06 ハイロの頭からは木魚の音が鳴る


 全身ズタボロのまま教室に戻ると、俺は何故かクラス委員になっていた。


 何を言っているのか良くわからねえとは思うが、校庭での騒動を観戦していたクラスの連中が俺を推薦したいと言い始めたようだ。もともとクラス委員はハイロがやっていたらしいが、全然仕事しないらしいので俺にするんだと。なんでお前がやってたんだよ。

 ハイロは拳を握りしめて悔しそうにしていた。尚更意味がわからん。仕事しろ。


 トントン拍子で決まっていくハイロのクビと俺の採用。すると隣でむっつり聞いていた碓氷さんが驚くべきことを言った。


「わたしもクラス委員がやりたいです」


 超やらなそうだと思ったのに何故? まさか俺のことを……なんていう幸せな妄想に浸らせてくれてどうもありがとう。マジで理由がわからない。

 現クラス委員女子は、このクラスに貢献するなんて冗談じゃないらしいので、喜んでバトンタッチするとのことだった。だからなんでそんなやつがやってんだよ。大丈夫かこのクラス。


 そういうわけで新入生と転校生がクラス委員をやることになり、主に俺の人間離れしたPSI(ナルメロの力)への喝采がしばらく教室中に鳴り響くのだった。

 鳴り止まない歓声で進まない授業に、また先生が泣いていた。なんか……すいません。



 * * *



 昼休み、俺と碓氷さん、それから少し後ろを付いてきたハイロの三人で風紀活動室を訪れた。


「おおっ~! 来たねぇ~ワメリカン侍、おっぱいちゃん、ザンネンイケメン!」

「ミクノ先輩、初っぱなから安定しませんね、呼び方」


 長老にもこんなこと言った気がする。つくづく似てるんだよなぁ。


「あたし飽き性だから都度変えてくかも。だって、そっちのほうがおもしろそうなんだもん」


 えっへんと胸を張ったミクノ先輩が、四つの机を引っ付けた島に俺たちを着席させる。


「はいはい~、じゃあ新生メンバー大集合ってことで! 君たちには今日から風紀委員の仕事をガンガンこなしていってもらうからね~、頼むよ~!」

「風紀委員の仕事内容について、説明を求めます」


 隣でびしっと挙手する碓氷さん。しかし、さっきからじろじろと俺の顔ばかり見ている。


「あ、あの……碓氷さん? 俺の顔に何かついてる?」

「堀りが深いなと思いまして。鼻の穴の形が美しいです。ちゃっかりもみあげ整えてますね」

「マジでどこ見てんの」


 なんか恥ずかしい。俺は鼻の穴ともみあげを隠した。やだ、顔赤くなっちゃう。


『はいじょ か』

「いやなんでやねん!」

「…………いやなんでやねん、とは」


 碓氷さんの丸い瞳が監視カメラのように微動する。


「え、なになに~? 二人ってそういう関係なの~?」


 俺と碓氷さんの距離感を勘違いしたミクノ先輩が、レンズの奥の瞳を細める。


「違いますよミクノ先輩、さっさと話進めちゃってください!」

「ちぇー。ま、もっと仲良くなったら教えてくれるかなー? いいともー!」


 楽しそうなミクノ先輩。長老と違ってこちらは見ているだけで保養になる。


「風紀委員の仕事は、学園中で起こる様々な問題を解決することです。今朝みたいなPSI絡みの喧嘩なんか日常茶飯事だし、生徒会から無茶難題を叩きつけられることもあるね。あとは個人でPSI関連のお悩み相談なんかもあるかな。一応成績優秀者が集まる委員会ってこともあって、学園中から結構頼りにされてる委員会なんだよ」

「成績優秀者……俺もその中に入ってるんすよね」

「モチのロンだよ! うりぼうきんにくん。キミのことはおじーちゃんから聞いてるよ~相当燃費悪いっぽいけど、身体能力向上系のPSIの瞬発力、爆発力はエージェント顔負けのA+評価。実際に見させてもらったけど、凄いね~。諸事情で入学遅れちゃったみたいだけど、時期一緒だったらハイロくんより注目浴びてたかもね。まあおかげさまで校庭が半壊したわけだけど……あっ、その件で放課後生徒会から呼び出しくらってたんだ……まあそこは流そう」

「あ、あはは……すいませんっす」


 引きつった笑みで後頭部を掻きむしる。事情があるので仕方ないが、人を騙しているようで気が引ける。あのじーさんテキトーなこと言いやがって! ホントバレても知らねーからな!


「碓氷さんも西の秘密学園からの転校だって聞いてるけど、あなたも凄いのよね。全パラメータが高水準を保ってる。優等生タイプってカンジ? エージェント候補生ってワリと一点集中型の子が多いから、逆に珍しいわ。数値があまりに綺麗過ぎて、コンピューター操作を疑うくらい。実はもっと凄い実力隠してるんじゃないの~? ねえねえあたしにだけ教えてよ~」

「……なんでやねん」

「おろ? なして関西弁?」

「いえ、西側からの転校を疑われたようですので、ここで証明しておこうかと」

「アハハ、疑ってない疑ってない。面白い子ね~」


 ミクノ先輩が碓氷さんを後ろから抱きしめながら、前に座るハイロに目をやる。


「ハイロくんは言うまでもないね、今期トップ入学者。我が風紀委員が欲していた人材だ!」

「…………」

「……おいハイロ、聞いてるか?」


 ハイロはぼんやりと窓の外を眺めながら黄昏れている。何考えてんだかわからないが、どうにも憂鬱そうな感じだった。


「おい黄昏れイケメン」

「……ああ、進めてもらって構わんぞ。俺は……ここにいる」


 何言ってんだこいつ……一人だけ別世界行ってないか? なんかお前だけ脚本読んでるみたいだわ。でもとりあえず話は聞いているようなので安心した。


「PSI関連を抜きにしても、服装や持ち物の検査、校則違反の取り締まりに学寮でのコンプライアンス遵守と周知、他にも秘密結社のエージェントさんたちのお仕事のお手伝いとかもするときがあるから、校外活動も他の委員会に比べてずっと多いよ。簡単に言っちゃうと、秘密学園のなんでも屋さんだね。基本休みは無いかな~!」

「もう警察機関みたいになってますね」

「そうだね~でも将来エージェントになる候補生として、風紀委員での活動は一番タメになると思う。プロの仕事に一番近いと思うからさ。絶対楽しいよ! 損なんかさせないからっ」


 本当に楽しそうに笑う。こういう人が、良いエージェントになるのだろうか。


「さっきも言ってましたけど、俺たちが来るまで本当にミクノ先輩一人でやってたんすか?」

「あぁ……去年は結構入ってくれたんだけど、みんなすぐ辞めちゃうんだよー。実は昨日も一人辞めちゃって……なんとかごまかしながら頑張ってたんだけど、今日の騒動とかあたし一人だったら絶対対応できてなかったよ。だから本当にみんなが来てくれて感謝してるんだ~!」


 自分でやっといてなんだが、あのレベルの騒動が起きまくるようじゃ辞めるのも無理はない。風紀委員にクラス委員、初日から大変そうな役割が舞い込んできたが、同時にやりがいもありそうだ。よし、いっちょ頑張ろう。なんとなく自分に合ってるような気もするし。


「……俺、たぶん風紀委員に入ってなかったとしても、結局一人で似たような活動してるような気がするんで、仲間が増えて嬉しいっす」

「えー嬉しいこと言ってくれるじゃん~! 見かけに似合わず良い子かキミ」

「わたしは、進導さんのことがもっと知りたいです」

「うぇっ、う、碓氷さん……近い!」


 ずいと綺麗な顔を寄せてくる碓氷さん。本当にこの人はなんなんだ。一体なんの狙いがあって俺にそんなこと言ってくるんだ。勘違いしちゃって良いのか? そういうことで良いのか!?


「うわぁーお。見せつけてくるぅ~! まあ風紀委員は大変だけど、一度きりの青春なんだし、恋や青春にうつつを抜かすのもまた一興か……あたしで良ければいつでも相談乗るからね」


 またそんなこと言ってくる。あなたの祖父からも似たようなこと言われた! 思考同じか! なんだか顔が熱くなってきたので、さっきから黄昏れているイケメンに話を振る。


「おいハイロ! お前はさっきから何を黄昏れてんだ、ちゃんと会話に参加しろよ!」

「……会話? 一体なんのことだ」


 これには一同も目を点にする。今まで俺たちはミクノ先輩から風紀委員の活動内容を聞いていたのだが、その認識が彼にはなかったらしい。


「…………フン。もう一度最初から説明しろ」


 やっぱ話聞いてなかった! なんなんだこいつ。ずっと何考えてたんだマジで。偉そうに催促してんじゃねえよ! フンじゃねんだよ!


「ははぁ~。先生からキミに風紀委員の話が伝わってない理由がわかっちゃったな~」


 ニヤニヤと笑っているが、少し怖いミクノ先輩がハイロの側に立つ。


「なんだ女。俺を見下ろすのは辞めろ、消されたいのか」

「うふ、これからいっぱい可愛がってあげるからね~!」


 ポコン、と空っぽのハイロの頭が木魚のような音を奏でた。


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