09 すべてを掴み取れ! 魅惑の潜入任務!!


 部屋着姿のクラスメイト女生徒が二人現れる。

 当然、彼女たちは呆気に取られた顔をしていた。


 当たり前だ。エレベーターが開いたと思ったら、一人の女子生徒と無数のタオルが浮かんでいるこの状況は俺からしても意味がわからない。因みに、タオルで顔を隠しているので、下の毛は当然浮いている。しかも透明の手で隠しても結局それ自体が透けてるので、毛が隠れることはなかった。ふざけんな。あの「おぉっ――」は一体なんだったのか。本当に最低最悪の状況だった。ここにいる全員、早く刑務所に行った方が良い。


「え、何コレ」


 女生徒は流石に引きつっている。

 小さなエレベーター内に緊張が走る。そこで脳裏に誰かが語りかけてくる。


 ――今だ、声帯担当、行け!


 テレパシー担当のPSIだ。ナイス過ぎる! って――待て。今俺完全に一員になっちまってた。罪悪感がハンパないけどこのままバレでもしたら入学初日にして俺の人生はお終いだ!

 もう、バレるわけにはいかないんだ……ッ! 俺は全力で開き直った。


『つよいもの にまかれるやつ りうせいだ』


 うるせぇもう引き返せねえんだ! あと下手くそな五七五にしてんじゃねえよ!


「――あ、ゴメンね。あたしのPSIのせいなんだ。気にしないで」


 変身担当の背後から女生徒の声が聞こえる。変身した女生徒の声をそっくりそのまま再現したのは声帯担当だった。素晴らしいファインプレーだ! これでちょっとだけ延命された!


「キョウコ……なんなのこれ、何したらこうなるのよ……アンタのPSIってなんだっけ」

「あはは、えっと……なんか……凄いやつ……!」


 雑っ! 細部が荒い! 女生徒のPSIまで念頭に入れて計画してたんじゃないのかよお前等! 毛とタオルが浮かび上がるPSIが無いことくらい、俺でもわかるけどな!


「まあいいや。じゃあ15階まで、と」


 女子がエレベーターに足を踏み入れて、階数パネルを押す。

 再び訪れる密室。しかし先ほどとはレベルが違う。何故なら透明だとは言え俺たちは股間丸出しの全裸。実に十九人の変態と女装した変態一人と女子二名が乗っているからだ。


 ていうか最悪だ。同じ階じゃねえか。いや待て……今のこの状況においてそれは最適解か。何故なら女子を先に降ろしてからじゃないと俺たちは接触しあうことになってしまう。ていうか今のこの状況がもうセクハラだけどな! ああもう、本当に死にたい!


「…………」


 女生徒の一人が、ちらちらと背後を振り返りながら、宙に浮かぶタオルと毛が気になる様子。


「なんか……後ろが温かいんだけど、本当になんなのコレ。気持ち悪い……なんか浮かんでるやつの形もさ、ヤバくない……? なんかヘンな匂いするし……」


 ――すいません。本当にすいません。許してくれ。いや、もういっそ殺してくれ。


 電子音。永久のように長かった。ようやく俺たちは15階に辿り着く。

 一刻も早く気持ち悪さから離れようと女子たちが逃げるようにエレベーターから降りる。そのとき、変身担当がぷるぷると震えていた。


 ――嫌な予感。

 そのとき、再び脳裏に語りかけてくる声があった。


 ――まずいぞみんな……変身担当、どうやらもう限界らしい。


 もう少し、もう少しなんとかできないのか……! そう思った矢先だった――。

 通販で購入したらしいガールズウェアに身を包む変態男がエレベーター内に爆誕した。


「きゃ――――!! 男っ――!!」


 当然の悲鳴だった。本当に、次から次へとトラブルが押し寄せてくる。


「どうやら俺はここまでだ……みんな行け! 戦利品、楽しみに待ってるぞ!」


 変身担当ォォォ――――!

 消して声には出せなかったが、おそらくテレパシー担当がヤツに賛美の言葉を贈っていることだろう。俺たちは、唇を噛みしめて涙を呑むことしかできない。


 やがて攻撃系のPSIを発動させた女子たちが、ぱっつぱつの部屋着姿の変身担当に集中砲火を浴びせている間、俺たちは一刻も早く目的地を目指して走る。


「振り返るな……! 黙って走れ、もみ消し担当!」

「……ああっ!」

「惜しいヤツを亡くした。だが俺たちはもう立ち止まれない。進むことでしか、あいつに返してやれないんだ……!」


 まとめ役が眦を濡らしながら叫んだ。

 ちくしょう。今だけは俺も悲しい気分だ。決して女子寮に潜入するためではないが、ここまで戦ってきた仲間だ。アイツの分も頑張ってやりたくなる。

 しかし、運命はそう簡単にいってはくれない。


 廊下に、仁王立ち姿の女子が三人現れた。

 俺たちは反射的に股間を両手で覆い隠す。だが手の甲は透明になっているのでなんの意味も無い。気持ち的な問題だった。


「……よぉ。変態共。死ぬ準備はできてんだろうな?」


 リーダー格が手首をポキポキさせている。


「全員とっ捕まえて風紀委員に突き出す! 面晒して学園内歩けなくさせてやるからな!」


 くっ……胸が痛い。風紀委員はここにいます。汚職警官にでもなった気分だった。

 万事休す。ここで捕まったら、俺の楽しい学園生活は終了する。いや、捕まらないにしても色々失う気がしてならない。まだ入学初日だぞ!? 色々展開早すぎるだろ!


 ――みんな、大丈夫だ落ち着け。俺たちには強い味方がいる。


 もうテレパシー意味なくないか? とは思いつつ、透明男子陣の先人を切る者たちが現れた。


「……ここは俺たちに任せろ」


 ――お前たちは……、変態三銃士!


 テレパシー担当がみんなに伝わるようにナレーションを始めた。


 ――ここはアイツらに任せて行くぞみんな。三、二、一……! いけ、透明担当!


 テレパシー担当が間を取り持ち、透明担当が手のひらを合わせて一部のPSIを解除する。

 変態三銃士の透明肌に色味が帯びていく。健康的な……肌色である。


「いけ、みんな! 俺たち三銃士のベスト・マグナムをこの女子たち喰らわせてやるぜ!」

「きゃー!!」


 流石に最低過ぎる! 三銃士ってそういうことなの!?


 もう気になってしょうがないので走りながら振り返ってみたら、ちゃんと思春期男子だったようで顔を真っ赤にしながら股間を隠して蹲っていた。なんか安心した。


 多くの犠牲とともに俺たちは走った。目指すは碓氷さんの巨乳。俺たちは必死だった。

 そして、ようやく辿り着く。生き残った人数は……たったの五人。


「何をしてる、急げ指紋担当!」

「へへ……大分脂の感覚が無くなってきちまったぜ……じきに俺も、もうっ……」


 初めは一発パスだった指紋認証も、回を増す事にその精度が落ちていた。


「馬鹿野郎! みんなから託された想いを無下にするっていうのか!? ゴールはすぐ目の前なんだぞ!? お前はこの日のためにPSIを学んできたんじゃないのか!?」

「まだ一ヶ月経ってねーわ! つーか覚え立ての素人だわ! ……だが、仕事は必ず果たすぜ。アイツらのためにもな……大人しく見てやがれ……」


 全身から滝のような汗を流しながら、虚ろな瞳で指紋認証を続ける指紋担当。ここぞというときの彼の集中力には、俺でさえ涙ぐんでしまうものがあった。


 失敗。失敗。失敗。だけど彼は顔色一つ変えず、失敗するのは当たり前だ、と言わんばかりに真摯な顔つきで解錠作業を続ける。


 ポタリと――顎の先端から努力の結晶が零れたそのとき――。

 ついに、俺たちはキーのアンロックに成功する。


「キタ! 良くやったぞ指紋担当! お前の役割は達成された! あとは拝むだけだぞ!」

「…………いや、悪い。俺はここまでだ」

「そんな、どうしてだ!?」


 心から叫ぶ俺。こいつらの熱に当てられたのか、ちょっと前からテンションが可笑しくなっていた。俺はいつの間にか風紀委員であることを忘れ、犯罪集団の幹部クラスになっていた。


「もう脳味噌が回らねえんだ……視界がぼやける。サイコエネルギーはとっくに尽きてんだよ。俺の脳は使用可能な最大容量が少ない上に一回の起動で3000PP(サイコポイント)持ってかれんだぜ。信じられねぇほど燃費悪いだろ……。もう俺のおつむはヘトヘトさ。今チャージしたところで、オーバーヒート状態の俺が機能するとは思えねぇ……俺はもうダメなんだ」


 サイコエネルギーは学園内の至るところ設置されている特殊コンセントに指を突っ込むことでチャージすることができる。俺がPSIに覚醒したときに訪れたコア・クリスタル――あそこからエネルギーの供給を受けないと、俺たちはPSIをロクに扱えないのだ。

 指紋担当がごふっ――と咳き込んで、その場にくずおれる。


「指紋担当……!」

「でもよ、夢があるよな……最大容量は天性的なもんだけど、この学園で訓練すればこの燃費の悪さは解消できるんだ。俺の夢はよ……この能力の消費PPを30にまで抑えることだ。そして、ゆくゆくはもっと高性能なPSIに成長させていって、宇宙人刑事事件の囮捜査専門のエージェントになることなんだ。こんな地味な能力でも、そういう面なら需要があるだろ……地球のために、なれるだろ」

「……できるさ。お前なら」


 俺は指紋担当の手をぎゅっと強く握った。感情が高ぶって、眦が涙で濡れる。


「この学園に入学が決まったときはワクワクした。でも覚醒したPSIの効力に俺はガッカリしたんだ……俺だってハイロみたいなカッコイイやつが良かった」


 そりゃそうだ。俺だってそうだ。多分みんなそうだ。


「……でも、今回の作戦で俺は中核を担う役割に抜擢された。手が震えたよ。みんなのためになれるんだって……一人で喜んでた」

「おい、いい加減長いぞ」

「うるさいぞハイロ、今はこいつに喋らせてやろう。きっと……これが最期だから」

「死ぬのか、そいつは。今のお前……かなりおかしいぞ?」


 なんでこういうときだけまともになるんだお前! あまりムードをブッ壊してくれるなよ!


「お前たちと乗り越えてきた困難の数々……楽しかったぜ。十年後、笑いながら語り合えることを楽しみにしてる。……ああ、それと録画担当……俺、ローアングル派なんだ」

「……まかせろ指紋担当。めっちゃ使える画にしてやる」

「頼んだ――ぜ……」


 ガクリ。指紋担当、再起不能(リタイア)。


「さあ、行こう。聖戦(ジハード)はこの先だ」

「ああ……」


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