05 THE・美人風紀委員先輩あらわる!


 ほんの一瞬だがPSIを扱った俺だからこそわかる。目の前のこの光景がどれほど高次元であるのかが。俺は脳流れるサイコエネルギーをふくらはぎと足裏に二分した。だがこのイケメンは砂の一粒一粒にあの繊細で不明瞭な操作をやってるってことだ。それも、自分の身体から離れた物質に向けて。凄すぎるだろう。


「さっきのは『騒ぐ霊たちへの鎮魂歌(ポルターガイスト・アゲイン)』の中でも基本中の基本、『星屑の瞬きよ一瞬に(トゥインクル・スターダスト)』だ」


 まあ凄いことはわかった。目の前の焼け野原では、当然の様に二年生たちが伸びていた。とりあえず攻撃は当てないようにしてくれたらしい。案外優しい。


「うわ……ボス漏らしてるぜ。もう脱退しようかな、俺……」

「じゃあ俺も辞めよっと」


 ボスの無残な姿に脱退者が後を絶たない。可哀想だがとりあえず問題解決か?

 そう思った矢先だった。


「クソッぉおおおおおおおおおお! この俺様を侮辱しやがってぇ! 辱めやがってぇ!」


 お漏らしボスが突然キレた。

 大地が揺れる。ここは碓氷さんが言うところの対象範囲外だったはずなのに、揺れる揺れる。ぷるんぷるん揺れる。さっきのゼリーっぽいのなんて可愛いく思えるくらいに揺れまくる。


「危険ですね。あの人完全に我を失っていますよ。PSIは本人の精神状態が密接に影響します。たがが外れたPSIは、扱う本人や他人を巻き込んで大事故を巻き起こします」

「どうすれば止められる、教えてくれ碓氷さん!」

「もうここまで来ると、力尽くで気絶させるしかありません」

「良し、わかった。やってみよう!」


 とは言って見たものの、全くと言って良いほど前に進めない。もはや校庭は土色の深い海みたいになってしまっている。


「くそ、まともに動けねぇ!」


 これがちゃんとした水だったら余裕だったのに。絶対に浸かれないぷるぷるのコラーゲンが、こんなにも厄介だなんて。PSIはもう使っちまったし、どうすれば……。

 前に進むこともできずにいると、体内であぶくが湧いた。


『われも われもだ やりたい ちから みせたい』


 正直不安ではあったが、このままではこの状況は好転しない。


 ――この場を収められるんなら、やってみてくれ。

 心の中で頼んだ瞬間、俺は五十メートル以上は空を飛び上がっていた。……は?


 広大に広がる秘密学園の全貌が見えた。ショッピングモールっぽいのが敷地の中に見える。看板には家電量販店からファッションショップ、映画館までが常備されていた。マジでどれだけの金がかかってるんだこの施設。あの長老は何者なんだ。


 敷地外は山、山、山。本当に何処なんだよ。ここに連れて来られたのも、最寄りの駅から窓まで真っ黒の高級車に乗せられて連れてこられただけだし、基本的に学園外に出るのは禁止されてるらしいから、俺がその素性を知ることはないだろう。


 もの凄い速さで空中を落下しながら、途中で空飛ぶイケメンと出会った。


「おいイケメン! 校庭に居る全員にサイコネキトラスいけるか!?」

「サイコキネシスだ! 取り消せ! いや、言い直せ!」

「サイコキネシトラ! いいから早くやれ! 怪我人が出ちまう!」

「一文字多くなってるぞ! ワザと言ってないかお前ッ!?」


 イケメンがしぶしぶ手のひらを校庭に翳す。


「……人間に使うのは――いや、俺はやってのける」


 ぐゆんぐゆんになっている砂色のゼリー海から、ふわふわと人々が浮き上がってくる。


「クッ――おいお前! これでは二十秒と持たんぞ」

「二十秒!? なんとかなんねーのかよ天才なんだろ!?」

「黙れ! これでも必死にやってる!」

「おおそうか、わかった! じゃあそのままキープしてくれ!」

「お、お前ッ……一体何するつもりなん――――」


 イケメンの真横を通り過ぎて、俺は震源地に向かって落下していく。


「おいナルメロ! この勢いで大丈夫なんだよな!? ベシャってなったりしないよな?」

『ぱんちだ』

「会話できてんのかできてねえのかわかんねぇけど、とりあえず信じるぞ! パンチだな!」

『そうだ よいぱんち するべき』


 ギュッと拳を握る。……いや待て。ナルメロのパワーが乗っかってる今、俺のパワーも乗せちまうとどうなる? でも流石に力乗せないと意味ないんじゃ? ……いや、やっぱり怖い。とりあえずソフトタッチパンチだ!(果たしてそれはパンチなのか)


 ぐにゅんぐにゅんの震源地、いっぱい衝撃を吸収してくれそうなふくよかなボスの腹に向かって、俺は雀に指ツンするくらいの力で拳を乗っけた。


 瞬間、ドゴ――――――――――ン! という破裂音。


 校庭の軟化は無事止まったが、変わりに出来上がったクレーターの中に俺は立っていた。その中心部でボスは深くめり込んでいる。おまけに穴という穴から流血していた。うっわグロ。

 だがとりあえず死んではいないっぽい。失神はしてるっぽいけど。


「力抜いといてマジで良かった……危うく殺人者になるところだったわ。何この心配。怖っ」

『はいじょ できたのに なぜやらない』

「馬鹿野郎! お前、俺の身体に居る間は絶対にそんなことさせねぇからな!」

『ふびん だな りうせいわ』

「なんで!? なんか今可哀想なヤツ、みたいなニュアンスだったろ今の、おい!」


 やがて、瞼を閉じたイケメンが腕を組んだ姿でゆっくり降臨する。ホント好きだなそれ。

 上履きが地に着くと同時に彼がパチンと指を鳴らすと、浮かんでいた人間たちがどさどさと落ちてきた。ていうか上履きて。当然だけどお前そのピカピカの一年生上履きでこれまでの雰囲気醸し出してたん? なんか面白くない?


「いやあ、マジで助かったぜ。ありがとう!」


 俺はイケメンに駆けより、汚れた手をスラックスで拭く。まあこっちも汚れてるけどな!


「悪りぃ、自己紹介が遅れちまったな。俺は進導リューセイだ!」

「…………斎孤ハイロだ」


 思ったよりも友好的なヤツだ。俺はハイロの手をガッチリ掴み、ぶんぶん振ってから訊ねる。


「ファーストネームで呼んで良いか?」

「……好きにしろ」


 歯がゆそうにチラチラと俺を見つめてくるハイロ。


「なんだよハイロ。どうかしたか?」

「……お前、さっきのPSIはなんだ。さっきのも、身体能力向上によるものなのか」

「え? あぁーいや……今のは……何というか」


 そうだよ秘密だったんだ! 言い訳の仕方をまるで考えてなかった。


『ひみつだと ちょうろう いってたはず』

「わかってるわ!」

「……は? 何を言っているんだ」

「ああ、いやなんでもない! こっちの話だ」

「妙なヤツだな……」


 うわあ……こういう風にドジっていずれバレちまうんだろうなぁ! そう遠くない未来が見えた気がしてしまった。ナルメロに語りかけられると口で喋っちゃうクセがあるな。俺誰かと話すの好きだから……このままでは長老と俺の老後がヤバいことになる。


「とりあえず解決できて良かった。さ、みんなで仲良く教室に――」

「待て」


 ハイロが俺を止める。

 まさか――ナルメロのことが、バレたのか……?


「……な、なんだ?」


 ゴクリと唾を飲み込み、振り返る。


「…………戦え。今、ここで俺と戦え」

「は? なんでだよ」

「戦うのに理由など要らない」


 ……なんかヘンなスイッチ入ってねえかこのイケメン。勝てるわけないだろうが!


『つまり はいじょ か』

「いやダメだから!」

「ダメだと……? お前……もしかして俺を馬鹿にしてるのか?」

「いや、そういう話じゃないんだ。俺は……ハイロ、お前を滅茶苦茶カッコイイと思ってるぜ。それに俺よかお前のほうが百億倍くらい強いだろ!」

「百億倍だと……? ガキのようなことを言いやがって、本当はそんなことこれっぽっちも思っていないんだろう? ブラフも大概にしろ。おい……黙ってないで答えろよ!」


 ああ、コイツ微妙に細かくて面倒臭いタイプだ絶対。


「悪い、百億倍はノリでテキトーに言ったわ。実際は……二倍くらいだ、多分」

「貴様ァ――――――――!!」

「ヤベェキレやがった!」


 ハイロが付近に転がっていた机をPSIで持ち上げて、こっちに向かってぶん投げてくる。

 それをなんとか全身で受け止める。これくらいなら、身一つで十分だ。


「バカ野郎! やめろって、俺はお前と戦いたいわけじゃないんだ!」

「お前に理由が無くても俺にはある! 逃げるな、俺と戦え!」

「くっ……どこぞの少年漫画じゃねぇんだから……!」

『もえるな この てんかいわ』


 うるせぇナルメロ、誰のせいであいつにマジスイッチが入ったと思ってやがる! 俺は多分この学園の天才サラブレッドイケメンに目の敵にされてんだぞ! 冗談じゃねぇ!


 受け止めた机を盾にして次の攻撃に備えていたが、攻撃が止んだ。恐る恐る机から顔を出してみると、ハイロがバタリと倒れた瞬間だった。


「ハイロ……? どうした大丈夫か!?」

「くそッ……」


 ハイロの元に駆けより、膝を突いて彼の肩に触れようとする。


「俺の髪に触るなぁッ!」

「え? あ、いや肩に触ろうとしたんだが……」

「…………好きにしろ」


 いいんかい。

 ハイロは髪型が崩れることに途轍もない恐れを抱いているようだった。確かに、その美しい銀髪の菱形シルエットは偶然の産物ではないのだろう。恐らく、貴重な朝の時間の大半を費やしているに違いない。うーん。俺にはデキんな。


 でもまあハイロが疲労するのも当然か。二十秒とは言え、十数人持ち上げて頑張ってくれたんだもんな。さっきの一発は最後の力だったか。


「ハイロ、マジで格好良かったぜ。良い奴だな、お前」

「フン……」


 ハイロが髪型を崩さないようにそっぽを向く。首の角度までこだわるなあ……とか思っていると、俺たち二人に人影が差し込んだ。


「――はい、そこまで!」


 パンパンという音に目を向けると、一人の女性徒が立っていた。これまた二年生だ。


「ちょっとキミたち~、おいたが過ぎるんじゃないのー?」


 さっぱりした声の女生徒が子供をあやすみたいに腰を低くして、俺とハイロの頭に手を置く。


「――え、嘘。痛ッ!」

「うわああああがぁぁぁああああああっ――!」


 俺の髪に触れてビックリする二年生女子と、逆に触れられてこの世の終わりみたいな顔で絶叫するハイロ。お前……嫌なんだろうなとは思ってたけど、そんなにか……俺は若干引いた。

 俺の髪の件はマジでゴメンなさい、57人目の被害者の先輩。


「皮膚から血が出そうだよ! 一体なんなのキミのその髪は~!」

「いざというときの俺の凶器っす」

「何平然と意味の解らないこと言ってるのかね!? その子も大分ヘンな子っぽいし」


 俺の毛先で負傷した手のひらをさすりながら、先輩女生徒は笑顔で口角を上げる。

 黒のロングストレートに、大きめの赤フレームメガネが映える。女子にしては背が高めですらっと細身だ。しかし出るとこはちゃんと出てるザ、パーフェクト美人という感じの美人。腕には“風紀委員”という腕章が見える。


「出動遅れちゃったのは申し訳なかったけど、今一時間目の授業中なんだよ。とんだ不良くんたちだね~まったく。一年生……だよね」


 先輩は、絶望顔で崩れた髪に触れては手のひらを確認し、触れては確認しという不毛な行動を続けるハイロにチラリと視線をやってから、唇をにまにまさせる。


「っていうかキミ、斎孤ハイロくんじゃーん! よーやく会えた!」


 先輩がハイロに後ろから抱きついた。


「……え?」


 ハイロは、大雨の中の捨て猫みたいな表情で、俺に助けを求めた――気がした。


「キミは超かわいい。正直、抱きしめたい」

「もう抱きしめてますよ、先輩」


 俺がなんとかハイロから先輩を引き剥がそうとするが、彼女はハイロを離さない。抱き枕か何かだと思ってるらしい。……いいなあ。っていかんいかん。いかんぞリューセイ。


「あたし、男子でも女子でも年下萌えなんだケド、キミには全然ときめかないなぁ。なんでだろー……デカ過ぎ? 180はあるでしょ」

「181っすね……まだまだ成長中です――って今それはどうでも良いでしょう!」

「ふぅノリ突っ込みぃ! キミ良いねぇ~そういうところスキだよ~。でも声デカぁ……良し、キメた。キミのあだ名兼コードネームは『声デカマッチョメン』ね」

「は!? なんすかそれは!」

「さっきの大活躍、見てたよ。凄い逸材が来たってあたし嬉しーんだ。お説教するつもりで来たんだけど、キミが風紀委員に入ってくれたら嬉しいな。もちろん強制はしないけど」

「風紀委員ですか……? いや、そんないきなり言われても」

「あ、因みにハイロくん、キミはもう風紀委員に配属されてるからね」


 ニヤニヤしながら、先輩は自分の胸をハイロの背中に押し付ける。すうっと細い指先で彼の胸を撫でて、耳元で艶っぽく囁く。……うおぉ……大人の魅力が凄い。


「…………な、何故だッ」


 一方のハイロは、意外と女性に慣れていないのか借りてきた猫みたいになっている。


「う、くっ……は、離れろよ……このっ、女っ!」

「やんっ!」


 ついにハイロは我慢ならなくなったのか、先輩を突き飛ばした。というか女て……。


「ハァ……ハァ、女野郎……精神攻撃を仕掛けてくるとは……」


 多分それお前がムッツリスケベなだけだろ、そうなんだろこのイケメン野郎!


「あらら。担任の先生からお話聞いてない? 今年トップの成績で入学してくる子は風紀委員がもらえることになってるんだよ。本人の意志とは関係なくね」

「……フン、聞いたこともないな」

「あらそう、でもキミはもう我が風紀委員のナンバー2だから」

「なん……だと……」


 ハイロが膝を折って両手を地面についた。今『GAME OVER』って文字を背景にしたらそれっぽくなりそうだ。


「よーし。キミのあだ名兼コードネームは『ザンネンイケメンサイキッカー』にしよう。あ、因みにコードネームってのは、この学園を卒業するときに本人が考えるものなんだけど、もう面倒くさいから先取りしてあたしのほうで手続きしちゃうね」

「どういう権限で!? 先輩、ただの風紀委員二年生っすよね!?」

「うっふふぅ。ちょっと特別なコネがあってねー。こういうとき便利なんだぁ~」


 その瞬間、俺の中で何かと何かが重なる……嫌な予感。

 瞼を擦る。良く良く見てみれば……何となく目鼻立ち……似てる? なんか性格も……。


「先輩……まさか、学園長の孫娘っすか?」

「あら正解。名乗る前に当てられたのって初めてかも。そんな似てないと思うんだけどなー」

「やっぱり……」

「ていうか、キミ絶対風紀委員向いてるよ! ……ってことでお願い入って! 風紀委員今あたし一人だけしか居なくって! 人助けだと思ってさ!」

「うっ、それを言われると……断れないっすね、良いですよ、ナンバー3になりましょう」

「あ、ワリとすんなり……言ってみるもんだね! やったー超うれしー! これからよろしくね、声デカマッチョメン!」

「自己紹介が遅れました。俺、進導リューセイって言います! 呼び方はあだ名でもなんでもいいっす。よろしくお願いします。先輩」


 スラックスで汚れを拭いて……って初日にしてもうビリビリの半ズボンになってるよこの服。


「おやおやこれはご丁寧に。今時握手なんてアメリカンな子だね。はい握手~!」

「一応父親が日系アメリカ人なんで」

「だからこんなタッパしてんの~!? やだやらしー!」

「なんでっ!?」


 ペチンと肩を叩かれた。ケラケラ笑う先輩。だいぶ笑い上戸だなこの人。


「あたしは憶瞳(おくどう)ミクノ! ミクノちゃん、って呼んでくれると嬉しいなー」

「じゃあ憶瞳先輩で」

「おっと固いなキミ、そこはミクノ先輩で手を打とうよ」

「いえ、女性の名前をそう簡単に呼ぶもんじゃありませんから」

「武士か、キミは武士なのか。さっきまでアメリカンテイストだったのになんなんだ? ワメリカン侍なのかい!? あ、こっちでもいいなーあだ名コードネーム」

「おぉ……なんかイイ感じのネーミングだ。俺それが良いっす」


 笑い合う俺と先輩の片隅でハイロが灰色になっていた。なんか可哀想だった。そこへもう一人の変わった女生徒が駆け込んでくる。


「進導さん、大丈夫でしたか」

「あ、碓氷さんは無事――」

「やーんかわいい女の子も居るー! しかも超巨乳ー! あなた『おっぱいちゃん』ね!」


 再び先輩の勧誘が開始する。特にこだわりがなかったらしい碓氷さんは、「ではそれで」と風紀委員ナンバー4になってしまった。コードネーム本当にそれで良いのか?

 さて帰ろうとなったとき、ハイロがもはや真っ白になっていた。


「おいハイロ、そろそろ教室戻ろうぜ」

「俺は……お前と、戦いたい」

「しつこい、お前まだ言うか!」


 とりあえずクラスマッチというのが近いうちにあるらしいので、そこで正々堂々真の最強を決めようということで、教室に戻る決心をしてくれた。果てしなく面倒くせぇなこいつ。


「ていうかいい加減言うわ……お前厨二か!」

「フン……実にくだらん。そうやってカテゴライズすることに一体なんの意味があるんだ」

「これは……まっただ中ってヤツじゃねえのか? 俺もそっち系は良くわかんねえんだが」


 寧ろなんだろう……演技派? 俺には良くわからなかった。


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