04 イケメンサイキッカーあらわる!


 黒板に下手くそな字を書き終えて、俺は教室の皆に向かって声を張った。


「進導リューセイ! PSIのこともまだ何もわかってないけど、みんなと一緒に頑張りたいと思ってる! よろしく! 小休憩中に一人ずつ挨拶回るから、詳しい話はそのときに!」


 教室の反応は様々だった。「なんか熱いやつきた」「ワイルドカッコイイ……」「政治家かよ」「身長デケー」「強そう」「声でか」「つか字汚っ!」最後のは気にしてるから辞めて。


 次に隣の碓氷さんが「碓氷ミゾレ」とだけ呟いてターン終了した。うん、簡潔で素晴らしい。そのミステリアスな雰囲気と美貌に、クラス中の男子が鼻息を荒くしているのがわかる。


『われは なるめろ ろめろりぁんつぇ めんたん えすぷれっそ よろ』


 宇宙人が俺に自己紹介してきた。長すぎて覚えられる気がしねぇ。ナルメロでいいだろ?


『いい おまえは りうせい』


 おお、名前呼んでくれた……。なんか面白くなってきたかもしれん。俺が密かな楽しみを見いだしたとき、窓の外から何やら叫び声が聞こえた。


「おーいサラブレッドくんよー! 出てこいよー! お兄さんたちと遊ぼうぜー」


 サラブレッド? え、まさか俺のことじゃないよな……若干胸をドキドキさせて教室を眺めていると、ガタン――と奥の席から一人立ち上がった。


「フン……懲りずにまた来たか。……雑魚どもが」


 銀髪ツンツン頭の凄いイケメンが、ポケットに手を突っ込みながら漫画みたいなセリフを吐いた。彼はそのまま窓に寄って行き、横柄な態度でサッシに上履きを乗せつつ校庭を見下ろす。


「今度は退屈させねーからよー! っていうか半殺しにしてやる!」


 また校庭からヤンキーたちの声がする。こいつら本当に地球救ってくれんの? ていうかガラ悪っ、なんだよ怖いなこの学園。大丈夫かな、俺やっていけるかな……。


 内心不安になっていると、教室の雰囲気は何やら浮き足立っていた。いや……というか――実際に浮いていた。机、椅子、鞄などの教室中の物質という物質が。


「な、なんだこれ、これもPSIか?」

「サイコキネシス系ですね。オーソドックスですが、とても扱いの難しいPSIです」

「碓氷さん、浮いてる浮いてる!」


 リュックを背負っている碓氷さんが、引力に引っ張られるようにしてふわふわ浮かんでいた。ちなみに俺は重すぎてびくともしてないっぽい。


「凄いですね、あの人。空間指定でこれほどの広範囲、一つひとつの物質の選定をしています。下手な人だと着ている服から何まで物質指定されて滅茶苦茶になりますから」


 感心したような表情で顎に手を当てる碓氷さんが、ゴン! と天井に頭をぶつける。俺は高い所に登って降りられなくなった子供を降ろすみたいに彼女を抱き寄せて床に着地させる。

 不意に、教室中でふわふわ浮かぶ物体たちが一斉に方向転換を始める。無遠慮に教室の窓ガラスを割りまくり、次から次へと外に放り出されていく。

 せっかく床に戻した碓氷さんがまたふわりと浮かび上がる。


「ああっ、碓氷さん!」

「飛びます。では」

「ではじゃない! 何受け入れてんだよ! クソ、ちょっと待っててくれ!」


 リュックに引っ張られるようにして碓氷さんが飛んでいく。俺はおどろおどろする先生に教室と皆のことを任せ、割れた窓ガラスから大きな木に飛び乗って、枝を折らないように素早く地上まで降りる。


 十人程度の生徒がニヤニヤした顔でこちらを見ていた。ネクタイから二本のストライプが見えるってことは二年生か。こんなのリンチじゃないか、怖いなあ。

 辺り一面を見渡すと、散乱する机や椅子たちに混じってなんと碓氷さんが倒れていた。


「碓氷さん、大丈夫か?」


 彼女に駆けよって身体を起こすと、大きな胸が優しく揺れた。見ちゃいかんぞリューセイ。


「砂が口に入りました」

「食べない! ほら、ペッ――てしろペッって!」

「ぺっ」

「うわっ、俺の服に付いた! 何してくれてんだ!」

「ぺってしろと言ったじゃないですか」

「マジか、スゲーヘンな人だなアンタ!」


 甘酸っぱいドキドキを返してくれ。彼女の唾をとりあえず腕で拭って、うわ、臭っ……。


『これは いい かんじ だな』


 ナルメロが語りかけてくる。お前俺の中から摘まみ出すぞ、やり方わかんねえけど。

 そこで、銀髪イケメンが教室からPSIで飛んで来た。たっぷり時間をかけて、なんの変哲も無い校庭の中心に降臨する。何をクールな顔でキメてんだこいつ、目立ちたがりか。


「あのイケメン、なんで物を飛ばしたとき一緒に降りてこなかったんだ? 顔腹立つな」

「サイコキネシス系のPSIは対象選択が操作のキモですから、物質に宿らせる行程と生命に宿らせる行程を別けて発動しないと物質生命間の衝突(コリジョン)を引き起こしてしまうんだそうです」

「碓氷さん同じ一年生なのに詳しいな。ってか俺が知らな過ぎるだけか」

「ギク」


 ギク? なんだ今の効果音。てか口で言ったのかこの人。やっぱり相当変わってる。


「なんでもありません、わたしたちも加勢しましょう」


 すたすたと二年生の群れに歩いて行く碓氷さん。どうやら初日から普通通り行かないらしい。でもまあ喧嘩は良くない。とりあえず俺も集団に駆けていく。


「チョーシ乗ってんじゃねーぞオラァ!!」


 大昔の不良漫画みたいなセリフで威嚇する二年生たちがイケメンを囲み始める。


「……フン。群れないと何もできないのか、アンタたちは。フン」


 一方でイケメンもフンフン言ってるよ。フンって言わないと喋れないのかな君は。


「今日はボスが来てくれたんだ! 斎孤(さいこ)ハイロ! お前なんかボスがけちょんけちょんにしちゃうんだぞ! それを俺たちは観戦しに来ただけだ。だから俺等は直接手を出さねえ。もし攻撃してきたら先生に言うからな!」


 さっきから大声出してるあんちゃん、ただのギャラリーだった。


「どれがボスかわからん。巻き添えを喰らいたくないなら即刻この場を立ち去ることだな」

「――俺だぁ」


 ずんぐりむっくりした二年生が2リットルの炭酸ペットボトルをがぶ飲みしながら、太い足を地面に叩きつける。瞬間、タイミング良く大地が揺れた。地震か?


「よう、かわいい一年坊ぉ。今日はぁ……しっかりぃ……遊んでやるぜッ……!」


 太った彼を中心に校庭の砂が波紋になって広がり、まるで水分のように揺らめいた。徐々に、弾力のあるゼリーの上に立っているような感覚になってきた。


「これもPSIか……?」

「地面を軟化させるPSIの類いでしょう。恐らく範囲指定してるでしょうから、早急に範囲外へ逃げるのが得策です」

「ああ、碓氷さん全然歩けてない!」


 知的な感じで解説してくれてると思ったら、ぷるぷるの地面にされるがまま生まれたての赤ちゃんみたいに四つん這いで碓氷さんがよちよちしていた。おんぶしてあげたい。


 一方でイケメンの方も相当驚いているらしく、碓氷さんみたいにあわあわしていた。そこはキメられねえんだな……。

 そんな中、取り巻きの一人が巨大化させた手のひらでイケメンの付近をバチコンぶっ叩いたことで、イケメンがぽいんとトランポリンの要領で空高くすっ飛んでいく。


「クソッ――! 碓氷さんはそこで大人しくしててくれ!」


 あの高さからその範囲外とやらに落ちたら、大けが……いや、最悪死んじまうじゃねえか! 俺はその場で思い切り体重を乗せる。跳ねっ返りの反動を利用して大ジャンプ決行。


『これが りうせい ろけっと』

「喧しいわ! 俺は今滅茶苦茶忙しいんだよ!」


 ついつい脳内に語りかけてくるナルメロに突っ込みを入れつつ、落下していくイケメンの身体に真っ直ぐ飛んでいって、ガッチリ捕まえる。そんでもって二年生たちを睨み付ける。


「おいアンタたち! 突然複数人で喧嘩吹っかけてくるなんて卑怯だろ! それに手のデカいアンタ! 手出ししないんじゃなかったのか!? 約束破りじゃん! 一体なんなんだよ!」


 PSIの範囲外である通常の地面に着地し、サーフボードみたいにイケメンを腋に抱えながら二年生たちに抗議する。


「進導さん。アレは直接的な攻撃ではないです。地面軟化のPSIに上乗せしただけですよ。実にユニークな連携でした」


 いつの間にか隣に居る碓氷さん。アンタはなんだ、実況者か?


「解説どうも。というかアンタどっちの味方なんだ!」

「フン、おい」

「単調なPSIを扱う者が行う戦闘は複数で挑むのが基本です。その点ではこちらの陣営はまったくもって論外です。何もかもあちらが勝っています」

「おい」


 なんかさっきからサーフボードが喋ってるなと思ったら、イケメンだった。逆さのまま、髪型を地面に接触させないように首を少し浮かせている。


「ゆっくり降ろせ。髪が崩れる」

「あ、ああ……スマン」

「フン」


 要望通りにゆっくり下ろしてやると、パンパンとブレザーの汚れ――は付いていないと思うのだが、なんかやたら払いながら独特の間を置いたイケメンが、前髪靡かせてこちらに向く。


「……何故助けた」

「お前が怪我すると思ったからだよ」

「フン。要らん心配だな。俺は自分の身体を浮かせられる」

「あ、ああ……そうだったっけ。忘れてたわ」

「…………だが、礼は言っておこう」

「ほんと漫画みたいなセリフで喋るヤツだな……まあ無事で良かったよ」

「うるさい黙れ。戦闘に集中しろ」

「戦闘に集中て……バトル漫画のキャラかよ、おもしれぇ」


 コイツも少し変わったイケメンだが、とりあえず仲間として認識してくれたようではある。


 ――でも良いよなあ。格好いいPSIが使えて。俺もやってみてぇなあ。


 寝る前にとは言われてたけど、俺のは多分そんなに凄いヤツじゃないだろうから、ちょっとくらい使っても問題ないんじゃねえか? そもそも発動できるかもわからねえんだし。


「……進導さん。加勢するんですか?」


 碓氷さんが上目遣いでぐいぐい身体を寄せてくる。ああ、それはダメだよ碓氷さん。ヘンな子だけど君は美少女だ。あんまり近寄られるとぶっちゃけ照れる。顔赤くなっちゃう。


「いや、乱暴するつもりはないんだ。でも、俺も使ってみてぇなと思ってさ」

「良いと思います、見せてください。進導さんのPSIを」

「おお、グイグイくるな碓氷さん……でも恥ずかしいな、マジで俺やったことねぇんだぜ。笑わないでくれよ」

「笑いません。是非見てみたいです」

「フン。見せてみろ……お前の、力を」

『われも』


 ナルメロまで参加してきた。そんな大仰なモンじゃないはずだが……、まあこの際だ。

 瞼を閉じて、大きく深呼吸する。


 ――スゲェ。確かになんか“圧”があるな。これがサイコエネルギーってやつか。

 真っ暗闇の中で、自分の頭部からゆらゆらと湯気のように立ち上るエネルギーの感覚がある。色は……黄土色っぽいカンジか?


 そのエネルギーを、頭部からゆっくり大地まで流すようなイメージで押し出し、両足のふくらはぎと足裏で留めるようにしてみる。大体割合は六対四くらい。


 ……こんくらいか? ダメだ全然わからん。てか一瞬集中が途切れただけで湯気の色が見え憎くなってきた。……維持するのも大変だし、思った以上に疲れるなこれ。

 よーし! と目を開けた瞬間――自分の足が“発射”する感覚があった。


 俺は、滅茶苦茶勢いよくずっ転けていた。


「痛って……なんだこれ」


 足に痛み。確認してみると、上履きと靴下が無くなっていて、足裏が火傷していた。周囲を見渡すと、碓氷さんとイケメンが五メートルほど離れた位置に居た。


 ――あの一瞬で?


 ふくらはぎもピクピク痙攣していた。一発で酷い筋肉痛になりやがった。丸一日山登りしたときでもここまで酷くなかったぞ、マジかよ。

 おまけになんだか気疲れしている感じがあった。“スッカラカンになる”、という意味がわかった気がする。もう今日は一日使えそうにない。なるほどもう懲りた。寝る前にやるよ先生。


 よれよれのじーさんみたいに立ち上がろうとする俺を、駆けつけてくれた碓氷さんとイケメンが支えてくれる。……恥ずかしい。


「……瞬間的な力は凄まじかったが、なんだ、アレで終わりなのか?」

「俺が聞きてぇよ、イケメン」

「…………身体強化、ですか」


 碓氷さんは真剣な表情で俺の身体を確認している。筋肉フェチか? だったら嬉しい。


「フン……あとは俺に任せておけ」


 ボスの手前でパーティーアウトするRPGのカッコイイキャラみたいに、イケメンが言った。そして、彼は放り投げっぱなしになっていた机やら何やらを再びPSIで浮かばせ始める。

 ヘンなヤツだけど、こうしてこの力を目の当たりにすると、相当凄いヤツなんだな。


「喰らえ……! 『騒ぐ霊たちへの鎮魂歌(ポルターガイスト・アゲイン)』」


 ……なんて?


 イケメンの決めセリフは置いておくとしても、その攻撃は凄かった。五十を超える物質たちが十メートルは持ち上がり、小隕石のように敵陣営を襲う襲う。これでもかまだやるか。

 辺り一面は西部劇の撮影会場のように砂埃が舞っていた。攻撃を終えてから、イケメンが指先をくるくるさせると、宙を舞う砂たちが渦を描きながら収縮していく。

 ちきしょう、なんだかんだ格好いいなコイツ!


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