08 敵地とやらへ潜入するらしいが、マジでどこなんだよ


「着いたぞ、敵地だ」


 まとめ役がぼやく。未だにアイマスクを外してくれないので俺にはなんのことかわからない。でもそう遠くまでは来ていない。学園敷地内なのは間違いないだろう。


「……透明担当、いけるか」

「いいんだな……? 本当にやっちまって」

「ああ。頼む」


 ドラマのワンシーンかってくらいに皆かしこまった喋りをしている。マジでこの先に何があるって言うんだ。


「いいか、三分だぞ。マジでそれ以上は無理だ」

「わかってる。エージェントは複数人でPSIを絡めて一つの作戦を遂行する。これもプロになるための試練の一貫よ。お前たちが一人でも欠けたら今夜の作戦は失敗に終わる」


 ああ、確か碓氷さんもそんなこと言ってたな。


「……やっぱり、もうちょっと近づこう。できる限り時間を稼ぎたい。いや、待て……そもそも三分は短すぎるんじゃないか? 帰りはどうするつもりだ?」

「…………確かにな」

「何しようとしてんのか知らねぇけど、お前等バカだろ」


 ついツッコミを入れてしまう。だが連中は誰も反応してくれなかった。無視しないで。


「よし、作戦変更だ。確かに三分はデカい。ヤバそうになったら透化PSI。リスクはデカいがこの作戦にはそれだけの価値がある。これで行こう」

「お前は天才か」

「当然のことを言うな」


 ガッチリと手を握り合うまとめ役と透明担当。声だけでそう判断した。

 そして、我々は敵地とやらに潜入することになった。


「指紋担当、ゴーだ」

「オーケイ。ボス」


 お馴染みのピーピー音が鳴る。俺たちの寮と同じセキュリティらしい。扉を抜けると、既視感のある匂い。男子寮のロビーと同じ匂いだ。でも、ほんのちょっとだけ良い香りがする……。


「……潜入成功だ。もう後には引き返せねえぞ」

「ああ、コンマ数秒が命取りだ。止まらず進め、ゴーゴーゴー!」


 小さな声でうぉぉぉぉぉと皆で叫びながら駆け出す。


「エレベーターを使うか? ボス」

「くっ……いきなり大勝負だな。だが使おう。流石に階段は時間がかかりすぎる」


 カチカチカチカチ誰かがボタンを連打している。焦っても変わらないのでは?

 そんなとき、まとめ役が声を上げた。


「待て。良く良く考えたら鉢合わせる可能性がある。変身担当を残して他は物陰に隠れるぞ」


 マジでなんなんだ? 流石に状況を知りたくなってきたぞ。


「なあ、もうこれ取って良いか?」

「ああ……もみ消し担当か、いいだろう」


 アイマスクを取り外す。俺は寮のロビーにいた。だが、俺たちのロビーと微妙に形が違っている。まさか……ここは……。

 電子音と共にエレベーターが到着する。


「お前等、女子寮に潜入しようってのか!」


「馬鹿野郎! 声がデカい!」まとめ役に口元を抑えられる。


 到着したエレベーターは空で、その前に立っているクラスメイトの女子が親指を立てた。


「安心しろ。アイツは女生徒に変身してるだけだ。どうやら、鉢合わせは無かったようだな」


 まとめ役のハンドサインで俺を含め男子全員がエレベーターに乗り込んだ。成り行きで乗ってしまったが、これ相当ヤバい案件なんじゃねえか? もみ消しってのは、そういうことか?


「お前等ッ……俺を利用するつもりか!」

「ハハハハ! 残念だったな! 今こうして敵地に潜入しているのはお前も同じ! つまり同罪だ! 俺たちはたった今、運命共同体になったのさ!」

「リアルでそんなこと言う奴に初めて会ったわ!」

「ボス、15Fで良いんだな」指紋担当が言った。

「ああ、頼む。目指すは碓氷嬢の部屋だ。あの巨乳、しっかり堪能させてもらうぜ」

「クソバカかお前たち! こんなことするもんじゃない! 今すぐ引き返せ! 風紀委員として見過ごせねえぞ、この状況は! ていうかハイロ、お前まで何参加してるんだよ!」

「…………」


 ハイロは一言も喋らない。ただ何かに緊張している様子だった。このムッツリ野郎め!


「イケメン担当は居るだけで良いんだ。もし何かあったとき、俺たちの罪が軽くなる可能性があるからな。それに、動き出したエレベーターはもう止まれない。途中下車はできないんだぜ、正義の風紀委員さんよぉ……」

「クソッ……! 何カッコイイカンジで言ってんだ! ちくしょう……俺はどうすれば」

『おい はやく ごはん たべたいんだがな』


 俺の苦悩もいざ知らず、ナルメロが空腹をアピールする。今そんな状況じゃないから! 頼む、静かにしててくれ! もうダメなんかハゲそう!

 そんな俺の思いも知らず、無慈悲にもエレベーターはどんどん上昇していく。

 緊張する密室状態。ごくりと透明担当が生唾を飲んだ。


「……良し、ここまでPSIを温存できた。もう十分だ、お前等、心の準備は良いか? これから三分間が、お前等の生死を別ける。さあ脱げ! 全裸になれバカ野郎共ッ!」


 透明担当のかけ声で、男連中が一気に全裸になる。嘘だろ、早脱ぎの達人かお前等は。


「うわ、マジで脱ぎやがった! お前等本気で死ぬつもりか?」

「俺のPSIが透明化だったときから、俺は今日の日をずっと夢見てきた。あの日、ビジョンが見えたんだ。こうしてお前等と一つになって一大ミッションに挑む今の姿がな。今日は運命の日であり必然の日だ。覚悟なら……とうにできてる」


 イチモツをぶらつかせながら語る透明担当。微妙に腹が出てみっともない体型だった。周りの連中も当然皆脱いでいて、俺の視界にはクソ汚い地獄が映っていた。ちゃっかりハイロも脱いでんじゃねえよ!


「いいか、いくぜ……お前等、これから三分間、お前等は透明人間だ。健闘を、祈るっ……」


 透明担当が手を合わせたそのときだった。

 ――電子音。

「マズい、ボス! 不測の事態だ、エレベーターが止まった!」

 指紋担当が叫ぶ。階数パネルを確認する。まだ13Fだった。


「マジで!? やっべ……頼む、透明担当、はやくしろ!」

「うわあああああマジかよ良いんだなマジで行くぞ行くぞ行くぞぉぉぉぉぉ」


 透明担当が慌てながら瞳を閉じると、すうっと俺の周りで肌色が背景と同化していく。

 ただ、話していた通り、身体中から生えている体毛や目や唇などはそのまま浮かんでいるため、控えめに言ってもキモ過ぎる。この辺もうちょっとデフォルメ化できなかったのか!?

 とは言いつつ俺の肌も透明になっていて、服だけが浮いている状態になっていた。


「――ええい、もうどうにでもなれ!」


 俺は一瞬で服を脱ぎ捨てる。どうやらその手の素質があるらしかった。いらんわそんなの!


「フフ、これでお前も仲間だな……もしものことがあったら、上手くもみ消してくれよ」

「できるかそんなこと!」

「まあいいさ……皆の衆、緊急時のプランBに移行だ! あとは頼んだぞ変身担当!」

「ブ・ラジャー!」


 まとめ役のかけ声に、唯一服を着ている女生徒である変身担当が敬礼する。声帯までは変えられないようだ。かけ声舐めてんだろ、叩いちゃうぞこの野郎!

 その間、変身担当が持っていたかごの中に男たちが脱ぎ捨てた服を目にも留まらぬ速さで放り込んでいくと同時に人数分の個人特定防止用のタオルを配布する。エレベーターが止まってからの二秒間の間に、このコンマ数秒の戦いは繰り広げられていた。HUNTER×HUNTERかよ、必死過ぎだろなんだこいつら!


 そして、運命のときがやってくる――。

 エレベーターの、扉が、開く……。


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