとても卑しい。


「どんな言い訳をしようと、許されないことはわかってる……俺は、最低な男だ」

「良く……わかりませんが、別にその必要はないかと思います」

「どうして君はそんな優しい言葉をかけてくれるんだ? この姿を見ろよ、何処からどう見てもただの変態だ。おまけに君は下着姿って……なんだよこれ、完全に終わりだろ……」


 碓氷さんの下着姿に照れる余裕もなく、俺は自分の情けない姿に絶望していた。何がこの姿を見ろだ……そっち系の人かよ……。


「ああ、陰茎が露出してしまったことを悔いているのですか」

「う、碓氷さん……!? そんなドストレートに言わんでも!」

「初めて見ましたが、マングローブに似ていますね」


 碓氷さんは、初めてくすりと笑みを浮かべて笑った。



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