第20話

ほのりが監禁されている場所は、魔王幹部マギーサの別荘である。別荘とは言っても立派な城の形をしており、場内は侵入者への罠でいっぱいだ。加えて、メルトが配置した強力な魔物が別荘周辺を常に守っている。

(設置してあるのは最高ランクのレベルの魔物だし、もしかしたらこの城に入る前に死んじゃうかもねー!

まあ、腐っても勇者なんだし、そんなことはないとは思うけど)

庭を散歩しようとメルトは外に出た。


「やあ」

「??」

思わずメルドは絶句した。頭の整理が追いつかない。城の門を出たその先には血まみれの勇者が笑顔で立っていたのだ。 足元には魔物の死体が転がっている。

「まだ1日しか経っていないと思うんだけど……」

「いや、傷まだ治ってないでしょ」

「 いやー君がと戦うのが楽しみでね。あんな傷すぐに塞がったよ。

さて、お望み通り、殺し合おうか」

笑顔のまま雪斗は言った。

メルトの頬に冷や汗が伝った。

「君はかわいい顔してるし、ほのりと同じように甘い性格なのかと思ったよ」

「そう?あ、それからほのりの名前をお前如きが口にしないでね。

で、ほのりはどこですか?」

「丁寧に話しても目が笑ってないんだよね。

そんな態度じゃほのりの居場所教えてあげないよ、っと」

雪斗から発射された槍がメルトの頬をかすめる。

「君から教えてもらうつもりは端からない」

「ははっ!人の話は最後まで聞くもんだろ?」

「畜生の言葉に耳を貸す趣味はないんでね」

「辛辣ぅ!」

狂喜的な笑みを浮かべ、メルトも戦闘の態勢に入る。

雪斗は手首を二度回した。

――――創造『斧』

空中に斧が現れ、雪斗はそれを掴んだ。雪斗は斧をかまえて地を蹴り、メルトに接近する。胴を狙って繰り出された斧の攻撃を、メルトは手で受け、斧を溶かした。しかし雪斗は諦めずに 斧に力を込めたままだった。メルトが斧を完全に溶かしてしまおうと力を込めた時、あいていたはずの雪斗の左手に小型の斧が握られているの発見した。左右から攻撃されたらたまらない、とメルトは大きく後ろに飛び、距離を取った。

「ふーん。何個でも武器作れるんだ……」

メルトは近くにある何本かの木に触れると、それを溶かし、ほのりに見せたような大きいボール状の物体を作った。「ボール」は勢いよく雪斗に向かった。雪斗はもう1度斧を造り、 それを断ち切ろうとしたが、弾かれてしまう。

「ちっ!固い……!」

「当たり前だよ!

何本分もの大きな木がこの「ボール」のなかに密集されてるんだ。そこら辺の斧に負けるような強度なわけがないじゃないか!」

自慢げにメルトは言った。

メルトはボールを雪斗に向かわせて雪斗の注意を削いだ後、再び近くの木々を触って溶かした。

雪斗を二つのボールが襲う。雪斗はボールをかわしつつ、メルトの首を狙うが二つものボールをかわし続けるのは、今の雪斗には無理があった。

雪斗は斧を消す。

「あれ?諦めた?

まあ無理もないか!ほのりよりも弱いスキルの君がボクに敵うはずないんだよねー」

「スキルが弱い……?」

「そうでしょ?だって君は平凡な武器しか作れないじゃない」

からかうようにメルトは笑った。

「でも諦めちゃだめだよ!全力で戦ってくれないと、ボクが楽しめないからね」

「ほのりの名前を口にするなと……全く」

「ん?」

「少し前に言ったことも理解できないとは……。ちんけな脳みそだなぁ。

かわいそうという言葉とは裏腹に、雪斗の口元は笑っていた。

「あっはは!勇者さん煽るの上手だねー……。

死ね!」

殺意を込めて、メルトは二つの「ボール」を雪斗に投げつけた。

クルンクルンと雪斗は手首を回す。

―――――創造『火炎放射器』

雪斗の持つホースから凄まじい勢いの炎が発射される。それはメルトの作った二つの「ボール」を飲み込んだ。

「ふん!そんなもので!」

材質が木とはいえ、メルトの魔力が加えられた「ボール」だ。

ちょっと炎をくらったくらいで簡単にやられたりしない。このまま押し切ろうとメルトは操る「ボール」に力を加えた。

炎は止まない。

だんだんとメルトは不安になってきた。ほのりの攻撃は炎の塊が一気に押し寄せてくるようなものだった。だからメルトは一瞬の間、木や地面を楯にして耐えれば良かった。

まだ炎は止まない。

しかし雪斗の攻撃は炎の攻撃範囲が狭い代わりに勢いがとても強く、木の「ボール」でガードしていないと、逃げる間もなく自分がやられてしまう。

まだ炎は止まない。

「 馬鹿だな! こんなにスキルを使っていたら すぐに魔力が無くなってバテちゃうよ!?」

しかし炎は止まらない。メルトはやっと自分が追い詰められていることに気がついた。

直後、木のボールが燃えてバラバラになっていった。

「なんだと!?」

「平凡なスキル、なんだろ?

頑張れよ」

雪斗は嘲笑うように言った。

メルトは目を凝らす。こんなにスキルを使った後なのだから魔力が枯渇して力を失っているに違いない。 その隙に攻撃しようと、魔力量を確認した時 、メルトは驚き目を見開いた。魔力量が大して変化していないのだ。

「なんで魔力量が変わってないの……?

炎みたいな自然現象物は、使役するだけでかなりの魔力を使うのに……」

雪田はどうしてメルトはこんなに驚いているのだろうと、首をかしげた。

「当たり前だろ?

ほのりをお前は奪ったんだから。

この憎悪が尽きることはない」

雪斗の言葉を聞いて、メルトは昔マギーサから聞いた言葉を思い出したのだ。


強い感情によって魔力量は増えることがある。


今までメルトとが怒った時も、悲しかったときも魔力量は変化しなかった。 だからその言葉もずっと冗談だと思っていた。

「魔力量が増えたからって、 君が勝つとは限らない。 ボクが強いって事実は変わらないんだから!」

――――――溶解『蟻地獄』

メルトが地面を触ると地面はうねり、溶けた。

雪斗の足は地中に沈んでいく。

雪斗は手に持っていた斧を思いっきり地面に投げた。反動で雪斗の足は地面から抜ける。

そのまま斧を蹴り、雪斗は宙に飛んだ。

「空中はいい的だよ?

ほら!」

メルトは土で小さい「ボール」を複数作り、雪斗を攻撃した。雪斗を「ボール」の攻撃で弱らせ地面に落とした後、地面に飲み込ませ、窒息死させる狙いだ。

土でできた「ボール」が雪斗を襲う。雪斗は手首を2回回した。機関銃が現れ、雪斗の手に収まる。

ガガガガガガガガガガガガ

ベルトが作り出した「ボール」は全て破壊され、複数の弾丸がメルト襲った。

「ぎゃあああああああああ!」

メルトが悲鳴をあげても、雪斗は攻撃をやめない。

メルツは土をがむしゃらに触って楯として使った。魔力によって楯を強化するため、メルトの魔力消費は早い。柔らかくなっていた地面も元に戻ってしまった。まだ攻撃は続いている。

このままでは魔力が回復する時間もくれないだろう。そうなれば圧倒的にメルトに不利だ。

メルトはどうしたら自分が有利になれるか、と頭を働かせた。雪斗の今までの言葉を思い返す。雪斗が絶対に食いつくワードをメルトは思い出した。

「どうして君はさ、そのほのりっていう女に固執するの?

もっと可愛い子は他にいるじゃん」

「ほのり」というワードに雪斗は反応する。なんて言ったのか聞き返したが、機関銃の音で自分の声がかき消されたため、雪斗は機関銃を消した。

「ほのりには一言では言い表せない魅力がある。お前のようなガキにはわからないと思うけど」

「へえー?」

「ほのりはこの世にどんなものよりも価値がある。宝石も、ガイヤも、ほのりの足下にも及ばない」

「価値があるーとか言ってるけど、具体的なことは一つも言わないの?あっ、それとも言えないんじゃあ……」

ニヤニヤしながらメルトは雪斗の様子をうかがう。怒って攻撃が乱れてくれればラッキーである。

土煙が晴れる。雪斗の顔は驚くほど穏やかであった。哀れな子供を見るかのような憐憫さえあった。

「え?」

怒らなくても、挑発に耐えようと真顔になっているのなら分かる。気にしていない振りをしているかどうかもメルトは見分けられる。それをふまえて、メルトは雪斗の表情が理解できなかった。雪斗こいつは、心の底から穏やかである。口元には笑みまで浮かべている。

「ほのりの魅力を話してやったところで、お前が理解できる訳ないだろ?」

「はぁ?」

メルトはキレそうだった。たちが悪いことに、雪斗は挑発でもなく、嘲りでもなく、純粋にそう言い放ったのだ。

「そう驚くことはないよ。君に限らず、ほのりに近づいた男は誰一人として、ほのりの良さを分かっていなかった。そんな男と付き合ったら、ほのりは不幸になってしまうだろう?だから僕はそういう奴らはほのりの前から削除してきた。もちろん、君も排除対象だ」

「え、なんかボクを殺す目的変わってきてない?」

メルトは困惑した。

「さらにお前はほのりを傷つけたな?

僕はほのりを傷つけた奴は絶対に許さないんだ。地獄の果てまで追い詰めて、何度でも殺してやる」

(こいつ……澄ました顔して……だがあともう少しで魔力が回復し終わる。もう少し話を引き延ばさないと)

話しながらメルトは傷口を溶かしてふさいでいった。

「なんかキャラ変わったねー。もう少し真面目でおとなしいのかと思ってたよ。勇者よりは王子様って感じでさ」

「ほのりが昔、真面目で頭が良くて優しい人がいいって言ったから」

(ま、今の勇者って感じじゃないけどな。

さて、あとちょっとでこいつを殺せるくらい魔力回復できるんだけど……!)

「……束縛系の男は嫌われるよー?」

「?束縛なんてしていないさ。

別にほのりは元いた世界で男友達がたくさんいたからな。

俺はほのりに必要以上に迫る男を、さりげなくほのりから遠ざけるだけ」

屈託のない笑顔で雪斗は話す。

話を聞いていて、メルトには新しくわかったことがひとつあった。

この男は、頭のネジがいかれてる。

なぜ勇者に選ばれたのか理解できない。

ただ、この男の凄まじい執念は自分たち魔族をも打ち砕く強さがあると感じた。

いろんな意味で危険な男だ。

そう判断し、魔力が回復したメルトは、密かに作っていた木や土を合わせてできる莫大なエネルギーを備えた「ボール」を操った。

「たくさん話を聞かせてくれてありがとう。 お礼にこれをあげるよ!」

メルトは地面を再び溶かし、全力の攻撃を開始する。メルトの放った「ボール」は雪斗を打ち砕いた。

「はっ!油断するからこうなるんだ!」

しかしボールによって砕かれたのは雪斗本人ではなく、木の幹が集まってできた雪斗の偽物だった。

「機関銃を使った後の土煙で、僕の姿がよく見えなかったようだね」

声のした方を見ると、頭上に刀を構えてメルトにとどめを刺そうとしている雪斗を発見した。

反撃をしようとしたが体に激痛が走る。

「あの女からのダメージが、今になって……!」

メルトは慌ててほのりにしたように、女の子の人形を作った。

「見ろ!僕を殺したらこの子も死っ……!」

メルトの体は一刀両断されていた。

「なっ……!

お前勇者だろ!?

一般人殺して……いいのかよ!?」

雪斗は堂々と言い捨てた。

「さっきの会話で分からなかったのか?

僕はほのりを守るために戦っている。

それ以外は……どうでもいい」

メルトは笑いが込み上げてきた。

「どうやら、ボクは関わっちゃいけない人間に勝負挑んじゃったみたいだな……」

こいつ、いや、こいつらは強すぎる。

魔力量からみれば、ボクの方が強かったはずなのに。

想い。執念。そういうものが……強すぎるんだ。

「僕には……なかったなぁ。そんな感情……」

メルトは、魂を手放す。

雪斗は魔力を吸い取ることを忘れて、城の中へほのりを探しに行った。

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