02 こんな感じで始まって良いの? 俺の超能力学園生活
「……ということで、君は宇宙人と精神が合体してしもうた。マジでスマン」
「いや、謝られても……意味がわからないっすけど」
四月。この春から高校一年生として入学するはずだった公立高校を蹴って、何故だか俺は意味不明な学園に入学していた。
その名は秘密学園。小学生の考えた名前かな? その得体の知れない学校の長であるらしい長老こと学園長は、高そうなレザーの椅子をくるりと回転させて、俺に頭を下げてきたのだ。
「不慮の事故じゃった。もうそれしか言えん。頼む……」
じーさんがすすり泣きながら縋り付いてくる。頼むて。切実か。老人を泣かせたくはないが、頼むはおかしいだろ。どう納得すりゃ良いんだ俺は。
「っていうか、ワシが謝るのおかしくね? 一般市民がエージェント守って死にかけ状態とか聞いてねーし、そもそもそういう状況に勝手に首突っ込むヤツのほうが悪くね? なあ、お前もそう思わん?」
「いや同意求められても……。つか見事な手のひら返しっすね……まあ俺が自重したほうが良いのはわかってますけど……で、その合体した……グルミン星人? はどこに居るんすか」
俺の身体は以前と特に変わっていない。見かけ怪物みたいなのになっちまっても困るし、不幸中の幸いというやつなんだろうか。本当か……?
「今はまだお主の中で眠っておるだけじゃ。お腹が空けばじき目覚めるじゃろうて」
「へえ、宇宙人ってそんなカンジなんすか?」
「さあ知らん。テキトーに言った」
「テキトー言わないで……にしても信じられませんよ。作り話の中だけの存在かと思ってました。地球に普通に住み着いてるんすよね」
「世界人口が80億だとして……宇宙人はこの地球にどの程度暮らしてると思うかね?」
「どうっすかねえ……1万人くらいですか?」
「ざっと2000兆5000憶万じゃ」
「えっ……そんなに!?」
ぶっ飛んだ数値に俺は白目をむく。
「なわけ訳ないじゃろ、アンタ素直か。やーいやーいべろべろばー!」
「…………」
俺はゴミを見るような目で白髪のじーさんを見下ろす。彼は何故か「うむ」と頷き続けた。
「確認されてるだけで580種、世界総人口は約5000万。日本の人口の四分の一ってところじゃな」
「日本にはどれくらい居るんすか」
「知らん。奴らはどこでもドアでも持ってるのか、あっちへこっちへ行き来し放題じゃ。数は常に変動しとる。で、重要なのはここからじゃ」
真面目な表情で、長老は俺の胸に指を指した。
「今貴様の中に入ってるグルミン星人は、凶暴性ランキングトップ10に毎年居座ってる荒くれ者なんじゃ。580種中、危険レベルE(ほぼ無害)とE-(完全に無害)だけで400種おる。この意味がわかるか?」
「凶暴な宇宙人はワリと少ない?」
「そうじゃ。この前のように大御所のワシが出動する機会ってそんなに無いんじゃ。宇宙人と聞くとヤバそうに聞こえるかもしれんが、平穏に暮らしてる宇宙人たちはみんな気の良い連中ばかりでの。それぞれ生態が特殊じゃから、悪気なく問題を起こしてしまうヤツもいるが。そんな困った隣人と地球人との間を取り持つ駐在さんが、ワシらエージェントじゃ」
「取り持つどころか一緒くたにされましたが?」
「ところがどっこいグルミン星人は危険レベルBの宇宙人。キュートな見た目に反して残虐非道なヤツでの。食事を採る必要がないにもかかわらず超絶パワーと鋭い斬撃で生き物をただ殺戮し続ける超危険生物なんじゃ。本来であれば、即抹殺対象の存在じゃな」
普通にシカトされたよね。ていうか何平然とシリアス気取ってる顔してんだアンタは。そんな俺の気持ちを知ってか知らずか、長老はわかっとるわかっとるみたいな顔で話を続けた。
「Bというのは総合的な危険レベルという意味じゃ。グルミン星人は凶暴性はA+だが性別がなく繁殖方法がない。それに出現頻度も少ないレアものじゃ。表舞台には滅多なことじゃ出てこん。だからワシが作戦に組み込まれるという異常事態が発生したのじゃ。もう嫌」
「それは知ったこっちゃないですけどね。でも……あまり残虐非道ってイメージはなかったっすけどね。犬を怖がってたみたいだし」
「犬……? そんなわけがないだろう。グルミン星人にかかれば犬なんて瞬殺じゃぞ」
「いや絶対怖がってましたよ。ウチも犬飼ってるんすけど、自分より体が大きい生き物に攻撃的になるんです。怖いから寧ろ噛みつきに行く的な」
「なんじゃその馬鹿犬は。まるでおまんみたいじゃの」
「人の犬を失礼な! ていうかさっきから俺の呼び方が安定しないのはなんなんすか」
「うるさい黙れ! まだワシらはほとんど初対面同士じゃろうが。これでもワシは緊張しとるんじゃぞ? 今朝だって何色のネクタイにしようか迷って……それなのにお主は……」
「気持ちわるいわ!」
「わっはっはっはっは愉快愉快……はぁー……ところで、御両親には宇宙人と精神合体しちゃった件、絶対内緒にしてね。バレたらワシ、この地球上から消されるから」
「さりげなく重要案件を忍ばせるの辞めてもらえます?」
ほぼ初めて喋るのに、通い慣れたジムのトレーナーと話してるくらい気楽だった。若干の心地よさを感じているとき、身体の内からあぶくが湧くように声が聞こえてきた。
『んおあ あったかい われはおきた おなかすいた でもまだねむい ぐう』
「…………ヤバいっす学園長、マジで聞こえます……これが宇宙人の声っすか!」
「そう、それじゃ!」
ビシリと指差してくる長老。それじゃ! じゃねーよ、ヤバ過ぎだろどうすんだこれ!
「なんて、言っとる……?」
「ワクワク楽しそうな顔しないでくださいよ腹立つんで。……確か、『んおあ あったかい われはおきた おなかすいた でもまだねむい ぐう』っすかね」
「え、かわいい……」
「アンタ正気か!? 俺の身体をなんだと思ってんだ!?」
その意表を突かれた、みたいな感じの顔で胸キュンすんな長老。さっきまで残虐非道だとか言ってたのはなんだったの?
「まあともかく……そやつの正体は校内外問わず、この世界中でワシと貴様だけの秘密じゃ。良いか? 当然良いよな? ん? おらおら、あぁん?」
「くっそぉ腹立つなあ……頼むから俺に年上を敬わせてくれねえかなぁ……」
髪をグシャグシャにして耐える。自分で言っといてなんだけど、聞いたことねえよなんだこのセリフ。会話するたびに正直ぶん殴りたくなってくる。
「大丈夫大丈夫、解除法は絶対ワシが探してみせるから。の? の?」
「もし見つけ出せなかったら……?」
今のところ身体に何か異変が起きているわけじゃない。でも、何が起こるかわからない。戻れるなら当然戻りたい。俺は真っ直ぐ長老を見つめる。
「そのときは…………」
彼は深く息を吸い込み、腕を組んで瞼を閉じた。
空気が凍る。なんだ……? そのときは……まさか、俺のことを…………。
「美人のねーちゃんがいっぱい居るトコに連れてっちゃる」
「最低だなアンタ! 色んな意味で」
「なんでじゃ! 行きたいじゃろ? まさか……お主チンチン付いとらんのか?」
「いや付いてるけど、そういうことじゃないでしょ!? アンタ本当に教育者か!」
「……あ、ちなみにここ、一応将来有望なエージェントを養成するための学校じゃから。超能力(PSI)の適性を持った人間を政府が選出して、特殊な試験に合格した者しかおらんから。多分現状でPSI使えないのは学園中でお前だけじゃから、よろ」
「は? え、突然何? 雑ぅ! あの黒服の人たちがエージェントでしょ? 超能力って、突然出てきた氷の仏像とか? その辺もっとちゃんと説明してくださいよ!」
「え? やだ。だってめんどくさいだもん」
鼻くそほじりながら言いやがる。正気かこのじーさん。
「だもんじゃない! こういうのって重要じゃないっすか! 一番ワクワクするところじゃないっすか! なんか覚醒の儀式みたいのやるんじゃないんすか!?」
「お前に適性があるかどうかなんてわからんし、勝手にワクワクしてどうぞってカンジ」
「ハア!? ちょっと待ってくださいよ、俺は超能力使えるようにならないって言うんすか!? なんだかんだ死にかけたけど、少年マンガみたいな夢の学園生活っぽいのが転がり込んできて、ちょっとは悪くねえかな……へへ、とか思ってた矢先なんですけど? この偶然的なワクワクをどうしてくれるんすか! 俺は一体なんのためにこの学園に入学するんすか!」
「だから言ってるじゃろうて。ワシのミスを地球上から隠すためじゃ。マジ頼むぞ、ワシとお主は運命共同体じゃ。ワシらの老後がかかってる」
「価値が全然違うでしょ! 俺まだ十六歳!」
「もーうるさいのう。しょうがないじゃん。だってワシやっちゃったんだもん」
「うっざ! ああぁぁムカつく! ブッ飛ばしてえええええええ!」
「にしても……お主グルミン星人の攻撃を受け続けて良く生きてたの。タッパがあるだけじゃないようじゃな。鍛え抜かれた筋肉と強い意志が武器ってか? 普通の人間ならとっくに死んどる。というか、普通はあんな状況になったらすたこらさっさで逃げると思うがの」
あの事件から二日間俺は昏睡状態だった。目が覚めたときには妙な施設に居て、エグかった傷跡も、大量出血の跡もまったく見当たらない綺麗な身体に戻っていた。ほぼ死にかけの怪我だったらしいが、やはり超能力を使ったのだろうか? 施設の人たちがやたらとテンション高く絡んできたことを覚えている。
それから俺はいつも通り帰路についたのだ。施設を出るときに言い含められた事情が、歪んだ形で家族に共有されているのがわかったとき、マジでヤバいなあの組織って思いました。
「……案外、結合したのがお主で逆に良かったのかもしれんな」
「は? 全然良くないんすけど。超能力も使えないかもしれないし」
「まあそう言うな。お主があの場に居てくれたから、一人の一般市民と一匹の犬の未来は守られたのじゃ。そりゃ、こうして感謝状も来ておるぞ」
長老の机の上にさっきから置いてあったのは、手紙と菓子折だった。
「そうだ、女性とワンコは無事でしたか?」
「ああ、そりゃもちろん。お主は死にかけてたがの」
「良かった。じゃあ手紙だけ頂きます。そっちのは送り返してください」
「どうしてじゃ。感謝の気持ちじゃぞ。受け取らんでどうする」
「感謝してもらうために助けたんじゃないんで。気持ちは言葉だけでいいっす。物は受け取れません」
長老がポカンとした顔で俺を見つめてくる。
「…………じゃあ、ワシ食べていい?」
「…………はは。やっぱもらおうかな」
和やかな笑みで手を出したとき、ススス――と菓子折が引き下がっていく。
「……学園長」
マジ気味で引きかけていたとき、長老が唇を引き上げて笑った。
「……わっはっは、冗談じゃよ。お主は合格じゃ」
「合格? 何がっす?」
その一瞬の隙を見逃さなかった長老は、目の前の菓子折の包みをビリビリに破いて中のクッキーを頬張り始めた。子供か。てゆーかマジで食いやがったし!
そして、流れるような動作で俺宛の手紙を勝手に開き、ぽいっと放り投げてくる。
文面が見える。えらい字が汚い。
拝啓 だれかさんへ うへへへへ
――騙されちゃってバーカバーカ! 女性からの感謝の手紙だと思った?
でも残念、ワシからの手紙でした! お礼を格好良く断ったのは良いものの……お主の目の前にある菓子折はワシが三十分前にちょっと小腹空いたなぁなんか食いてーなぁっつってコンビニでテキトーに買ってきたヤツじゃ。なはっ! 乙! マジお疲れチャン! ぷぷー、ダセぇー! ひゅーひゅー!
――でもな……そんなお主みたいな若者が、この地球の平和を守るのだ。
かしこ マンマミーヤ
なんで後半微妙にキメてきてんだよ。なはっ! じゃねえんだよ! かしこマンマミーヤ!
「読んだ? ねえ読んだ?」
悪戯を仕組んだ子供老人がニヤニヤしながら訊ねてくる。マジブッ飛ばしてぇ……。
「ソワソワしてんじゃないよ……俺がいかにコケにされているかは理解した」
「なら良かったわい。お前が助けた女性も犬も事件のことなど覚えとらんから」
「まさか……記憶を消したんすか?」
「当然だろう。関わった人間皆お主みたいな訳ありエージェントにしなくちゃいけぬじゃないか。うぬぼれんな、ヒーロー気取りのクソヒーローオブザヒーローオブザクソウンコマン」
もうただのウンコマンじゃねえか。
「……で、合格ってのは?」
「お主がエージェントに向いているのかどうか、試しただけじゃ」
「まだ超能力が使えるかわからないのに?」
「技術面の才能ではないわ。心意気のほうじゃ」
「もし、向いてなかったら?」
「変わらず入学させるつもりじゃったよ。試したのはワシの趣味じゃ。あーおもしろかった」
「…………」
長老はバツが悪そうな顔になってから、いつになく真摯な眼差しになった。
「良いか、秘密結社の仕事は誰からも称賛などされぬ。コミックのヒーローはお主が言った通り、人から感謝してもらうために人助けをしてるわけじゃないのかもしれん。でも、結局彼らはたくさんの人たちから慕われ、美しい愛と輝かしい栄光を手にしている。それがだんだん心地良くなって、名声を求めるがために人助けをするようになるヒーローが居たって、ワシは責められんと思うとる。感情のある人間として、それは当然の帰結じゃからな」
長老は、一瞬たりとも俺から目を反らさない。
「しかし、現実にそんなヒーローはほとんどおらん。人助けをしたら、当然感謝されると思ってる人間も多い。せっかく助けたのに、無視されたり暴言を吐かれたら、こんなやつ助けなきゃ良かったと思うヤツが大半じゃろ。どんな善人にも必ず下心はある。だが――」
長老の美しく灰色の瞳から、俺は目を反らさない。
「我らエージェントはそれを求めちゃいかんのだ。どうじゃ、相当キツいじゃろ? お主がどれだけ必死になって地球の平和を守ったって、誰もお主のことを褒めてはくれん。名声も、名誉も何も無い。誰からも礼を言われることはない」
長老の言葉に、ああ、それは良いなと率直に思った。誰かを助けることにそもそも理由なんていらないし、理屈は苦手だ。お節介だって言われたらそれまでだが……でも記憶が残らないっていうなら、存分にやっちまって良いわけだ。尚更気が楽だ。
「なら良かったっすね、俺は例え命を助けたヤツにブン殴られようと、文句吐きつつも絶対後悔しない人間ですよ。根性については、とりあえずその適性があるんじゃないっすかね」
長老はふうと大きく息をついて、安堵の表情を浮かべた。
「とりあえずアタリじゃな。なんせワシの汚職隠蔽のために絶対入学させなきゃならん厄介な人間だからの。クズだったらどうしてやろうかと思っとったところじゃ」
「もうその発言がクズ過ぎませんかね!?」
「まま、それはともかくワシは地球上の誰もがその活動を知らなくとも地球の平和を影から守ってくれる変態ヒーローを歓迎するぞ」
「地球の平和……俺の行動が直接地球を救ったわけでもないし、大袈裟っすよ」
「大袈裟ではない。お主は、愛しい命を守ったんじゃ。そのこと、しっかり胸に刻めよ」
長老の言葉に俺の身体が優しく包まれる。やっぱり褒められると嬉しい。でも、それが目的になっちゃやっぱりいけねえ。そこだけは気をつけないと。
少し照れくさくて頭をボリボリやっていると、長老が「あ、そういえば」と口を開けた。
「実は今日、もう一人転校生がいるんじゃ。お主と同時期の入学ってことになるの。丁度同じA組の生徒じゃから、既に出来上がっているコミュニティに独りぼっちで放り込まれるより幾分マシじゃろうて。まあ友達作りが苦手そうなタイプには見えんが」
「どんなヤツっすか?」
「お? お? 気になるか? 気になっちゃうのか?」
「そりゃまあ……でもこの後すぐ会えるんでしょ。なら良いです」
「滅茶苦茶めんこい女の子じゃよ。どうじゃ、恋が始まる気がせんか?」
「このエロ老人が」
「何を言うとるか。男はエロだろうが……まったく近頃の若モンはムッツリしおってからに」
ぶつぶつ言いながら、長老が思い出したように言った。
「そういえば、お主名前なんじゃったっけ」
「書類一式提出してるでしょうが。見てないんすか? どんだけテキトーなんだよ……というか、すいませんした。こちらこそ面と向かっての挨拶を忘れてました」
おろしたてのスラックスで手汗を拭いて、俺はこぶ付きの手のひらを長老に向ける。
「進導(しんどう)リューセイです。これから宜しくお願いします!」
「ああ、そうじゃった。リューセイ。……まあ、握手は遠慮しとくがの」
「あれれ、初めて断られた。マジか、やっぱただ者じゃないっすね、長老」
「普通の学校と違って問題も多々あるだろうが、一度きりの学園生活じゃ。楽しみなさい」
「……はい!」
「…………絶対秘密じゃぞ。ヤバそうになったら言えよ、LINE教えとくから」
「LINE……? なんすか、それ」
「おまっ……それマジ?」
こうして、俺の新たな学園生活が始まるのだった。
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